流星痕

サヤ

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承の星々

名乗る理由

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「先程、軽くお話した通り、私達は本物のアウラ王女様や、エラルド近衛師団長ではありません」
 東区に程近い宿で部屋を借り、その一室に着いてから、偽王女がそう切り出す。
 先程まで怯えていた少女は今や、緊張はしているものの、ボレアリス達を真っ直ぐと見つめ真剣に話をしようとしてくれている。
 自分と同じくらいかと思っていたが、どちらかといえばルクバットと同年代のように見える。
「私の本当の名前は、アトリアと言います。両親は、グルミウムの北にあるベアトリクス港を任されていました。こちらは、港を警備していた、ラナです」
「ラナ・クルキスです。左翼隊第三師団に所属していました」
 紹介された偽エラルド改めラナは、畏まって一例するが、ボレアリスはそれに違和感を覚え、首を傾げる。
「第三師団?でもそれは、右翼隊の近衛師団兵のですよね?」
 ラナが身に纏っている軽鎧は、右肩からスカーフが伸びる蒼銀色だ。
左翼隊の一般師団兵なら、左肩からスカーフが伸びる銀色の軽鎧の筈。
「若いのに、お詳しいですね。私は数ヶ月だけ右翼隊の近衛師団に所属していましたので、これはその時の物なんです」
 そう説明されて納得する。
「なるほど。二人はあの事件から、どうやって逃れたんですか?」
「あの時期は、サーペンからお客様が沢山いらしていたので、私達一家はその応対に追われていて。そんな中、私は運悪く風邪をこじらせてしまって、サーペンにある母方の祖母の家に預けられていたのです。ラナは、港の警備をしていて、儀式の当日は、私を見舞ってくれていたので、それで」
「運が良いですね」
 少しだけ、皮肉を込めてそう答える。
 今生きているのが運が良いと言えるかどうかは、当人次第だ。
「貴女方はどうやって?」
 当然のように、ラナが同じ質問をしてくる。
「私達は、運良く近衛師団に助けられて、今はバスターとして世界を回っています」
 嘘を付くと後々やっかいになりかねないので、当たり障りのないよう答えるが、やはり二人はかなり驚いた顔をした。
「あの事件の渦中にいたのですか?あれに出くわした者は、誰一人として生きていないものだと」
「私達も、同じように助かった者は、見た事がありません。……話を戻しましょう。私に護衛を頼んでいましたが、何処に行く気なんですか?それは、貴女方が偽物を演じていた理由と、何か関係があるんです?」
 質問に答えたのはアトリア。
「私達は、母が待っているサーペンに向かいたいのです。それと私達が王女様を偽っていたのには、何ら関係はありません」
「里帰りというわけですね。では何故、王女様を偽っていたのです?話したくないなら、無理にとは言いませんが」
「それは、ただみんなに希望を与えたかっただけなんです」
「希望?」
 王女を偽る事が皆に希望を与える。
 その関係性がどうも理解出来ず、首を傾げる。
 アトリアの言葉を引き継いで、ラナが更に説明する。
風の王国グルミウムは滅び、国王様は邪竜に堕ち、王家最後の生き残りであったアウラ王女様も処刑されてしまい、残されたグルミウムの民はすっかりと気落ちしてしまいました。お年寄りは、特にそれが顕著です。ですが、一部の学者達の間では、王女様は生きているのではないかと噂されているのも事実です」
「王女様生存説ですね。私も聞いた事はあります」
「ええ。私達はその噂を現実の物とし、残された国民に英気を与えようと考えたのです」
「じゃあ、アリスと同じだね。ね?アリス」
 ルクバットが嬉しそうに同意を求めてくる。
 ボレアリスはそれに一つ頷いた。
「そうだね。私もバスターになったのは、堕ちてしまった国民を苦しみから解放したかったからだから、意味合いとしては同じになるね」
「私達もそうなれれば良かったのですが、生憎私は武術の心得がありませんので……。王女様の生存布教として世界を回ってみたものの上手くいかず、先日邪竜に襲われた時、ラナも足を傷めてしまって、北へ戻ろうにも助けがいなくて困っていたんです」
 アトリアは申し訳なさそうにラナの方を見、ラナは、気にしないで下さい。と優しく微笑みかける。
 二人のやり取りだけを見ていると、それはまさしくアウラとエラルドその物だった。
「ねえ、アリス。サーペンならオレ達の目的地と一緒だよね?連れて行ってあげようよ。ここにいたら、またあいつらに襲われるかもしれないし」
 いつになくルクバットが積極的だ。
 同年代の、同国の仲間に会えてよほど嬉しいのだろうか。
「うん、そうだね。あいつらに絡まれる原因は私にもあるからね」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ただし、条件がいくつかあります」
 ぱぁっと明るい笑みを見せたアトリアだが、すぐに曇る。
「……報酬、でしょうか?」
「そんなものはいりませんよ。ただ、向こうに付くまでの間は、私の指示に従ってもらいます。それから、王女様の名を語るのも禁止です。余計な火種は持ち込みたくありませんので。それが守れるのであれば、護衛の件は引き受けさせていただきます」
 どちらも簡単に守れそうな約束事。
 それを聞いたアトリアは、拍子抜けしたように目をぱちくりさせる。
「え?本当に、それだけでよろしいのですか?報酬は、いらないと」
 やたらと報酬に拘るが、余程手持ちが少ないのだろうか。
 確かに、普段の仕事なら、報酬はきっちりと受け取るが、今回は自分も関与している手前、報酬を受け取る気など最初から無い。
 しかし、いくら同郷とはいえ、ここまで安請け合いされては、怪しまれてもおかしくはない。
「どうしてもというのなら、美味しい食事の用意をお願い出来ますか?私は簡単な物しか作れないので」
「あ、はい!料理ならお任せ下さい」
 そこにきて、ようやくアトリアの顔に笑顔が灯る。
「では、今日はここで泊まって、明日に発ちましょう。ここは二人が使ってください。私達はもう一つ部屋を借りてきます」
「あ、ねえアリス。オレ、もう少しここにいていい?もっと話がしたいんだ」
 ボレアリスが腰をあげると、ルクバットがその場に留まったまま言う。
 ちら、とアトリアの方を見ると、構いませんよと笑い掛けてくれたので、ボレアリスは許可を出す。
「いいけど、あんまり長居はするなよ」
「はーい」
 元気な返事をするルクバットを残し、階段を降りて宿の店主にもう一部屋借りる事を伝え、その手続きをとっていると、ラナが降りてきた。
「少し、良いですか?」
 そう言うラナは、少し堅い表情のまま宿の外へと出て行く。
 手続きを終えたボレアリスは、素直に彼女に着いて行く。
 宿の外は薄闇が広がりつつあり、部屋の明かりが外に漏れ出ている。
 見上げると、ルクバットとアトリアが楽しそうに談笑しているのが見える。
 ラナは、二人に気付かれたくないのか、宿の角を曲がり、裏通りへ向かった。
 そこを真っ直ぐ行けば、やがて東区域に入る、という所で立ち止まり、こちらと向き合った。
「彼、随分とアトリアが気に入ったみたいですね」
「同年代の仲間に出会えて嬉しいのでしょう。いつも私しか、話相手はいませんから」
 彼が誰を指しているかはすぐに分かり、そう答える。
 ラナは、そうですか。と微かに笑い、す、と真剣な顔付きで言った。
「単刀直入に伺います。貴女は、何者ですか?」
「と、言いますと?」
「最初に私達を助けてくれた時に放った技。あれは近衛師団でも、極一部の人間しか扱えないかなり高度な物。どうして貴女のような子供が使えるのか。それに、あの事件に巻き込まれて生きていたなどと、とても信じられない」
「私が嘘を突いていると、そう言いたいのですか?」
 ラナは少しだけ口ごもる。
「……嘘を突いているようには、見えません。ですが、ただの子供がやってのけるには、とても信じ難い話です。ですから、もしかしたら貴女は本物の……」
「私は、ただのバスター、ボレアリスですよ」
 彼女の言葉を遮り、ボレアリスはそう言いきる。
「貴女は、聡い方ですね。流石、近衛師団にいただけの事はある。私達があの事件に巻き込まれたのは事実ですよ。その後はしばらく、聖なる祠で、シルフと共に暮らしていました」
「シルフ……」
「はい。私の技は、シルフの長、アルマクから教わった物です。これなら、納得してもらえますか?」
「隼、アルマク様から……。あの方は、エラルド様の」
「師匠、ですよね」
 そこまで聞いて、ラナは落胆したように、肩を落とした。
「そうですか……。あの技と、近衛師団に助けられたと言われたので、もしかしたらと思ったのですが。では貴女は、アウラ王女様では無く、エラルド様も、いらっしゃらないんですね」
「ええ。残念ですが」
 ラナはしばらく目を閉じ、そして息を一つ吐いてこちらを見る。
「疑ってしまい、申し訳ありませんでした。明日からは、どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ、有意義な旅にしましょう。そろそろ戻りましょうか。二人が心配するといけないし」
 そうボレアリスが促し、二人はそれぞれの部屋に戻り、夜を明かした。
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