流星痕

サヤ

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承の星々

未来への飛躍

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「んー……と、この辺か?」
 エルタニンの西南側にある森の中を小一時間ほどさまよい歩いた後、ベナトシュは何の変哲の無い場所で足を止めた。
 後ろを振り返ると、少し遅れてボレアリスがついて来る。
 彼女が蒼竜との戦いで重傷を負ってから、すでに半年程の月日が流れた。
 完治するのに少なくとも一年はかかると言われていた怪我だったが、今では若干ぎこちないものの、彼女は補助具無しで歩いている。
 一般人にしては驚異的な回復力だが、転生式を終えた者にしては遅すぎる。
 単に、そういう性質なのだろう。
「ここか?」
 右足を庇うようにして歩み寄ってきたボレアリスは、少し息を弾ませている。
 闘病生活の間に、体力、筋力共にだいぶ衰えているようだ。
「ああ。合ってればここに迎えが来るはずだ」
「合ってればって、随分適当だな」
「仕方ねーだろ?こんな何も無いとこに来いって言われて、自信なんてあるわけねっつーの」
 呆れ顔で言うボレアリスに、ベナトシュも困り顔でそう答える。
 彼女の新たな右腕を手に入れる為、古い付き合いの狐に言伝をたのんだら、今日この時間、この場所に来るよう言われたのだ。
 こんな場所を指定してくるなんて、その職人は本当に人付き合いを避けているのだろう。
 それと同時に、何だか試されているような気もする。
「……ここがその待ち合わせ場所じゃなかったら?」
 長時間歩かされた事もあって不機嫌気味に言うボレアリスに、ベナトシュはいつも通り飄々と答える。
「そりゃ、会えず終いで夜更けまで待ちぼうけ、だろうな」
「お前なあ……」
「しっ!」
 なおも食い下がるボレアリスの口をばっと塞ぎ、辺りを伺う。
「……足音?」
 自らの手で口の拘束を解いたボレアリスが静かに呟く。
「ああ。こっちに近付いてくるな」
 静まり返った森の中に、ゆっくりと、しかしはっきりとした足音が響く。
 人のものじゃない。……四つ脚。獣だな。
 足音はだんだんこちらに近付いており、もう姿が見えてもおかしくない。
 その辺りを注視していると、やがて立派な角を持った牡鹿が姿を現した。
 その鹿は、ベナトシュ達を見ても逃げる事はせず、むしろ近付いて来て、ぴたりと二人の前で足を止めた。
「……まさか、この鹿が仲介役?」
 ボレアリスが呟くと、人語が理解できるのか、鹿はゆっくりと顔を向けた。
 しばらく観察するように見つめ、やがて彼女の手に角を当て、その足元で大きく鼻を鳴らす。
 そして鹿は、ベナトシュを見て一つ嘶く。
「……は?」
 鹿が言う言葉の意味が分からず、間抜けな声をあげる。
 すると鹿はまたも同じ事を言い『それが条件だ』とも付け加えた。
「んな事言われてもなー」
「どうした?何を言われたんだ」
 動物の言葉が理解出来ないボレアリスがそう尋ねるが、ベナトシュは答えず、気まずそうに頭をがしがしと掻きむしり、
「……頼むから、怨むなよ」
 とだけ先に念を押す。
「だから、一体何……うっ」
 彼女が言い終わるよりも早く、その鳩尾に鋭い突きを浴びせると、一瞬の間を置いてボレアリスは気を失った。
「ひぇ~。これで腕が手に入らなかったら、俺絶対殺されるわ」
 力無くこちらに身を委ねているボレアリスを、鹿の背中に上手に乗せながら、怖々とぼやく。
「いいか。お前の主に言っとけよ。人の命がかかってるから、何が何でも成功させろ!ってよ」
 そう念を押すと、鹿は特に反応もする事なく、ボレアリスを乗せたまま静かに森の奥深くへと歩き出した。
 頑張れよ、アリス。
 二人が見えなくなってからも、ベナトシュはしばらくその場を動かなかった。


     †


 時は遡る事、六年前。
 星歴九百九十八年、アクエリアス中旬。
 ポエニーキスの帝都フォボスは、今しがた行われた歴史的瞬間に沸いていた。
 広場を埋め尽くす群衆の割れんばかりの喝采は、刃が振り下ろされたばかりの小さな処刑台に贈られている。
 たった数分前のあの場所で、一人の少女の命が散り、風の王国グルミウムが滅びを告げたのだ。


「……見たかい?今のを」
 大歓声の輪から少し離れた場所で見学していた二人組の片方が、処刑台からは目を離さず、静かな声で隣に立つ若者に話しかける。
「ええ。しっかりと」
 その者もまた同じ場所に目を向けたまま、冷静に答えた。
「あの状況を、どう捉える?」
「それは、答えが出ているから聞いているんですよね?」
 質問に質問で答えると、隣の青年は笑みを零す。
「勿論だとも。しかし、若干心許ないから、こうして君に問うているんだよ。ベイド」
 彼がこちらに身体を向けた際、左目にかけたモノクルがキラリと光る。
「我が優秀な助手にして、自慢の弟にね」
「……シェリアク兄さんと、同じ結論だと思いますよ」
 くすぐったい兄のお世辞にそう答えると、シェリアクは「そう」と呟いて再び処刑台を見つめる。
「刃には間違いなく血が付着している。だが、首を跳ねたにしては少なすぎる。仮に死んだとしても、肉体が元素に還るにしてはあまりに早い。刃が落ちるのとほぼ同時だった。加えて彼女は五大聖獣の一族。やはり伝説通り、人の身でありながら、原子分解再構築を行えるのか……」
「しかし、そう結論付けるにはまだまだ根拠が足りない。私達がそれに対して、過敏になりすぎている点を考慮しないと」
 静かに、熱く語る兄をそっと抑えるように、ベイドはそう言葉を添える。
「無論、理解しているつもりさ。しかしベイドも感じだだろう?彼女が処刑される寸前、それより数瞬早く、風が吹いた。それも東風が。今もまだ続いている。とても偶然とは思えない」
「では今回の結論を言うと、刃の血はカモフラージュ。王女は原子分解再構築を行い、今もどこかてで生きている。そういう事ですね?」
 自分で兄を抑えておきながら、そう結論を口にする。
「その筈だ。しかし、あのように幼い子供に、蒼龍を従えられるとは到底思えない。転生式を行なっていない状態で失われた魔法を使ったとなれば、条件は我々と同義に近い。彼女を見つける事が出来れば、我々の研究が大いに捗るはずだが……」
「まさか、王女を探すつもりですか?いくら何でもそれは」
「難しいだろうね」
 弟の言葉を引き継いで、シェリアクは残念そうに肩を落とす。
「いくら子供と言っても、せっかく拾った命をむざむざ捨てるような愚かな真似はしないだろう。それに、どこかで朽ちているとも限らない。再構築によって、今までと外見が異なっている可能性だってある」
「となると、王女を探し出すのは実質不可能。せっかく遠方まで出向いたというのに、収穫は無しですね」
「収穫ならあったじゃないか」
 ため息をつくベイドに対して、シェリアクは今日一番の笑顔を見せる。
「王女が転生式を行なっていたかはさて置き、原子分解再構築が行われた可能性が非常に高い。この技法を解明する事が出来れば、転生式のリスクが激減する。その希望を、彼女は与えてくれた」
 そう言う兄の目は、まるで子供のようにキラキラと輝いている。
「こうしてはいられない。ベイド、早速本国に帰って研究の続きをしよう」
 すでに、兄の頭は研究の事しかない。
 研究者故の渇きとでも言うべきか。
 かく言うベイドも同じだ。
「そうですね。私も、身体が疼いて仕方がないです」
 そう賛同し、未だ熱気に沸き立つ広場を、二人は胸を踊らせながら立ち去った。
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