流星痕

サヤ

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承の星々

蒼竜 ヴァーユ

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 東の空を、一匹の鷹について飛んでいくと、やがて強烈な向かい風にぶち当たった。
 その勢いは、集中していないとそのまま飛ばされそうな程だ。
『悪イケド、コレ以上ハ案内出来ナイ』
 先行していた鷹がアウラの横まで下がりそう叫ぶ。
『蒼竜ハ、コノ先ニイルカラ!』
 そう言うのが限界で、鷹はアウラが応える前に吹き飛ばされ、遥か後方の闇に消えていった。
「くっ……」
 一人残されたアウラは、変わらず襲い来る暴風を睨み付ける。
 これ以上飛んでいっても、無駄に体力を消耗するだけか。
 そう判断したアウラは地上へと降り、歩いて目的の場所まで行く事にした。
「コノ暴風。間違イナク、アイツダナ」
 頭の中に、フェディックス語が響く。
 アルマクとの修行のおかげで、声を聞く事が出来るようになった、アウラのかつての守護聖霊、ノトスだ。
「アウラ。決シテ油断ハスルナ。アノ男ハ、強イゾ」
「分かってますよ、それくらい。私の父様なんですから」
 苦笑気味に答え、静かに言葉を続ける。
「ノトス様。この戦い、あいつの力が必要だと思います。だからその時は、お力添えをお願いします」
「……致シ方アルマイ」
 ノトスは否定せず、同意する。
 彼がアウラの中で抑え込んでいる大きな力。
 アウラの、蒼龍としての力。
「シカシ、アウラ。お前ハ力ヲ制御スルノニ未ダ未熟。無理ダト判断シタラ、如何ナル状況デアロウト、止メルカラナ」
 そうノトスは釘を刺す。
 私が力に呑まれそうになったら、蒼龍を再び閉じ込める、か。……どんな状況であっても。
 蒼竜との戦いの最中に人に戻るような事があれば、おそらくその先に待つものは、死。
 ノトスはそれを理解した上でそう発言している。
 アウラが邪に堕ちるよりも、人として最期を迎えて欲しいのだろう。
「大丈夫です。そんな事には、させませんから」
 アウラは、自分に言い聞かせるように呟く。
 まだ、始まったばかりだ。私は、こんな所では死ねない。


     †


「……見つけた」
 遥か昔、隕石が落ちて出来たとされる、大きな窪みの一つに、それは身を潜めていた。
 爬虫類のような巨体にコウモリ型の大きな翼。
 鋭いかぎ爪に、太く長い尾はまさに邪竜そのものだが、緑竜とは違い、その身体は蒼く美しい。
「あれが、蒼竜。あれが……」
 父様……。
 その姿に、父の面影はどこにも無い。
 それでも、あの蒼竜こそがアウラの父であり、グルミウム王国の元国王だったのだ。
「眠ッテイルヨウダナ。ヤルナラ今ダゾ」
 ノトスの言葉が、アウラに父との別れを急がせる。
「分かってます」
 目を閉じ、心の中で話し掛ける。
 父様、母様。今まで辛かったでしょう?悔しかったでしょう?随分と待たせてしまって、ごめんなさい。その苦しみも、今日で終わりです。
「私が今、救ってみせます」
 目を開き、腰に提げていたエラルドの形見を抜き払い、アウラは気合いと共に崖を飛び降り、蒼竜目掛けて一直線に刃を振り下ろす。
 直後、気配を感じ取った蒼竜が目を覚まし、血走った目をこちらに向けた。
「うっ!」
 目が合った瞬間、激しい突風に煽られる。
「くっ」
 危うく崖に叩きつけられそうになるが、己の風で背中を押し、何とか防ぐ。
 攻撃に転じようにも、相手の支配する風の影響が強すぎて、自分が舞う風を保つのが精一杯。
 体勢を立て直していると、今度は長い尾が鞭のように飛んできた。
 ギリギリで急降下して交わすと、尾は崖をえぐり、削られた岩が頭上に降り注ぐ。
 アウラはそれらを冷静にかわし、あるいは砕き、地面に着地する。
 再び尾が振り下ろされ、右に左にとひたすら避け続ける
 まるで玩具にされている気分だ。
 今まで何度も邪竜の相手はしてきたが、それらとは別次元だ。
 まさか、ここまで差があるなんて。
 焦りと驚きで歯を食いしばり、最期の綱へと声を掛ける。
「ノトス様!」
「……了解シタ」
 ノトスが呼応した直後、胸が強く脈打ち、地に足を着けている感覚が消えていく。


「久シイナ。我ノ器ヨ」
 名前も知らない、アウラの蒼龍が話し掛けてくる。
「サァ。今一度、ウヌノ力ヲ我に示セ。我ノ名ヲ、奪ッテミロ。我ガ全テヲ壊ス前ニ」
 言われるまでも……!
 転生式を終えた証の、龍の真名。
 それさえ分かれば、この力を制御出来る。
 だが……。
 壊ソウ、壊ソウ……!
 謳い、踊るうような、甘い声。
 それだけを繰り返して、目に移る全てを破壊していく蒼龍の声は、アウラ自身をも蝕んでくる。
 ああ、なんて楽しいんだ。何も気にする事なくただ破壊する事が、こんなにも気持ちが良いなんて……。
 もっと壊したい。もっと、この高揚に浸っていたい。壊そう。全てを。何も、カモ……!
「……ウラ……アウラ。シッカリシロ!己ヲ見失ウナ!」
 心地良い、深い眠りに落ちていこうとするアウラの耳に、必死に自分を呼ぶ声が届いた。
 ……ノ、トス………サマ?
「ソウダ、私ダ。思イ出セ。自分ガ今、何ヲシテイルカヲ。己ニ課シタ使命ヲ!」
 わたし、の……?
 閉じかけていた目を開けると、暴れ狂う竜の姿が見える。
 とう、さま?……そうだ。私は、父様達を……。
「壊スノダ。ウヌハ、ソノ為ニ我ヲ求メタ」
 ち、がう……。私は、父様達を助けたいんだ!
 私は、その為にお前を……!
 圧倒的な蒼龍の力に必死に抗うが、アウラの意識は再び薄らいでゆく。
「此処マデカ。アウラ、オ前マデモ、邪ニ堕トシタリハシナイ!」
 ダメ、です……!ノトス様、それでは、父様達が……!
 そう抗議するもアウラの思いは届かず、蒼龍の声が遠のき、身体の感覚がアウラに戻ってきた。
「う……」
 途端、身体に全く力が入らず、その場で膝が折れる。
 もう、魔力が尽きかけている。
 肩で息をしながら、必死に立ち上がろうとしていると、頭上にけたたましい叫び声が降り注ぐ。
 見上げるとそこに、蒼竜の大きな口が迫っていた。
 くそ、身体が……!


「―火炎弾ファイア・ボール
 アウラを喰らおうと開かれた口に飛び込んだのは、いくつかの火の塊だった。
 予期せずそれを飲み込んだ邪竜は、口から煙を吐きながらもがき、雄叫びをあげる。
「……お前」
 火が飛んできた方を見ると、そこにいたのは昼間、父の敵だとアウラに勝負を挑んできた少年、グラフィアスだった。
「来い、蒼竜!俺が相手してやる」
 折れた大剣を構えるグラフィアスは、自分の周りにいくつもの蒼い炎を作り出す。
「それ、は……」
 見た瞬間、どくんと心臓が脈打つ。
 グルミウムが襲われた際に一度だけ見たが、今でも鮮明に覚えている、鮮やかな蒼。
 あれに囲まれた後、アウラの身に起こった事も、しっかりと記憶している。
「くらえっ」
「よせ、止めろ!」
 グラフィアスが勢い良く放つのを反射的に制するが、その炎は迷う事なく、蒼竜目掛けて飛んでいく。
 ―しかし、


「ぐっ、うわぁっ!」
 悲痛な叫びをあげたのは、グラフィアスの方だった。
 蒼竜に向かって飛んだ炎は、相手の操る風によって瞬時に跳ね返り、グラフィアスを囲んだのだ。
「うう、くそ……!」
 グラフィアスはそう呻いたまま身動きが取れないでおり、そこに蒼竜が鋭い爪を突きつけようと跳躍する。
 マズい……!
 風の力を利用し、相手よりも数瞬早く行動出来たアウラは、何とか二人の間に滑り込む。
「くらえっ!」
 背中でグラフィアスを押し出し、右手に持つ腰刀で自身を守りつつ、突き出した左手で残った力の全てを振り絞った一発を、迫り来る蒼竜へと打ち放つ。
 直後、蒼竜の攻撃がアウラに届く事はなかったが、彼が起こした風圧は簡単に腰刀をへし折り、アウラの身体を撫でた。
 高く打ち上げられたアウラはしばらく宙を舞い……竜巻が過ぎ去った後に落ちてくる木々の枝のように、容赦なく地面に叩きつけられた。
「あぐっ」
 魔力を使い果たし、身体の自由が効かないアウラは、受け身を取る事もままならず、全身をしたたか打ち付ける。
 身体中が酷く痛み、右目もやられたのか、開けられない。
 それでも、右腕から伝わってくる激痛には何ものも敵わなかった。
 左手で抑えてはいるがその感覚もなく、強く脈打つ度に灼熱の炎で灼かれる痛みが走る。
 そこがどうなっているか、見なくても分かる。いや、見たくもない。


 腰刀が折られ、宙を舞った瞬間、自分の彼方へと飛んでいくのが見えたから。


「う、あ……っ!」
 もはや呻く事しか出来ないが、それでも戦意は失わない。
 アウラの渾身の一撃は、蒼竜の顔に直撃したようで、左目が潰れていた。
「グルルル……」
「……っ」
 襲ってくる様子のない蒼竜を、アウラも痛みに耐えじっと睨み返す。
 そして、どういう訳か蒼竜は踵を返し、大きな翼を広げて東の空へと飛び去って行った。
「……」
 事の結末は、あまりにも突然に訪れた。
 どうして?邪竜は、破壊衝動しか持たないはずなのに……。
 流石のアウラも呆気に取られたが、それをいつまでも考えている余裕などない。
「うっ!」
 鋭い痛みが、アウラを現実へと連れ戻す。
 いつまでもこんな所にはいられない。……早く、離れないと。
「……おい、お前。さっさと、起きろ」
 近くで倒れているグラフィアスに声を掛けるが、返事はない。
 冗談じゃない。面倒見切れないぞ。
 そう毒づくが、それでも、このまま放っておくわけにはいかない。
「ちっ……」
 軽く舌打ちをし、歩み寄ろうと立ち上がろうとするが、足に全く力が入らず、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまう。
 これは……まずい、な。
 夜明けでも無いのに、周りの景色がどんどん白んでいく。
 駄目だ、起きろ!と頭が警鐘を鳴らすが、満身創痍の身体は全く言うことを聞いてくれず、アウラの意識はそこでふつりと切れた。
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