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承の星々
野心を秘めた穏やかさ
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土の天地の南側に店を構える研磨屋。
その帳の向こうは、日の暮れた街中のような薄暗さが広がっている。
エルタニンに来てからすぐの頃、出来立ての剣を手入れしてもらおうと、初来店した時と何も変わらない。
今年で十五になるグラフィアスは、その見慣れた店に無言で入り、一点の明かりを目指して歩いて行く。
足音を立てたつもりはなかったが、気配に気付かれたようで、灯りの近くで影が動き、小窓から聖霊が顔を出した。
一見して、尖り帽子を被った小さな老人のように見えるこの聖霊は、エルタニンの象徴ノーム。
「俺のは出来ているか?」
そう尋ねると、ノームは静かに頷き、店の奥の影の中へと消えた。
しばらくすると、影の中から大剣を掴んだ片腕がぬっと現れ、台の上にそれを置いて腕は引っ込み、変わりに先ほどのノームが再び現れる。
今の腕の持ち主こそが、この店の店主であり、研磨師として有名な人物。
しかし、人との交流を極端に嫌っており、聖霊が仲介役として間に入っているので、顔はおろか、声すら分からない。
最初は戸惑いもしたものの、今となっては見慣れた光景故、グラフィアスは気にする事なく、己の武器の仕上がりを確かめるべく、刀身を鞘から少しだけ出した。
少しの明かりしかないこのような場所でも、剣は美しく輝き、グラフィアスの顔を映し出している。
いい加減、自分で出来るようにしないとな。
グラフィアスは剣を作る事は出来ても、仕上げの研磨がどうも苦手で、こうしてプロに頼る日々を送っている。
ポエニーキスの男は、武器作りの工程を全て一人で行なって、初めて一人前と見なされる。
グラフィアスの年齢なら、そろそろ出来ても良い頃だ。
「良く出来てる。店主に伝えてくれ」
そう礼を述べ、太目の革ベルトで大剣を背中に固定し、ノームに代金を支払って薄暗い店から出た。
外は、まだ昼に差し掛かったばかりで、真上に登る太陽の強い日差しが、グラフィアスの目元を眩ませる。
「飯にするか」
片手で日光を遮りながらも、晴れ渡った空を見上げて呟く。
そして、迷う事なく、行き着けの大衆食堂へと足を向けた。
エルタニンに来てからおよそ四年。
腹ごしらえをする時は、個人経営の店ではなく、決まって大衆食堂だ。
ここの方が長居しやすく、誰と会話しなくとも、多くの情報を得られる。
もちろん、グラフィアスが欲しているのは、父を殺した風の王国出身の、女バスター。
どうやらそいつは、数十年ぶりに現れた最年少バスターらしく、よく話題に登ってくる。
一人で複数の邪竜を一度に相手したとか、火の帝国の男とよく連んでいて、プライドが無いとか、実はその男とデキているとか……。
くだらない情報の方が遥かに多いが、有力そうな話があれば詳しく聞き、そのバスターの居場所を突き止める事に専念している。
しかしそいつは、拠点となる場所を持っていないようで、各地を転々としていた。
実際、グラフィアスも最初の頃は居場所を知ればそこへ向かい探すが見つからずを何度繰り返した事か。
かといってエルタニンに戻ってくるのを待つのも辛く、痺れを切らして国から出て行き、結局すれ違うという間抜けな日々もあった。
それこそ、目に見えない風を追うようだ。
故に今は、何があってもここを離れず、向こうからやって来るのを待つ事に決めた。
ここまで来たら我慢比べだ。
そう決めたのは、サジタリウスの末日。
五日後、スコーピオ二十五日がグラフィアスの誕生日なので、もう一年近く経つ。
その長い年月、辛抱強く待つ中で得たヤツの情報は、名前が『ボレアリス』、そして同じく風の王国出身の少年を一人連れているという事、火の帝国の男とよく一緒にいる姿が目撃されている。
この男がおそらく、噂に挙がっている人物だろう。
ポエニーキスか。……母さん、心配してるだろうな。
ふいに、母を思い出す。
何も言わず、急に家を出て行ったきりだ。
心配していない筈がない。
親不孝な事をしたとは思うが、今はまだ帰れない。
この問題に、決着をつけるまでは。
そう物思いに耽っていると、近くに来た男達の会話が耳に入ってきた。
「それにしても、さっきのは驚いたなぁ。街のど真ん中でいきなり竜巻でも発生したのかと思ったぜ」
「本当だよな。近くの家の屋根とかふっ飛んでたもんな。ガキのくせに、とんでもねーぜ。まさに、竜巻小僧だな」
竜巻、小僧?
「ははは、確かに!いや、けどやっぱ、そのガキを難なく抑えたあいつもただ者じゃないよな?」
「ああ、あれな!流石は最年少バスター、ボレアリス!恐ろしい女だねぇ」
ボレアリス……!
その言葉を耳にした瞬間、グラフィアスは弾かれたように立ち上がり、その男達の元へ歩み寄った。
「なあ、その話。俺にも詳しく聞かせてくれ」
†
「バスターボレアリスと、連れ一名の入国をお願いしたい」
エルタニンの国境に設置されている関所で、ボレアリスはバスターの紋章を判任官に見せながらそう申請する。
その紋章が本物である事を確認した判任官は、たいした手続きを取る事なく、二人の通行を許可した。
元々入国審査の緩い国ではあるが、バスターに対する対応は、どこも似たような物だ。
「ねえ、アリス。オレ、買いたい物があるんだけど」
国に入ってすぐに、一緒に世界を回っている少年ルクバットがそう言い出した。
「そう。じゃあ私は先に……」
「いつものとこでしょ?買ったらすぐに行くよ」
ルクバットはボレアリスの言葉を引き継ぎ、そのままかけあしで去っていく。
それを見守る事しか出来なかったボレアリスは、一人で先に目的の場所へ向かった。
「お?もしかしてアリスか?」
国境付近にある休憩所。
その一角にある甘味所の外に置かれた長椅子に、一年以上も前に別れを告げた男が、当時と同じ姿、同じ格好でそこに腰掛けている。
見た目からはどこの出身か分からない身なり、本人いわく、御伽噺に出てくる黄金の国ジパングの主人公、サムライの格好を真似た男、ベナトシュ。
ボレアリスが心許した、数少ないポエニーキスの出であり、バスターの先輩でもある。
「ベナト。まさか、あれからずっとそこにいたわけじゃないよな?」
軽い冗談を言いながらベナトシュの横に腰掛けると、彼も「まさか」と笑って答えた。
「俺も仕事帰り。緑竜を二体。お前も食う?」
手に持っていた串を見せ、こちらが返事をする前に、店の奥にいる店員に声を掛ける。
「団喜あと三本追加ねー!」
団喜とは、これも御伽噺に出てくる食べ物で、米を潰して丸めたのを串に刺したおやつで、ベナトシュが独自に考案し、この店で作ってもらったオリジナル商品だ。
食感がもちもちしていて、ボレアリスも密かに気に入っている。
ルク坊は?
買い物。
と短いやりとりの後、お茶を一口すする。
「そっちはどうよ?一年以上も帰って来なかったけど」
「緑竜を七、赤竜を三。蒼竜は見つけれなかった」
ボレアリスがやや暗めに答えると、ベナトシュは天を仰ぎ、少々面倒くさそうに言う。
「まあ、今まで誰にも見つかってないんだもんな。そう簡単に探せっこないわな」
ベナトシュは、ボレアリスが蒼竜を探している事を知っている。
ただそれだけを求めて、かなり無茶をする事も。
「でもアリス。もし見つけても、絶対に一人で突っ込むなよ?相手は普通の邪竜と違って、四聖獣なんだから」
めったに見せない真剣な表情に、ボレアリスは、
「約束は出来ない」
としか答えなかった。
その時、
……!
普段とは違う、異様な風の気配が辺りを覆い、それと共に、近くで巨大な旋風が巻き上がった。
「何だ?竜巻?」
唖然として叫ぶベナトシュとは別に、ボレアリスに緊張が走る。
過去に一度だけ、似たような経験がある。
「ルクバット!」
叫ぶと同時に空へと舞い上がり、竜巻の発生源へと急ぐ。
そこにはやはりルクバットがおり、さらには彼の前に人がいる。
彼らは今にも吹き飛ばされそうで、建物に必死にしがみついている。
間に合え!
速度を最大限に上げた直後、二人組の身体が宙に舞う。
飛ばされる寸での所で彼らの手を掴み、少々荒っぽいが、そのまま地上へと押し戻した。
「ルクバット!」
即座に、彼が作り出す凶暴な風とは逆向きの風をぶつけ勢いを相殺し、行き場を無くした空気を上空へ放出しながら叫ぶ。
ルクバットはかなりの興奮状態で、目の前に誰がいるのか把握出来ていないようだ。
「くっ……!」
ボレアリスは一気にルクバットの風の中へ突っ込み、彼を力強く抱きしめた。
「落ち着け、ルクバット!私だ。分かるか?」
出来るだけ優しく話しかけ、周りの被害を防ぐ為、ルクバットが作り出す風全てを自分の風で包み込む。
「大丈夫。落ち着いて」
しばらくすると、ルクバットの風はだいぶ弱まり、やがて止んだ。
「あ、アリス。オレ……」
正気に戻ったルクバットは、自分のした事に恐怖したのか、涙ぐんでいた。
彼が暴走した理由は、大方察しがつく。
すでに逃げてしまってこの場にいないが、さっきの二人組は、ポエニーキスの連中だった。
グルミウムを侮辱するような事でも言われたのだろう。
ルクバットの気持ちは、よく分かる。
それでも。
「ルクバット。お前には力がある。それは、無闇に使って良い物じゃない。分かるな?」
無闇に力を奮って、周りを巻き込んではいけない。
己を堕としてはいけない。
それが、力を持つ者の義務。
「うん。ごめん、アリス」
俯いたまま涙を拭うルクバット。
そこへ、タイミングを見計らったように野次馬の中からベナトシュが出てきた。
「おーおー。派手にやったな、ルク坊。こりゃ、ちょっと元気すぎだな」
豪快に笑い、食べるか?と手に持っていた団喜をルクバットに渡す。
確かに彼の言うとおり、すぐ近くの店は屋根が飛んだりと、酷い有り様だ。
これでは、しばらくは営業は出来ないだろう。
ボレアリスは小切手を取り出しながら、呆然としている店主の元へ近付く。
「連れが迷惑をかけました。これを修理代と、しばらくの生活費に充てて下さい。これで足りなければ、協会に掛け合ってもらえば補填します」
適当な金額を書き記して手渡すと、店主は相当驚いた顔をしていたが、特に気にせずルクバットの元に戻る。
「さあ、もう行こう。今日の宿を決めないと」
背中を押してこの場を去ろうとすると、
「―見つけたぞ」
殺気を押し殺した、とても暗い声がボレアリスの耳に届いた。
振り返ると、一際赤が目立つ服装をした少年がこちらを睨みつけていた。
背はボレアリスより低め、紅色の髪を三つ編みにしている。
「お前が、ボレアリス。グルミウムの、亡霊!」
若干高めの声。年は、ボレアリスと同じくらいだろうか。
先ほどの二人組の親玉かと思ったが、どうやら狙いは自分のようだ。
「お前は?」
「グラフィアス。お前に殺された、タウケティ・アンタレスの息子だ」
「あいつの……」
「答えろ!どうやって殺した?」
グラフィアスは背中に背負う大剣に手をかけ、獰猛な獣のように唸る。
「お前みたいな風の者が、何故火に勝てる!」
言い終わると同時に、グラフィアスが大剣を振りかざし、飛びかかってきた。
「アリス!」
ルクバットの叫びも虚しく、真っ直ぐ、ボレアリスの頭上に大剣が振り下ろされる……事は無く、
直前にボレアリスは風を瞬間的に爆発させ、グラフィアスを吹き飛ばした。
「ぐっ」
惨めに地に転がったグラフィアスは、呻くだけで立ち上がらない。
そして、追い討ちをかけるように、彼のすぐ脇に折れた大剣の刃先が突き刺さる。
ボレアリスはそれを静かに見下ろし、吐き捨てるように言い放つ。
「私を恨むのは勝手だが、そういう奢りは、実力をつけてから言うんだな。ガキが」
そのまま立ち去ろうとすると、
「アリス。お前、さっきと言ってる事とやってる事、逆じゃね?」
と、ベナトシュに突っ込まれてしまった。
確かに。先ほどルクバットに偉そうな事を言っておいて、これでは示しがつかない。
「あれとは状況が違うだろ」
苦し紛れにそう言い繕うが、起きてしまった事はもうどうしようもない。
はぁ、と一つため息をつき、
「悪いベナト。後を頼む」
横たわるグラフィアスを見ることなく、ベナトシュに後処理を頼み、ボレアリスはその場を立ち去った。
その帳の向こうは、日の暮れた街中のような薄暗さが広がっている。
エルタニンに来てからすぐの頃、出来立ての剣を手入れしてもらおうと、初来店した時と何も変わらない。
今年で十五になるグラフィアスは、その見慣れた店に無言で入り、一点の明かりを目指して歩いて行く。
足音を立てたつもりはなかったが、気配に気付かれたようで、灯りの近くで影が動き、小窓から聖霊が顔を出した。
一見して、尖り帽子を被った小さな老人のように見えるこの聖霊は、エルタニンの象徴ノーム。
「俺のは出来ているか?」
そう尋ねると、ノームは静かに頷き、店の奥の影の中へと消えた。
しばらくすると、影の中から大剣を掴んだ片腕がぬっと現れ、台の上にそれを置いて腕は引っ込み、変わりに先ほどのノームが再び現れる。
今の腕の持ち主こそが、この店の店主であり、研磨師として有名な人物。
しかし、人との交流を極端に嫌っており、聖霊が仲介役として間に入っているので、顔はおろか、声すら分からない。
最初は戸惑いもしたものの、今となっては見慣れた光景故、グラフィアスは気にする事なく、己の武器の仕上がりを確かめるべく、刀身を鞘から少しだけ出した。
少しの明かりしかないこのような場所でも、剣は美しく輝き、グラフィアスの顔を映し出している。
いい加減、自分で出来るようにしないとな。
グラフィアスは剣を作る事は出来ても、仕上げの研磨がどうも苦手で、こうしてプロに頼る日々を送っている。
ポエニーキスの男は、武器作りの工程を全て一人で行なって、初めて一人前と見なされる。
グラフィアスの年齢なら、そろそろ出来ても良い頃だ。
「良く出来てる。店主に伝えてくれ」
そう礼を述べ、太目の革ベルトで大剣を背中に固定し、ノームに代金を支払って薄暗い店から出た。
外は、まだ昼に差し掛かったばかりで、真上に登る太陽の強い日差しが、グラフィアスの目元を眩ませる。
「飯にするか」
片手で日光を遮りながらも、晴れ渡った空を見上げて呟く。
そして、迷う事なく、行き着けの大衆食堂へと足を向けた。
エルタニンに来てからおよそ四年。
腹ごしらえをする時は、個人経営の店ではなく、決まって大衆食堂だ。
ここの方が長居しやすく、誰と会話しなくとも、多くの情報を得られる。
もちろん、グラフィアスが欲しているのは、父を殺した風の王国出身の、女バスター。
どうやらそいつは、数十年ぶりに現れた最年少バスターらしく、よく話題に登ってくる。
一人で複数の邪竜を一度に相手したとか、火の帝国の男とよく連んでいて、プライドが無いとか、実はその男とデキているとか……。
くだらない情報の方が遥かに多いが、有力そうな話があれば詳しく聞き、そのバスターの居場所を突き止める事に専念している。
しかしそいつは、拠点となる場所を持っていないようで、各地を転々としていた。
実際、グラフィアスも最初の頃は居場所を知ればそこへ向かい探すが見つからずを何度繰り返した事か。
かといってエルタニンに戻ってくるのを待つのも辛く、痺れを切らして国から出て行き、結局すれ違うという間抜けな日々もあった。
それこそ、目に見えない風を追うようだ。
故に今は、何があってもここを離れず、向こうからやって来るのを待つ事に決めた。
ここまで来たら我慢比べだ。
そう決めたのは、サジタリウスの末日。
五日後、スコーピオ二十五日がグラフィアスの誕生日なので、もう一年近く経つ。
その長い年月、辛抱強く待つ中で得たヤツの情報は、名前が『ボレアリス』、そして同じく風の王国出身の少年を一人連れているという事、火の帝国の男とよく一緒にいる姿が目撃されている。
この男がおそらく、噂に挙がっている人物だろう。
ポエニーキスか。……母さん、心配してるだろうな。
ふいに、母を思い出す。
何も言わず、急に家を出て行ったきりだ。
心配していない筈がない。
親不孝な事をしたとは思うが、今はまだ帰れない。
この問題に、決着をつけるまでは。
そう物思いに耽っていると、近くに来た男達の会話が耳に入ってきた。
「それにしても、さっきのは驚いたなぁ。街のど真ん中でいきなり竜巻でも発生したのかと思ったぜ」
「本当だよな。近くの家の屋根とかふっ飛んでたもんな。ガキのくせに、とんでもねーぜ。まさに、竜巻小僧だな」
竜巻、小僧?
「ははは、確かに!いや、けどやっぱ、そのガキを難なく抑えたあいつもただ者じゃないよな?」
「ああ、あれな!流石は最年少バスター、ボレアリス!恐ろしい女だねぇ」
ボレアリス……!
その言葉を耳にした瞬間、グラフィアスは弾かれたように立ち上がり、その男達の元へ歩み寄った。
「なあ、その話。俺にも詳しく聞かせてくれ」
†
「バスターボレアリスと、連れ一名の入国をお願いしたい」
エルタニンの国境に設置されている関所で、ボレアリスはバスターの紋章を判任官に見せながらそう申請する。
その紋章が本物である事を確認した判任官は、たいした手続きを取る事なく、二人の通行を許可した。
元々入国審査の緩い国ではあるが、バスターに対する対応は、どこも似たような物だ。
「ねえ、アリス。オレ、買いたい物があるんだけど」
国に入ってすぐに、一緒に世界を回っている少年ルクバットがそう言い出した。
「そう。じゃあ私は先に……」
「いつものとこでしょ?買ったらすぐに行くよ」
ルクバットはボレアリスの言葉を引き継ぎ、そのままかけあしで去っていく。
それを見守る事しか出来なかったボレアリスは、一人で先に目的の場所へ向かった。
「お?もしかしてアリスか?」
国境付近にある休憩所。
その一角にある甘味所の外に置かれた長椅子に、一年以上も前に別れを告げた男が、当時と同じ姿、同じ格好でそこに腰掛けている。
見た目からはどこの出身か分からない身なり、本人いわく、御伽噺に出てくる黄金の国ジパングの主人公、サムライの格好を真似た男、ベナトシュ。
ボレアリスが心許した、数少ないポエニーキスの出であり、バスターの先輩でもある。
「ベナト。まさか、あれからずっとそこにいたわけじゃないよな?」
軽い冗談を言いながらベナトシュの横に腰掛けると、彼も「まさか」と笑って答えた。
「俺も仕事帰り。緑竜を二体。お前も食う?」
手に持っていた串を見せ、こちらが返事をする前に、店の奥にいる店員に声を掛ける。
「団喜あと三本追加ねー!」
団喜とは、これも御伽噺に出てくる食べ物で、米を潰して丸めたのを串に刺したおやつで、ベナトシュが独自に考案し、この店で作ってもらったオリジナル商品だ。
食感がもちもちしていて、ボレアリスも密かに気に入っている。
ルク坊は?
買い物。
と短いやりとりの後、お茶を一口すする。
「そっちはどうよ?一年以上も帰って来なかったけど」
「緑竜を七、赤竜を三。蒼竜は見つけれなかった」
ボレアリスがやや暗めに答えると、ベナトシュは天を仰ぎ、少々面倒くさそうに言う。
「まあ、今まで誰にも見つかってないんだもんな。そう簡単に探せっこないわな」
ベナトシュは、ボレアリスが蒼竜を探している事を知っている。
ただそれだけを求めて、かなり無茶をする事も。
「でもアリス。もし見つけても、絶対に一人で突っ込むなよ?相手は普通の邪竜と違って、四聖獣なんだから」
めったに見せない真剣な表情に、ボレアリスは、
「約束は出来ない」
としか答えなかった。
その時、
……!
普段とは違う、異様な風の気配が辺りを覆い、それと共に、近くで巨大な旋風が巻き上がった。
「何だ?竜巻?」
唖然として叫ぶベナトシュとは別に、ボレアリスに緊張が走る。
過去に一度だけ、似たような経験がある。
「ルクバット!」
叫ぶと同時に空へと舞い上がり、竜巻の発生源へと急ぐ。
そこにはやはりルクバットがおり、さらには彼の前に人がいる。
彼らは今にも吹き飛ばされそうで、建物に必死にしがみついている。
間に合え!
速度を最大限に上げた直後、二人組の身体が宙に舞う。
飛ばされる寸での所で彼らの手を掴み、少々荒っぽいが、そのまま地上へと押し戻した。
「ルクバット!」
即座に、彼が作り出す凶暴な風とは逆向きの風をぶつけ勢いを相殺し、行き場を無くした空気を上空へ放出しながら叫ぶ。
ルクバットはかなりの興奮状態で、目の前に誰がいるのか把握出来ていないようだ。
「くっ……!」
ボレアリスは一気にルクバットの風の中へ突っ込み、彼を力強く抱きしめた。
「落ち着け、ルクバット!私だ。分かるか?」
出来るだけ優しく話しかけ、周りの被害を防ぐ為、ルクバットが作り出す風全てを自分の風で包み込む。
「大丈夫。落ち着いて」
しばらくすると、ルクバットの風はだいぶ弱まり、やがて止んだ。
「あ、アリス。オレ……」
正気に戻ったルクバットは、自分のした事に恐怖したのか、涙ぐんでいた。
彼が暴走した理由は、大方察しがつく。
すでに逃げてしまってこの場にいないが、さっきの二人組は、ポエニーキスの連中だった。
グルミウムを侮辱するような事でも言われたのだろう。
ルクバットの気持ちは、よく分かる。
それでも。
「ルクバット。お前には力がある。それは、無闇に使って良い物じゃない。分かるな?」
無闇に力を奮って、周りを巻き込んではいけない。
己を堕としてはいけない。
それが、力を持つ者の義務。
「うん。ごめん、アリス」
俯いたまま涙を拭うルクバット。
そこへ、タイミングを見計らったように野次馬の中からベナトシュが出てきた。
「おーおー。派手にやったな、ルク坊。こりゃ、ちょっと元気すぎだな」
豪快に笑い、食べるか?と手に持っていた団喜をルクバットに渡す。
確かに彼の言うとおり、すぐ近くの店は屋根が飛んだりと、酷い有り様だ。
これでは、しばらくは営業は出来ないだろう。
ボレアリスは小切手を取り出しながら、呆然としている店主の元へ近付く。
「連れが迷惑をかけました。これを修理代と、しばらくの生活費に充てて下さい。これで足りなければ、協会に掛け合ってもらえば補填します」
適当な金額を書き記して手渡すと、店主は相当驚いた顔をしていたが、特に気にせずルクバットの元に戻る。
「さあ、もう行こう。今日の宿を決めないと」
背中を押してこの場を去ろうとすると、
「―見つけたぞ」
殺気を押し殺した、とても暗い声がボレアリスの耳に届いた。
振り返ると、一際赤が目立つ服装をした少年がこちらを睨みつけていた。
背はボレアリスより低め、紅色の髪を三つ編みにしている。
「お前が、ボレアリス。グルミウムの、亡霊!」
若干高めの声。年は、ボレアリスと同じくらいだろうか。
先ほどの二人組の親玉かと思ったが、どうやら狙いは自分のようだ。
「お前は?」
「グラフィアス。お前に殺された、タウケティ・アンタレスの息子だ」
「あいつの……」
「答えろ!どうやって殺した?」
グラフィアスは背中に背負う大剣に手をかけ、獰猛な獣のように唸る。
「お前みたいな風の者が、何故火に勝てる!」
言い終わると同時に、グラフィアスが大剣を振りかざし、飛びかかってきた。
「アリス!」
ルクバットの叫びも虚しく、真っ直ぐ、ボレアリスの頭上に大剣が振り下ろされる……事は無く、
直前にボレアリスは風を瞬間的に爆発させ、グラフィアスを吹き飛ばした。
「ぐっ」
惨めに地に転がったグラフィアスは、呻くだけで立ち上がらない。
そして、追い討ちをかけるように、彼のすぐ脇に折れた大剣の刃先が突き刺さる。
ボレアリスはそれを静かに見下ろし、吐き捨てるように言い放つ。
「私を恨むのは勝手だが、そういう奢りは、実力をつけてから言うんだな。ガキが」
そのまま立ち去ろうとすると、
「アリス。お前、さっきと言ってる事とやってる事、逆じゃね?」
と、ベナトシュに突っ込まれてしまった。
確かに。先ほどルクバットに偉そうな事を言っておいて、これでは示しがつかない。
「あれとは状況が違うだろ」
苦し紛れにそう言い繕うが、起きてしまった事はもうどうしようもない。
はぁ、と一つため息をつき、
「悪いベナト。後を頼む」
横たわるグラフィアスを見ることなく、ベナトシュに後処理を頼み、ボレアリスはその場を立ち去った。
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※2020.8.31 お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
※2020.9.8 多忙につき感想返信はランダムとさせていただきます。ご了承いただければと……!
※書籍化に伴う改稿により、アリシアの口調が連載版と書籍で変わっています。もしかしたら違和感があるかもしれませんが、「そういう世界線もあったんだなあ」と温かく見てくださると嬉しいです。
※2023.6.8追記 アリシアの口調を書籍版に合わせました。
追い出された万能職に新しい人生が始まりました
東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」
その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。
『万能職』は冒険者の最底辺職だ。
冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。
『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。
口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。
要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。
その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。
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