11 / 114
承の星々
新参者
しおりを挟む
フォーマルハウトが相手を傷付けずに戦う方法を模索し始めて、早二年の月日が流れた。
あの日以降親しくなり、戦い方の助言してくれるベナトシュを相手に槍を突いたりなぎ払ったり、時に、武器とは呼べない物を手にし、己の全能力を駆使する日々。
その努力の成果を見せる、バスター協会の仕官受験最終選考が行われた。
試験は午前中の内に終了し、フォーマルハウトは試験の手応えをベナトシュに報告する為、いつもの甘味所に急いでいた。
ベナトシュは、いつもの長椅子に座っている。
「ベナトシュさん!」
声をかけると、何かの文を読んでいたベナトシュがこちらに気付き、片手を上げる。
「よぉ、フォー。随分機嫌が良いな。さては、上手くやったな?」
「はい!あ、でも、今回も多分、ダメだったと思います」
「はあ?ダメって、まさか負けたのか?」
頬をかき、苦笑しながら伝えると、ベナトシュはありえないといった驚き顔。
「いえ。負けたわけではないんですけど、上手くいかなくて、自分から降参したんです。けど、後悔はしてません。これからも僕なりの戦い方で、仕官を目指そうと思います」
「……そっか。お前が後悔してないってんなら、俺は応援するだけだな」
「心強いです。ところであの、先ほど読んでいたあれって……」
ベナトシュが片手に持っていた紙に視線を移すと、やはり見知った焼き印が見える。
「ああ、協会からだよ。邪竜の討伐要請」
そう言うベナトシュの口調は、若干暗い。
協会直々の討伐要請?
「そうですか。気をつけて下さいね」
さぞ強力な邪竜なのだろうと、そう深くは考えずに応援する。
「サンキュ!けど行く前に、ちょっくら新人の顔でも見てくっかな」
「新人?……あ、そうか」
今日の協会は午前中は仕官の、午後はバスターの最終試験が行われている。
「今年は、どんな人がバスターになったんでしょうね?」
「さあな。けど今回は、随分と若いのが来てるって噂だぜ。だから、受かってたらその顔拝んでやろうと思ってよ」
「顔、極悪人みたいになってますよ」
うへへと笑うベナトシュは、悪戯を思い付いた少年のようだ。
「お前も、今日はもう帰れよ。家族の人が待ってるだろ」
「そうですね。結果を報告したら、どうせまた怒られるんでしょうけど」
と苦笑を浮かべ、ベナトシュと別れた。
「おめでとう、フォーマルハウト」
家に帰り、いきなり広間に通されたと思ったら、養父ハマルの祝福に出迎えられた。
「父さん、まだ早いですよ」
同じく広間にいた義兄アクベンスは、書類を見ながら父を窘める。
「なに、どうせ明日には分かる事だ。今言っても、そう変わりはせん」
二人が何の話をしているのかさっぱり読めないフォーマルハウトに、義兄が決定的な言葉を発する。
「これで、ようやくお前も、ウヌカルハイの名に恥じない人間になったわけだ。これに甘んじる事なく、精進する事だ」
「え……ということは僕、試験に受かったんですか?だって、棄権したのに」
自ら負けを認めた者が合格?
だがハマルは、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて言う。
「あれに勝敗は関係ないよ。我々が見ているのは、戦況においてのその者の動き、考え方だ。我々はこの国の砦。矛である必要は無い。
その点、お前の動きは実に見事だった。明日、正式に合格通知を受け取ったら、皆で祝杯をしよう」
認められた。僕の戦い方が……。やっぱり、間違ってなかったんだ。
状況を把握するのに時間が掛かり、脳がじわじわと喜びを受け入れ、
「やった……!あ」
と、小さくガッツポーズを決めた。
が、その直後、二人が目の前にいる事を思い出し、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。
「す、すみません。嬉しくて、つい」
照れ笑いを浮かべ言うと、ハマルも嬉しそうに笑う。
「ははは。お前のそんな顔は久しぶりだな。そうだ。お前もこれを見るかい?」
「何ですか?」
ハマルが差し出した羊皮紙を受け取ろうと前に進み出ると、
「父さん、それは!」
とアクベンスが再び止めに入るが、ハマルはそれをやんわりと制し、それを渡してきた。
「今回バスターになった者達だ。よく、覚えておきなさい」
「これが……随分と少ないんですね」
受け取った紙はそれほど大きくはなく、書かれている名前も、片手で数えられるほどしかない。
「合格者は必ず半数以下になるからな。毎年そんなものだ」
何やら手続きをしているのか、アクベンスは手を止めずに言う。
「そういえば、受験者の中に随分と若い人がいたみたいなんですが……」
「ああ。一番下の名前の子がそうだよ」
ハマルにそう言われて再び目を通す。
「え、女の人?」
「ああ。お前よりもはるかに幼い、女の子だったよ。おそらく、家族や国の為だろう」
「国の為って、もしかしてこの人……」
言葉の意味に気付き、掠れた声で言うと、ハマルは静かに頷いた。
「ああ。風の王国の出身だよ」
……。
星歴千年 バスター合格者一覧
そこに連なる人物名の一番下は、こう記されていた。
Borealice
†
日が暮れる直前、バスター承認試験を終えたボレアリスは、仕官の誘導で協会広間に通された。
そこには、試験初日に見た三人の親任官がおり、こちらを認めると、中央の親任官が口を開いた。
「今回の合格者は、君が最後のようだな。では、これを受け取りなさい」
その親任官は、他の仕官が持ってきた重厚な箱から、掌サイズの紋章を取り出し、ボレアリスに差し出す。
「これよりそなたをバスターと認め、この証を授ける。これがあれば全ての国境を優に渡れる。我々協会は邪竜の情報提供を始め、あらゆる支援を約束する。これからの活躍と健闘を祈る」
「……」
ボレアリスはそれに対して何を言うでもなく、紋章を受け取り、暗い顔のまま外に出た。
バスターか。覚悟はしてたけど、辛い、職業だな。
今は、バスターになれた喜びよりも、バスターになってしまった嫌悪感の方が強く出ている。
バスターの試験は強さと覚悟が試されて、その内容は極秘。……言えるわけないよな。試験内容が人殺しだなんて。
バスターは元人間を殺めているから殺人鬼と言うものは何人もいる。
しかし試験では、実際に人間同士の殺し合いが行われており、それを今日、ボレアリスも経験した。
試験で試される『強さ』では受験者一人とランダムにペアを組み、三日目の昼までに邪竜を討伐し、協会に帰還すること。
続く『覚悟』では、その日の日没までに相手を殺す事が求められた。
邪竜だから殺せる、という半端な覚悟では、バスターは務まらない。という協会の意向からだ。
ボレアリスは覚悟の試練に手こずり、日没ギリギリで資格を得た。
「……」
ぼんやりと手を眺める。
念入りに洗ったので既に血は付いていないが、未だに相手の命を奪った瞬間の感触が拭えない。
「うっ」
思い出しただけで吐き気が込み上げ、思わずえずく。
覚悟を決めたはずなのに、いきなりこんなか……。情けないな。
自虐的に笑い、一つ深呼吸をして、自分に言い聞かせる。
もう決めたんだ。後ろは、振り向かない!
「アリスー!」
薄闇の街中から、自分の名を呼ぶ声がし、大きく手を振って駆け寄ってくる少年がいた。
「ルクバット」
階段下までやってきたルクバットは、息も絶え絶えに笑顔を見せる。
「お疲れ様!試験、どうだった?」
「あ、うん……」
歯切れの悪い返事をしつつ階段を下りて前に立つと、手に持っていた紋章を見つけた彼はいっそうはしゃぎだす。
「あ、それ!バスターになれたんだね?おめでとう!やっぱりアリスはすごいや」
その笑顔は、今の自分にはあまりにも眩しすぎた。
「アリス、どうしたの?どこか怪我でもしてるの?」
ずっと暗い顔をしていたせいで、ルクバットは心配そうにそう言う。
「いや。大丈夫、ありがとう」
心配させないよう、無理やり笑って答える。
「なんだ。結局お前が残ったのか」
ルクバットの頭を撫でようと手を伸ばした所で、聞き覚えのある図太い声が聞こえた。
今度は後方、協会建物の中から。
篝火に照らされて足元から順に見えてきた人物は、声色から想像出来るような、恰幅の良い男だった。
「あんた、試験にいた……」
火の帝国の男。
「レグルスだ。お前、風の王国の出身だろ?こーんな若いのがまだいたんだな。にしても、やっぱりあいつはダメだったか。お前、運が良かったな。いや、それとも悪いのか?」
「何が言いたいんだ?」
レグルスと名乗った男は、始終げらげらと笑っていてかんに障る。
彼の言うあいつ、とはボレアリスが試験で戦った相手の事だろう。
「あいつは確かに強いけど、女子供には甘くてよ。お前はあいつの甘さに救われたって言ってんだ。今後、お前が一人で邪竜を相手にした時、すぐに死ぬって意味」
「……」
受験者には、ポエニーキスの出身者が数多く参加していた。
彼らは、ボレアリスがグルミウム出身だと知ると、一気に態度を変えてきた。
ここは子供の来る場所じゃない。
死にに来たのか。
お前じゃ誰も救えない。
等、どれも心ない言葉ばかり。
このレグルスも、その一人。
彼は今回、最初に資格を得ていた。
何の躊躇いもなく、三日を共にした相手を、笑いながら殺していた。
「運が良いかどうか、試してみるか?」
静かに敵意を向け、腰刀の柄に手をかける。
エラルドの修行がなければ、とっくに掴みかかっていただろう。
「へっ。死にたがりが。言っとくが俺は、あいつみたいに甘くはないぞ」
レグルスは重量感のある狼牙棒をこれ見よがしに取り出す。
数秒の間の後、同時に斬りかかる。
が、二人の武器が交じり合う事はなかった。
「っ!」
目の前にもう一人、見知らぬ男がレグルスとの間に入ってきた。
急いで後ろに下がり距離をとる。
男は、手にしている鞘と刀でそれぞれの攻撃を受け止めた形でそこに立っていた。
男が割り込んできたであろう方向を見ると、数メートル先に刀袋が落ちている。
あれだけの距離を、一瞬で……。
「誰だお前」
お楽しみを奪われたレグルスが訝しげに言うと、男は刀を鞘に納めながら爽やかに名乗った。
「俺はベナトシュ。お前達の先輩だ」
「先輩?お前もバスターか」
「ああ。それより、早く武器しまえよ。バスター同士のやり合いは御法度だ。資格を貰った日に剥奪なんて嫌だろ?」
「……ちっ」
レグルスは不満気に唾を吐き捨て、歩き去った。
ボレアリスも腰刀をしまい、ルクバットを連れてこの場を去ろうとする。が、
「あ、ちょい待ち」
ベナトシュに呼び止められた。
「なあ、お前いくつ?」
「は?」
突拍子のない質問。
ベナトシュは軽い足取りでこちらに近付き、ボレアリスの顔を覗き込むようにして続ける。
「お前だろ?今回一番若い受験者って。年は?名前は何て言うんだ?」
「……ボレアリス。サジタリウス(十二月)で十になる」
「てことは、まだ九つかよ!あ~、負けたぁ」
馴れ馴れしい態度に面くらいながら答えると、一人で勝手に落ち込むベナトシュ。
「俺な。十と二ヶ月でバスターになって、今の今まで最年少保持者だったのよ。てかお前、女なのな。女の名前使った男、じゃないよな」
この場合、どこに突っ込んだら良いのか分からない。
男に間違われる事は何度かあったが、正直今はこの男から早く離れたかった。
「あ、おい。だから待てって」
そそくさと去ろうとするが、再び止められる。
面倒くさいのに捕まったな。
嫌々彼を見ると、ベナトシュは先ほど手にしていた刀とは違う物を取り出した。
「年では負けたが、実力はどうかな?」
その柄には協会の印と、花綱がされている。
あれは、節刀?
「俺はバスターであり、スレイヤーでもある。お前は流石に違うだろ?明日、ある邪竜を討伐に行くんだけど、一緒に来ないか?おまえの実力、俺に見せてくれよ」
あの日以降親しくなり、戦い方の助言してくれるベナトシュを相手に槍を突いたりなぎ払ったり、時に、武器とは呼べない物を手にし、己の全能力を駆使する日々。
その努力の成果を見せる、バスター協会の仕官受験最終選考が行われた。
試験は午前中の内に終了し、フォーマルハウトは試験の手応えをベナトシュに報告する為、いつもの甘味所に急いでいた。
ベナトシュは、いつもの長椅子に座っている。
「ベナトシュさん!」
声をかけると、何かの文を読んでいたベナトシュがこちらに気付き、片手を上げる。
「よぉ、フォー。随分機嫌が良いな。さては、上手くやったな?」
「はい!あ、でも、今回も多分、ダメだったと思います」
「はあ?ダメって、まさか負けたのか?」
頬をかき、苦笑しながら伝えると、ベナトシュはありえないといった驚き顔。
「いえ。負けたわけではないんですけど、上手くいかなくて、自分から降参したんです。けど、後悔はしてません。これからも僕なりの戦い方で、仕官を目指そうと思います」
「……そっか。お前が後悔してないってんなら、俺は応援するだけだな」
「心強いです。ところであの、先ほど読んでいたあれって……」
ベナトシュが片手に持っていた紙に視線を移すと、やはり見知った焼き印が見える。
「ああ、協会からだよ。邪竜の討伐要請」
そう言うベナトシュの口調は、若干暗い。
協会直々の討伐要請?
「そうですか。気をつけて下さいね」
さぞ強力な邪竜なのだろうと、そう深くは考えずに応援する。
「サンキュ!けど行く前に、ちょっくら新人の顔でも見てくっかな」
「新人?……あ、そうか」
今日の協会は午前中は仕官の、午後はバスターの最終試験が行われている。
「今年は、どんな人がバスターになったんでしょうね?」
「さあな。けど今回は、随分と若いのが来てるって噂だぜ。だから、受かってたらその顔拝んでやろうと思ってよ」
「顔、極悪人みたいになってますよ」
うへへと笑うベナトシュは、悪戯を思い付いた少年のようだ。
「お前も、今日はもう帰れよ。家族の人が待ってるだろ」
「そうですね。結果を報告したら、どうせまた怒られるんでしょうけど」
と苦笑を浮かべ、ベナトシュと別れた。
「おめでとう、フォーマルハウト」
家に帰り、いきなり広間に通されたと思ったら、養父ハマルの祝福に出迎えられた。
「父さん、まだ早いですよ」
同じく広間にいた義兄アクベンスは、書類を見ながら父を窘める。
「なに、どうせ明日には分かる事だ。今言っても、そう変わりはせん」
二人が何の話をしているのかさっぱり読めないフォーマルハウトに、義兄が決定的な言葉を発する。
「これで、ようやくお前も、ウヌカルハイの名に恥じない人間になったわけだ。これに甘んじる事なく、精進する事だ」
「え……ということは僕、試験に受かったんですか?だって、棄権したのに」
自ら負けを認めた者が合格?
だがハマルは、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて言う。
「あれに勝敗は関係ないよ。我々が見ているのは、戦況においてのその者の動き、考え方だ。我々はこの国の砦。矛である必要は無い。
その点、お前の動きは実に見事だった。明日、正式に合格通知を受け取ったら、皆で祝杯をしよう」
認められた。僕の戦い方が……。やっぱり、間違ってなかったんだ。
状況を把握するのに時間が掛かり、脳がじわじわと喜びを受け入れ、
「やった……!あ」
と、小さくガッツポーズを決めた。
が、その直後、二人が目の前にいる事を思い出し、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。
「す、すみません。嬉しくて、つい」
照れ笑いを浮かべ言うと、ハマルも嬉しそうに笑う。
「ははは。お前のそんな顔は久しぶりだな。そうだ。お前もこれを見るかい?」
「何ですか?」
ハマルが差し出した羊皮紙を受け取ろうと前に進み出ると、
「父さん、それは!」
とアクベンスが再び止めに入るが、ハマルはそれをやんわりと制し、それを渡してきた。
「今回バスターになった者達だ。よく、覚えておきなさい」
「これが……随分と少ないんですね」
受け取った紙はそれほど大きくはなく、書かれている名前も、片手で数えられるほどしかない。
「合格者は必ず半数以下になるからな。毎年そんなものだ」
何やら手続きをしているのか、アクベンスは手を止めずに言う。
「そういえば、受験者の中に随分と若い人がいたみたいなんですが……」
「ああ。一番下の名前の子がそうだよ」
ハマルにそう言われて再び目を通す。
「え、女の人?」
「ああ。お前よりもはるかに幼い、女の子だったよ。おそらく、家族や国の為だろう」
「国の為って、もしかしてこの人……」
言葉の意味に気付き、掠れた声で言うと、ハマルは静かに頷いた。
「ああ。風の王国の出身だよ」
……。
星歴千年 バスター合格者一覧
そこに連なる人物名の一番下は、こう記されていた。
Borealice
†
日が暮れる直前、バスター承認試験を終えたボレアリスは、仕官の誘導で協会広間に通された。
そこには、試験初日に見た三人の親任官がおり、こちらを認めると、中央の親任官が口を開いた。
「今回の合格者は、君が最後のようだな。では、これを受け取りなさい」
その親任官は、他の仕官が持ってきた重厚な箱から、掌サイズの紋章を取り出し、ボレアリスに差し出す。
「これよりそなたをバスターと認め、この証を授ける。これがあれば全ての国境を優に渡れる。我々協会は邪竜の情報提供を始め、あらゆる支援を約束する。これからの活躍と健闘を祈る」
「……」
ボレアリスはそれに対して何を言うでもなく、紋章を受け取り、暗い顔のまま外に出た。
バスターか。覚悟はしてたけど、辛い、職業だな。
今は、バスターになれた喜びよりも、バスターになってしまった嫌悪感の方が強く出ている。
バスターの試験は強さと覚悟が試されて、その内容は極秘。……言えるわけないよな。試験内容が人殺しだなんて。
バスターは元人間を殺めているから殺人鬼と言うものは何人もいる。
しかし試験では、実際に人間同士の殺し合いが行われており、それを今日、ボレアリスも経験した。
試験で試される『強さ』では受験者一人とランダムにペアを組み、三日目の昼までに邪竜を討伐し、協会に帰還すること。
続く『覚悟』では、その日の日没までに相手を殺す事が求められた。
邪竜だから殺せる、という半端な覚悟では、バスターは務まらない。という協会の意向からだ。
ボレアリスは覚悟の試練に手こずり、日没ギリギリで資格を得た。
「……」
ぼんやりと手を眺める。
念入りに洗ったので既に血は付いていないが、未だに相手の命を奪った瞬間の感触が拭えない。
「うっ」
思い出しただけで吐き気が込み上げ、思わずえずく。
覚悟を決めたはずなのに、いきなりこんなか……。情けないな。
自虐的に笑い、一つ深呼吸をして、自分に言い聞かせる。
もう決めたんだ。後ろは、振り向かない!
「アリスー!」
薄闇の街中から、自分の名を呼ぶ声がし、大きく手を振って駆け寄ってくる少年がいた。
「ルクバット」
階段下までやってきたルクバットは、息も絶え絶えに笑顔を見せる。
「お疲れ様!試験、どうだった?」
「あ、うん……」
歯切れの悪い返事をしつつ階段を下りて前に立つと、手に持っていた紋章を見つけた彼はいっそうはしゃぎだす。
「あ、それ!バスターになれたんだね?おめでとう!やっぱりアリスはすごいや」
その笑顔は、今の自分にはあまりにも眩しすぎた。
「アリス、どうしたの?どこか怪我でもしてるの?」
ずっと暗い顔をしていたせいで、ルクバットは心配そうにそう言う。
「いや。大丈夫、ありがとう」
心配させないよう、無理やり笑って答える。
「なんだ。結局お前が残ったのか」
ルクバットの頭を撫でようと手を伸ばした所で、聞き覚えのある図太い声が聞こえた。
今度は後方、協会建物の中から。
篝火に照らされて足元から順に見えてきた人物は、声色から想像出来るような、恰幅の良い男だった。
「あんた、試験にいた……」
火の帝国の男。
「レグルスだ。お前、風の王国の出身だろ?こーんな若いのがまだいたんだな。にしても、やっぱりあいつはダメだったか。お前、運が良かったな。いや、それとも悪いのか?」
「何が言いたいんだ?」
レグルスと名乗った男は、始終げらげらと笑っていてかんに障る。
彼の言うあいつ、とはボレアリスが試験で戦った相手の事だろう。
「あいつは確かに強いけど、女子供には甘くてよ。お前はあいつの甘さに救われたって言ってんだ。今後、お前が一人で邪竜を相手にした時、すぐに死ぬって意味」
「……」
受験者には、ポエニーキスの出身者が数多く参加していた。
彼らは、ボレアリスがグルミウム出身だと知ると、一気に態度を変えてきた。
ここは子供の来る場所じゃない。
死にに来たのか。
お前じゃ誰も救えない。
等、どれも心ない言葉ばかり。
このレグルスも、その一人。
彼は今回、最初に資格を得ていた。
何の躊躇いもなく、三日を共にした相手を、笑いながら殺していた。
「運が良いかどうか、試してみるか?」
静かに敵意を向け、腰刀の柄に手をかける。
エラルドの修行がなければ、とっくに掴みかかっていただろう。
「へっ。死にたがりが。言っとくが俺は、あいつみたいに甘くはないぞ」
レグルスは重量感のある狼牙棒をこれ見よがしに取り出す。
数秒の間の後、同時に斬りかかる。
が、二人の武器が交じり合う事はなかった。
「っ!」
目の前にもう一人、見知らぬ男がレグルスとの間に入ってきた。
急いで後ろに下がり距離をとる。
男は、手にしている鞘と刀でそれぞれの攻撃を受け止めた形でそこに立っていた。
男が割り込んできたであろう方向を見ると、数メートル先に刀袋が落ちている。
あれだけの距離を、一瞬で……。
「誰だお前」
お楽しみを奪われたレグルスが訝しげに言うと、男は刀を鞘に納めながら爽やかに名乗った。
「俺はベナトシュ。お前達の先輩だ」
「先輩?お前もバスターか」
「ああ。それより、早く武器しまえよ。バスター同士のやり合いは御法度だ。資格を貰った日に剥奪なんて嫌だろ?」
「……ちっ」
レグルスは不満気に唾を吐き捨て、歩き去った。
ボレアリスも腰刀をしまい、ルクバットを連れてこの場を去ろうとする。が、
「あ、ちょい待ち」
ベナトシュに呼び止められた。
「なあ、お前いくつ?」
「は?」
突拍子のない質問。
ベナトシュは軽い足取りでこちらに近付き、ボレアリスの顔を覗き込むようにして続ける。
「お前だろ?今回一番若い受験者って。年は?名前は何て言うんだ?」
「……ボレアリス。サジタリウス(十二月)で十になる」
「てことは、まだ九つかよ!あ~、負けたぁ」
馴れ馴れしい態度に面くらいながら答えると、一人で勝手に落ち込むベナトシュ。
「俺な。十と二ヶ月でバスターになって、今の今まで最年少保持者だったのよ。てかお前、女なのな。女の名前使った男、じゃないよな」
この場合、どこに突っ込んだら良いのか分からない。
男に間違われる事は何度かあったが、正直今はこの男から早く離れたかった。
「あ、おい。だから待てって」
そそくさと去ろうとするが、再び止められる。
面倒くさいのに捕まったな。
嫌々彼を見ると、ベナトシュは先ほど手にしていた刀とは違う物を取り出した。
「年では負けたが、実力はどうかな?」
その柄には協会の印と、花綱がされている。
あれは、節刀?
「俺はバスターであり、スレイヤーでもある。お前は流石に違うだろ?明日、ある邪竜を討伐に行くんだけど、一緒に来ないか?おまえの実力、俺に見せてくれよ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あなたの転生先は〇〇です。
クラッベ
ファンタジー
理由は不明だが世界は滅んでしまった。
「次はファンタジーな世界を作ろう」と神は世界を作り直す。
そして死んでしまった人間たちの魂を、新しい世界へと転生させた。
これはその転生した魂たちの中で、前世を思い出したごく一部の物語である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~
夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。
盗賊が村を襲うまでは…。
成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。
不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。
王道ファンタジー物語。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~
柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。
世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。
そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。
彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。
だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。
原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。
かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。
何を救う為、何を犠牲にするのか——。
これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。
ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる