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承の星々
優しさと厳しさの二面性
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「ねえ、アルマク。本当にもう稽古は終わりなの?」
風の王国の聖なる祠の奥深く、泉の縁に座るアウラは聖霊アルマクに話し掛ける。
ここに身を隠し、彼女から様々な稽古をつけてもらってから早二年が経つ。
まもなく十歳になるアウラはつい先日、シルフ達の長であるアルマクから、次の稽古が最後であることを告げられた。
「ええ。前の稽古で、可能な限りの事は教え終えました。最初に話した通り、風の掴み方は人それぞれ。これ以上、私から学べる物は何も無い。あとは、自分の肌で感じとりなさい。
ですから最後の稽古は、今までの総仕上げみたいなものです」
泉の上を舞うようにしていたアルマクは、そう言いながらアウラの肩に止まる。
「でも、エルはアルマクから四年も稽古を付けてもらったんでしょ?私はその半分なんて」
「確かに、年数だけで言えばエラルドは四年。アウラはその半分。でも中身はほぼ同じ物。ただあの子の方が、一日に行う稽古量が少なかっただけですから、気にする必要はないの」
不服そうに言うアウラを宥めるように、頬に手を触れ、そう答える。
「それより貴女には、やりたい事があるはず。あの日、強くなければ護れないと言った言葉は、決して彼に向けただけでは無いのでしょう?」
言ってアルマクは、そばで別のシルフから勉学に励んでいるルクバットを見る。
この聖霊は、まるで心が読めるかのように、アウラに語りかけてくる。
「私は、外に出る日が来たら、バスターになりたいんだ」
バスター。
土の天地に協会本部を構え、邪竜討伐を第一目的として設立された、唯一の世界共通組織。
力試しとしてやってくる火の帝国出身の者が多数を締めているが、基本的には身内に邪竜を生んだ者がなる、汚れた職業として定着している。
「なるほど。それで邪に堕ちた国民、ひいては父君を救いたい。そういう考えですか」
「それだけじゃない。私は、この国も助けたいと思ってる」
「国を?」
どうやって?と首を傾げるアルマクに、アウラは何度も繰り返し読み漁った一冊の本を見せた。
「この本に書いてあったんだ。バスターは、己の力を試す為に、各国の聖なる祠で試練を受ける巡礼があるって。風、水、雷、火の国々を巡った最後、土の試練を乗り越えた時、エルタニン天帝に願いを叶えて貰えるって」
「なるほど。アウラの願いというのはつまり……」
察したアルマクの言葉に力強く頷き、アウラはその願いを口にする。
「風の王国を、復活させる」
「そうですか……」
アルマクはしばらく考え込んだ後、ふわりとアウラの顔の前へと躍り出る。
「バスターの試験では、強さと覚悟が試されます」
「うん。内容は分からないけど、最悪の想定はしてるつもり」
「貴女の夢はとてつもなく大きい。もし、叶わなかった時は、どうしますか?」
「私は一人じゃない。もし私に出来なかったら、誰かに繋げるよ」
「ここから外に出れば、貴女を護る者はいなくなる」
「それは違うよアルマク。私にはエルの剣が、アルマクの教えてくれた技が、いつだって護ってくれる。それに、ルクバットもいるし」
アルマクの挑発地味た質問に、全て落ち着いて答えると、アルマクも満足そうに微笑んだ。
「成長しましたね。身体だけでなく、心も。貴女があのまま王女として育っていれば、きっと素敵な王国が見れたでしょうに」
「過ぎた事だよ。それに、私の夢を叶えればいいだけの事だし」
「そうですね。……けれどアウラ。貴女は建国の条件を知ったうえで、それを望むの?」
若干厳しい顔つきになったアルマクに、アウラは静かに頷く。
「正直、それを考えるとすごく不安だけど、私が進む道は、もうこれしかないと思うんだ」
「分かりました。なら、私がとやかく言う理由はどこにも無い。何処へなりとも、風の吹くままに進みなさい。貴女は、エラルドと私の愛弟子ですもの。きっと上手くいくわ」
「ありがとうございます。お師匠様」
アウラが恭しく礼を述べると、アルマクはにこりと微笑み、アウラの耳元で囁いた。
「それでは前祝いとして、良いお話をしてあげましょう。ルクバットが受けた、試練についてです。時が来たら、彼にも話してあげてください」
†
数日ぶりに、アウラとルクバットは揃って祠の外へ出た。
二年前、ルクバットが外に出るのを阻んだ結界はいつの間にか消えており、外に出ても森の方にしか行かないアウラが、今日は初めて違う場所に連れて行ってくれた。
王都ゼフィールの、広場跡地。
あの日、この場所で何が起きたのか、アウラを始めシルフ達も詳しくは教えてくれないが「多くの命が散った墓場」だと言っていた。
広場に着いてからのアウラは、とても辛そうな顔をしていて、見ているとルクバットも悲しくなってくる。
ここは、とても悲しい所なんだ。
「ルクバット」
少し離れた所からアウラに呼ばれ、小走りで近寄っていく。
アウラは、一本の大樹の前に立っていて、それを見上げ言う。
「この国の御神木だ。風の王国が出来た時に植えたんだって。あの時に枯れなくて本当に良かった。きっと、エルが護ってくれたんだね」
「どうして分かるの?」
そう尋ねると、アウラは後方、ルクバットがさっきまでいた辺りを指差した。
「ちょうどあの辺りで、エルを見つけたんだ。今思えば、御神木を護ろうとしてたのかなって」
「木がそんなに大切なの?」
素朴な疑問を投げかけると、アウラはおかしそうに笑う。
「だよね。私も初めて見た時、同じ事を思ったよ。けど、今は違う。この御神木は、皆の誇りなんだ」
「ホコリ?」
脳内に、空中に漂うふわふわとしたのが浮かぶが、アウラが言っているのは別物だ。
「さっきも言ったけど、これはこの国が出来る時に植えられた物。この御神木あってこその風の王国なんだよ」
「んー、よく分かんない」
アウラは時々、難しい事を言う。
大抵は「大きくなれば分かるよ」と片付けられてしまうが、今回は違った。
「この国は、まだ死んでないって事」
「でも、何もないよ?」
そう、ここには何もない。
あるのは御神木と、瓦礫の山。
「ルクバットは、この国の何を覚えてる?」
「んー……」
急に言われても、ルクバットが記憶しているのはごく最近の事ばかり。
二年前となると、かなりぼんやりしている。
母親や、父親の顔すらも。
「……あ。におい」
両親の事を考えていたら、鼻の奥を何かがついた。
「におい、か。確かにここは、色んな草花が咲いてたな」
アウラはその場にしゃがみこんで話を続ける。
「国も花と一緒だよ。美しく咲き誇る時もあれば、しおれてみすぼらしい時もある。けど草花は枯れる前に種を蒔いて、また咲き誇る。
この国も今は種を蒔いてる途中。時期が来れば、また花が咲く」
目の前の瓦礫を退かすと、下から若葉が覗く。
「ここには沢山の思い出が詰まってるんだ。生きようという、強い意志が伝わってこない?」
「うん。なんか、あったかい」
何も無い場所だが、目を閉じれば、仄かな香りが風に乗ってくるような気がして、心がぽかぽかしてくる。
「私はね。その意志を、想いを継ぎたいんだ」
「どうするの?」
アウラは、御神木の木漏れ日を受けながら答えた。
「この国を、元の緑豊かな国に戻す。そのために、バスターになる」
「バスター?悪い竜をやっつけるんだよね?」
つい先日、聖霊から学んだ言葉を聞いて、思わず目が輝く。
「まあ、そうだけど……その言い方は止めた方がいいよ」
アウラの苦笑は、ルクバットの反応を見たシルフ達と同じものだ。
「だってバスターは、悪い竜をやっつけるすごい人なんでしょ?」
「そうだけど、その悪い竜ってとこがね。彼等も、なりたくてなったわけじゃないんだ。その辺はもう少し勉強が必要だね」
言ってアウラは、ルクバットの頭をぽんと撫でた。
「とにかく私は、バスターになって、この国を救う。ルクバットも、ついて来てくれる?」
「うん、行く!」
即答する。
アウラの言う意味は半分も分からなかったが、もう独りにはなりたくない。
記憶こそ朧気だが、もうあんな寂しい思いはしたくない。
「よし、それじゃ、御神木に誓おう」
腰に手を当て、御神木を見上げてアウラは言う。
「この国を旅立つ時、御神木に誓いを立てる習わしがあるんだって」
「へぇ」
「それじゃ」
アウラは静かに目を閉じ、ルクバットもそれに続く。
誓い……。よく分からないけど、いろんな事が知りたいな。ぼくの国がキレイになったところも見てみたい。
「終わった?」
目を開けると、アウラはとっくに終わっていたようでこちらを見ている。
「うん!」
元気に答えると、アウラは嬉しそうに微笑む。
「あとね、出発前に、一つだけ約束してほしい事があるんだ」
「なに?」
「ここを出たら、私をアウラって呼ぶのを止めて欲しいんだ」
「え?でも、アウラはアウラでしょ?」
前までお姉ちゃんと呼んでいたが、それを拒否されて名前にしたのに、またお姉ちゃんと呼んで欲しいのだろうか?
「私はね、昔は一人で家を出る事が出来なかったんだ。けど、ある誕生日の少し前、祝いとしてエルが……お前の母さまが、外に出る為の名前をくれたんだ。だから、その名前で呼んでほしい」
「へぇ。なんて名前?」
尋ねると、アウラはとても懐かしむような遠い目をして、静かに答えた。
「ボレアリス。エルは、アリスって呼んでたから、ルクバットもそう呼んで」
「ぼれ……うん。分かったよ、アリス」
言われた名で呼ぶと、アウラはとても嬉しそうだ。
「ありがとう。そろそろ祠に戻ろう。アルマクの最後の稽古を終わらせなきゃ」
「うん!」
アウラに手を引かれ、ルクバットはアルマクが待つ祠に戻った。
「お帰りなさい。立志式は終わりましたか?」
「そんなに立派な物はやってないけどね」
アルマクの冗談めいた出迎えに、アウラは笑って答える。
「ふふふ。では、貴女達の意志が薄れる前に、最後の稽古を付けるとしましょうか」
アルマクは含みのある笑みをたたえたまま、アウラの近くまでやってくる。
「今回の稽古は、何もしなくていいですよ。貴女はただ、そこに立っていればいい。……いいえ。最後まで立っていられるようにするのが、最後の稽古です」
「それ、どういう意味……」
「吹きすさんだ風の子よ」
「っ!」
この声!
突然聞こえた、忘れもしない男の声。
なんでここに、こいつが……!
思い出しただけで腸が煮えたぎり、身体中が熱くたぎる。
殺す!コイツだけは、必ず……!
殺意が膨れ上がると同時に、胸が苦しくなる。
息が、出来ない。
「……っ、げほっ、ごほっごほ!」
「アウラ!大丈夫?」
気付けばアウラは、喉元を抑え地面に倒れ込んでいた。
隣でルクバットが心配そうにしているが、何が起きたのか全く分からない。
上を見上げると、無表情のアルマクがこちらを見下ろしている。
「これは過去に流れた話。貴女はたったこれだけで、邪に身を堕としそうなほど、まだ過去に縛られている。この稽古は、貴女の怒りを殺し、力を抑える術を学ぶ物。
今までとは勝手が違い、おそらく最大の難関となるでしょう」
「私の息を止めたのは……」
「正気を取り戻すには、一番手っ取り早いでしょう?窒息する前に、終わらせてくださいね、優しさと厳しさの二面性?」
「名前……知ってたんだ」
「勿論。私にとってもそれは、大切な名前ですから。さ、立ちなさい。どんどん続けますよ」
悪魔みたいな微笑みをたたえる聖霊を前に、アウラはニヤリと笑い、立ち上がる。
ほんと、エルと違って手荒な師匠だな。すぐに終わらせて、さっさと出て行かないと。
風の王国の聖なる祠の奥深く、泉の縁に座るアウラは聖霊アルマクに話し掛ける。
ここに身を隠し、彼女から様々な稽古をつけてもらってから早二年が経つ。
まもなく十歳になるアウラはつい先日、シルフ達の長であるアルマクから、次の稽古が最後であることを告げられた。
「ええ。前の稽古で、可能な限りの事は教え終えました。最初に話した通り、風の掴み方は人それぞれ。これ以上、私から学べる物は何も無い。あとは、自分の肌で感じとりなさい。
ですから最後の稽古は、今までの総仕上げみたいなものです」
泉の上を舞うようにしていたアルマクは、そう言いながらアウラの肩に止まる。
「でも、エルはアルマクから四年も稽古を付けてもらったんでしょ?私はその半分なんて」
「確かに、年数だけで言えばエラルドは四年。アウラはその半分。でも中身はほぼ同じ物。ただあの子の方が、一日に行う稽古量が少なかっただけですから、気にする必要はないの」
不服そうに言うアウラを宥めるように、頬に手を触れ、そう答える。
「それより貴女には、やりたい事があるはず。あの日、強くなければ護れないと言った言葉は、決して彼に向けただけでは無いのでしょう?」
言ってアルマクは、そばで別のシルフから勉学に励んでいるルクバットを見る。
この聖霊は、まるで心が読めるかのように、アウラに語りかけてくる。
「私は、外に出る日が来たら、バスターになりたいんだ」
バスター。
土の天地に協会本部を構え、邪竜討伐を第一目的として設立された、唯一の世界共通組織。
力試しとしてやってくる火の帝国出身の者が多数を締めているが、基本的には身内に邪竜を生んだ者がなる、汚れた職業として定着している。
「なるほど。それで邪に堕ちた国民、ひいては父君を救いたい。そういう考えですか」
「それだけじゃない。私は、この国も助けたいと思ってる」
「国を?」
どうやって?と首を傾げるアルマクに、アウラは何度も繰り返し読み漁った一冊の本を見せた。
「この本に書いてあったんだ。バスターは、己の力を試す為に、各国の聖なる祠で試練を受ける巡礼があるって。風、水、雷、火の国々を巡った最後、土の試練を乗り越えた時、エルタニン天帝に願いを叶えて貰えるって」
「なるほど。アウラの願いというのはつまり……」
察したアルマクの言葉に力強く頷き、アウラはその願いを口にする。
「風の王国を、復活させる」
「そうですか……」
アルマクはしばらく考え込んだ後、ふわりとアウラの顔の前へと躍り出る。
「バスターの試験では、強さと覚悟が試されます」
「うん。内容は分からないけど、最悪の想定はしてるつもり」
「貴女の夢はとてつもなく大きい。もし、叶わなかった時は、どうしますか?」
「私は一人じゃない。もし私に出来なかったら、誰かに繋げるよ」
「ここから外に出れば、貴女を護る者はいなくなる」
「それは違うよアルマク。私にはエルの剣が、アルマクの教えてくれた技が、いつだって護ってくれる。それに、ルクバットもいるし」
アルマクの挑発地味た質問に、全て落ち着いて答えると、アルマクも満足そうに微笑んだ。
「成長しましたね。身体だけでなく、心も。貴女があのまま王女として育っていれば、きっと素敵な王国が見れたでしょうに」
「過ぎた事だよ。それに、私の夢を叶えればいいだけの事だし」
「そうですね。……けれどアウラ。貴女は建国の条件を知ったうえで、それを望むの?」
若干厳しい顔つきになったアルマクに、アウラは静かに頷く。
「正直、それを考えるとすごく不安だけど、私が進む道は、もうこれしかないと思うんだ」
「分かりました。なら、私がとやかく言う理由はどこにも無い。何処へなりとも、風の吹くままに進みなさい。貴女は、エラルドと私の愛弟子ですもの。きっと上手くいくわ」
「ありがとうございます。お師匠様」
アウラが恭しく礼を述べると、アルマクはにこりと微笑み、アウラの耳元で囁いた。
「それでは前祝いとして、良いお話をしてあげましょう。ルクバットが受けた、試練についてです。時が来たら、彼にも話してあげてください」
†
数日ぶりに、アウラとルクバットは揃って祠の外へ出た。
二年前、ルクバットが外に出るのを阻んだ結界はいつの間にか消えており、外に出ても森の方にしか行かないアウラが、今日は初めて違う場所に連れて行ってくれた。
王都ゼフィールの、広場跡地。
あの日、この場所で何が起きたのか、アウラを始めシルフ達も詳しくは教えてくれないが「多くの命が散った墓場」だと言っていた。
広場に着いてからのアウラは、とても辛そうな顔をしていて、見ているとルクバットも悲しくなってくる。
ここは、とても悲しい所なんだ。
「ルクバット」
少し離れた所からアウラに呼ばれ、小走りで近寄っていく。
アウラは、一本の大樹の前に立っていて、それを見上げ言う。
「この国の御神木だ。風の王国が出来た時に植えたんだって。あの時に枯れなくて本当に良かった。きっと、エルが護ってくれたんだね」
「どうして分かるの?」
そう尋ねると、アウラは後方、ルクバットがさっきまでいた辺りを指差した。
「ちょうどあの辺りで、エルを見つけたんだ。今思えば、御神木を護ろうとしてたのかなって」
「木がそんなに大切なの?」
素朴な疑問を投げかけると、アウラはおかしそうに笑う。
「だよね。私も初めて見た時、同じ事を思ったよ。けど、今は違う。この御神木は、皆の誇りなんだ」
「ホコリ?」
脳内に、空中に漂うふわふわとしたのが浮かぶが、アウラが言っているのは別物だ。
「さっきも言ったけど、これはこの国が出来る時に植えられた物。この御神木あってこその風の王国なんだよ」
「んー、よく分かんない」
アウラは時々、難しい事を言う。
大抵は「大きくなれば分かるよ」と片付けられてしまうが、今回は違った。
「この国は、まだ死んでないって事」
「でも、何もないよ?」
そう、ここには何もない。
あるのは御神木と、瓦礫の山。
「ルクバットは、この国の何を覚えてる?」
「んー……」
急に言われても、ルクバットが記憶しているのはごく最近の事ばかり。
二年前となると、かなりぼんやりしている。
母親や、父親の顔すらも。
「……あ。におい」
両親の事を考えていたら、鼻の奥を何かがついた。
「におい、か。確かにここは、色んな草花が咲いてたな」
アウラはその場にしゃがみこんで話を続ける。
「国も花と一緒だよ。美しく咲き誇る時もあれば、しおれてみすぼらしい時もある。けど草花は枯れる前に種を蒔いて、また咲き誇る。
この国も今は種を蒔いてる途中。時期が来れば、また花が咲く」
目の前の瓦礫を退かすと、下から若葉が覗く。
「ここには沢山の思い出が詰まってるんだ。生きようという、強い意志が伝わってこない?」
「うん。なんか、あったかい」
何も無い場所だが、目を閉じれば、仄かな香りが風に乗ってくるような気がして、心がぽかぽかしてくる。
「私はね。その意志を、想いを継ぎたいんだ」
「どうするの?」
アウラは、御神木の木漏れ日を受けながら答えた。
「この国を、元の緑豊かな国に戻す。そのために、バスターになる」
「バスター?悪い竜をやっつけるんだよね?」
つい先日、聖霊から学んだ言葉を聞いて、思わず目が輝く。
「まあ、そうだけど……その言い方は止めた方がいいよ」
アウラの苦笑は、ルクバットの反応を見たシルフ達と同じものだ。
「だってバスターは、悪い竜をやっつけるすごい人なんでしょ?」
「そうだけど、その悪い竜ってとこがね。彼等も、なりたくてなったわけじゃないんだ。その辺はもう少し勉強が必要だね」
言ってアウラは、ルクバットの頭をぽんと撫でた。
「とにかく私は、バスターになって、この国を救う。ルクバットも、ついて来てくれる?」
「うん、行く!」
即答する。
アウラの言う意味は半分も分からなかったが、もう独りにはなりたくない。
記憶こそ朧気だが、もうあんな寂しい思いはしたくない。
「よし、それじゃ、御神木に誓おう」
腰に手を当て、御神木を見上げてアウラは言う。
「この国を旅立つ時、御神木に誓いを立てる習わしがあるんだって」
「へぇ」
「それじゃ」
アウラは静かに目を閉じ、ルクバットもそれに続く。
誓い……。よく分からないけど、いろんな事が知りたいな。ぼくの国がキレイになったところも見てみたい。
「終わった?」
目を開けると、アウラはとっくに終わっていたようでこちらを見ている。
「うん!」
元気に答えると、アウラは嬉しそうに微笑む。
「あとね、出発前に、一つだけ約束してほしい事があるんだ」
「なに?」
「ここを出たら、私をアウラって呼ぶのを止めて欲しいんだ」
「え?でも、アウラはアウラでしょ?」
前までお姉ちゃんと呼んでいたが、それを拒否されて名前にしたのに、またお姉ちゃんと呼んで欲しいのだろうか?
「私はね、昔は一人で家を出る事が出来なかったんだ。けど、ある誕生日の少し前、祝いとしてエルが……お前の母さまが、外に出る為の名前をくれたんだ。だから、その名前で呼んでほしい」
「へぇ。なんて名前?」
尋ねると、アウラはとても懐かしむような遠い目をして、静かに答えた。
「ボレアリス。エルは、アリスって呼んでたから、ルクバットもそう呼んで」
「ぼれ……うん。分かったよ、アリス」
言われた名で呼ぶと、アウラはとても嬉しそうだ。
「ありがとう。そろそろ祠に戻ろう。アルマクの最後の稽古を終わらせなきゃ」
「うん!」
アウラに手を引かれ、ルクバットはアルマクが待つ祠に戻った。
「お帰りなさい。立志式は終わりましたか?」
「そんなに立派な物はやってないけどね」
アルマクの冗談めいた出迎えに、アウラは笑って答える。
「ふふふ。では、貴女達の意志が薄れる前に、最後の稽古を付けるとしましょうか」
アルマクは含みのある笑みをたたえたまま、アウラの近くまでやってくる。
「今回の稽古は、何もしなくていいですよ。貴女はただ、そこに立っていればいい。……いいえ。最後まで立っていられるようにするのが、最後の稽古です」
「それ、どういう意味……」
「吹きすさんだ風の子よ」
「っ!」
この声!
突然聞こえた、忘れもしない男の声。
なんでここに、こいつが……!
思い出しただけで腸が煮えたぎり、身体中が熱くたぎる。
殺す!コイツだけは、必ず……!
殺意が膨れ上がると同時に、胸が苦しくなる。
息が、出来ない。
「……っ、げほっ、ごほっごほ!」
「アウラ!大丈夫?」
気付けばアウラは、喉元を抑え地面に倒れ込んでいた。
隣でルクバットが心配そうにしているが、何が起きたのか全く分からない。
上を見上げると、無表情のアルマクがこちらを見下ろしている。
「これは過去に流れた話。貴女はたったこれだけで、邪に身を堕としそうなほど、まだ過去に縛られている。この稽古は、貴女の怒りを殺し、力を抑える術を学ぶ物。
今までとは勝手が違い、おそらく最大の難関となるでしょう」
「私の息を止めたのは……」
「正気を取り戻すには、一番手っ取り早いでしょう?窒息する前に、終わらせてくださいね、優しさと厳しさの二面性?」
「名前……知ってたんだ」
「勿論。私にとってもそれは、大切な名前ですから。さ、立ちなさい。どんどん続けますよ」
悪魔みたいな微笑みをたたえる聖霊を前に、アウラはニヤリと笑い、立ち上がる。
ほんと、エルと違って手荒な師匠だな。すぐに終わらせて、さっさと出て行かないと。
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