賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

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★常闇の光

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 はじめの一歩。


 私の一歩は、とても小さい。
 身長の半分にも到底届かないような歩幅だ。
 私と比べると、賢者様の歩幅は大きい。
 もちろん、身長の差もあるけれど、彼の一歩は、自身の身長の半分よりも少しだけ大きいような気がする。
 踏み出す一歩一歩はそんなに早くないけれど、踏み締めるその足取りは力強い。
 ……とはいえ、人間一人と弱小な魔族一匹の一歩など、たかが知れている。
 そんな小さな歩みで何が変わるわけでもないはずが……。
「……まっくらだね」
 たった一歩、洞窟内に足を進めただけで、私達は暗闇の中にいた。
 外からの光が入り込んでいてもおかしくは無いはずなのに、隣で手を繋いでいる彼の姿さえ見えない程の闇に包まれる。
 転移魔法を使われたような感覚は無かった。
 それでも、後ろを振り向いてもそこには何も無く、何処まで続くのか、あるいは行き止まりなのかも分からない闇があるだけだった。
 不意に、私の手を繋ぐ彼の手から少しだけ力が篭められる。
「そうでもないよ。ほら、そろそろ目が慣れてきただろう?」
 そう言われてふと気付く。
 私の目線の先、横、足元で、ふわりふわりと、白い淡い光が明滅している事に。
「……石光虫」
 その光り方には見覚えがある。
 羽根を擦り合わせて光を放つ小さな虫だ。
 昔、コボルト達と暮らしていた洞窟の中にも数匹はいたが、こんな風に辺り一面を埋め尽くすような数は初めて見る。
 足元にいる石光虫は突然現れた私達に驚いたのか、攻撃色である赤色に染まっていく。
「さ、目も慣れただろうし、進むとしよう。ぐずぐずしていると、また女王の眷属に怒られ兼ねない」
「うん!……あれ?」
 隣にいる賢者様を見ると、その姿に違和感を覚える。
 石光虫の光はそれほど強くはなく、賢者様の顔はぼんやりと照らされているくらいだが、なんだが輪郭がように見える。
 それに気付いたのと同時に、彼から発せられる匂いの中に、魔王様の物が強く出てきているのも感じた。
「賢者様、顔が歪んでるよ?それに、魔王様の匂いもする……。夜はまだなのに」
 彼の中で眠る魔王の色が濃くなるのは夜と、特別な日だけだ。
 それがただの昼間だと言うのに、彼が出てこようとしている。
 それを指摘された賢者様は少し困ったように唸る。
「上手く誤魔化しているつもりなんだけどなぁ。……これならどうだい?」
「あ、治まった」
 彼がそう確認してきた時には、輪郭のブレは無くなった。
「でも魔王様の匂いはいつもより強いね」
 そう素直に伝えると、やはり賢者様は困ったように唸る。
「ん~、そうか。……これは本当に不味いかもしれないな……」
「魔王様が出て来ると困るの?」
 私の質問に一瞬、賢者様は「え?」と首を傾げる。
魔王ヒュブリス女王リューディアはとても相性が悪いんだよ。知らないのかい?」
「う……。カメリア、あの方たちの話は小さい頃にしか聞いた事ないから……」
 不意に二人の本名が出てきて身震いがする。
 それに気付いた賢者様は慌てて謝ってきた。
「ああ、ごめんよ……。それもそうか。あの二人は、というか……。彼の方がどう思っているかは私も分からないのだけど、極端に毛嫌いしているのは確かだよ。以前彼女と立ち会った時、私だけ異様に狙われていたからね」
「それは、賢者様の中にいる魔王様を助けようとしたんじゃなくて?」
「いや、それは断じて違うね」
 食い気味に、スッパリと否定される。
「何というかその……彼女は美意識がとても高いみたいでね。彼の存在を受け入れられないんだよ」
「……あー。うん……」
 深く頷き、納得した。
 毎夜毎夜見ている魔王様の顔は、悪い意味で誰もが振り返るだろう。
 下手をすれば、その辺のゴブリンの方がマシに見える程に。
 もし賢者様の姿が四六時中魔王様の物だったら、私の彼を想うこの気持ちが、少しだけ薄らいでいたかもしれない……。
「そんな認めたくない存在と兄妹だなんて言われた日には、自らを抹殺するか、相手を消し去りたくもなるよ。私だって夜に自分の顔を見ると、本気で死にたくなる」
「賢者様は死んでも死なないじゃん。本当に死んだらイヤだけど」
 冗談とも本気ともつかない言葉に、私は少し悲しくなる。
 それに気付いた賢者様は、またいたずらっぽく笑った。
「冗談だよ。でもね、彼女であれば、こんな状態の私でも殺す事が出来ると思う。はっきり言って、魔王なんかよりもかなり手強い。……私達では倒す事が出来ず、、眠りについてもらった相手だからね」
「……」
「その相手を会いに行っているんだ。本当に命懸けだよ」


「よく解っているではないか」
 突如、石光虫の光を避けるようにして集まる闇が蠢く。
 洞窟の入口で聞いた声、女王様の眷属の声だ。
「主は既にお目覚めだ。今ここで貴様が臆したのであったなら、私が全てを終わらせてやったものを」
「ご忠告どうもありがとう。そんな事をしていたら、その時点でこの世界は滅んでいただろうね」
「ふん。では次は、主が機嫌を損なわれるより前に、拝見するんだな」
 それを最後に、眷属の声は聞こえなくなる。
 元より気配は感じなかったが、おそらくもう、近くにはいないだろう。
「ふう……」
 賢者様は一度大きく息を吐き、顔に力を込める。
「よし。だいぶ安定してきたし、そろそろ進むとしよう。我らが女王陛下の元へ」
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