賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

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★方針

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「え?……賢者様、今なんて?」
 旅のすがら、魔王様の件についてこの先どうするのかを聞いたらとんでもない単語が返ってきた気がして、思わず立ち止まりもう一度聞き返す。
「うん。だから、リューディアの元を訪れてみようかと思うんだよ」
 しれっとその言葉を口にする彼だが、それに反して私の身体はぶるりと総毛立つ。
「えっと、リュー、でぃあってその、あの方、だよね?魔王様の……」
「ああ。たしか妹、に当たるらしいね」
 私の口からでははっきりと言葉にするのも恐ろしくてたどたどしくなるが、賢者様はそれをきっちりと引き継ぐ。
 やっぱり……。
 自分の思い描いていた人物と賢者様が言っている人物が一致して、嫌な汗が背中を伝う。
「もしかして、彼女の名前も言わない方が良いのかな?」
 私の反応に何かを察した賢者様が、私の顔を覗き込むように少し身を屈める。
「あ、うん。そうだね……。あんまり言われるとカメリアの心臓、バクハツするかも」
 きゅ、と試しに心臓部分に手を当ててみると、全力で走った後のようにバクバクと鳴いている。
 リューディアというのは賢者様が言う通り、魔王ヒュブリスの妹に当たるお方で、私達魔族にとっての神様にも等しい存在。
 魔王様はもちろん、彼女の名前を口にするだけで大抵の同胞は身震いする程に尊い御方達だ。
「そうか……。カメリア達は彼女を何て呼ぶんだい?ヒュブリスは魔王だろう?」
 賢者様は流石というか人間だからか、全く物怖じする事無く二人の名前を口にする。
「えっと、あの方、とか女王様とかかな……。コボルトの皆と暮らしてた時も、あの方達の話なんてめったにしなかったけど、皆すぐに分かってたよ」
「あの方、ねぇ……。私としてはそんな仰仰しく扱うような相手ではないから、ここは女王か彼女で纏めるとしようか」
 ふぅむと顎に手を置いて独り言のように呟き、賢者様はあの方の呼称を決定する。
「で、でも何で急に会おうなんて……。そもそも賢者様、どうしてあの方の事を知っているの?表に出てくる事なんて無い方なのに」
「ああ、それは昔、一度だけ会った事があるからね」
「会ったの?女王様に?」
 彼の発言にはよく驚かされるが、これは過去を遡っても最高に近い驚きだ。
 なにせ女王リューディアは魔王ヒュブリスとはまた逆方向に人間嫌いで、人が近付けない孤島に籠城していると噂の魔族。
 その島が何処にあるのかを知る魔族も極僅かだと聞いた事がある。
 にも関わらず私の目の前にいる人間は、その女王様に会った事があると言う。
「誰も近付けない孤島にいるって聞いてたのに」
「うーん、そうだね。あれは普通の人間には行けない場所だったね。でもほら、よく考えてごらん?私の中にはがいるんだよ?常に居場所は把握出来る」
「……あ、そっか。魔王様のおかげで」
 正解を口にすれば、賢者様はにっこりと微笑む。
「そういう事。よく似た波長を持つ者同士、見つけられない筈が無い。とは言っても、彼女の存在を知ったのは、私がなんだけどね……。彼の眷属である今のカメリアなら、なんとなく彼女の存在をキャッチ出来るんじゃないかな?」
 言われてみれば……とくるりと辺りの様子を伺う。
 いつの頃からだったか、やたらと嫌な気配がする方角がある。
「……あっち?」
「うん、そうだね。彼女の住む島があるのは向こうの方角だ」
 恐る恐る指差すと、賢者様も同じ方角を見て頷く。
「それじゃ、さっそく向かうとしようか」
「え、いや、ちょっとまって。そもそも何であの方に会いに行くの?」
 そう、本題はそこだ。
 何をどうしたらただの人間が魔族の女王に会いに行くという話になるのか、私には全く理解が出来ない。
 魔族である私ですら、話題に出すだけでこんなに冷や汗が出ると言うのに、一体賢者様は本人に会って、何の話をしようというのだろう。
「いやほら、考えてもご覧よ。私が扱っている死霊術は、そもそも魔族しか扱えない代物なんだよ?だったら魔族の頂点に立つ者に、もう少し詳しい話を聞いてみる価値があると思うんだ。それに、魔王の同胞なら、この流転を終わらせる秘密を知っている可能性も十分にある。そうは思わないかい?」
「それは、まあ……」
 賢者様の言う事は理解出来るし、おそらく正しい。
 死霊術の事は私にも分からない、本当に難しい魔法だ。きっと女王様なら正しい使い方、応用方法など、色々知っていることだろう。
「それに、今の私は国から追われる身だ。いくら変装で町中に紛れ込めるとはいえ、魔術に長けた者には勘付かれてしまう。人と接しても大した情報が得られないのに、リスクだけが大きい。それならいっそ、本命に聞いた方が早い」
 そうだ。賢者様は、フレイゼン聖王国の国王ハンソルから反逆者として指名手配を受けている。
 魔王様を完全に眠らせる為の行動が、賢者様を人間の敵にした。
 臆病で卑怯な人間のせいで、賢者様は今や、仲間や友達に気軽に会う事も出来ないでいる。
 今の状況を何とかしないと、ティー姉さん達にもどんどん迷惑をかけてしまうんだ……。
「……分かった。ちょっと怖いけど、賢者様が人間に戻れるようになる為だもんね!」
 意を決して私が頷くと、賢者様も嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、カメリア。なるべく君が怖い思いをしないで済むよう、早めに終わらせるからね。それじゃ、行くとしよう」




「主よ、我等が王よ」


 微睡みの淵、那由多の海のさざ波に耳を傾けている刹那、雑音が交じる。
「貴方様の眠りを妨げる不届き、どうかお赦しを。どうしてもお耳に入れて頂きたい事が」
 音は声となり、さざ波の音色を掻き消す。



「…………」
 その一言は、微睡みの淵から私を引き剥がすには、十分過ぎた。
 久方振りの目覚めがこのような形になるとは、何とも不愉快極まりない。
「…………」
 気持ちの良い伸びで目覚めたいものだったが、自分の意志で吐き出す息が、ここまで不満に満ちているとは……。
「状況を伝えよ」
 目の前に誰がいるでもなく、虚空に向かって尋ねる。
は、もう来ているのか?」
「否」
 質問に呼応するかのように、すぐ近くの闇が揺らめく。
「されど時間の問題かと。アレは貴方様と同じ性質故、阻む事は出来ませぬ」
「ふむ……。以前、アレが来たのはいつだったか。私が眠りについてから、如何程時が流れた?」
「およそ五十年余り」
「五十?」
 その返答に、すぅと自然と瞳が細くなる。
 もう少し熟睡していたかと思っていたが、たかだか五十年の眠りとは……。なるほど、通りで夢見心地なわけだ。
「人間というのは、たかだか五十年で契りをたがうのか……。まったく、つくづく哀れで愚かな生き物よ」
 呆れとも、怒りとも言い得ぬ溜め息が漏れる。
「いかがしましょう。もはやこの島への上陸を阻むのは不可能。であれば、せめて貴方様の目に触れぬよう、我々の手で排除致しまょうか?」
「それが出来ていたら、お前は私を起こす事なく、こなしていたであろう?」
 当て付けにも似た言葉を闇にぶつける。
 私が選んだ眷属である以上、愚かでは無い。自ら考え行動する事が出来る者がそうしなかったのは、判断に迷ったからだ。
 その証拠に、私にどうすべきかを問うた。
「奴の目的は私なのだ。奴が来るとなれば、必ず来よう。私の島を荒らされぬよう、早々に迎えに行くがよい」
「よろしいので?」
「奴と戯れる時間なぞ、短い方が良いに決まっておろう?」
「御意」
 それだけ残して、闇の気配が遠退く。
「……ふん」
 溜め息と共に、身体を背もたれに預ける。
 誰もいなくなった広間で、虚空を見つめ一人呟く。


「はてさて。此度は一体、どのような面倒事を持ち込むというのか、人間よ」
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