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★親書

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「そうか……。メイド長が暇を」
 メイド長が暇を貰った夕方頃、賢者様がお城から戻ってきた。
 その夜、お風呂上がりの濡れた髪を賢者様に乾かしてもらいながら、私は彼がいなかった間に起きた出来事を話して聞かせていた。
 と言っても、昨日の今日だ。
 話題は一つしか無い。
「カメリア、やっぱりメイド長に嫌われてた。カメリアが怖いんだって」
 温かい風に髪を踊らせ、頭をわしゃわしゃされながら、ほんの少し不貞腐ふてくされて伝える。
「確かにアデリーは美味しそうな匂いがしてたけど、別に食べたりしないのに」
「なんだ、食べないのか?私は食べた事があるぞ」
「え?」
 驚きの一言が飛んできて思わず正面を向く。
 私達が今いる場所は応接室。
 机を挟んだ向かい側で、ティー姉さんが資料を片手に、コーヒーをすすりながらこちらを見ている。
 賢者様にメイド長の話をしている際「盗み聞きは良くないぞ」と怒られたが、今はそれどころでは無い。
「ティー姉さん、今なんて?」
「アデリーを食べるかどうかだろう?私はあるぞ、何度も」
「何度も!?」
「アデリーだけじゃなく、テオも食べた」
「テオまで……」
 驚いた。人間も人間を食べるんだ……。しかも自分の子供を……。
「あれ?でもアデリーもテオも生きてるよ。何で?」
 食べられたなら生きてるはずが無い。
 ティー姉さんは可笑しそうに笑っているし、何かが変だ。
「ティーナ。カメリアを変にからかうのはよしてくれ。間違った知識で覚えてしまう」
 賢者様がため息混じりにそう注意すると、ティー姉さんは「そうか」と気付いたように呟く。
「すまんカメリア。食べたというのは物の例えだ。本当は指とかをほんの少し甘噛みした程度だよ」
「……でもかじってるんだね。何で?」
「それは、可愛くて美味しそうだからだろう。セザールだってやっていたぞ」
 ちょうど部屋に入ってきたセザールに急に話を振れば、彼は眉を潜めながら努めて冷静に答える。
「何の話をしていたのかは知りませんが、ロクでも無い話を吹聴するのはお止めください。こちら、メイド長の休暇届と、例のリストです」
「ああ、ご苦労。……うん、これでいい」
 ティー姉さんはセザールから渡された資料に軽く目を通して再び返す。
 それを見ていた賢者様が、髪を乾かす手を止めた。
「彼女には、少し無理をさせてしまったみたいだね」
「先生達が気にする必要は無い。私の配慮不足だ。カメリアにもケイにも、嫌な思いをさせた。すまなかったな」
 ティー姉さんは申し訳なさそうにそう謝るが、誰かに嫌わられる事なんて、私にはよくある事だ。
「ううん、カメリアは平気。……メイド長は、が嫌いなんだよね?」
 よくある事だからこその、あえての確認。
 それに対してティー姉さんは軽く頷く。
「まあ、そうだな……。彼女は魔族を恐れているんだ。中身の良し悪しに関係無く」
「恐れる?」
 それは、嫌うとはまた少し違う感情だ。
 メイド長がそんな感情を抱く理由を教えてくれたのは賢者様。
「あのメイド長はね、昔家族を魔族に殺されてしまっているんだよ。それで孤児……独りになってしまった彼女を、ジェルマンの父親が住み込みで雇ったんだよ」
「そう、なんだ」
 自分がやったわけではないのに、悪い事をした気分になる。
「彼女が小さかった頃はまだ魔王が存命だったからね。魔族の動きが今より活発だったんだ
。そういう子は、世界中に沢山いた」
「かく言う私も、その内の一人ですね」
「え?」
 しれっとセザールも、とんでもない一言を放つ。
「魔王がいなくなった後でも、よくある話です。魔族に殺されたり、野盗に襲われたり……。当事者でも無いカメリアが気にする必要なんて無いよ」
 大した事じゃないからと付け足し、セザールは手を止める事なくティー姉さんの周りを片付けている。
 どうやら慰めてくれていたらしい。
 ぽん、と私の頭に賢者様の手が乗る。
「生きるって、本当に大変な事なんだ。他人を思うのも大事だけど、まずは君自身が幸せになる事を考えないとね」
「……うん」
 ホント、生きるのは難しい。
 ただ食べる物があればそれで良かった昔とは大違いだ。
 ぽんぽんと頭を撫でてくれる賢者様がいてくれるだけで幸せだと思う私は単純かもしれないが、この積み重ねが大切なのだろう。
「さて、と」
 一区切りが着いた、といった具合に賢者様が切り出す。
「それで、コルスタン領主様。王からの親書を読んでのご感想は?」
 ほんの少し、嬉しそうに問いかける。
 問われたティー姉さんは、コーヒーを一気に飲み干し、手にしていた親書を静かに机に置く。
「件の話を聞いてからおよそ半年。静かに過ごせるのもここまでのようだな」
「もう近くまで、敵が来てるの?」
「そのようだな。幸いにも我が国の領土は去年と変わりは無いが、中央の消費が激しくなっている。加えてやっこは狙いをこちらに変えたようだ」
「中央の戦力を削った隙に、外から崩そうとしているみたいだね。向こうも体力を消耗しているとはいえ、数が違うから」
 賢者様の詳細の後に「ああ」とティー姉さんは頷く。
「舐められたものだ。外壁は中央からの救援で成り立っていると考えられているみたいだな。もっとも、そういう場所もあるだろうが、は違うぞ」
 にやりと、不敵に笑う。
 それに加わってセザールも賢者様も可笑しそうに笑った。
「敵は戦争ばかりやってきたようですが、をしていたんでしょうね。コルスタンの籠城戦の歴史を知らないというのも、あまりに無知」
「そういってやるなよセザール。あの国の歴史は浅い。己の事で精一杯なんだろう。それに、今回こちらに向かってきている頭は先生とカメリアに執着している。周りなど見えてはいまい」
「ははは。迷惑をかけるね。その若者は、私達がしっかりと引き受けるから、君達には他をお願いするよ」
「容易い御用だ。中央に父が残るのであれば、十分に休養を取らせてやろうじゃないか。派遣が少し来るようだが、おそらく彼らも疲れ切っている筈。しっかりともてなしてやろう」
 近いうちに戦が始まるというのに、三人とも余裕な顔で談笑している。
 そのおかげか、だんだんと不安な気持ちが消えていき、なんだか私も楽しくなってきた。
「ねえティー姉さん。カメリアは何をすればいい?」
「カメリアは私と一緒に、昔にケジメを着けようね」
 私が何をすれば良いのか、その答えをくれたのは賢者様。
 昔にケジメ、つまりは私達を狙っている男をどうにかする事。
「そっか……。うん、分かった」
 頷くと、ティー姉さんが「よし」と手を一つ、高らかに鳴らす。
「では明日は区画整理をしよう。戦場となる。自主避難希望者の洗い出しや屯所の整備。やる事は沢山あるぞ。来るその時まで、各々気張り過ぎず緩み過ぎず、油断せずに行こう」
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