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眷属
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※※今話は、一部暴力的な描写が含まれています。※※
気付けば私も、眠りについていたらしい。
死体とほぼ同義であるこの肉体は、食事や休息など、肉体活動として必要な行動をする必要は無い。
ただ己の精神が死なないよう、なるべく生前と同じ生活を意識しているに過ぎない。
それでも食事を何日も抜いたり、何日も眠らずに行動する事は多々ある。
こうやって意識せずに眠りについたのは久しぶりかもしれない。
今、何時だ……?
ぼんやりとした頭で考える。
カメリアが眠りにつく頃は既に夜更けで、私の姿は魔王に変わっていた。
うっすらと目を開けると、視界はまだ暗い。
冬の森の中だ。明るさで時間を計っても、あまり意味は無いか……。焚き火の音はしない。明け方が近いか……?おかしい。火が灯っていないわりには、妙に暖かいな……。それに、何か、妙な痺れが……。
私に温もりを与える柔らかな毛皮。
頸元に走る痺れに近い痛み。
耳元では「ふーっ、ふーっ!」と激しい息遣いが渦巻いている。
「……っ!」
纏わりついていた違和感の正体が何か判明した瞬間、私の脳は一気に覚醒へと至った。
人間とコボルトのハーフ、カメリアが、魔王の頸に食らいつき、彼の血を吸っていた。
「か、カメリア!?何をしているんだ、止めないか!」
驚きカメリアを引き離そうとするが、彼女は私に爪を力一杯突き立てて抵抗する。
「ううう!」
と唸り声を上げたまま血を吸い続け、彼女の魔力が異質な物へと染まっていくのが分かる。
このままじゃ、壊れてしまう……!
「く、この……止せ!」
彼女を傷付けまいと、私は自ら首の一部を剥ぎ取り、強制的にカメリアを私から引き離す。
「ぐ、う……」
すぐに肉体の蘇生が始まるが、酷い耳鳴りと頭痛に襲われ、よろけながら立ち上がる。
「ぐぅううう……!」
魔王の血を取り込んだカメリアは、昼間に見た幼い姿からは一変していた。
雪のように白かった肌は赤黒く染まり、おかっぱ頭だった髪は己の身長よりも長く逆立ち、隠れていた角は闘牛のように雄々しく伸び……。
獣のように私を威嚇する様は変わらずとも、その剥き出したる殺意はもはや小狼ではなく、悪狼と相違なかった。
「か、カメリア……」
「ガァアアッ!!」
黄金に輝く満月のような瞳も、紅に染まり、獲物を探す獣の如く血走っている。
彼女の視界には、目の前にいる私は映ってなどいないようだ。
鼻を鳴らし、ギョロギョロと辺りを見回したかと思えば、ある一点に狙いを定めて低く唸る。
「……ガウッ!」
「あっ、待つんだ!」
私の声など、届いてはいないだろう。
止める間もなく、獰猛な獣は一つ大地を蹴り、森の彼方へと消えていった。
「まずいぞこれは……」
急いで追いかけて止めなければ。
ヨタヨタと、身体が再生しきるのを待たずに走り出す。
彼女が何処に向かったのか、およその検討はつく。
昼間に出会った、あの若者達の所だろう。
カメリアから仲間を奪った、敵。
魔王の血を取り込んだ事で強化された嗅覚で彼らの居場所を突き止め、復讐に向かったのだ。
私の責任だ。少なくとも、彼女が人間の言葉を理解出来ていなければ、こんな事にはならなかった。
あの若者達の実力がどうかは私には分からないが、今のカメリアがどれほど恐ろしいのかは分かる。
鉢合わせれば、どちらかの血が流れるのは確実だ。
そして何より、このままカメリアを放置しておけば、力に呑まれ暴走する恐れもある。
「何処へ行った?」
魔王の鼻は、残念ながらそれほど優秀では無い。
しかし彼の目は、今のカメリアを見失う事は決して無い。
彼女は力を求めて魔王の血を欲したが、それは同時に魔王の眷属となる行為だとは思いもしなかっただろう。
彼女が飛び去った方角を凝視すれば、赤い点が物凄い速さで移動しているのが見えた。
「この方角、昼間の村ではないな。外に出たんだ。よし、いいぞ」
カメリアにとっては、昼間の村人達も復讐の対象となる。
だが今は、あの若者達を狙っているので、彼らが野宿などをしていてくれれば被害は最小限に抑えられる。
動きが止まった。もう接触したのか?
「ちっ」
流行る気持ちを代弁するように舌打ちし、傷が癒え、夜が明けた事で元の身体に戻った私は魔法陣を展開して空へと舞い上がる。
「追跡」
カメリアの魔力波長を捉え、後を追う魔法を唱える。
「頼むから、少しくらいは凌いでくれよ……!」
無事とまでは言わない。
最悪の事態に陥らない事を祈って、私は最速でカメリアの元へと急いだ。
「……最悪だ」
開口一番、辿り着いた先の惨状を目の当たりにした私はそう悪態をついた。
予想もしていない襲撃で、対応など出来なかったのだろう。
本来野宿は、いつどこから襲われてもおかしくない為、対応出来なければならないのだが、そこは経験の差だろう。
昼間に出会った五人の若者達の内四名は、その場に悲惨な姿を晒していた。
一人は全身を切り裂かれ、森に血の海を広げている。
一人は下半身を潰されたのか、虫のように這った状態で絶命している。
一人は首を食い千切られたのだろう、頭と胴体が離れた場所に転がっている。
そしてもう一人は、火にでも炙られたのか、全身が炭と化していて、性別すら判断出来ない。
カメリアともう一人……リーダー格の彼がいない。どこだ?
辺りは森に囲まれ、しんと静まり返ってはいるが、必ずこの近くにいる筈だ。
辺りに注意を払い、気配を探る。
すると……。
「ぐあっ!」
突然滲み出た殺意と共に、男性の唸るような叫び声が後方の森の中から響いた。
「向こうか!」
急ぎ声のした方へ走って行くと、昼間に見た若者の剣士が一人、満身創痍な状態で武器を構えて立っていた。
そして、私が彼に近付くより早く、殺意の塊が三度、若者に向かって突進して行くのが見えた。
カメリア……。どれも一撃で仕留められた攻撃だ。わざと外して、いたぶっているのか。
それは、よくない兆候だった。
復讐ではなく、人をいたぶる事を喜びと覚えてしまっては、彼女はもう戻ってこれない。
「ほんと、最悪だよ」
自分が救った命が殺人鬼に変わってしまうなど、死んでも死にきれない。
若者の元まで辿り着いた私は、その場に急いで防御布陣を敷く。
「高みを目指す白亜宮」
私を中心に魔法陣が展開され、一定空間に円弧状の白い膜が張られる。
この中に入れば傷を癒やし、あらゆる攻撃を防ぐ鉄壁の壁だ。
「……お前は、昼間の!」
呆気に取られていた若者が私が誰だか認識した途端、その整った顔が激しく歪む。
「魔族の仲間だったのか!あの化け物は何だ?」
「助けてあげてるのに酷い言い草だね。あれは昼間私と一緒にいた少女だよ」
「あの娘が……。妙な魔力だとは思ったが、まさかあんな恐ろしい魔族だとは」
「まあ、今は色々あって暴走状態だけどね。彼女は私が責任をもって止めるから、君は早く逃げなさい」
そう言いつつ彼に様々な能力強化魔法を施すと、若者はまたも怒気を荒らげる。
「逃げろだと?ふざけるな!あいつのせいで俺の仲間は全員殺された。このまま俺一人で逃げられるわけないだろう!」
「じゃあ殺すのかい?言っておくけど、彼女もまた復讐の為に動いただけだ。君達に殺された仲間の敵討ちにね」
「仲間……?まさかコボルトのことか?俺達は村人に頼まれて、依頼をこなしただけにすぎない」
「そうだね、それが普通だ。でも覚えておくといい。私達が行った行為は、必ず巡ってくる。一時の余韻に浸ってないで、己の行動全てに責任を持ちなさい。それが出来ないなら、冒険者なんてやるもんじゃない」
「何を意味の分からない事を。だいたい、魔族は人間に仇なす敵だろう。それを倒して、何が悪い?」
説教じみた言葉を垂れてみても彼には伝わらず、終いにはこちらに武器を構えてくる始末。
「では問おう。君の言う魔族が悪だと言うのなら、彼女はどっちだ?コボルトと人間のハーフである彼女は、君が守るべき存在か?それとも討つべき敵か?」
「……はっ。くだらない。魔族の血が流れてる時点で、そいつは人間じゃない。人の皮を被った化け物だ」
一切迷う事なく吐き捨てられた答え。
私はその返答に、心底嫌気が差した。
「……そうか。それは残念だ」
施していた防御魔法を全て解除する。
彼にしてやる事は、もう何もない。
「それなら君は、私の敵でもあるね」
「貴様も魔族か!」
「そうでもあるし、そうでもない。まあでも、君に私は殺せないし、仮に私を殺したら、君は史上最悪の悪党になるよ」
「さっきから何を訳の分からない事を!」
激高し、飛びかかってくる若者に対して、私はせせら笑いを浮かべる。
「だって、私が死んでしまったら、魔王が復活してしまうからね」
刹那、背後から槍風が横切り、目の前の若者の腹部を穿つ。
「……かはっ」
腹を裂かれた若者はそのまま倒れ込むが、彼には目もくれず風を捉える。
「奔流する檻」
「ギャアア!」
風の通り道に雷の檻を仕掛けると、見事カメリアを捕らえる事に成功する。
「よし。そのまま大人しくしてるんだよ。リブレーション」
更に魔法を加え、カメリアが蓄えた魔王の魔力を強制的に排出させる。
「アアアアァあああ……っ」
しばらくは檻の中で苦しそうにもがくカメリアだったが、その見た目は徐々に、初めて出会った幼女に戻っていき、彼女が気を失ってその場に倒れた際には、完全に元の姿を取り戻していた。
「カメリア……」
そっとカメリアを抱き起こすと、弱ってはいるがしっかりと呼吸を繰り返している。
カメリアの雪のように白い顔には、魔王の血を取り込んだ証として、そばかすのような薄赤い斑点が鼻の周りに広がっていた。
「ふう……」
とりあえず、これで大まかな問題は解決されたか。
「……っとぉ?」
カメリアを抱きかかえこの場を去ろうとすると、突然足元に火の玉が投げ込まれた。
見ると、地に伏していた若者がこちらを睨み付けていた。
「に、がす、か……!」
「驚いたな。まだ息があるのか」
彼の傷は決して軽くは無い。あのまま絶命していてもおかしくない程には。
「悪には……死を!」
「それだけ悪態がつけるなら、問題は無さそうだね」
私はせめてもの詫びとして生命活性化を彼に施す。
「君ならそれで十分だろう。私はこれで失礼するよ」
「待てっ!」
既に剣を支えに立ち上がろうとする若者を後目に、私はそのまま空へと離脱した。
それから数日間は、ひたすらカメリアの看病に当たった。
その小さな身体と魔力量で取り込んだ魔王の力は毒に等しく、カメリアは高熱にうなされ時には生死の境を彷徨った。
けれど私もそのまま彼女を死なせるつもりは無く、己の知識を存分に使い彼に対抗する。
その甲斐があってカメリアは今、私の目の前で元気に肉を貪っていた。
「さて、カメリア?一つ確認があるんだけど、いいかな?」
私が前置きすると、カメリアは大人しく食べるのを止める。
「君は復讐の為に、魔王の血をその身に取り込んだ。それによって君は、彼の眷属になったんだ」
「けんぞく?」
「平たく言えば従者、配下なんだけど……私達の場合は、家族かな?」
「かぞく!カメリアと家族?」
「うん。だから、私の言うことは、ちゃんと聞くんだよ?」
「分かった!」
こうして、私とカメリアの二人旅は始まったのだ。
†
「私は、カメリアの母親の事は分からないけれど、私とカメリアはあの日家族になった。そうだろう?」
「……うん」
諭すように言う私に、カメリアは静かに頷く。
「それはカメリアが安心して暮らせる場所が見つかるまでそうだ。だから、そんな悲しい顔をするんじゃないよ」
「……」
「ん?どうしたんだい?」
何か言いたげな表情で私を見るカメリアにそう問い掛けるが暫く返事はなく、
「……賢者さまは、カメリアのおとーさん?」
と尋ねてきた。
「え?……うーん、そうだなぁ。年齢的には祖父と孫だけど、見た目的には父娘かな」
最初ティーナにも間違われたくらいだし。
「違うもん!」
「え?うわっ、いっ!?」
突然否定したかと思えば、カメリアはそのまま私に飛びかかり、首筋に牙を立ててきた。
「ちょ、カメリア?何してるの!止めなさい」
グイッと引き離すと、カメリアは私の魔力をほんの少し取り入れて仄かに赤く染まった瞳を濡らして訴える。
「カメリアは、賢者さまの嫁!夫と嫁は、ずっといっしょ!死が二人を分かつまで!」
「カメリア……」
「ずっといっしょ!カメリア、もう寂しいはイヤ!」
「……ふ」
まったく、ティーナの所のメイドは、余計な事ばかり教えたみたいだ。
言葉の意味を理解しているのかいないのか、年端も行かない少女にここまで必死に告白されては、私も無碍には出来ない。
「分かったよ、お姫様。これからもずっと一緒だ」
「本当に?」
「ああ。約束しよう」
小指を差し出し、私はカメリアと契りを交わす。
これまで通り、私はずっと傍にいよう。
君が眠りに着く、その日まで……。
気付けば私も、眠りについていたらしい。
死体とほぼ同義であるこの肉体は、食事や休息など、肉体活動として必要な行動をする必要は無い。
ただ己の精神が死なないよう、なるべく生前と同じ生活を意識しているに過ぎない。
それでも食事を何日も抜いたり、何日も眠らずに行動する事は多々ある。
こうやって意識せずに眠りについたのは久しぶりかもしれない。
今、何時だ……?
ぼんやりとした頭で考える。
カメリアが眠りにつく頃は既に夜更けで、私の姿は魔王に変わっていた。
うっすらと目を開けると、視界はまだ暗い。
冬の森の中だ。明るさで時間を計っても、あまり意味は無いか……。焚き火の音はしない。明け方が近いか……?おかしい。火が灯っていないわりには、妙に暖かいな……。それに、何か、妙な痺れが……。
私に温もりを与える柔らかな毛皮。
頸元に走る痺れに近い痛み。
耳元では「ふーっ、ふーっ!」と激しい息遣いが渦巻いている。
「……っ!」
纏わりついていた違和感の正体が何か判明した瞬間、私の脳は一気に覚醒へと至った。
人間とコボルトのハーフ、カメリアが、魔王の頸に食らいつき、彼の血を吸っていた。
「か、カメリア!?何をしているんだ、止めないか!」
驚きカメリアを引き離そうとするが、彼女は私に爪を力一杯突き立てて抵抗する。
「ううう!」
と唸り声を上げたまま血を吸い続け、彼女の魔力が異質な物へと染まっていくのが分かる。
このままじゃ、壊れてしまう……!
「く、この……止せ!」
彼女を傷付けまいと、私は自ら首の一部を剥ぎ取り、強制的にカメリアを私から引き離す。
「ぐ、う……」
すぐに肉体の蘇生が始まるが、酷い耳鳴りと頭痛に襲われ、よろけながら立ち上がる。
「ぐぅううう……!」
魔王の血を取り込んだカメリアは、昼間に見た幼い姿からは一変していた。
雪のように白かった肌は赤黒く染まり、おかっぱ頭だった髪は己の身長よりも長く逆立ち、隠れていた角は闘牛のように雄々しく伸び……。
獣のように私を威嚇する様は変わらずとも、その剥き出したる殺意はもはや小狼ではなく、悪狼と相違なかった。
「か、カメリア……」
「ガァアアッ!!」
黄金に輝く満月のような瞳も、紅に染まり、獲物を探す獣の如く血走っている。
彼女の視界には、目の前にいる私は映ってなどいないようだ。
鼻を鳴らし、ギョロギョロと辺りを見回したかと思えば、ある一点に狙いを定めて低く唸る。
「……ガウッ!」
「あっ、待つんだ!」
私の声など、届いてはいないだろう。
止める間もなく、獰猛な獣は一つ大地を蹴り、森の彼方へと消えていった。
「まずいぞこれは……」
急いで追いかけて止めなければ。
ヨタヨタと、身体が再生しきるのを待たずに走り出す。
彼女が何処に向かったのか、およその検討はつく。
昼間に出会った、あの若者達の所だろう。
カメリアから仲間を奪った、敵。
魔王の血を取り込んだ事で強化された嗅覚で彼らの居場所を突き止め、復讐に向かったのだ。
私の責任だ。少なくとも、彼女が人間の言葉を理解出来ていなければ、こんな事にはならなかった。
あの若者達の実力がどうかは私には分からないが、今のカメリアがどれほど恐ろしいのかは分かる。
鉢合わせれば、どちらかの血が流れるのは確実だ。
そして何より、このままカメリアを放置しておけば、力に呑まれ暴走する恐れもある。
「何処へ行った?」
魔王の鼻は、残念ながらそれほど優秀では無い。
しかし彼の目は、今のカメリアを見失う事は決して無い。
彼女は力を求めて魔王の血を欲したが、それは同時に魔王の眷属となる行為だとは思いもしなかっただろう。
彼女が飛び去った方角を凝視すれば、赤い点が物凄い速さで移動しているのが見えた。
「この方角、昼間の村ではないな。外に出たんだ。よし、いいぞ」
カメリアにとっては、昼間の村人達も復讐の対象となる。
だが今は、あの若者達を狙っているので、彼らが野宿などをしていてくれれば被害は最小限に抑えられる。
動きが止まった。もう接触したのか?
「ちっ」
流行る気持ちを代弁するように舌打ちし、傷が癒え、夜が明けた事で元の身体に戻った私は魔法陣を展開して空へと舞い上がる。
「追跡」
カメリアの魔力波長を捉え、後を追う魔法を唱える。
「頼むから、少しくらいは凌いでくれよ……!」
無事とまでは言わない。
最悪の事態に陥らない事を祈って、私は最速でカメリアの元へと急いだ。
「……最悪だ」
開口一番、辿り着いた先の惨状を目の当たりにした私はそう悪態をついた。
予想もしていない襲撃で、対応など出来なかったのだろう。
本来野宿は、いつどこから襲われてもおかしくない為、対応出来なければならないのだが、そこは経験の差だろう。
昼間に出会った五人の若者達の内四名は、その場に悲惨な姿を晒していた。
一人は全身を切り裂かれ、森に血の海を広げている。
一人は下半身を潰されたのか、虫のように這った状態で絶命している。
一人は首を食い千切られたのだろう、頭と胴体が離れた場所に転がっている。
そしてもう一人は、火にでも炙られたのか、全身が炭と化していて、性別すら判断出来ない。
カメリアともう一人……リーダー格の彼がいない。どこだ?
辺りは森に囲まれ、しんと静まり返ってはいるが、必ずこの近くにいる筈だ。
辺りに注意を払い、気配を探る。
すると……。
「ぐあっ!」
突然滲み出た殺意と共に、男性の唸るような叫び声が後方の森の中から響いた。
「向こうか!」
急ぎ声のした方へ走って行くと、昼間に見た若者の剣士が一人、満身創痍な状態で武器を構えて立っていた。
そして、私が彼に近付くより早く、殺意の塊が三度、若者に向かって突進して行くのが見えた。
カメリア……。どれも一撃で仕留められた攻撃だ。わざと外して、いたぶっているのか。
それは、よくない兆候だった。
復讐ではなく、人をいたぶる事を喜びと覚えてしまっては、彼女はもう戻ってこれない。
「ほんと、最悪だよ」
自分が救った命が殺人鬼に変わってしまうなど、死んでも死にきれない。
若者の元まで辿り着いた私は、その場に急いで防御布陣を敷く。
「高みを目指す白亜宮」
私を中心に魔法陣が展開され、一定空間に円弧状の白い膜が張られる。
この中に入れば傷を癒やし、あらゆる攻撃を防ぐ鉄壁の壁だ。
「……お前は、昼間の!」
呆気に取られていた若者が私が誰だか認識した途端、その整った顔が激しく歪む。
「魔族の仲間だったのか!あの化け物は何だ?」
「助けてあげてるのに酷い言い草だね。あれは昼間私と一緒にいた少女だよ」
「あの娘が……。妙な魔力だとは思ったが、まさかあんな恐ろしい魔族だとは」
「まあ、今は色々あって暴走状態だけどね。彼女は私が責任をもって止めるから、君は早く逃げなさい」
そう言いつつ彼に様々な能力強化魔法を施すと、若者はまたも怒気を荒らげる。
「逃げろだと?ふざけるな!あいつのせいで俺の仲間は全員殺された。このまま俺一人で逃げられるわけないだろう!」
「じゃあ殺すのかい?言っておくけど、彼女もまた復讐の為に動いただけだ。君達に殺された仲間の敵討ちにね」
「仲間……?まさかコボルトのことか?俺達は村人に頼まれて、依頼をこなしただけにすぎない」
「そうだね、それが普通だ。でも覚えておくといい。私達が行った行為は、必ず巡ってくる。一時の余韻に浸ってないで、己の行動全てに責任を持ちなさい。それが出来ないなら、冒険者なんてやるもんじゃない」
「何を意味の分からない事を。だいたい、魔族は人間に仇なす敵だろう。それを倒して、何が悪い?」
説教じみた言葉を垂れてみても彼には伝わらず、終いにはこちらに武器を構えてくる始末。
「では問おう。君の言う魔族が悪だと言うのなら、彼女はどっちだ?コボルトと人間のハーフである彼女は、君が守るべき存在か?それとも討つべき敵か?」
「……はっ。くだらない。魔族の血が流れてる時点で、そいつは人間じゃない。人の皮を被った化け物だ」
一切迷う事なく吐き捨てられた答え。
私はその返答に、心底嫌気が差した。
「……そうか。それは残念だ」
施していた防御魔法を全て解除する。
彼にしてやる事は、もう何もない。
「それなら君は、私の敵でもあるね」
「貴様も魔族か!」
「そうでもあるし、そうでもない。まあでも、君に私は殺せないし、仮に私を殺したら、君は史上最悪の悪党になるよ」
「さっきから何を訳の分からない事を!」
激高し、飛びかかってくる若者に対して、私はせせら笑いを浮かべる。
「だって、私が死んでしまったら、魔王が復活してしまうからね」
刹那、背後から槍風が横切り、目の前の若者の腹部を穿つ。
「……かはっ」
腹を裂かれた若者はそのまま倒れ込むが、彼には目もくれず風を捉える。
「奔流する檻」
「ギャアア!」
風の通り道に雷の檻を仕掛けると、見事カメリアを捕らえる事に成功する。
「よし。そのまま大人しくしてるんだよ。リブレーション」
更に魔法を加え、カメリアが蓄えた魔王の魔力を強制的に排出させる。
「アアアアァあああ……っ」
しばらくは檻の中で苦しそうにもがくカメリアだったが、その見た目は徐々に、初めて出会った幼女に戻っていき、彼女が気を失ってその場に倒れた際には、完全に元の姿を取り戻していた。
「カメリア……」
そっとカメリアを抱き起こすと、弱ってはいるがしっかりと呼吸を繰り返している。
カメリアの雪のように白い顔には、魔王の血を取り込んだ証として、そばかすのような薄赤い斑点が鼻の周りに広がっていた。
「ふう……」
とりあえず、これで大まかな問題は解決されたか。
「……っとぉ?」
カメリアを抱きかかえこの場を去ろうとすると、突然足元に火の玉が投げ込まれた。
見ると、地に伏していた若者がこちらを睨み付けていた。
「に、がす、か……!」
「驚いたな。まだ息があるのか」
彼の傷は決して軽くは無い。あのまま絶命していてもおかしくない程には。
「悪には……死を!」
「それだけ悪態がつけるなら、問題は無さそうだね」
私はせめてもの詫びとして生命活性化を彼に施す。
「君ならそれで十分だろう。私はこれで失礼するよ」
「待てっ!」
既に剣を支えに立ち上がろうとする若者を後目に、私はそのまま空へと離脱した。
それから数日間は、ひたすらカメリアの看病に当たった。
その小さな身体と魔力量で取り込んだ魔王の力は毒に等しく、カメリアは高熱にうなされ時には生死の境を彷徨った。
けれど私もそのまま彼女を死なせるつもりは無く、己の知識を存分に使い彼に対抗する。
その甲斐があってカメリアは今、私の目の前で元気に肉を貪っていた。
「さて、カメリア?一つ確認があるんだけど、いいかな?」
私が前置きすると、カメリアは大人しく食べるのを止める。
「君は復讐の為に、魔王の血をその身に取り込んだ。それによって君は、彼の眷属になったんだ」
「けんぞく?」
「平たく言えば従者、配下なんだけど……私達の場合は、家族かな?」
「かぞく!カメリアと家族?」
「うん。だから、私の言うことは、ちゃんと聞くんだよ?」
「分かった!」
こうして、私とカメリアの二人旅は始まったのだ。
†
「私は、カメリアの母親の事は分からないけれど、私とカメリアはあの日家族になった。そうだろう?」
「……うん」
諭すように言う私に、カメリアは静かに頷く。
「それはカメリアが安心して暮らせる場所が見つかるまでそうだ。だから、そんな悲しい顔をするんじゃないよ」
「……」
「ん?どうしたんだい?」
何か言いたげな表情で私を見るカメリアにそう問い掛けるが暫く返事はなく、
「……賢者さまは、カメリアのおとーさん?」
と尋ねてきた。
「え?……うーん、そうだなぁ。年齢的には祖父と孫だけど、見た目的には父娘かな」
最初ティーナにも間違われたくらいだし。
「違うもん!」
「え?うわっ、いっ!?」
突然否定したかと思えば、カメリアはそのまま私に飛びかかり、首筋に牙を立ててきた。
「ちょ、カメリア?何してるの!止めなさい」
グイッと引き離すと、カメリアは私の魔力をほんの少し取り入れて仄かに赤く染まった瞳を濡らして訴える。
「カメリアは、賢者さまの嫁!夫と嫁は、ずっといっしょ!死が二人を分かつまで!」
「カメリア……」
「ずっといっしょ!カメリア、もう寂しいはイヤ!」
「……ふ」
まったく、ティーナの所のメイドは、余計な事ばかり教えたみたいだ。
言葉の意味を理解しているのかいないのか、年端も行かない少女にここまで必死に告白されては、私も無碍には出来ない。
「分かったよ、お姫様。これからもずっと一緒だ」
「本当に?」
「ああ。約束しよう」
小指を差し出し、私はカメリアと契りを交わす。
これまで通り、私はずっと傍にいよう。
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