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謝肉祭

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 コルスタン領を出てから数日、私はいつものようにカメリアの要望によって旅先の道を決めて歩いていた。
 今度は祭りが見たいというのだ。
 どうもコルスタンで世話になっている間に、そこのメイド達から祭りの話を聞かせてもらったらしい。
 朝から晩まで眠る事なく仮面や仮装をしたパレードの謝肉祭カーニヴァル、神に感謝し更なる安寧を祈願する祝祭フェスティバル……。
 祭りにも色々種類や方向性はあるが、カメリアが見たがっているのは人々が祭りを楽しんでいる様子のようだった。
 私が街などの、特に大きな都などにはなるべく近づかないようにしていた為か、祭の雰囲気が想像出来ず、好奇心をくすぐられたのだろう。
 夜になれば人ではなくなる私や、人と異なる部分を持つカメリアにとって人混みは避けたい場所だが、彼女がそれを望むのであれば出来るだけ叶えてあげたい。
「カメリア。街に入ったらそのフード、絶対にとっては駄目だからね?」
「うん、約束する!」
「あはは、まだ被らなくても大丈夫だよ」
 滅多に被る事のないフードを深々と被り、嬉しそうに返事をするカメリアに苦笑する。
 フードがなくても髪の毛で角は隠れているし、今から向かう街で行われる祭は仮装をした謝肉祭カーニヴァル
 万が一誰かに見られたとしても作り物だと言い張れば何とかなるだろう。
 幻術は掛けておくけど、最悪魔王ヒュブリスの姿を見られてもそれで夜は押し通せるかな。
 少し安易な考えかもしれないが、先の事をどれだけ案じても仕方がない。
 今は祭りの事を考えよう。
 今から行く街、ブレア公爵領は、コルスタン領と同じ国に属し、規模もそれほど変わらない、貴族が治める領土だ。
 国境付近にあるコルスタンとは違い、比較的平和で交易が盛んな為に、年に何度も祭が催されている。
 この領主の三男がレオンティーヌの婚約者候補の一人だったが、まあ会うことは無いだろう。
「カメリアは街に着いたら、まずは何をしたい?」
「ご飯食べる!色んなの、たくさん!」
「そうだね。交易が盛んな所みたいだから、珍しい食べ物もあるかもしれない」
 いつも通りな彼女の答え。
 またお腹が空いたと癇癪を起こされる前に街に着かないと……。
 私はほんの少しだけ歩く速度を速めて目的の街へと急ぐ。


「さあ、到着だ」
 あれから十分程経った頃、私達は目的の街、ブレア公爵領に到着した。
 本来であればあと小一時間は歩く予定だったが、たまたま通りがかった行商人がここへ向かうという事で荷馬車に同乗させてもらい、早めの到着となる。
「助かったよ。どうもありがとう」
「いやいや、ついでだからな」
 お礼を言いつつ行商人の手に数枚の千ギル紙幣を握らせれば「悪いね」と相手は笑顔でそれを懐にしまう。
「ここの祭は長いからな。俺達んとこの品を買う時はまけておくよ。今年は良い目玉商品があるんでね」
「それはどうも。そのうち立ち寄らせてもらうよ」
 きっと嘘だろうな。
 商売人の常套句とも言える言葉をさらりと発する辺り、客を乗せるのが上手そうな彼に愛想笑いを返しつつ、次々と街に入ってくる荷馬車を眺める。
 商人の物が多いけど、身なりの良い御者付の馬車もそこそこいる。貴族も観光に来てるのか。
「……っと。こらカメリア。勝手に行くんじゃないよ」
「あっちから良い匂いがする!」
 鼻をふんふんと鳴らし興奮して走り出そうとするカメリアの首根っこを寸でで捕らえる。
「分かった分かった。でもその前に仮面を買おう。祭に参加するのはそれからだよ」
 じたばたと暴れるカメリアを抱きかかえ、不服そうに口に空気を含む彼女の頬をつつけば、ぶうと小気味良く萎む。
「ほーら、美人が台無しだよ?君は色々と食べたりしたいだろうから半マスクコロンビーナにしようか」
「お、マスクならいいのがあるぜ?」
 どこから聞き耳を立てていたのか、入口で商い登録を行っていた行商人が、お金の匂いを嗅ぎ付けて私に話し掛けてくる。
 素晴らしいやり手だ。
「ああそれじゃ、子供用と大人用のをそれぞれ見せてもらおうかな」
 さっそく客としてもてなされた私は、仮面以外にもあれやこれやと奨めてくる商人の言葉をかわし、目当ての物だけを手に入れて街中へと進む。
 キラキラ輝く疑似宝石が散らばるコロンビーナを身につけ一目散に走り出すカメリアを見失わないよう、私も真っ白なバウタを着用する。
 顎が突出していて顎下が無い仮面で、顔を隠したまま食事が取れるのは便利だ。
 何より通気性も悪くないので蒸れない。
 仮面を被ることにおいて、蒸れ問題はかなりの死活問題である。
 周りには祭りの参加者たる様々なマスクを身に付けた人々が思い思いに楽しんでいるようだ。
 仮面を含め、上から下まで豪華に着飾った者、仮面だけは豪華な者、仮面すらお粗末な者……。
 中身は窺えなくても、表面的な素性は何となく察せられる。
 王都ほど盛大な祭でもないし、参加しているのも上流部ってわけではなさそうだな……。さしずめ、下流から中流域の社交場ってところか。
 ひょっとしたら自分を知る者がいるかもしれないと気を引き締めていたが、街全体の顔ぶれをなんとなく把握してほんの少し気を緩める。
 自由な生活に慣れすぎてしまったから、もうお国に抱えられるのはごめんだからね。
「……っと。やれやれ。カメリアが満足したら、さっさと離れたいな」
 人混みを避けての生活が長い故に、波に呑まれそうになるだけで疲れる。
 滞在期間は保って二日程度だろう。
 それまではカメリアが羽目を外しすぎない程度に見守っておこう。
 人混みを縫ってカメリアがいる場所まで向かうとそこは、大勢の人に囲まれて何かをやっているようだった。
 人々に囲まれているのは数人の老若男女。
 長テーブルに座っている。
「賢者さま、見えないー」
「あー、はいはい」
 ぐいぐいと力強くローブを引っ張るカメリアを肩車し、彼女にもその光景が見えるようにしてあげると、テーブルの前に立つ一人の男が大声を張り上げる。
「さあ、他に挑戦者はいませんかー?大地の恵み、パンの大食い勝負!食べて食べて食べ尽くせ!負ければ食費負担の地獄、優勝者は食費は勿論無料。更に、豪華景品がついて来るぞ。さあさあ、飛び込み歓迎、大人も子供も関係無し。我こそはと思う猛者は名乗りを!」
「パン!カメリアも食べる!」
「ええ?あ、ちょっと……ああ」
 驚き、止める暇も無く、カメリアは私の上からぴょんと飛び跳ねて意気揚々と壇上へと上がっていってしまった。
「おっとー?これはまた可愛らしい挑戦者さんだ。さあさ、どうぞ席へ。親御さんはお金の準備をしておいてねー」
「ははは……」
 司会者がそう笑いを誘い、観客が気の毒にと嘲笑する中、私は一人乾いた笑いを漏らす。
 お金の心配など必要無い。可哀想なのはむしろ他の参加者達だろう。
 普段は必要な分の食料を確保して食べているカメリアだが、好きなだけ食べていいと分かれば目の前に出された物は全て残さず食らいつくす無限の胃袋の持ち主だ。
 食べられるうちに栄養を蓄え、数日かけて消化する、それもまた人間とは異なる特性なのだろう。
「カメリア~、ほどほどにねー」
 一応声はかけてみるが、周りの熱狂に私の声はいとも簡単に掻き消され、彼女の元へ届く筈も無く、出場者の卓上に沢山のパンが並べられていく。
「当街のパン職人達が腕によりをかけて焼いたパンだ。どれから食べても構わないし、好きなものだけ食べても勿論オーケー。ただし、各四店舗のパンを一つずつは必ず食べる事、いいね?それじゃ、パンの大食い勝負、レディ?」
 ゴー!
 司会者の熱い掛け声と共に、選手達は目の前のパンへと手を伸ばしていく……。


「な、な……」
 試合開始から三十分後、司会者の唖然とした声と共に、観客のどよめきが会場を支配する。
 各選手ともパンに食らいついてはいるが、口内の水分を持っていかれる為にその速度は確実に落ちている。
 そんな中、始まりと殆ど変わらない速度でバクバクとパンを口の中に放り込んでいるのは我が姫、カメリアだけだ。
「なんという事でしょう。あろうことか、選手の中で一番小さな女の子がぶっちぎりのトップです。この勝利はもはや揺るがない。一体この小さな身体のどこに入っているんだぁ?」
 予想だにしていなかった展開に司会者が首を傾げて実況するが、カメリアはそれを全く意に介さずバクバクとパンを放ばる。
「頼むから喉に詰まらせないでくれよ……」
 私が祈るのはそればかり。
 ハラハラしながら見守っていると数分後に試合は終了し、カメリアの独走優勝が決まる。
 優勝景品として賞金十万ギルとパンの食べ放題一年分の権利が与えられたが、ここの滞在者では無い為、滞在期間中だけ食べ放題にしてもらい、変わりに残っているパン全てを引き取る事にして、私達は一旦宿を探す事にした。
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