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茜色 最終話 最後ニフリート
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マルクはニフリートを竜国へ送ったあと、竜国の使者が来て手切れ金を手渡された。使者より「北西の竜国ラシュロンからできる限り遠く東の地へ行くように」と言われ大陸の東端の国まで来ていた。
手切れ金は泡のように消えた。
離れ離れになれば、気持ちが落ち着き楽になれると信じていたマルクは、ニフリートが居なくなって、心にぽっかりと穴が開いたような空虚感に押し潰されそうになった。
マルクは寂しさを紛らわせるように次第に酒に溺れて、以前より飲酒量も多くなる。
勇者一行が魔王軍を討伐完了したとの報せが入り、国中が幸福感で溢れていた。
街には号外が配布され、一日中音楽が奏でられ、民は昼夜、身分関係なく隣人と腕を組み踊り明かしている。
酒屋へ行くと、店内の酒池肉林の馬鹿騒ぎに馴染めずに、マルクは酒を買い込んで宿などで、一人飲んだりしていた。
薬草採取で、今日も森に入る。
空を見上げると雲ひとつない青空が広がっていた。魔王軍が討伐され、魔獣が減ったために瘴気が消え失せたのだろうか。草花の香りが鼻腔をくすぐる。
蒼天を見るとミーシアンの丘を思い出す。一緒に採取した薬草も、一緒に討伐した魔獣も、森にはニフリートとの思い出が沢山詰まっていて、いまだマルクの胸を締め付ける。
クエストで受けた薬草に手を伸ばすと突然指先が震え出す、そう、これは酒依存症による禁断症状だった。
川縁の岩場に腰を降ろして、鞄に入れたスキットルのウイスキーをゴクリとやると、暫くして震えが止まる。
マルクは薬草採取を再開する。今日は春陽が穏やかに眩しく、暖かでうっすら汗をかく。
行き先に視線を向けると蠢めく蔓がいる。魔獣トレントだ。
蔦が伸びてこちらに向かってくる。マルクは従魔契約しているヘルハウンドをトレントに対峙させる。
ヘルハウンドから発する業火で、次々と伸びる蔦を灰にしていき本木まで燃やしつくすと跡形もなく灰になった。
その大木の後ろに潜んでいたのは、梟頭の熊の姿をした魔獣アウルベアだった。
通常の熊よりも大きく、非常に凶暴だと聞いていたマルクは熊を見据えながら後退る。
しばらく後退り、距離が離れたのを確認するや否や、すかさず踵を返して駆け出した。
無我夢中で疾走するが、熊の駆ける速さには勝てなかった。
マルクの背中を熊爪が捉えた。
ザッ、と音を立ててマルクの背中に浅い創傷を残す。
その時、 角の生えた兎が眼前に跳ねながら現れて、アウルベアの目線は兎に捉えられ、その後姿を追って駆けていった。どうやら致命傷は免れたようだ。
「俺より兎肉のが、美味いっていうのか……ハハッ」
渇いた笑みが溢れる。
しばしの間をおき、マルクは眩暈に襲われ草原に倒れる。この眩暈は創傷の所為ではないと察した。
どきどきと動悸がして鼓動が早い。
俺、もうすぐ死ぬのかな? ぼんやりとそんな事を考える。
母が亡くなって、仲間が亡くなって、自分は何のために生かされたのだろう……。
草原に仰向けになって空を見上げる。
心地よい野鳥や蟲の鳴き声がマルクの耳に届く。
ふと、鱗のペンダントを握りしめる。
マルクはニフリートから貰ったこの鱗だけは捨てることができなかった。
大きく息を吸って、ふぅ──、と吐いたとき、上空に浅葱色の緑竜の姿を視界の端にとらえた。
「いよいよ幻覚まで見えるようになっちまった……」
マルクはボソリつぶやく。
キィ────ルゥ────
鳴き声までそっくりだ……。まさか……。
マルクは上体をガバリと起こし、空を見据えた。
眩しい春陽のなか、光り輝くように緑竜は飛翔する。
本当にニフリートなのか?
胸の早鐘が、けたたましいほど鳴り響く。
緑竜はゆっくりと風を割きながら降りてくる、……そして蹌踉めきながら舞い降り、人姿になった。
マルクは、その不自然さに気づきながら駆け寄った。
美しい彼はマルクを見つけると、水分を含んだ瞳で微笑んだ。
「に……ニフリートなのか?」
「僕だよ。マルクに逢いたくて逃げ出して来たんだ」
どちらともなく抱きしめあう二人を春風が撫でていく。
触れ合った瞬間、ニフリートが竜国であったこと、此処に来るまであったことがマルクの脳内に映像のように流れ込んでくる、竜の言葉は相変わらずわからなかったが、ニフリートの受けた酷い仕打ちに腹が立ち、そして後悔の念が湧き上がった。
抱きしめるマルクの腕にぎゅうっと力が入る。そして身体を離すと、ニフリートの失われ閉じている左眼を哀しげに見つめて眦をそっと撫でる。右脚先は切断面がその悲惨さを現していて、いまだ鮮血が少しづつ流れている。
「綺麗なニフリートがこんな風になってしまって……。すまない、……本当にすまない。俺が手放したりしなければ……」
マルクは瞳を濡らし鼻にかかる声で、ニフリートを抱き寄せ、背中を撫でながら謝罪する。
竜達、俺にニフリートを傷つけるなと言っておきながら、自分達が傷つけやがって……。
どうしようもない悔しさにマルクの握った拳がふるふると震え、目を伏せる。
ニフリートはマルクの両肩を掴んで言った。
「僕、逢いたくて、……ずっと伝えたいことがあって……」
片眼のニフリートは顔を赤らめて、マルクを見つめる。
「育ててくれたのがマルクで良かった」
春風が悪戯にニフリートの髪を掬いあげる。一言一言絞り出すように想いを紡いでゆく。ニフリートは赤瑪瑙の眸を見あげて破顔する。
「でもね、僕は親としてじゃなくて、想いを寄せる人としてマルクが好きだよ」
ニフリートの頬は赤く燃え上がり、片眼は潤んだ。
自分にそれを伝えるために、身体を傷つけてまで……。
その清廉潔白な心根は稀有なほどに美しく、マルクは呆然として翡翠色の眸を見つめた、ややあってニフリートから発せられた言葉の意味を理解すると頬を綻ばせ、すっと目を細め涙声で言葉を紡ぐ。
「俺も愛してる……。好きで、好きでしかたなくて……王になるニフリートへの想いが抑えきれなくなって、そして一番大切なニフリートを手放してしまったんだ……すまない」
俯くマルクに、今度はニフリートから背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
二人の熱い視線が交わると、どちらともなく互いの顔を寄せて、優しく唇を重ねる。
離れた唇が寂しくて、もう一度、もう一度と愛おしそうに、今までの寂しさを埋め合うように、角度を変えながら、何度も口付ける。
二人の眸から溢れた涙が、頬をつたい交じり合って零れ落ちる。
夢にまで見たニフリートの唇の感触が、この上なく柔らかくて、極上に甘くて。
うっとりとした表情も、上気した頬も美しくて、艶めかしくて、どこか切ない。
「ニフリート……愛してる……ニフ……あぁニフ、愛してる」
ニフリートの後頭部を手でささえ、反対の腕を背中にまわすと、マルクの眼差しが鋭く、男の色気を帯びたものに変わる。
唇を合わせるだけの口付けから激しいキスに変わった。ニフリートの口内に差し込まれたマルクの舌が上顎をなぞると、彼の肩がピクンと跳ねた。マルクの舌で彼の可愛い舌を撫でると、目を瞑って堪えているのがわかる。
後頭部を支えていた指が浅葱色の髪に差し込まれて掻き上げる、息も徐々に荒くなって、逃がさないように舌を絡めあい、二人はとろけて恍惚となってゆく。
「はぁ……は、……はぁ……まる……く、すき」
ニフリートは上手に息ができなくて、マルクの背中にしがみつく。
この純真無垢な翡翠色の眸を、自身の色に染め上げたいと、マルクの欲情が昂る。
熱い眼差しを向けると、ニフリートは濡れた眸で微笑んだ。
二人は多幸感に包まれる。
その刹那、ニフリートの頭がくたりとマルクの肩に寄りかかった。
全身に力が入らないような……。そう、ニフリートは血を流し過ぎた。
マルクはニフリートの肩を掴んで顔を覗き込むと、さっきまで上気して赤かった頬が青ざめていた。
「ニフリート大丈夫か?」
驚愕したマルクは、ニフリートのステータスを見る、生命力がほとんど枯渇している。
どうしたら良いのかとマルクは思考を巡らせた。
ポンっと、ニフリートは緑竜の姿に戻っていた。もう人姿には戻れないのだろうか。
左眼と右脚を失った緑竜は、よろめいて丸くなり、キュイ、と力なく鳴いた。
マルクは緑竜の喉元を撫でながら、愛おしそうに目を細めて、片方になってしまった緑竜の眸を見つめる。
そしてマルクは何かを決心したように、赤瑪瑙の眸を深めた。
「俺はニフリートを愛している。もう、離したくない。……人間の命は竜に比べたらほんの一瞬だ。俺は永遠にお前の一部になりたい、……俺を食べてくれないか?」
「……………………」
ニフリートは驚愕に口を噤んだ。沈黙が二人を包む。
マルクは柔和な眼差しをニフリートに向ける。
「このままじゃ、二人で共死にだ。俺はニフリートに生きて欲しい。俺が救われるのは、魂となってお前と永遠に添い遂げることだけなんだ」
緑竜に縋りながら、マルクは悲愴な表情で懇願する。
そう、俺が生きてきた意味はきっとこの為のものだったんだ。
*
「だって、それじゃ…………」
もうマルクに頭を撫でてもらえない……ぎゅっと抱きしめてもらえない……さっきみたいに優しくて、熱いキスをして貰えなくなるじゃないか……やっと想いを告げられたのに……。
緑竜はゆっくりとかぶりを振る。
「お願いだ、俺の神様……。俺のニフリート」
赤瑪瑙の眸を曇らせ、悲痛に訴えるマルクに、二人を救うには真にこの方法しかないのだとニフリートは覚った。
──竜神として心あるものを殺し傷つけてはならぬ、もしこれを破れば、堕ちたる神となりぬべし──
王教育で心得として言い聞かされたが、もう関係ない。
マルクだけの神として、ニフリートは願いを聞く。
緑竜は覚悟を決めて、ゆっくりと口を大きく開けると、マルクは穏やかに微笑む。
「ありがとう、ニフリートが死する時までずっと一緒だ」
そう告げると、マルクは瞳を閉じる。
緑竜は眸に涙を浮ばせたまま、マルクを頭から、そして身体全体を口内に咥え、首を天高く掲げた。
春陽が爛々と緑竜に降り注ぎ、その神々しい姿に森の動物や魔獣達までもが皆、見入った。
そして、なるべく牙を立てないようにゆっくり、ゆっくりと嚥下していく。
この世界で一番、哀しい食事……。
緑竜の瞳からは、ハラハラと涙が零れてゆく。
嚥下が終わり、ややあって緑竜の左眼と右脚が金色に淡く輝く鱗粉に包まれる、そして鱗粉が霧散すると、左眼も右脚も傷ひとつなく元の姿を成していた。
緑竜は左眼を掌で覆い、反対の手で右脚をそっと撫でた。治してくれたマルクの優しさに包まれるような気分になるのと同時に、もうこの世界にマルクは居ないのだという悲嘆に襲われる。
緑竜は泣いた、眸から大粒の涙をぽたり、ぽたりと零して、池ができるほどに泣き続ける。
いつの間にか、陽は西方に傾いて山麓に落ちていた。
空には綿雲が一面に広がって、茜色に彩られる。
キヴゥ──────イ────ッッ
緑竜は哀しく嘶いて、前進するように飛び立つ。青年の魂とともに…………
──世界に平穏が訪れ、茜色の美しい空が顕現すると、二人の拙い愛は永遠の絆となって空を翔け巡った──
完
─────────────────
この度は最後までお読み下さりありがとうございます。
このツラいお話を最後まで読んで頂いた読者様は勇者なのでは⁉︎
本当に感謝しております。
次は癒し系の作品で、心のケアしてあげてくださいね。
皆様に素敵な幸運が舞い降りるよう願っております。
アベンチュリン
手切れ金は泡のように消えた。
離れ離れになれば、気持ちが落ち着き楽になれると信じていたマルクは、ニフリートが居なくなって、心にぽっかりと穴が開いたような空虚感に押し潰されそうになった。
マルクは寂しさを紛らわせるように次第に酒に溺れて、以前より飲酒量も多くなる。
勇者一行が魔王軍を討伐完了したとの報せが入り、国中が幸福感で溢れていた。
街には号外が配布され、一日中音楽が奏でられ、民は昼夜、身分関係なく隣人と腕を組み踊り明かしている。
酒屋へ行くと、店内の酒池肉林の馬鹿騒ぎに馴染めずに、マルクは酒を買い込んで宿などで、一人飲んだりしていた。
薬草採取で、今日も森に入る。
空を見上げると雲ひとつない青空が広がっていた。魔王軍が討伐され、魔獣が減ったために瘴気が消え失せたのだろうか。草花の香りが鼻腔をくすぐる。
蒼天を見るとミーシアンの丘を思い出す。一緒に採取した薬草も、一緒に討伐した魔獣も、森にはニフリートとの思い出が沢山詰まっていて、いまだマルクの胸を締め付ける。
クエストで受けた薬草に手を伸ばすと突然指先が震え出す、そう、これは酒依存症による禁断症状だった。
川縁の岩場に腰を降ろして、鞄に入れたスキットルのウイスキーをゴクリとやると、暫くして震えが止まる。
マルクは薬草採取を再開する。今日は春陽が穏やかに眩しく、暖かでうっすら汗をかく。
行き先に視線を向けると蠢めく蔓がいる。魔獣トレントだ。
蔦が伸びてこちらに向かってくる。マルクは従魔契約しているヘルハウンドをトレントに対峙させる。
ヘルハウンドから発する業火で、次々と伸びる蔦を灰にしていき本木まで燃やしつくすと跡形もなく灰になった。
その大木の後ろに潜んでいたのは、梟頭の熊の姿をした魔獣アウルベアだった。
通常の熊よりも大きく、非常に凶暴だと聞いていたマルクは熊を見据えながら後退る。
しばらく後退り、距離が離れたのを確認するや否や、すかさず踵を返して駆け出した。
無我夢中で疾走するが、熊の駆ける速さには勝てなかった。
マルクの背中を熊爪が捉えた。
ザッ、と音を立ててマルクの背中に浅い創傷を残す。
その時、 角の生えた兎が眼前に跳ねながら現れて、アウルベアの目線は兎に捉えられ、その後姿を追って駆けていった。どうやら致命傷は免れたようだ。
「俺より兎肉のが、美味いっていうのか……ハハッ」
渇いた笑みが溢れる。
しばしの間をおき、マルクは眩暈に襲われ草原に倒れる。この眩暈は創傷の所為ではないと察した。
どきどきと動悸がして鼓動が早い。
俺、もうすぐ死ぬのかな? ぼんやりとそんな事を考える。
母が亡くなって、仲間が亡くなって、自分は何のために生かされたのだろう……。
草原に仰向けになって空を見上げる。
心地よい野鳥や蟲の鳴き声がマルクの耳に届く。
ふと、鱗のペンダントを握りしめる。
マルクはニフリートから貰ったこの鱗だけは捨てることができなかった。
大きく息を吸って、ふぅ──、と吐いたとき、上空に浅葱色の緑竜の姿を視界の端にとらえた。
「いよいよ幻覚まで見えるようになっちまった……」
マルクはボソリつぶやく。
キィ────ルゥ────
鳴き声までそっくりだ……。まさか……。
マルクは上体をガバリと起こし、空を見据えた。
眩しい春陽のなか、光り輝くように緑竜は飛翔する。
本当にニフリートなのか?
胸の早鐘が、けたたましいほど鳴り響く。
緑竜はゆっくりと風を割きながら降りてくる、……そして蹌踉めきながら舞い降り、人姿になった。
マルクは、その不自然さに気づきながら駆け寄った。
美しい彼はマルクを見つけると、水分を含んだ瞳で微笑んだ。
「に……ニフリートなのか?」
「僕だよ。マルクに逢いたくて逃げ出して来たんだ」
どちらともなく抱きしめあう二人を春風が撫でていく。
触れ合った瞬間、ニフリートが竜国であったこと、此処に来るまであったことがマルクの脳内に映像のように流れ込んでくる、竜の言葉は相変わらずわからなかったが、ニフリートの受けた酷い仕打ちに腹が立ち、そして後悔の念が湧き上がった。
抱きしめるマルクの腕にぎゅうっと力が入る。そして身体を離すと、ニフリートの失われ閉じている左眼を哀しげに見つめて眦をそっと撫でる。右脚先は切断面がその悲惨さを現していて、いまだ鮮血が少しづつ流れている。
「綺麗なニフリートがこんな風になってしまって……。すまない、……本当にすまない。俺が手放したりしなければ……」
マルクは瞳を濡らし鼻にかかる声で、ニフリートを抱き寄せ、背中を撫でながら謝罪する。
竜達、俺にニフリートを傷つけるなと言っておきながら、自分達が傷つけやがって……。
どうしようもない悔しさにマルクの握った拳がふるふると震え、目を伏せる。
ニフリートはマルクの両肩を掴んで言った。
「僕、逢いたくて、……ずっと伝えたいことがあって……」
片眼のニフリートは顔を赤らめて、マルクを見つめる。
「育ててくれたのがマルクで良かった」
春風が悪戯にニフリートの髪を掬いあげる。一言一言絞り出すように想いを紡いでゆく。ニフリートは赤瑪瑙の眸を見あげて破顔する。
「でもね、僕は親としてじゃなくて、想いを寄せる人としてマルクが好きだよ」
ニフリートの頬は赤く燃え上がり、片眼は潤んだ。
自分にそれを伝えるために、身体を傷つけてまで……。
その清廉潔白な心根は稀有なほどに美しく、マルクは呆然として翡翠色の眸を見つめた、ややあってニフリートから発せられた言葉の意味を理解すると頬を綻ばせ、すっと目を細め涙声で言葉を紡ぐ。
「俺も愛してる……。好きで、好きでしかたなくて……王になるニフリートへの想いが抑えきれなくなって、そして一番大切なニフリートを手放してしまったんだ……すまない」
俯くマルクに、今度はニフリートから背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
二人の熱い視線が交わると、どちらともなく互いの顔を寄せて、優しく唇を重ねる。
離れた唇が寂しくて、もう一度、もう一度と愛おしそうに、今までの寂しさを埋め合うように、角度を変えながら、何度も口付ける。
二人の眸から溢れた涙が、頬をつたい交じり合って零れ落ちる。
夢にまで見たニフリートの唇の感触が、この上なく柔らかくて、極上に甘くて。
うっとりとした表情も、上気した頬も美しくて、艶めかしくて、どこか切ない。
「ニフリート……愛してる……ニフ……あぁニフ、愛してる」
ニフリートの後頭部を手でささえ、反対の腕を背中にまわすと、マルクの眼差しが鋭く、男の色気を帯びたものに変わる。
唇を合わせるだけの口付けから激しいキスに変わった。ニフリートの口内に差し込まれたマルクの舌が上顎をなぞると、彼の肩がピクンと跳ねた。マルクの舌で彼の可愛い舌を撫でると、目を瞑って堪えているのがわかる。
後頭部を支えていた指が浅葱色の髪に差し込まれて掻き上げる、息も徐々に荒くなって、逃がさないように舌を絡めあい、二人はとろけて恍惚となってゆく。
「はぁ……は、……はぁ……まる……く、すき」
ニフリートは上手に息ができなくて、マルクの背中にしがみつく。
この純真無垢な翡翠色の眸を、自身の色に染め上げたいと、マルクの欲情が昂る。
熱い眼差しを向けると、ニフリートは濡れた眸で微笑んだ。
二人は多幸感に包まれる。
その刹那、ニフリートの頭がくたりとマルクの肩に寄りかかった。
全身に力が入らないような……。そう、ニフリートは血を流し過ぎた。
マルクはニフリートの肩を掴んで顔を覗き込むと、さっきまで上気して赤かった頬が青ざめていた。
「ニフリート大丈夫か?」
驚愕したマルクは、ニフリートのステータスを見る、生命力がほとんど枯渇している。
どうしたら良いのかとマルクは思考を巡らせた。
ポンっと、ニフリートは緑竜の姿に戻っていた。もう人姿には戻れないのだろうか。
左眼と右脚を失った緑竜は、よろめいて丸くなり、キュイ、と力なく鳴いた。
マルクは緑竜の喉元を撫でながら、愛おしそうに目を細めて、片方になってしまった緑竜の眸を見つめる。
そしてマルクは何かを決心したように、赤瑪瑙の眸を深めた。
「俺はニフリートを愛している。もう、離したくない。……人間の命は竜に比べたらほんの一瞬だ。俺は永遠にお前の一部になりたい、……俺を食べてくれないか?」
「……………………」
ニフリートは驚愕に口を噤んだ。沈黙が二人を包む。
マルクは柔和な眼差しをニフリートに向ける。
「このままじゃ、二人で共死にだ。俺はニフリートに生きて欲しい。俺が救われるのは、魂となってお前と永遠に添い遂げることだけなんだ」
緑竜に縋りながら、マルクは悲愴な表情で懇願する。
そう、俺が生きてきた意味はきっとこの為のものだったんだ。
*
「だって、それじゃ…………」
もうマルクに頭を撫でてもらえない……ぎゅっと抱きしめてもらえない……さっきみたいに優しくて、熱いキスをして貰えなくなるじゃないか……やっと想いを告げられたのに……。
緑竜はゆっくりとかぶりを振る。
「お願いだ、俺の神様……。俺のニフリート」
赤瑪瑙の眸を曇らせ、悲痛に訴えるマルクに、二人を救うには真にこの方法しかないのだとニフリートは覚った。
──竜神として心あるものを殺し傷つけてはならぬ、もしこれを破れば、堕ちたる神となりぬべし──
王教育で心得として言い聞かされたが、もう関係ない。
マルクだけの神として、ニフリートは願いを聞く。
緑竜は覚悟を決めて、ゆっくりと口を大きく開けると、マルクは穏やかに微笑む。
「ありがとう、ニフリートが死する時までずっと一緒だ」
そう告げると、マルクは瞳を閉じる。
緑竜は眸に涙を浮ばせたまま、マルクを頭から、そして身体全体を口内に咥え、首を天高く掲げた。
春陽が爛々と緑竜に降り注ぎ、その神々しい姿に森の動物や魔獣達までもが皆、見入った。
そして、なるべく牙を立てないようにゆっくり、ゆっくりと嚥下していく。
この世界で一番、哀しい食事……。
緑竜の瞳からは、ハラハラと涙が零れてゆく。
嚥下が終わり、ややあって緑竜の左眼と右脚が金色に淡く輝く鱗粉に包まれる、そして鱗粉が霧散すると、左眼も右脚も傷ひとつなく元の姿を成していた。
緑竜は左眼を掌で覆い、反対の手で右脚をそっと撫でた。治してくれたマルクの優しさに包まれるような気分になるのと同時に、もうこの世界にマルクは居ないのだという悲嘆に襲われる。
緑竜は泣いた、眸から大粒の涙をぽたり、ぽたりと零して、池ができるほどに泣き続ける。
いつの間にか、陽は西方に傾いて山麓に落ちていた。
空には綿雲が一面に広がって、茜色に彩られる。
キヴゥ──────イ────ッッ
緑竜は哀しく嘶いて、前進するように飛び立つ。青年の魂とともに…………
──世界に平穏が訪れ、茜色の美しい空が顕現すると、二人の拙い愛は永遠の絆となって空を翔け巡った──
完
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この度は最後までお読み下さりありがとうございます。
このツラいお話を最後まで読んで頂いた読者様は勇者なのでは⁉︎
本当に感謝しております。
次は癒し系の作品で、心のケアしてあげてくださいね。
皆様に素敵な幸運が舞い降りるよう願っております。
アベンチュリン
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