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浅葱色 あさぎ
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陽が落ちて夜風が少年の身体を撫ぜる、マルクは泣き疲れて黒曜石の石台にうつ伏せたまま眠っていた。
冷えた身体を温めるために、焚き火をして寝袋で一晩を過ごした。
貧しい少年達は、もっぱら野営で夜を過ごしていたので一人の野営も怖くない……ただカイルとミハルと過ごした夜を思い起こして、また悲しくなった。
(早く眠ってしまおう…………)
チュンチュン、と鳥の鳴き声に目を覚ました。
寝袋からでたマルクが目にした光景は──
ミーシアンの丘の上空のみが、青々とした蒼天で、それ以外の場所は曇天になっていた。
少年が生まれてから、地下室の天井裏から見える空はいつも曇天だった。
青空を見た事がなかったマルクは、天変地異でも起こったのかと、天を仰いだまま、ふらふらと右へ左へと歩いて、足元にあった黒曜石に足をぶつける。
「痛っ、てぇ……」
呟いたマルクは、草むらにしゃがみこんで、ぶつけた膝小僧をさする。
すると視界に、朝日を潤沢に浴び、陽の躍動を存分にうけて、雨上がりの清らかな朝露を纏ったような、つやつやとした 浅葱色の大きな卵を捉えた。
「何の卵だろう……」
少年は恐る恐る、その浅葱色の卵に触れた瞬間。脳裏に映像が流れてくる。
魔獣使いの 能力なのか、この卵の能力なのかはわからない。
その記憶は、前日、倒した緋竜のものだった。
緋竜は、子を宿し国を追われてその卵を守るために大陸を渡り、道すがらこの地で羽を休めていたのだと、襲撃を受けて、子を守るために必死に闘って……そして命が絶たれた。
竜の言葉はわからなかったが、映像で読みとれた。
嗚呼、なんてことをしたんだ……緋竜は人間を傷つけるのではなく、ただ、ここで羽を休めて居ただけなのに……。
マルクはそっと浅葱色の卵を抱きしめると、卵の中に 蠢く何かを覚えた……。
この中に、息吹いている生命が確かにある。
はっ、として気づく。この子の母親を殺してしまった……このまま放置してしまったら、他の魔獣に食べられてしまうのではないか……。
この子が一人になってしまう…… (俺が一人になってしまう……)
さらに浅葱色の卵を強く抱きしめると、マルクの眦から落ちた涙が卵の殻をつたい、仄かに発光したような気がした。
マルクは、この卵を育てることにした。
この子が、仲間の元へ帰る時まで、せめてもの罪滅ぼしに……。
*
まだ卵が小さい時は、リュックに入れて持ち歩いた。卵が大きくなると目立つため、ミーシアンの丘や、街から程遠くない洞窟に隠すこともあった。
竜は邪竜や魔獣の 類とみなされて、討伐されることもある。
だから、マルクは街に連れて行く時は細心の注意を払った。
屈強な冒険者達は、勇者一行が討伐した竜を、さも、自分達が討伐したように話し、婦人から報酬を受け取る。
そして、マルクの元へとやってきた。
カイル達が亡くなったことを伝えても「悪かったな」の一言だけで済ませ、金貨を渡そうとしてきたので、叩き返したい気持ちはあったが、卵を育てていくことを考えると、背に腹は変えられなく、マルクは歯噛みをしながら受け取る。
マルクは薬草採取のクエストを 熟しながら、空いた時間はなるべく卵を抱きしめて温めた、呼応するかのように躍動する雛に、次第に愛情が湧いてきて、産まれるその日を待ち望んだ。
この卵に出会えなかったら、孤独に耐えかねて自害していたかもしれない。
罪滅ぼしのつもりが、救われているのはマルクの方だった。
街付近の洞窟で一夜を過ごした日、ミーシアンの丘でもないのに洞窟の上空だけ、満天の星空が現れた。
この幻想的な夜に、マルクは生涯忘れられない奇跡を垣間見る。
洞窟内の焚き木の近くに卵を置いて、短剣の手入れをしていたマルクは、パリッ、パリッと音がするのに気づいて卵を見ると、 嘴打ちが始まっていた。
頑張れ、と念を送りながら、待つこと数時間。
卵の割れ目から眩しい光りが零れだして、マルクは刮目した。
もうすぐ産まれると察したマルクは、焚き木に水を張った鍋をかけた。
マルクは、さらに数時間、今か今かと殻から出てくるのを辛抱強く待つ。鳥類よりも分厚い殻は、破るのも至難の業だ。
しばらくすると、パリパリパリパリと音を立てて殻は二つに分かれ、中から浅葱色のつやつやとした美しい鱗を持つ竜の雛が現れて、キー、キーと甲高い産声をあげるも、その声はぐぐもって聞こえた。
胎脂が竜の身体に纏っていて、このままでは呼吸も、視覚も遮られたままになる。
きっと母竜が居れば、舌で舐めとってくれたに違いない。
マルクは綿の布切れを鍋に投入して煮沸消毒を施し、清潔にした自身の指に巻きつけた。
その指で、とりあえず苦しそうな口元を、そして目元の胎脂を、壊れものを扱うような手つきで、優しく取り除く。
わずかの間をおいて、キー、キー、と甲高い元気な産声が、鮮明に聞こえてきた。
まるで、川底でひときわ煌めく、 翡翠のような美しい瞳が、マルクをじっと見つめる。
安堵したマルクは、そのまま竜の雛を夢中になって見守った。
気づいたときには、洞窟内に朝陽が差し込んでいた。
竜の雛が安定してきた頃、ふと、餌のことを思案する。
牛のミルクでいいのだろうか……。こんな早朝に、ミルクを売る店は開いていない。マルクは 逡巡する。
そうだ、近くに牧場がある。そこの牛からいただこう。
そのとき、カイルが昔、言った言葉が脳裏を 過ぎる。
「俺たちは、どんなに貧しくても、盗みだけはやらない」
誓いを破るのか? ……否、緊急事態だ、今回だけ。そうマルクは言い聞かせた。
マルクはすぐに行動に移した、牧場へ行き厩舎に潜り込み、乳牛の体を撫でて、腹横から乳を握り込んだが、ミルクは出てこなかった。
今度はお尻側から乳を握り込むと、乳牛は後ろ足でマルクの体を蹴り上げた。
乳牛がモォーと大きく鳴くと、鳴き声に気づいた農婦が駆け込んできた。
「あんた! ミルク泥棒かい?」
農婦はマルクを睨みつけた。
「どうしても、ミルクが必要なんです」
震える声で告げると、農婦の手が上がったのを見たマルクは、 打たれると思い、目を閉じ、肩を竦ませた。
「毎朝六時に、牧場へおいで。乳の絞り方を教えてやるよ。お前が絞ったミルクは必要な分だけ無償でくれてやる」
ぶっきらぼうだけど優しい農婦の声が降りてきて、マルクの頭を撫でた。
マルクは歓喜して、盗もうとしたことを謝罪する。
「とりあえず今日の分」と小瓶に入ったミルクを貰う。
急いで洞窟に帰ると、竜の雛のクリクリとした翡翠の眼は、マルクを真っ直ぐ見つめて、キー、キー、と甲高く絶え間なく鳴いた。
「待たせたね、俺の愛しい子」
柔和な声で、眸を細めるマルク。鍋でほんのり温めたミルクは、農婦から貰った小さなスプーンで少しずつ竜の雛に与えられる。
もっと頂戴、と言っているかのように、竜の雛は首を伸ばして開口する。
それから早朝の乳搾りはマルクの日課となり、新鮮なミルクと少しのお給金を貰うようになった。
マルクはその緑竜を、綺麗な翡翠色の瞳から、ニフリートと名付けた。
やがて、緑竜が少し大きくなるとパン粥、そしてパンへと食事を変えていった。
緑竜の成長は早かった、マルクのお腹くらいまでの身長が、一カ月で倍の大きさに成長した。
きっと食べ盛りだろうと、パンを丸々一本ニフリートに与えて、マルクは食べるのを我慢して、お腹をギュルギュルと鳴らす。
パンは牧場の農婦が分け与えてくれることもあったが、薬草採取のクエストの報酬では、一日にパン一本が限界だった。
マルクは自分が餓死してでも、ニフリートだけは生き残って欲しいと願った。だが、しかし自分が生き存えないと、ニフリートの面倒も見てやれない葛藤に頭を抱えていた。
ある時、緑竜は飛び立って、近くの木で休んでいた鳥獣グリンカムビを一羽捕まえ、瞬く間に急所をつくと、マルクに「見てて」といいたげに首で合図をして、やにわに鉤爪で器用に羽をむしり取るとムシャムシャと喰らい付いた。
野生味溢れる我が子を、呆然と見つめたマルクは、必死に苦慮していた自分が馬鹿らしく思えて腹を抱えて笑った。そしてニフリートの自給自足できる逞しさに安堵の息を吐いた。
背中の翼も大きくなったニフリートは、見て!と言わんばかりにパタパタと、マルクの頭上を飛びまわった。
そのうち、マルクの目の前でしゃがみ込んで「乗って」と片翼をパタパタとして合図をする。十五歳になるマルクは身長も伸びて体躯も大きくなった。無理だろう……と思いながら、必死に訴える愛しい子に抗えず跨る。
ん“ーっうぐぐぐ、と翼を羽ばたかせ力を込めたニフリートに「無理しないでいいよ」と優しく告げると。
刹那。ファサッ、とその身体は宙を舞った。
「す、すごいよニフ! 街並みがあんなにも小さく。……ほら、あそこに黒曜石が見える」
キュイー、と緑竜は返事をするように 嘶く。風を切って羽ばたく緑竜に、振り落とされないように、しっかりと背中にしがみつく。
やがて旋回して、もと居た洞窟前に舞い降りると、彼は自慢げに片翼を広げマルクに見せつけ、エッヘン、と言いたげに、キュイーッと鳴いた。
マルクは緑竜をぎゅうぎゅうと抱きしめて、雪崩が起こったかのように相合を崩す。
「すごい! えらい! かわいい‼︎」
マルクは思うがままに、形容詞を並べたて、ニフリートの頭や首や耳の後ろを撫でまわした。
ニフリートは照れたように、キュイキュイと鳴いて、尻尾をブンブンと振った。
マルクは冒険者として、薬草採取の他に、下級魔獣討伐のクエストも受けられるようになった。
冒険者ランクはDに昇格し、魔獣使いのレベルも上がった。
マルクは魔獣使いのレベルが上がっても、ニフリートを契約することは出来なかった。
それでもニフリートは魔獣討伐を、率先して手伝ってくれて助かっている。
ニフリートの鉤爪と、口から放つ炎弾があれば、中級までの魔獣の討伐は容易かった。
相手が上級魔獣とわかれば、ニフリートの背中に乗って逃げればいい。
俺の人生の中で一番、自由で、多幸感に溢れた刻を、かけがえのない人と過ごした、宝物のような日々だった。
──灰色の世界に、浅葱色の天使が産声をあげた──
冷えた身体を温めるために、焚き火をして寝袋で一晩を過ごした。
貧しい少年達は、もっぱら野営で夜を過ごしていたので一人の野営も怖くない……ただカイルとミハルと過ごした夜を思い起こして、また悲しくなった。
(早く眠ってしまおう…………)
チュンチュン、と鳥の鳴き声に目を覚ました。
寝袋からでたマルクが目にした光景は──
ミーシアンの丘の上空のみが、青々とした蒼天で、それ以外の場所は曇天になっていた。
少年が生まれてから、地下室の天井裏から見える空はいつも曇天だった。
青空を見た事がなかったマルクは、天変地異でも起こったのかと、天を仰いだまま、ふらふらと右へ左へと歩いて、足元にあった黒曜石に足をぶつける。
「痛っ、てぇ……」
呟いたマルクは、草むらにしゃがみこんで、ぶつけた膝小僧をさする。
すると視界に、朝日を潤沢に浴び、陽の躍動を存分にうけて、雨上がりの清らかな朝露を纏ったような、つやつやとした 浅葱色の大きな卵を捉えた。
「何の卵だろう……」
少年は恐る恐る、その浅葱色の卵に触れた瞬間。脳裏に映像が流れてくる。
魔獣使いの 能力なのか、この卵の能力なのかはわからない。
その記憶は、前日、倒した緋竜のものだった。
緋竜は、子を宿し国を追われてその卵を守るために大陸を渡り、道すがらこの地で羽を休めていたのだと、襲撃を受けて、子を守るために必死に闘って……そして命が絶たれた。
竜の言葉はわからなかったが、映像で読みとれた。
嗚呼、なんてことをしたんだ……緋竜は人間を傷つけるのではなく、ただ、ここで羽を休めて居ただけなのに……。
マルクはそっと浅葱色の卵を抱きしめると、卵の中に 蠢く何かを覚えた……。
この中に、息吹いている生命が確かにある。
はっ、として気づく。この子の母親を殺してしまった……このまま放置してしまったら、他の魔獣に食べられてしまうのではないか……。
この子が一人になってしまう…… (俺が一人になってしまう……)
さらに浅葱色の卵を強く抱きしめると、マルクの眦から落ちた涙が卵の殻をつたい、仄かに発光したような気がした。
マルクは、この卵を育てることにした。
この子が、仲間の元へ帰る時まで、せめてもの罪滅ぼしに……。
*
まだ卵が小さい時は、リュックに入れて持ち歩いた。卵が大きくなると目立つため、ミーシアンの丘や、街から程遠くない洞窟に隠すこともあった。
竜は邪竜や魔獣の 類とみなされて、討伐されることもある。
だから、マルクは街に連れて行く時は細心の注意を払った。
屈強な冒険者達は、勇者一行が討伐した竜を、さも、自分達が討伐したように話し、婦人から報酬を受け取る。
そして、マルクの元へとやってきた。
カイル達が亡くなったことを伝えても「悪かったな」の一言だけで済ませ、金貨を渡そうとしてきたので、叩き返したい気持ちはあったが、卵を育てていくことを考えると、背に腹は変えられなく、マルクは歯噛みをしながら受け取る。
マルクは薬草採取のクエストを 熟しながら、空いた時間はなるべく卵を抱きしめて温めた、呼応するかのように躍動する雛に、次第に愛情が湧いてきて、産まれるその日を待ち望んだ。
この卵に出会えなかったら、孤独に耐えかねて自害していたかもしれない。
罪滅ぼしのつもりが、救われているのはマルクの方だった。
街付近の洞窟で一夜を過ごした日、ミーシアンの丘でもないのに洞窟の上空だけ、満天の星空が現れた。
この幻想的な夜に、マルクは生涯忘れられない奇跡を垣間見る。
洞窟内の焚き木の近くに卵を置いて、短剣の手入れをしていたマルクは、パリッ、パリッと音がするのに気づいて卵を見ると、 嘴打ちが始まっていた。
頑張れ、と念を送りながら、待つこと数時間。
卵の割れ目から眩しい光りが零れだして、マルクは刮目した。
もうすぐ産まれると察したマルクは、焚き木に水を張った鍋をかけた。
マルクは、さらに数時間、今か今かと殻から出てくるのを辛抱強く待つ。鳥類よりも分厚い殻は、破るのも至難の業だ。
しばらくすると、パリパリパリパリと音を立てて殻は二つに分かれ、中から浅葱色のつやつやとした美しい鱗を持つ竜の雛が現れて、キー、キーと甲高い産声をあげるも、その声はぐぐもって聞こえた。
胎脂が竜の身体に纏っていて、このままでは呼吸も、視覚も遮られたままになる。
きっと母竜が居れば、舌で舐めとってくれたに違いない。
マルクは綿の布切れを鍋に投入して煮沸消毒を施し、清潔にした自身の指に巻きつけた。
その指で、とりあえず苦しそうな口元を、そして目元の胎脂を、壊れものを扱うような手つきで、優しく取り除く。
わずかの間をおいて、キー、キー、と甲高い元気な産声が、鮮明に聞こえてきた。
まるで、川底でひときわ煌めく、 翡翠のような美しい瞳が、マルクをじっと見つめる。
安堵したマルクは、そのまま竜の雛を夢中になって見守った。
気づいたときには、洞窟内に朝陽が差し込んでいた。
竜の雛が安定してきた頃、ふと、餌のことを思案する。
牛のミルクでいいのだろうか……。こんな早朝に、ミルクを売る店は開いていない。マルクは 逡巡する。
そうだ、近くに牧場がある。そこの牛からいただこう。
そのとき、カイルが昔、言った言葉が脳裏を 過ぎる。
「俺たちは、どんなに貧しくても、盗みだけはやらない」
誓いを破るのか? ……否、緊急事態だ、今回だけ。そうマルクは言い聞かせた。
マルクはすぐに行動に移した、牧場へ行き厩舎に潜り込み、乳牛の体を撫でて、腹横から乳を握り込んだが、ミルクは出てこなかった。
今度はお尻側から乳を握り込むと、乳牛は後ろ足でマルクの体を蹴り上げた。
乳牛がモォーと大きく鳴くと、鳴き声に気づいた農婦が駆け込んできた。
「あんた! ミルク泥棒かい?」
農婦はマルクを睨みつけた。
「どうしても、ミルクが必要なんです」
震える声で告げると、農婦の手が上がったのを見たマルクは、 打たれると思い、目を閉じ、肩を竦ませた。
「毎朝六時に、牧場へおいで。乳の絞り方を教えてやるよ。お前が絞ったミルクは必要な分だけ無償でくれてやる」
ぶっきらぼうだけど優しい農婦の声が降りてきて、マルクの頭を撫でた。
マルクは歓喜して、盗もうとしたことを謝罪する。
「とりあえず今日の分」と小瓶に入ったミルクを貰う。
急いで洞窟に帰ると、竜の雛のクリクリとした翡翠の眼は、マルクを真っ直ぐ見つめて、キー、キー、と甲高く絶え間なく鳴いた。
「待たせたね、俺の愛しい子」
柔和な声で、眸を細めるマルク。鍋でほんのり温めたミルクは、農婦から貰った小さなスプーンで少しずつ竜の雛に与えられる。
もっと頂戴、と言っているかのように、竜の雛は首を伸ばして開口する。
それから早朝の乳搾りはマルクの日課となり、新鮮なミルクと少しのお給金を貰うようになった。
マルクはその緑竜を、綺麗な翡翠色の瞳から、ニフリートと名付けた。
やがて、緑竜が少し大きくなるとパン粥、そしてパンへと食事を変えていった。
緑竜の成長は早かった、マルクのお腹くらいまでの身長が、一カ月で倍の大きさに成長した。
きっと食べ盛りだろうと、パンを丸々一本ニフリートに与えて、マルクは食べるのを我慢して、お腹をギュルギュルと鳴らす。
パンは牧場の農婦が分け与えてくれることもあったが、薬草採取のクエストの報酬では、一日にパン一本が限界だった。
マルクは自分が餓死してでも、ニフリートだけは生き残って欲しいと願った。だが、しかし自分が生き存えないと、ニフリートの面倒も見てやれない葛藤に頭を抱えていた。
ある時、緑竜は飛び立って、近くの木で休んでいた鳥獣グリンカムビを一羽捕まえ、瞬く間に急所をつくと、マルクに「見てて」といいたげに首で合図をして、やにわに鉤爪で器用に羽をむしり取るとムシャムシャと喰らい付いた。
野生味溢れる我が子を、呆然と見つめたマルクは、必死に苦慮していた自分が馬鹿らしく思えて腹を抱えて笑った。そしてニフリートの自給自足できる逞しさに安堵の息を吐いた。
背中の翼も大きくなったニフリートは、見て!と言わんばかりにパタパタと、マルクの頭上を飛びまわった。
そのうち、マルクの目の前でしゃがみ込んで「乗って」と片翼をパタパタとして合図をする。十五歳になるマルクは身長も伸びて体躯も大きくなった。無理だろう……と思いながら、必死に訴える愛しい子に抗えず跨る。
ん“ーっうぐぐぐ、と翼を羽ばたかせ力を込めたニフリートに「無理しないでいいよ」と優しく告げると。
刹那。ファサッ、とその身体は宙を舞った。
「す、すごいよニフ! 街並みがあんなにも小さく。……ほら、あそこに黒曜石が見える」
キュイー、と緑竜は返事をするように 嘶く。風を切って羽ばたく緑竜に、振り落とされないように、しっかりと背中にしがみつく。
やがて旋回して、もと居た洞窟前に舞い降りると、彼は自慢げに片翼を広げマルクに見せつけ、エッヘン、と言いたげに、キュイーッと鳴いた。
マルクは緑竜をぎゅうぎゅうと抱きしめて、雪崩が起こったかのように相合を崩す。
「すごい! えらい! かわいい‼︎」
マルクは思うがままに、形容詞を並べたて、ニフリートの頭や首や耳の後ろを撫でまわした。
ニフリートは照れたように、キュイキュイと鳴いて、尻尾をブンブンと振った。
マルクは冒険者として、薬草採取の他に、下級魔獣討伐のクエストも受けられるようになった。
冒険者ランクはDに昇格し、魔獣使いのレベルも上がった。
マルクは魔獣使いのレベルが上がっても、ニフリートを契約することは出来なかった。
それでもニフリートは魔獣討伐を、率先して手伝ってくれて助かっている。
ニフリートの鉤爪と、口から放つ炎弾があれば、中級までの魔獣の討伐は容易かった。
相手が上級魔獣とわかれば、ニフリートの背中に乗って逃げればいい。
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