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第弍部ーⅤ:二人で歩く
196.日向 お出迎えとはじめての
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しおうの姉上が来るから、準備をした。おつかい。
僕がすみれこさまの代わりにお店に行って、白茶とむくげを買う。
お茶を届けて部屋にむくげを飾ったら、しじゅさんをお迎えできるわね、ってすみれこさまは大喜びだった。頬もピンク色になって、ちょっと元気になったみたい。
「他は、何する?」
「あらまあ、」
「僕ができたら、すみれこさまは、元気。僕が全部やる、」
本当にいい子ね、ってすみれこさまは僕をぎゅうってした。
朝ご飯の時は、重そうだったのにね。ぎゅってした腕がふわふわしてて、嬉しかったよ。
だからね、僕はもっとやる。
お迎えをよろしくね、ってすみれこさまが言ったから、お昼ご飯の後は、王子の服に着替えて玄関に行った。
あじろを迎えた時は、泣いてダメにしたけど、もうしない。
待ってる間にそわそわして歩きたくなっても、腕をぎゅって握って我慢した。俺の腕にしな、ってしおうが言うから、途中からはしおうの腕を捕まえて、じっと待つ。
「すごい顔だな。来るのは姉上だよ。そんな畏まらなくて平気だって、」
「王子の顔、してるから、しゃべらない、」
「王子の顔なの、それ、」
「しおうと、あじろと、はぎなと同じ、」
「へえ、」
しおうはニヤニヤして、とやとはるみに叱られた。でも僕は、ご立派です、ってはぎなに褒められたよ。
だから、そのまま真っ直ぐ立って、離宮の門から青い馬車が並んで入ってくるのを待った。
濃い青色は咫木野乃国(とぎののくに)の色だって。
その青の中で小さな花が、大きな花を作って、馬車が丸ごと花柄。
あんまりきれいでポカンって見てたら、馬車はいつの間にか玄関の前に止まって、扉が開いた。
そこで、お出迎えをするんだったって思い出して、もう一度王子の顔をしたんだけど。
しおうの姉上が出てくると思った扉から、布が出てきて僕はびっくりした。
青い布の上に、白い布。
布の下から手が出て、従者の手の上に乗ったから、布の下に人がいるのは分かったよ。
でも、知ってる。あれはお化けだ。
絵本の中で、布を被ったお化けが子どもを脅かして追いかけた。子どもたちは蔵に逃げ込んでお化け退治の作戦を立てたけど、僕は怖くて読めなくなったから、その先は知らない。
お化けがきた。
「あ、固まったちゃったなあ、」
「あらまあ、」
「日向、何が怖い、」
「……おば、け、」
「ああ、なるほど。姉上、顔が見えないのが怖いらしい。外せるか、」
「半色乃宮(はしたいろのみや)に帰ってきたのだし、いいわよねえ、」
お化けじゃないよ、蔵には行かないでいい、大丈夫だ、ってしおうが言う。
頭を抱き寄せてぎゅってしたから、耳にしおうのコトコトが聞こえて、怖がりにはならなかった。でも、足も手も言うこと聞かなくなって、固まったまま役立たず。
せっかく立派な王子をやったのに悔しい。
「怖がらせてごめんなさいね、」
足が動くようになったのは、布の中からうんと優しい声がした時だった。
すみれこさまだ、ベッドにいる約束なのにダメだよ、って帰そうとしたら体が動く。でも、すみれこさまはやっぱりいなくて、代わりに青い布の上から、紫色の目が僕を見てた。
「……似てる、ね、」
「あら、」
「すみれこさま、と同じ、」
「娘ですからねえ。でも、私はどちらかと言うと、父上の方に似ていると言われるの。母上と同じだなんて、嬉しいわ、」
「しおうも、似てる、」
「ふふ。紫鷹の姉でもありますからね。もう怖くないかしら?」
「うん、」
しおうの腕を握ってた手がゆるゆる解ける。
そしたら、挨拶できるか、ってしおうが言ったから、挨拶した。
「皇女殿下におかれましては、初めてお目にかかります。尼嶺の日向と申します、」
「ご丁寧にありがとう。ご挨拶お受けしますわ。帝国は第5皇女の紫樹(しじゅ)です、」
隣でしおうが、どうだ、って自慢げだったから、きっと僕は上手にできたと思う。
はぎなも、うん、って頷いて嬉しそうだった。
しおうの姉上も、皇女の顔をして挨拶を受けてくれたから、僕は立派に王子ができたみたい。
「しじゅ、」
「日向様、紫樹様と敬称をつけます、」
「そうだった、」
「あら、いいわよ。日向さんは紫鷹と婚約されるんでしょう?なら私の弟だわ。姉弟の間に、敬称は要りません、」
はぎなに言われて思い出した。
しじゅは、帝国の皇女で、しおうの姉上で、咫木野乃国の王妃だから、しおうより序列が高いんだって。だから、しじゅはしじゅさま。
でも、いらないよって、しじゅはすみれこさまみたいに笑う。しおうも、家族だから良いんだよ言うから、しじゅさまはしじゅになった。
「しじゅは、家族、」
「そ。お前の姉上。兄もいるから、そのうち会わせてやるよ、」
「あらまあ、」
しおうがぎゅってして頭にちゅうをしたら、しじゅは呆れた顔。
その顔が、しおうが呆れた時の顔に似てて面白かった。
すみれこさまじゃないのにすみれこさまで、しおうじゃないのにしおう。
同じ紫色の目でうんと優しく笑うから、怖がりは嘘みたいにどこかに行って、全部なくなった。
でも、まだお腹の中がちょっとそわそわする。
何だろ、って思ったらしおうも気づいたみたい。
「何で震えてるんだ、」
「わかんない、」
「朝から忙しかったから、疲れたか?無理しなくていいから、おいで、」
「んーん。今日は、王子をやる、約束、」
「もう十分やっただろ。なあ、おいで、って、」
しおうは僕を抱き上げようとしたけど、僕は今すみれこさまの代わりだから抱っこはしない。
そう言ったら、腕は握ってろって言うから、しおうの腕をつかまえたままお迎えの続きをした。
「……貴方、見ない間に随分な変わり様ね、」
「日向が増えたと言うだけで、俺は何も変わりませんよ、」
「無自覚でそれなの?恋って恐ろしいわねえ、」
「はあ?それより、チビたちは?連れて来たんでしょう、」
「…あの子達も驚くんじゃないかしら、」
しじゅはすみれこさまと同じことを言うね。
すみれこさまも、しおうは変わったって言う。僕は離宮に来る前のしおうは知らないから、残念。変わる前のしおうは、どんなかな。後ですみれこさまとしじゅに教えてもらおう。
そう思ってたら、紫色の目が僕を見た。
しおうとしじゅじゃない。
馬車の中からいくつも並んで、こっちを見てる。
僕と同じくらいのと、僕より小さいのと、うんと小さいの。
「稀丸(けまる)、播磨(はりま)、地仁(じに)、大きくなったな、」
しおうが呼んだら、ちっこいのが三つ馬車から飛び出してきた。
僕と同じくらいのが、兄様ってしおうを呼んで走ってくる。お久しぶりです、って挨拶をしたら、しおうは頭をなでて、もうこんなにでかいのか、って笑った。
その後ろから僕より小さいのが走ってくると、しおうのお腹にぶつかって、そのままぎゅうってした。兄様、兄様って飛び跳ねるから、しおうはやっぱり笑って頭をなでる。
最後に来たうんと小さいのは、とてとて歩いてきて転びそうになった。そうしたら、しおうが手を出して受け止めて抱っこ。
「……日向、どうした?」
わかんない。
急にお腹の中にそわそわが大きくなった。
ぐらぐらも出てきて、変。
怖がりになる時と似てて、ぐるぐる歩き回りたい。でも、それよりしおうがぎゅってした方がいいって、僕はわかる。
なのに、しおうはうんと小さいのを抱っこしてるからできなかった。
だから、しおうがする代わりに、僕がしおうの背中をぎゅうってしたんだけど。
しおうは目をまん丸にして驚いた顔。
小さい紫色も、僕を見て、同じまんまるになってた。
それが怖かったかな。お腹の中のそわそわが出てきて、体がぶるぶる震える。
王子を立派にやるはずだったのに、どうしよう。
すみれこさまを元気にするのに、また失敗する。
真っ直ぐ立って、王子の顔をしないといけないのに、僕の足も手も言うことを聞かなくて役立たず。
だから、せめて泣かないように頭をしおうの背中に押しつけて堪えた。
それしかできなくて悔しかったけど、必死だったよ。
なのに、しおうが笑うは何で。
「……もしかして、嫉妬か、」
頭の上から聞こえた声が、震えてた。
嬉しくて笑いそうな時、しおうはこんな風に声が震える。
「わかんない、」
「いや、分かんないことないだろ。ちゃんと自分の胸に聞け。何が嫌だった、」
「……抱っこ、は、僕の、」
「地仁を抱っこしたのが嫌だったんだな?」
「ぎゅって、したのも、」
「播磨、聞いたか。嫌だったらしい、」
「なでたも、嫌だ、」
「ほら見ろ!」
嫉妬だろ!ってしおうが叫んだと思ったら、体が浮き上がって、気がついたらしおうの腕の中。
うんと小さいのは、って見たら、僕と同じくらいのが抱っこしてた。二人とも目も口もまん丸で、ぽかん、のいい顔。
「……紫鷹殿下、紫樹殿下のお迎えの場ですから、」
「分かってるよ、藤夜(とうや)。でも無理だ。悪い、姉上。一大事だ。来てくれて助かるよ、迷惑かけるけど頼む。チビたちもよく来てくれた。せっかくだから、帝国の夏を楽しんでくれ、」
しおうがうんと早口で言うから、しじゅもぽかんって口が開いて、ちっこいのと四人で同じ顔。
しおうと似てると思ったけど、しじゅとちっこいのの方が似てるって、今気づいたよ。
しおうは、そのまま僕を抱っこして部屋に帰ろうとしたみたい。
でも、とやとはるみに叱られて、引き戻される。
「殿下。紫樹殿下が来たとは言え、今はまだ妃殿下の代理なんですから、」
「挨拶は済んだ。それより日向が、初めて嫉妬したんだよ。それどころじゃないだろ、」
「僕、するよ、」
「お前が嫉妬だって言ってたのは、嫉妬じゃないんだって。亜白が取られた時はあんなに怒ったくせに、俺のは今が初めてだろ、」
「ちがうもん、」
「違わない、」
とやとはるみは、しおうに怒ったり、しじゅに謝ったり大忙しだった。
はぎなは、僕の護衛たちと一緒になってにこにこ黙ってるけど、多分怒ってるよ。
ちっこいのは皆、ずっとぽかん顔。いいね。
僕はやっとそわそわがなくなったから、お出迎えの続きがしたかったんだけど、しおうが下さなくて困った。
「申し訳ありません、紫樹殿下。……離宮は今、これが平常でして、」
「母上が私を呼ぶわけだわ。大変な変わりようだこと、」
「ご迷惑おかけします、」
そうね、ってしじゅが笑う。
ころころ笑う声がすみれこさまにそっくり。
僕はまたすみれこさまに、そんな風に笑ってほしいんだよ。
だから、今日は王子をやる約束で、今はお出迎えの時間なのに。
「もう!しおう、抱っこは終わり!」
「はあ?嫉妬して抱っこを欲しがったくせに、何言ってんだ、」
「もう!」
しおうが離さなくて、僕は怒った。
僕がすみれこさまの代わりにお店に行って、白茶とむくげを買う。
お茶を届けて部屋にむくげを飾ったら、しじゅさんをお迎えできるわね、ってすみれこさまは大喜びだった。頬もピンク色になって、ちょっと元気になったみたい。
「他は、何する?」
「あらまあ、」
「僕ができたら、すみれこさまは、元気。僕が全部やる、」
本当にいい子ね、ってすみれこさまは僕をぎゅうってした。
朝ご飯の時は、重そうだったのにね。ぎゅってした腕がふわふわしてて、嬉しかったよ。
だからね、僕はもっとやる。
お迎えをよろしくね、ってすみれこさまが言ったから、お昼ご飯の後は、王子の服に着替えて玄関に行った。
あじろを迎えた時は、泣いてダメにしたけど、もうしない。
待ってる間にそわそわして歩きたくなっても、腕をぎゅって握って我慢した。俺の腕にしな、ってしおうが言うから、途中からはしおうの腕を捕まえて、じっと待つ。
「すごい顔だな。来るのは姉上だよ。そんな畏まらなくて平気だって、」
「王子の顔、してるから、しゃべらない、」
「王子の顔なの、それ、」
「しおうと、あじろと、はぎなと同じ、」
「へえ、」
しおうはニヤニヤして、とやとはるみに叱られた。でも僕は、ご立派です、ってはぎなに褒められたよ。
だから、そのまま真っ直ぐ立って、離宮の門から青い馬車が並んで入ってくるのを待った。
濃い青色は咫木野乃国(とぎののくに)の色だって。
その青の中で小さな花が、大きな花を作って、馬車が丸ごと花柄。
あんまりきれいでポカンって見てたら、馬車はいつの間にか玄関の前に止まって、扉が開いた。
そこで、お出迎えをするんだったって思い出して、もう一度王子の顔をしたんだけど。
しおうの姉上が出てくると思った扉から、布が出てきて僕はびっくりした。
青い布の上に、白い布。
布の下から手が出て、従者の手の上に乗ったから、布の下に人がいるのは分かったよ。
でも、知ってる。あれはお化けだ。
絵本の中で、布を被ったお化けが子どもを脅かして追いかけた。子どもたちは蔵に逃げ込んでお化け退治の作戦を立てたけど、僕は怖くて読めなくなったから、その先は知らない。
お化けがきた。
「あ、固まったちゃったなあ、」
「あらまあ、」
「日向、何が怖い、」
「……おば、け、」
「ああ、なるほど。姉上、顔が見えないのが怖いらしい。外せるか、」
「半色乃宮(はしたいろのみや)に帰ってきたのだし、いいわよねえ、」
お化けじゃないよ、蔵には行かないでいい、大丈夫だ、ってしおうが言う。
頭を抱き寄せてぎゅってしたから、耳にしおうのコトコトが聞こえて、怖がりにはならなかった。でも、足も手も言うこと聞かなくなって、固まったまま役立たず。
せっかく立派な王子をやったのに悔しい。
「怖がらせてごめんなさいね、」
足が動くようになったのは、布の中からうんと優しい声がした時だった。
すみれこさまだ、ベッドにいる約束なのにダメだよ、って帰そうとしたら体が動く。でも、すみれこさまはやっぱりいなくて、代わりに青い布の上から、紫色の目が僕を見てた。
「……似てる、ね、」
「あら、」
「すみれこさま、と同じ、」
「娘ですからねえ。でも、私はどちらかと言うと、父上の方に似ていると言われるの。母上と同じだなんて、嬉しいわ、」
「しおうも、似てる、」
「ふふ。紫鷹の姉でもありますからね。もう怖くないかしら?」
「うん、」
しおうの腕を握ってた手がゆるゆる解ける。
そしたら、挨拶できるか、ってしおうが言ったから、挨拶した。
「皇女殿下におかれましては、初めてお目にかかります。尼嶺の日向と申します、」
「ご丁寧にありがとう。ご挨拶お受けしますわ。帝国は第5皇女の紫樹(しじゅ)です、」
隣でしおうが、どうだ、って自慢げだったから、きっと僕は上手にできたと思う。
はぎなも、うん、って頷いて嬉しそうだった。
しおうの姉上も、皇女の顔をして挨拶を受けてくれたから、僕は立派に王子ができたみたい。
「しじゅ、」
「日向様、紫樹様と敬称をつけます、」
「そうだった、」
「あら、いいわよ。日向さんは紫鷹と婚約されるんでしょう?なら私の弟だわ。姉弟の間に、敬称は要りません、」
はぎなに言われて思い出した。
しじゅは、帝国の皇女で、しおうの姉上で、咫木野乃国の王妃だから、しおうより序列が高いんだって。だから、しじゅはしじゅさま。
でも、いらないよって、しじゅはすみれこさまみたいに笑う。しおうも、家族だから良いんだよ言うから、しじゅさまはしじゅになった。
「しじゅは、家族、」
「そ。お前の姉上。兄もいるから、そのうち会わせてやるよ、」
「あらまあ、」
しおうがぎゅってして頭にちゅうをしたら、しじゅは呆れた顔。
その顔が、しおうが呆れた時の顔に似てて面白かった。
すみれこさまじゃないのにすみれこさまで、しおうじゃないのにしおう。
同じ紫色の目でうんと優しく笑うから、怖がりは嘘みたいにどこかに行って、全部なくなった。
でも、まだお腹の中がちょっとそわそわする。
何だろ、って思ったらしおうも気づいたみたい。
「何で震えてるんだ、」
「わかんない、」
「朝から忙しかったから、疲れたか?無理しなくていいから、おいで、」
「んーん。今日は、王子をやる、約束、」
「もう十分やっただろ。なあ、おいで、って、」
しおうは僕を抱き上げようとしたけど、僕は今すみれこさまの代わりだから抱っこはしない。
そう言ったら、腕は握ってろって言うから、しおうの腕をつかまえたままお迎えの続きをした。
「……貴方、見ない間に随分な変わり様ね、」
「日向が増えたと言うだけで、俺は何も変わりませんよ、」
「無自覚でそれなの?恋って恐ろしいわねえ、」
「はあ?それより、チビたちは?連れて来たんでしょう、」
「…あの子達も驚くんじゃないかしら、」
しじゅはすみれこさまと同じことを言うね。
すみれこさまも、しおうは変わったって言う。僕は離宮に来る前のしおうは知らないから、残念。変わる前のしおうは、どんなかな。後ですみれこさまとしじゅに教えてもらおう。
そう思ってたら、紫色の目が僕を見た。
しおうとしじゅじゃない。
馬車の中からいくつも並んで、こっちを見てる。
僕と同じくらいのと、僕より小さいのと、うんと小さいの。
「稀丸(けまる)、播磨(はりま)、地仁(じに)、大きくなったな、」
しおうが呼んだら、ちっこいのが三つ馬車から飛び出してきた。
僕と同じくらいのが、兄様ってしおうを呼んで走ってくる。お久しぶりです、って挨拶をしたら、しおうは頭をなでて、もうこんなにでかいのか、って笑った。
その後ろから僕より小さいのが走ってくると、しおうのお腹にぶつかって、そのままぎゅうってした。兄様、兄様って飛び跳ねるから、しおうはやっぱり笑って頭をなでる。
最後に来たうんと小さいのは、とてとて歩いてきて転びそうになった。そうしたら、しおうが手を出して受け止めて抱っこ。
「……日向、どうした?」
わかんない。
急にお腹の中にそわそわが大きくなった。
ぐらぐらも出てきて、変。
怖がりになる時と似てて、ぐるぐる歩き回りたい。でも、それよりしおうがぎゅってした方がいいって、僕はわかる。
なのに、しおうはうんと小さいのを抱っこしてるからできなかった。
だから、しおうがする代わりに、僕がしおうの背中をぎゅうってしたんだけど。
しおうは目をまん丸にして驚いた顔。
小さい紫色も、僕を見て、同じまんまるになってた。
それが怖かったかな。お腹の中のそわそわが出てきて、体がぶるぶる震える。
王子を立派にやるはずだったのに、どうしよう。
すみれこさまを元気にするのに、また失敗する。
真っ直ぐ立って、王子の顔をしないといけないのに、僕の足も手も言うことを聞かなくて役立たず。
だから、せめて泣かないように頭をしおうの背中に押しつけて堪えた。
それしかできなくて悔しかったけど、必死だったよ。
なのに、しおうが笑うは何で。
「……もしかして、嫉妬か、」
頭の上から聞こえた声が、震えてた。
嬉しくて笑いそうな時、しおうはこんな風に声が震える。
「わかんない、」
「いや、分かんないことないだろ。ちゃんと自分の胸に聞け。何が嫌だった、」
「……抱っこ、は、僕の、」
「地仁を抱っこしたのが嫌だったんだな?」
「ぎゅって、したのも、」
「播磨、聞いたか。嫌だったらしい、」
「なでたも、嫌だ、」
「ほら見ろ!」
嫉妬だろ!ってしおうが叫んだと思ったら、体が浮き上がって、気がついたらしおうの腕の中。
うんと小さいのは、って見たら、僕と同じくらいのが抱っこしてた。二人とも目も口もまん丸で、ぽかん、のいい顔。
「……紫鷹殿下、紫樹殿下のお迎えの場ですから、」
「分かってるよ、藤夜(とうや)。でも無理だ。悪い、姉上。一大事だ。来てくれて助かるよ、迷惑かけるけど頼む。チビたちもよく来てくれた。せっかくだから、帝国の夏を楽しんでくれ、」
しおうがうんと早口で言うから、しじゅもぽかんって口が開いて、ちっこいのと四人で同じ顔。
しおうと似てると思ったけど、しじゅとちっこいのの方が似てるって、今気づいたよ。
しおうは、そのまま僕を抱っこして部屋に帰ろうとしたみたい。
でも、とやとはるみに叱られて、引き戻される。
「殿下。紫樹殿下が来たとは言え、今はまだ妃殿下の代理なんですから、」
「挨拶は済んだ。それより日向が、初めて嫉妬したんだよ。それどころじゃないだろ、」
「僕、するよ、」
「お前が嫉妬だって言ってたのは、嫉妬じゃないんだって。亜白が取られた時はあんなに怒ったくせに、俺のは今が初めてだろ、」
「ちがうもん、」
「違わない、」
とやとはるみは、しおうに怒ったり、しじゅに謝ったり大忙しだった。
はぎなは、僕の護衛たちと一緒になってにこにこ黙ってるけど、多分怒ってるよ。
ちっこいのは皆、ずっとぽかん顔。いいね。
僕はやっとそわそわがなくなったから、お出迎えの続きがしたかったんだけど、しおうが下さなくて困った。
「申し訳ありません、紫樹殿下。……離宮は今、これが平常でして、」
「母上が私を呼ぶわけだわ。大変な変わりようだこと、」
「ご迷惑おかけします、」
そうね、ってしじゅが笑う。
ころころ笑う声がすみれこさまにそっくり。
僕はまたすみれこさまに、そんな風に笑ってほしいんだよ。
だから、今日は王子をやる約束で、今はお出迎えの時間なのに。
「もう!しおう、抱っこは終わり!」
「はあ?嫉妬して抱っこを欲しがったくせに、何言ってんだ、」
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