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第弐部-Ⅳ:尼嶺

183.日向 欲張りになる

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僕ね、加護をやった。
はぎなとあずまの。

本当は、もっと上手にやるはずだったんだよ。
なかつのが、やって、って言ったらできるように。
でも上手く行かなくて、無意識だった。
二人が僕を取り合うが嬉しくて、自慢したせい。
僕の!って自慢したらいつの間にか、加護になってた。

悔しい。

無意識の魔法は、事故が起きやすいから、やらない約束だったのにね。
いつも約束を破るは僕。
しおうもあじろも約束を守るのに、僕はやっぱりできなかった。

でも、しおうは、いいんだよ、って言う。

「そもそも今の日向に加護をやらせるなんてのが、ひどい話なんだよ。俺だってしんどい魔法だよ。それを文句も言わずにやってくれただけでも、御の字だ。感謝こそすれ、日向を責めたりしないよ、」

無意識の加護をやった日、しおうはそう言って、僕はえらいってほめた。
はぎなとあずまも。
なかつのは、僕を胴上げしたい気分だって、魔法塔の部屋で大騒ぎ。

でも、本当かな。
僕は上手にできなかったけど、いいのかな?
約束も守れないのに、僕はいい?

「約束を守るのは、これからゆっくりやろう。大丈夫、時間はいくらでもあるよ。俺も萩花(はぎな)も東(あずま)も那賀角(なかつの)も、いくらでも日向につき合う。日向ができるようになっていくのを楽しみにしているから、焦らないでゆっくりやってこうな、」

これから。
何年、何十年かけてやってこうって、しおうはうんと優しく笑って言った。

僕はできないが悔しくて泣き虫になったけど、しおうが言ったのはわかったよ。
僕はもう、離宮の日向になったから、みんなと一緒にずっといる。僕ができなくても、誰も僕をいらなくならない。僕がどんなにダメでも、みんな僕を大好きでいる。それで、僕ができるように一緒にやる。
僕は、生きるも頑張るも全部一人じゃない。

だから、やった。
僕のだよ、って。

しおうも、すみれこさまも、とやも、あじろも、みずちも、そらも、ゆりねも、うつぎも、うなみも、かんべも、はるみも、やまとも、しぎも、こうきも、らくだも、草も、騎士も、みんな僕の。
僕の離宮、僕のみんなだよ、って魔法に自慢した。

そしたら魔法は、わかった、って言って加護になった。

それがね、しおうの役に立ったんだって。
すみれこさまも。
だから二人は僕に勲章をくれた。
えらかったね、って僕をほめた。

僕は初めて、あげるができた。







でも僕は、一つだけ不満がある。



「………僕は、わがまま、」
「うん?何だ、いきなり、」

宴から帰る途中、しおうの首にしがみついて言ったら、しおうは目を丸くして僕を見た。

いいね、しおうの目。
今日はずっとうるうるしてるから、飴玉みたいでとろけそう。
宴の間中、しおうがその目で見るから、僕はふわふわがいっぱいで、体がはち切れそうだったよ。

今は、ご馳走でお腹がぱんぱん。
体中ふわふわしてて、見るもの全部キラキラ。
困るのは、ふわふわが涙を押し出すから、泣き虫を卒業するのにとまらないことくらい。
でも、涙は全部しおうが舐めたから、やっぱりふわふわした。

だからだと思う。
僕の欲張りが出た。

「しおうだけの、が、ほしかった、」
「……勲章じゃ足りない?」
「ちがぅ、」

頭をしおうの肩にぐりぐりしたら、しおうはちょっと困ったみたいに「うん?」って僕の顔を覗こうとした。
でも僕は我が儘になって、体中しおうにくっついていたかったから、しおうをぎゅうってして、頭も顔も全部しおうに埋める。
しおうは、困った声をあげたけど、廊下の途中で止まって僕の背中を撫でてくれた。それから、「聞くよ、」ってうんとやさしく言う。
だから、僕はうんと我が儘。

「勲章は、ぃい。僕の、宝物、」
「うん、」
「でも、しおうだけ、だったのに、ちがうに、なったが、さびしい、」
「………うん?日向は俺のだけど、」
「ちがぅ、加護は、指輪、だけだったのに。しおう、だけ、だったのに、ちがうに、なった、」

しおうと僕の約束の指輪。
二人が番いになるって約束した時に、僕は、しおうは僕の!って自慢をした。
そしたら、魔法がわかったって言って、加護になって、それからずっとしおうの指でキラキラしてた。
しおうは僕の!って印。
特別な印。

でも今は指輪に加護はなくて、僕の魔力が光るだけ。
加護は、半色乃宮の紀章にやった。すみれこ様としおうと僕はみんなの紀章とちょっと違うけど、ほとんど同じ。

「みんな、と同じは、特別、ってわからない。いやだ、」

指輪の加護は、しおうと僕だけの特別だったのに、もうない。
加護をやる前は仕事を頑張るでいっぱいいっぱいだったけど、加護をやってみんなと同じになったら急にさびしくなった。

そわそわして、モヤモヤして、不満。
せっかく、あげるができたのにね。
僕は我が儘ばっかり。

でも、僕がどんなに我が儘を言っても、しおうは僕を好きでいるがわかるから、僕は欲張った。


「しおう、だけの、特別が、したい、」


ぎゅうってしたら、しおうの匂いがする。
さっきより強くなった気がして、すんすんしたら、首のとこが赤くなってた。
首だけじゃない、顔も、耳も、全部真っ赤。

「しおう、真っ赤、」
「………………お前なあ、こっちが必死に堪えてるって言うのに、」
「ひっし、」
「日向が、そんなこと考えるよりずっと先に、俺は嫉妬してるんだ。……そうだよ、日向の加護は俺だけのものだよ。なのに、今じゃ離宮中、日向の加護だらけだ。そんなの、俺が一番悔しいに決まってるだろう!」

しおうの顔がうんと苦しそうになる。
眉がぎゅって寄って、目は泣きそう。でも、歯はぎりぎりって音がしそうなくらい食いしばって、本当に聞こえた気がした。口の端が下がって、へんな顔。

「しおう、嫉妬、」
「……見るな。人が一生懸命隠してた感情を暴くなよ。お前が仕事を頑張ってるから、耐えたのに。これじゃ意味がないだろ、」
「はぎなに、加護、いやだった?」
「……嫌なもんか。日向の努力の結果だろ。それを否定なんかしたくない、」
「でも、いや?」
「そうだよ!」

真っ赤なトマトみたいになって、うんとへんな顔。
知ってる、嫉妬は苦しくて、醜いんだって。

だから、へんで、怖い顔になるのにね。
僕は、しおうが可愛くて、うんとふわふわになって体が跳ねた。

「しおうが、嫉妬!」
「……何で、お前は嬉しそうなんだ、」
「嫉妬は、印!しおうが、僕を大好きの、印!あ、あじろ、しおうが、嫉妬した!」
「あ、こら、」
「え?え、え、あ、はい。良かった、ですね?」

ちょうど廊下の後ろの方から歩いてきたあじろに自慢した。
あじろはぽかんって、口をまん丸にして驚いた後、真っ赤になって、良かったね、って言う。
しろととえびすとろかいにも自慢したら、みんな優しい顔で、良かったね、って言った。

「しおうが、嫉妬!良かった!うれしい!」

僕がぎゅうってしおうを抱きしめたら、しおうは真っ赤なまま大きなため息をついて、歩き出す。急ぎ足だから、いつもよりうんと早い。

僕は離宮中に自慢したかったから、途中ですれ違った使用人や、僕たちの住む場所を守る騎士にも言いたかった。
でもしおうの足はどんどん早くなって、ほとんど走るみたいになったから、言えないまま。いつの間にか部屋。

ドアをバンって閉めたら、しおうは僕を抱いたままソファに倒れ込んで、僕はしおうの下でつぶされた。

「しおう、重い、」
「……自業自得だ、」
「僕、お腹、ぱんぱん、だから、つぶれたら、出るよ、」
「知るか。ちょっと元気になったら、すぐこれだ。本当にタチが悪い、」

そう言ってぷんぷん怒るのにね。
しおうのお腹が浮いて、僕のお腹は楽になる。
しおうは、やさしい。
やさしいから、僕はもっともっと我が儘になった。

「僕は、しおうが、嫉妬がいい、」
「だから……!」
「自慢、いやだった?」
「嫌じゃないから、こんなことになってるんだよ。せっかく堪えていたのに、日向が自慢なんかしたら、俺はもう嫉妬を隠せないだろ、」

しおうは、尼嶺の魔法の対処に僕の加護が必要になった時から、嫉妬してたんだって。
僕の加護が、しおうだけのじゃなくて、みんなのになるのが嫌で、独り占めしたかったって。
でも、大事な仕事だし、しおうと僕の婚約のためだから仕方ないって我慢。

それって、同じ。
僕と同じ。

「僕も、 しおうだけが、いいは、嫉妬?」
「はあ?日向の我が儘と、俺の嫉妬を一緒にするな。俺の方が何倍も日向を独り占めしたいんだ。俺に嫉妬させたら、ひどいのは知ってるだろ、」
「同じだ、もん。僕も、しおうを、独り占め、できないが、嫉妬、」
「もん、って何だ。どこで覚えた。お前、言ってることめちゃくちゃだぞ、」
「同じなの!僕も嫉妬!僕のしおう、なのに、みんなと同じは、やな、の!」

がばって、しおうは飛び起きたと思ったら、すごい顔。
目が真ん丸に開くのに、眉はぎゅうぎゅう。口はさっきよりたくさん曲がって、牙が見えた。

いつか、しおうが見せた般若のお面みたい。
あの時はうつぎに似てるって言ってたけど、しおうのが似てるよ。そっくり。
なんて思ってたら、もう黙れ、ってしおうはちゅうで僕の口を塞いだ。

熱いね、しおう。
嫉妬で怒るから?
僕を独り占めしたくて、興奮するから?

そうだったらいいな、って僕もちゅうをしたら、しおうはもっとちゅうをして、ちゅうの取り合いみたいになった。
僕もたまにはしおうをとろとろにしたいから頑張ったけど、完敗。
やっぱりあっという間にとろとろにされて、ふにゃふにゃになった。

「……俺に暴走させたら、こんなもんじゃ済まないんだよ。少しは分かれ、」
「ぇも、しおぅ、だけのが、ほしぃ、」
「分かったから、」

強情だなあ、ってため息をついたら、もう一回ちゅうをする。
それで、唇が離れたらしおうは赤い顔のまま僕を見下ろして笑った。

「指輪と同じように、俺と日向だけの特別が欲しいんだな?」
「ぅん、」
「日向はいっぱい持ってると思うけど、」
「僕が、あげぅ、」
「大瑠璃のブローチがあるよ、」
「たぃなぃ、」
「指輪の分?」
「ぅん、」
「そうか、」

僕にとって、指輪は特別大事だったんだなあ、ってしおうは眉を下げる。
何がいい、って聞くから、お揃いがいいって言う。僕はくにゃくにゃで、上手に言えなかったけどしおうは分かった。

「お揃いな。耳は…嫌か?」
「んーん、」

しおうの手が、僕の耳たぶをさわさわなでる。
僕は耳を触られるのが苦手だから、ぞくぞくして、お腹の中がちょっとそわそわした。
でも、いい。
きっとしおうとお揃いになったら、大丈夫になる。

「しぉは、ぜんぶ、いぃ、」
「だから…………、そういうこと言うと、俺の堪え性がなくなるんだって、」

そういうくせにね。
しおうはうんとやさしく笑って、うんとやさしくちゅうをした。
とろとろで動けなくなった僕を抱き起こして、僕の着替えも歯磨きも全部やってくれる。

勲章はね、ガラスに入れて飾っておくんだって。
僕が頑張った印がいつでも見えるように。
しおうが僕をうんと褒められるように。

「もう、日向のおしゃべりはお終いな。今日はお前を褒める日なんだから、俺にさせろ。もう誑かすなよ、」

分かった、って言う前に、僕は布団に転がされていっぱい甘やかされた。ちゅうをして、印もたくさんつけて、偉かったな、ってしおうは僕をいっぱいほめる。

仕事だけじゃなくて、僕が勉強をすることも、あじろと水槽を作ることも、最近ご飯が食べられるようになったことも、怖がりを怖くないにするが上手になったことも、僕が生きてしおうのとこに来たことも。
大好きの雨をザーザー降らせながら言うから、僕はふわふわになりすぎて、どこかに飛んで行きそうだった。

でも、しおうはどこにも行かせない。
僕をつかまえて、俺のだ、って嫉妬して、雨の中に沈めておぼれさせた。

うん、どこにも行かない。
僕は、しおうといる。



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