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第弐部-Ⅳ:尼嶺

180.日向 僕の

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最近、僕の怖がりはちょっと良くなった。
時々ひどくなって、頭がぐちゃぐちゃに混乱する時もあるけど、前よりうんといい。
小栗がね、僕の中に安心が少しずつちくせきしてきたね、って言った。

僕もそう思う。

僕は指輪が壊れて混乱したけど、しおうと交わした約束がなくならないって、もう分かる。
何度おぼろが僕を蔵に連れて帰っても、離宮のみんなは僕を抱っこして連れ戻した。離宮だけじゃなくて、僕の友だちも。
だから、僕は勘違いすることが少なくなって、怖がりはずいぶん良くなったと思う。
このままなくなるんじゃないか、って期待もした。



でも、今日はちょっと良くないね。


「日向様、今日はもう終いにして、一旦休息を取りましょう、」


朝は怖い夢で起きて、しおうのちゅうで怖くないにしてもらった。
それで大丈夫になったけど、仕事に来たらまた二回怖がり。
すぐに良くなったのに、しばらくしたら、三回目。

あずまにしがみついて震えてたら、とうとうはぎなが、今日の仕事は終わりにしようって言い出しちゃった。

「だいじょぶ、なった。できる、」
「なってませんよ。まだ震えているじゃないですか。意地を張らないで休んでください、」
「あずま、言わない、」
「僕が言わなくたって、萩花(はぎな)さんにはバレてますよ。こんなひどい顔色して、」

あずまは僕を抱っこしてるから、震えるがすぐに分かって困る。
あずまが言わなかったら、はぎなは、いいよって言うかな、って思ったのにね。あずまは僕の言うことを全然聞いてくれないから、はぎなにもバレて、ダメって言われた。

「東の言う通りです。顔色が良くありません。こんな状態では、さすがに良しとは言えませんよ、」
「もう、いっかい、だけ、」
「日向様、無理を押して仕事をしても効率は下がるばかりです。休む時は休む、これも仕事をする者の努めです、」

なかつのまで言い出して、分析の箱を片付けだしたから、もうお終い。
僕は悔し泣きしながら、あずまの腕の中で震えるしかなかった。

せっかく、加護の翻訳をしたのに。
何にもできない僕が、やっとしおうの役に立つはずだったのに。


やっぱり役に立たない、っておぼろが言う。

「ちが、ぅ、」
「日向様、」
「はぎなは、ぃわない、誰も、言わない、」

――役立たずは、しまってしまおう。
――玩具が散らかっていたら、皆が困るだろう。
――生まれるべきじゃなかったのにねえ。
――どうして、いらない物がこんなところでのうのうと生きているんだい。

おぼろの声が、どんどん大きくなって、僕の頭をぐちゃぐちゃにする。お腹がぐらぐらして、足が浮いて、体が真っ逆さまに落ちる感じがした。

おいで、っておぼろが言う。
お前の場所は、ここだよ、って蔵を指す。
役立たずはいらない、って何度も言う。

でも、ちがう。


「いらなく、なぃ、」


ぎゅうってしがみついたら、誰かが僕の背中をぎゅうってした。
知ってる、あずま。
あずまが、要らなくなりませんよ、って言いながら僕がどこにも連れていかれないように抱っこする。

それでも、おぼろは手を伸ばして僕を片付けてしまおうとしたけど、はぎなが頭をなでたら何もできなかった。おぼろはいつもはぎなには勝てない。僕は知ってるよ。
もちづきも、さくやも、かげろうも出て来たけど、僕は体中にしおうの印があったし、服には半色乃宮(はしたいろのみや)の印があるから、誰が見てももう離宮の日向だった。

離宮はね、宮城と同じくらい守られてて、許しがないと誰も入れないんだよ。
草も騎士もたくさんいて、おぼろじゃ勝てない。
もう誰も僕を連れてけない、って僕は知ってる。

「怖く、ない、だいじょぶ、僕は、いらなく、ない、」

何度も繰り返し言ったら、おぼろは変な顔になって、どこかに行った。
もちづきも、さくやも、かげろうも、どんどんぼんやりしてうやむやになる。

蔵が消えて、いつもの仕事の部屋が見えてきたら、「頑張りましたね、」ってはぎなが僕の頭をなでた。
黄色の目が、金色にキラキラする気がする。きれい。

「…僕は、いる、」
「ええ、私も東も、日向様が要ります、」
「…仕事が、ダメは、僕が、大事だから?」
「そうです。日向様は、もうお分かりですね、」
「ぅん、」


分かるよ。

僕は最近、加護の翻訳を始めたせいで、仕事が終わったらいつもぐったりしてる。
怖がりは減ったからご飯が食べられるようになってきたのにね。退屈だったはずの仕事が大変になったら、夜ご飯を食べないまま寝ちゃうことがあった。

だから、仕事は毎日じゃなくて、一週間に3回までってはぎなが決めた。
僕の怖がりが続いた時は、仕事が途中でもやめる決まり。

おぼろは、僕が役立たずだから、って言うけどちがう。
はぎなは意地悪で言うんじゃない。
僕がダメだからでもない。
僕が大事で、ボロボロになるが悲しいから、僕を守るために決まりを作った。
僕はいつも悔しくて、だだをこねるけど、本当は分かるよ。

分かるけど、やっぱり悔しくて泣いてたら、はぎなはうんと優しく笑って、もう一度僕の頭をなでた。

「今日は終いですから、落ち着いたら、日向様がされたいことを一緒にいたしましょう、」
「……はぎな、いる?」
「ええ、一緒にお仕事をする時間でしたから、」
「忙しい、から、おつかれ、」
「忙しからこそ、私もたまには日向様とゆっくり過ごしたいんですよ、」

いつもお供は東に取られてますから、ってはぎながすねた顔をするから驚いた。
わがまま言うときのしおうみたい。

はぎなは最近、尼嶺にしゅっちょうするし、宮城ややくしょでの仕事が増えたから不満だったんだって。
本当は僕の護衛がやりたいのに、他の仕事がどんどん増えるから一緒にいられなくて、ちょっと仕事が嫌になりかけたって。

「ですから、日向様の魔法のお仕事の時間だけは、最優先で確保しているんですよ。でも私だって、たまにはお仕事以外の時間を日向様にいただきたい、」
「はぎな、大人、なのに、だだ、」
「お嫌ですか、」
「んーん、うれしい、」

僕もね、はぎながいないと、さびしかったよ。
僕のために仕事を一生懸命やるって分かるけど、本当はいつも傍にいてほしい。
僕にはしおうも、友だちも、侍女も、護衛もいっぱいいるのにね。
僕は欲張り。

でも、はぎなも同じがうれしくて、手を伸ばした。
抱っこ、って言ったら、はぎなは、もちろん、って笑って僕を抱っこする。
僕がやるのに、って今度はあずまがすねたから、それも嬉しかった。

「はぎなと、あずま、とりあい、」
「何で喜んでるんですか。学院では僕が日向様のお供の約束なのに、」
「日向様のお仕事の時間は私のはずでしょう。勉学の時間は任せているんですから、こちらは譲っていただかないと、」
「あはっ、」

はぎなとあずまが、いつもとはちがう顔をいっぱいして、どっちが僕を抱っこするか言い合う。
その顔が面白いのと、僕を取り合うのが嬉しいのとで声が出た。いつの間にか震えも治まったね。僕の目のところでちらちらしてたおぼろや蔵も、もう出てこられないがわかったから、僕はうんと安心する。

こんな風に、毎日毎日みんなが安心をくれたよ。

今日はちょっとうまく行かなかったけど、みんながくれる安心が、どんどん僕のお腹の中に積もっていって、そわそわをうんと奥に押し込めていった。
きっとこれからも、みんなは僕を安心にしていく。
それで、僕はそのうち怖がりがなくなる。いいね。

そう思ったら安心はふわふわになって、僕は幸せになった。
その幸せをもっと大きくしたくて、はぎなの首にぎゅうってする。
あずまは、またすねた。ごめんね。

「何がしたいですか、」
「黄金の戦士が、見たい、」
「……あれを学院でやると、大問題になります。流石に晴海(はるみ)さんにも叱られましたよ、」

こないだ、はぎなはしおうに怒って黄金の戦士になった。
しおうと僕がまぐわったって、勘違いしたせい。僕を大事にする約束なのに、しおうが約束を破ったって思ったんだって。
はぎなの黄色の魔力が金色になったと思ったら、しおうの護衛も僕の護衛も部屋の中に飛び込んできて、離宮中が大騒ぎになった。

しおうが真っ青になってぶるぶる震えてたくらいだから、あれをやったら学院も大騒ぎになる。だからダメだって。ざんねん。

「やったら、はぎな、げんぽう、する?」
「妃殿下がお許しくださったので減俸は取り下げてくださいましたけど、……本来なら皇族に反意を見せれば厳罰ものです、」
「僕のため、でも?」
「日向様のためだから、お許しいただけたんですよ。でも、私の早とちりが原因ですから自省しております、」
「かっこ、よかった、のに、」

今度は僕がすねた。
そしたら、いつかお見せしますよ、ってはぎなはにっこり笑う。
しおうや離宮の騎士たちとの鍛錬じゃ黄金の戦士にはなれないけど、僕の護衛だけ集めた鍛錬ならできるって。

「日向様をお守りするためなら、いつでもなりますけどね、」
「はぎなは、僕の、黄金の戦士?」
「ええ、」
「……僕も日向様の護衛ですから、忘れないでください、」
「あはっ、」

あずまが、さっきよりもうんとすねた顔になってて、可愛かった。

はぎなのだだと、あずまのすねた顔が、僕をふわふわにする。
さっきまであんなに怖くて体がぶるぶる震えたのに、もう何にも怖いものはない気がしてた。

「僕の、だね、」

はぎなと、あずまと、うなみと、かんべ。
最近、すばると、くくりと、ものぎと、かなえも増えた。僕はまだ会ってないけど、草と一緒に陰で守ってる護衛も他にいる。

みんな襟に同じ印をつけた。
半色乃宮の記章の横に、鷹と青巫鳥(あおじ)の僕の印。
僕の護衛って印。
僕のって印。

僕は何にもなかったのにね。
誰もいらなかったのに。
今はもう、僕だけの護衛がこんなにいて、僕がどこにも連れていかれないように守ってくれる。



「僕の、」



嬉しくて自慢したら、わかった、って魔法が言った。


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