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第弐部-Ⅳ:尼嶺
179.亜白 黄金色の戦士と友だち
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その日、半色乃宮(はしたいろのみや)に激震が走った。
僕はちょうど布団から出て朝の身支度をしようと言うところだった。
ベッドを降りて足を着いたところで、何だか不穏な気配を感じる。そう思った次の瞬間にはもう、部屋の中に恵比須が飛びこんできて、僕を抱えていた。
「な、な、何、」
「分かりませんが、異様な気配がします。距離はありますが、安全確保を、」
僕たちの部屋は賓客用のものだから、離宮の中でもひー様たちが暮らす皇族の区域の次に厳重に守られている。だから、部屋の中が一番安全ではあるけど、念のため脱出の用意も整えると恵比須は周りに指示した。
僕は何が何だか分からなくて、ただ恵比須にしがみついたまま。
どうしよう。
侵入者でもあったかな。
離宮には尼嶺(にれ)の刺客が何度も送られてきたと聞いているから、そうかもしれない。
尼嶺―――ひー様は大丈夫だろうか。
東(あずま)さんも萩花(はぎな)様もいるからきっと大丈夫だとは思うけど、怖がって震えているかもしれない。
ああ、でも、もしかしたらひー様は尼嶺で暮らしていた時、こんな風に怖かったのかも。
扉が開いたら誰が入って来るか分からない、その誰かが僕に危害を加えるかもしれない。そのことが怖くて僕は、恵比須にしがみついているけど、ひー様は一人ぼっちだった。
たった一人で、こんな恐怖に15年間耐えて来たのか。
そう思ったら何だか涙がこみあげてきてしまって、僕は恵比寿の腕の中でぐすぐす泣いてしまった。
多分、傍から見たら非常事態に怯えたように見えたと思う。間違いじゃないけど、16にもなって情けない。
「…どうも行き違いがあったようです、警戒は解いて構いません、」
そう言って、代都(しろと)が入ってきたのは、それからしばらく経ってからだ。
時間にして10分くらいのことだったみたいだけど、僕にはすごく長い時間に感じられた。恵比須が腕を解いて僕を椅子に降ろすけど、力の抜き方が分からなくてうまく座れなかったくらい。
何があったんだ、と恵比須が尋ねたけど代都も詳しくは知らないようだった。
離宮を陰から守る草も動いていたから何かあったのは確からしいけど、どうも外部からの侵入者ではなく、内輪ごとみたい。
それを聞いて一番に不安になったのはひー様のことだった。
でも、ひー様は無事だと草が確認してくれたそうだ。良かった。
離宮の騎士が騒がせて申し訳ないと謝罪に来て、本当に安全だと確認したから、騒ぎは終了。
僕は少し緊張が抜けないまま、朝の身支度をすることになった。
「はぎながね、怒ったの。そしたら、魔力が金色になって、びっくりした。黄金の戦士だって。伝説が、本当だった、すごいね!」
朝のできごとを話してくれたのは、ひー様だ。
今日は、二人で学習室に籠って水槽づくりの計画を立てる約束。
水槽の提案をしたら大喜びしてくれたひー様だけど、体調が良くないのもあって、まだどんな魚を育てるかも決まっていない。だから、今日は図鑑を広げて二人で考えるつもりだった。
でも、やっぱり朝のことが気になったから、唯理音(ゆりね)さんがお茶を淹れてくれる間に聞いてみる。そしたら、返ってきたのが予想外の話で僕は面食らった。
「黄金の戦士って、西佳(さいか)のですか?」
「うん、」
「西佳の建国神話に、黄金の戦士の逸話があるのは知っていますが、萩花様が…?」
「はぎなの、魔力は、黄色なのに、ね。今日は、怒ったら金色に、なって、きれい、だった、」
「へ、へえ、」
西佳乃国(さいかのくに)の黄金の戦士。
一騎当千とも言われる最強の戦士だ。
神話自体は西佳のものだけど、その伝承をもとに生まれた物語がたくさんある。そのうちのいくつかは子ども向けの絵本として親しみがあった。僕の兄上たちは、その物語になぞらえてよく模擬刀で遊んでいたなあ。紫鷹殿下が羅郷(らごう)にいらした時は、その中に混じっていたと思う。
そう言えば、西佳の騎士は強くて、よく黄金の戦士になぞらえられたっけ。
萩花様も、先の戦ではお一人で一師団を壊滅させたとの武勇も聞いた。恵比須が手合わせしたいと懇願していたから、多分、本当にお強いんだろう。
それにしたって、戦闘時に黄金色に輝く戦士は伝説だとばかり思っていたんだけど、まさか本当だったとは。
「僕がね、しおうと、しょやを話したら、はぎなが、怒った、」
「へ?」
「まだ、なのに、ね。はぎな、かんちがい、」
「しょや、とは、」
「しおうと、僕が、まぐわう、約束、」
すぐに東さんから声がかかって、日向様は「内緒だった、」と口を押えたけど、僕は聞こえた。
しょや………初夜?
「しょやは、秘密。まちがった、」
「日向様、内緒にできてません、」
「わかってる、から、あずま、だまって、」
「いや、無理ですよ。放っておいたら全部しゃべっちゃうじゃないですか、」
東さんの指摘はその通りで、僕はひー様と過ごすうちに、今朝の出来事のあらましをほとんど知ることになってしまった。
昨日、稲苗(さなえ)さんたちが帰った後、ひー様は殿下と仲睦まじい時間を過ごされたらしい。
そんなに詳しくお話されなくて結構ですとお断りしたんだけど、ひー様は図鑑を広げている間にも急に思い出したようにしゃべり出して、東さんに止められるのを繰り返す。
疎い僕でも、お二人が何をされたのかは理解した。してしまった。僕はまだそんな経験はないから、もう真っ赤。真っ赤を通り越して蒸発するんじゃないかってくらい頭の中が茹だって大変だった。
僕に話すくらいだもの。
ひー様は萩花様にも黙っていられない。
今朝は、お仕事で不在だった萩花様が1日ぶりに戻っていらした嬉しさも相まって、喋ってしまったらしい。
ただ、ひー様はあまり言葉が流暢じゃないから、言葉足らずなところがあったんだろう。
お二人が完全に結ばれたと誤解された萩花様が、約束が違うと激高されて黄金の戦士が降臨した、と言うのが朝のできごとだった。
「……殿下はご無事ですか、」
「しょんぼりした、けど、ちゅうしたら、元気に、なった、」
「そうですか…、」
ひー様はそう仰るけど、東さんの補足によると、萩花様は本気で殿下に殺気を向けたものだから、殿下の護衛と一触即発の状態だったそう。現場は大変だったんだろうなあ。多分後始末も大変だと思う。
そんなことを思って気が遠くなりかけていたら、僕の隣でひー様の体が跳ねた。
「はぎなは、僕の、黄金の戦士、」
ひー様、嬉しそう。
そう言えば、ひー様が学院に通い始めたばかりの頃、帝国史で色んな国の建国神話を勉強したと雁書(がんしょ)に書いてたっけ。紫鷹殿下の祖先が太陽の神だと言うのと、萩花様の祖先が黄金の戦士だと言うのが、ひー様のお気に入りだった。
怖い夢を見た時、太陽の神様と黄金の戦士が助けに来るんだって。
今日のは萩花様の勘違いだったけど。
ひー様がひどい目にあったと思えば、黄金の戦士は本当に来てくれるんですね。
萩花様は、いつもひー様を守ってくれる。
「萩花様が怒ってくれて、良かったですね、」
「うん!」
東さんが噴き出していたから、違ったかもしれない。
でも、ひー様がいつもより安心しているように見えて、僕も嬉しかった。
それからはひー様も真剣に図鑑を繰り出して、魚を探す。
ひー様は最初、「くじらがいい、」と言って僕は驚いた。図鑑に描かれた鯨の目が優しくていいんだって。
でも流石に水槽に入らないって話したら、大きさを分かってなかったみたいで、二人で鯨分の距離を歩いてみることにした。部屋の端から歩いて、裏庭に続く扉を抜けて裏庭をちょっと歩く。元いた場所を振り返って見たひー様は目を丸くした。
「くじらは、水槽に、入らない?」
「うん、ちょっと難しいです、」
「ざんねん、」
「残念ですね。でも僕はいつか、鯨も水槽に入れてみたいです、」
「僕も、やる、」
他の人に話したら馬鹿な夢だと笑われるんだけどなあ。
ひー様は当たり前のように一緒にやると言ってくれる。
それが嬉しくて僕は、いつか作りたい水槽の話をたくさんした。
サンゴ礁の浅瀬の海みたいに色とりどりの魚が泳ぐ水槽や、マグロが回遊するような水槽、顕微鏡でしか見えないような小さな稚魚から育てる水槽、小川のせせらぎが聞こえそうな水槽、イカもタコもウミガメも鯨も魚も共存する巨大な水槽―――全部に、ひー様は水色の目をキラキラさせる。
「僕も、やる、全部、やる、」
そう言ってぴょんぴょん跳ねてくれた。
そうしたら、僕は何だか不思議な気分。
ひー様を元気にしたくて水槽の話をしたのに、僕の方がひー様に元気にしてもらった感じ。
友だちだからかな。
ひー様といると、それだけで幸せな気分になる。
ひー様は途中、体が震え出して「怖がり」が出たけど、前に見たようなひどい混乱は見せなかった。唯理音さんが抱きしめて背中を擦ると、僕と会話をするくらいの余裕がある。
ひー様いわく、殿下がくれた印が追い払ってくれるから、良いんだって。そう言えば、ひー様の袖の下に赤い痕があった。
「あじろが、いるも、いい、」
僕が目のやり場に困っていると、額に汗をかきながら「怖がり」をこらえていたひー様は言う。
「僕は、もう、友だちがいるって、言ったら、おぼろは、帰る、」
「え、」
「僕は、あじろが、いる、だいじょぶ、」
体はひどく震えているのに笑ったひー様を見たら、思わず手を握っていた。
ひー様はちょっと驚いたみたいだけど、嬉しそうにふにゃふにゃ笑って、僕の手を握り返してくれる。
だから、手を握ったまま、僕はひー様とやりたい夢を色々を話した。
ひー様と、世界中の生き物を見に行きたいこと。
陸も海も空も土の中も川の中も、全部探して二人で生き物博士になりたい。
それで、新種を発見して二人の名前をつけるんだ。
だからまずは、帝国内の生き物を全部探しに行こう。
羅郷にも来て、僕の温室にも遊びに来てほしい。
ひー様は、全部「やる、」と頷いて笑ってくれる。
つないだ手から、少しずつ少しずつ、震えが治まっていくのがわかった。
おぼろって人が、ひー様を怖がらせるなら、ひー様にはもう僕がいるから無駄だよ。
僕は、ひー様の黄金の戦士にはなれないけど、友だちだ。
僕は絶対この手を離さない。
離さないで、ひー様と二人で、世界中に生き物を探しに行く。
僕はちょうど布団から出て朝の身支度をしようと言うところだった。
ベッドを降りて足を着いたところで、何だか不穏な気配を感じる。そう思った次の瞬間にはもう、部屋の中に恵比須が飛びこんできて、僕を抱えていた。
「な、な、何、」
「分かりませんが、異様な気配がします。距離はありますが、安全確保を、」
僕たちの部屋は賓客用のものだから、離宮の中でもひー様たちが暮らす皇族の区域の次に厳重に守られている。だから、部屋の中が一番安全ではあるけど、念のため脱出の用意も整えると恵比須は周りに指示した。
僕は何が何だか分からなくて、ただ恵比須にしがみついたまま。
どうしよう。
侵入者でもあったかな。
離宮には尼嶺(にれ)の刺客が何度も送られてきたと聞いているから、そうかもしれない。
尼嶺―――ひー様は大丈夫だろうか。
東(あずま)さんも萩花(はぎな)様もいるからきっと大丈夫だとは思うけど、怖がって震えているかもしれない。
ああ、でも、もしかしたらひー様は尼嶺で暮らしていた時、こんな風に怖かったのかも。
扉が開いたら誰が入って来るか分からない、その誰かが僕に危害を加えるかもしれない。そのことが怖くて僕は、恵比須にしがみついているけど、ひー様は一人ぼっちだった。
たった一人で、こんな恐怖に15年間耐えて来たのか。
そう思ったら何だか涙がこみあげてきてしまって、僕は恵比寿の腕の中でぐすぐす泣いてしまった。
多分、傍から見たら非常事態に怯えたように見えたと思う。間違いじゃないけど、16にもなって情けない。
「…どうも行き違いがあったようです、警戒は解いて構いません、」
そう言って、代都(しろと)が入ってきたのは、それからしばらく経ってからだ。
時間にして10分くらいのことだったみたいだけど、僕にはすごく長い時間に感じられた。恵比須が腕を解いて僕を椅子に降ろすけど、力の抜き方が分からなくてうまく座れなかったくらい。
何があったんだ、と恵比須が尋ねたけど代都も詳しくは知らないようだった。
離宮を陰から守る草も動いていたから何かあったのは確からしいけど、どうも外部からの侵入者ではなく、内輪ごとみたい。
それを聞いて一番に不安になったのはひー様のことだった。
でも、ひー様は無事だと草が確認してくれたそうだ。良かった。
離宮の騎士が騒がせて申し訳ないと謝罪に来て、本当に安全だと確認したから、騒ぎは終了。
僕は少し緊張が抜けないまま、朝の身支度をすることになった。
「はぎながね、怒ったの。そしたら、魔力が金色になって、びっくりした。黄金の戦士だって。伝説が、本当だった、すごいね!」
朝のできごとを話してくれたのは、ひー様だ。
今日は、二人で学習室に籠って水槽づくりの計画を立てる約束。
水槽の提案をしたら大喜びしてくれたひー様だけど、体調が良くないのもあって、まだどんな魚を育てるかも決まっていない。だから、今日は図鑑を広げて二人で考えるつもりだった。
でも、やっぱり朝のことが気になったから、唯理音(ゆりね)さんがお茶を淹れてくれる間に聞いてみる。そしたら、返ってきたのが予想外の話で僕は面食らった。
「黄金の戦士って、西佳(さいか)のですか?」
「うん、」
「西佳の建国神話に、黄金の戦士の逸話があるのは知っていますが、萩花様が…?」
「はぎなの、魔力は、黄色なのに、ね。今日は、怒ったら金色に、なって、きれい、だった、」
「へ、へえ、」
西佳乃国(さいかのくに)の黄金の戦士。
一騎当千とも言われる最強の戦士だ。
神話自体は西佳のものだけど、その伝承をもとに生まれた物語がたくさんある。そのうちのいくつかは子ども向けの絵本として親しみがあった。僕の兄上たちは、その物語になぞらえてよく模擬刀で遊んでいたなあ。紫鷹殿下が羅郷(らごう)にいらした時は、その中に混じっていたと思う。
そう言えば、西佳の騎士は強くて、よく黄金の戦士になぞらえられたっけ。
萩花様も、先の戦ではお一人で一師団を壊滅させたとの武勇も聞いた。恵比須が手合わせしたいと懇願していたから、多分、本当にお強いんだろう。
それにしたって、戦闘時に黄金色に輝く戦士は伝説だとばかり思っていたんだけど、まさか本当だったとは。
「僕がね、しおうと、しょやを話したら、はぎなが、怒った、」
「へ?」
「まだ、なのに、ね。はぎな、かんちがい、」
「しょや、とは、」
「しおうと、僕が、まぐわう、約束、」
すぐに東さんから声がかかって、日向様は「内緒だった、」と口を押えたけど、僕は聞こえた。
しょや………初夜?
「しょやは、秘密。まちがった、」
「日向様、内緒にできてません、」
「わかってる、から、あずま、だまって、」
「いや、無理ですよ。放っておいたら全部しゃべっちゃうじゃないですか、」
東さんの指摘はその通りで、僕はひー様と過ごすうちに、今朝の出来事のあらましをほとんど知ることになってしまった。
昨日、稲苗(さなえ)さんたちが帰った後、ひー様は殿下と仲睦まじい時間を過ごされたらしい。
そんなに詳しくお話されなくて結構ですとお断りしたんだけど、ひー様は図鑑を広げている間にも急に思い出したようにしゃべり出して、東さんに止められるのを繰り返す。
疎い僕でも、お二人が何をされたのかは理解した。してしまった。僕はまだそんな経験はないから、もう真っ赤。真っ赤を通り越して蒸発するんじゃないかってくらい頭の中が茹だって大変だった。
僕に話すくらいだもの。
ひー様は萩花様にも黙っていられない。
今朝は、お仕事で不在だった萩花様が1日ぶりに戻っていらした嬉しさも相まって、喋ってしまったらしい。
ただ、ひー様はあまり言葉が流暢じゃないから、言葉足らずなところがあったんだろう。
お二人が完全に結ばれたと誤解された萩花様が、約束が違うと激高されて黄金の戦士が降臨した、と言うのが朝のできごとだった。
「……殿下はご無事ですか、」
「しょんぼりした、けど、ちゅうしたら、元気に、なった、」
「そうですか…、」
ひー様はそう仰るけど、東さんの補足によると、萩花様は本気で殿下に殺気を向けたものだから、殿下の護衛と一触即発の状態だったそう。現場は大変だったんだろうなあ。多分後始末も大変だと思う。
そんなことを思って気が遠くなりかけていたら、僕の隣でひー様の体が跳ねた。
「はぎなは、僕の、黄金の戦士、」
ひー様、嬉しそう。
そう言えば、ひー様が学院に通い始めたばかりの頃、帝国史で色んな国の建国神話を勉強したと雁書(がんしょ)に書いてたっけ。紫鷹殿下の祖先が太陽の神だと言うのと、萩花様の祖先が黄金の戦士だと言うのが、ひー様のお気に入りだった。
怖い夢を見た時、太陽の神様と黄金の戦士が助けに来るんだって。
今日のは萩花様の勘違いだったけど。
ひー様がひどい目にあったと思えば、黄金の戦士は本当に来てくれるんですね。
萩花様は、いつもひー様を守ってくれる。
「萩花様が怒ってくれて、良かったですね、」
「うん!」
東さんが噴き出していたから、違ったかもしれない。
でも、ひー様がいつもより安心しているように見えて、僕も嬉しかった。
それからはひー様も真剣に図鑑を繰り出して、魚を探す。
ひー様は最初、「くじらがいい、」と言って僕は驚いた。図鑑に描かれた鯨の目が優しくていいんだって。
でも流石に水槽に入らないって話したら、大きさを分かってなかったみたいで、二人で鯨分の距離を歩いてみることにした。部屋の端から歩いて、裏庭に続く扉を抜けて裏庭をちょっと歩く。元いた場所を振り返って見たひー様は目を丸くした。
「くじらは、水槽に、入らない?」
「うん、ちょっと難しいです、」
「ざんねん、」
「残念ですね。でも僕はいつか、鯨も水槽に入れてみたいです、」
「僕も、やる、」
他の人に話したら馬鹿な夢だと笑われるんだけどなあ。
ひー様は当たり前のように一緒にやると言ってくれる。
それが嬉しくて僕は、いつか作りたい水槽の話をたくさんした。
サンゴ礁の浅瀬の海みたいに色とりどりの魚が泳ぐ水槽や、マグロが回遊するような水槽、顕微鏡でしか見えないような小さな稚魚から育てる水槽、小川のせせらぎが聞こえそうな水槽、イカもタコもウミガメも鯨も魚も共存する巨大な水槽―――全部に、ひー様は水色の目をキラキラさせる。
「僕も、やる、全部、やる、」
そう言ってぴょんぴょん跳ねてくれた。
そうしたら、僕は何だか不思議な気分。
ひー様を元気にしたくて水槽の話をしたのに、僕の方がひー様に元気にしてもらった感じ。
友だちだからかな。
ひー様といると、それだけで幸せな気分になる。
ひー様は途中、体が震え出して「怖がり」が出たけど、前に見たようなひどい混乱は見せなかった。唯理音さんが抱きしめて背中を擦ると、僕と会話をするくらいの余裕がある。
ひー様いわく、殿下がくれた印が追い払ってくれるから、良いんだって。そう言えば、ひー様の袖の下に赤い痕があった。
「あじろが、いるも、いい、」
僕が目のやり場に困っていると、額に汗をかきながら「怖がり」をこらえていたひー様は言う。
「僕は、もう、友だちがいるって、言ったら、おぼろは、帰る、」
「え、」
「僕は、あじろが、いる、だいじょぶ、」
体はひどく震えているのに笑ったひー様を見たら、思わず手を握っていた。
ひー様はちょっと驚いたみたいだけど、嬉しそうにふにゃふにゃ笑って、僕の手を握り返してくれる。
だから、手を握ったまま、僕はひー様とやりたい夢を色々を話した。
ひー様と、世界中の生き物を見に行きたいこと。
陸も海も空も土の中も川の中も、全部探して二人で生き物博士になりたい。
それで、新種を発見して二人の名前をつけるんだ。
だからまずは、帝国内の生き物を全部探しに行こう。
羅郷にも来て、僕の温室にも遊びに来てほしい。
ひー様は、全部「やる、」と頷いて笑ってくれる。
つないだ手から、少しずつ少しずつ、震えが治まっていくのがわかった。
おぼろって人が、ひー様を怖がらせるなら、ひー様にはもう僕がいるから無駄だよ。
僕は、ひー様の黄金の戦士にはなれないけど、友だちだ。
僕は絶対この手を離さない。
離さないで、ひー様と二人で、世界中に生き物を探しに行く。
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