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第弐部-Ⅳ:尼嶺

178.紫鷹 情事の後

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「ひのき、じゃない、」
「俺は日向の林檎の匂いが好きなんだよ、たまにはいいだろ、」
「また、僕の、」
「檜は今度な、」

俺の胸に頭を埋めながら、ぱちゃぱちゃとお湯を弾く日向を眺めて困惑する。
何で、日向と同じ風呂に入っているんだろう。

いや、分かってるんだけど。
そんなことでも考えていないとまた俺の股間がやばくなる。

「体、しんどくないか、」
「んーん、」
「汗を流すだけだから、長湯はしないよ、」
「もうちょっと、」
「勉強するんじゃなかったか、」
「今は、しおうが、いい、」

お湯に濡れた水色の頭がすりすりと俺の肩に甘えて来る。
こんな風に俺を選んでくれるだけでもたまらないのに、その白い肩にも胸にも腕にも、俺が散々つけまくった痕が赤く散っていて、目に毒だ。
しかも、日向の俺を見る目が何かやばい。俺の勘違いかも知れないが、うっとりしててどこか妖艶にも見えた。

多分、気のせいじゃないよな。
ついさっき、お互いのものを擦り合って達したばかりだ。
日向だって相当感じていた。互いのものに触れるたびに、びくびくと体を震わせて喘いでいたのが可愛かった。あの姿と声を思い出すだけで、俺はどうにかなりそうだ。

それに。

「婚約、したら、しょや、」
「………どこで覚えた、」
「さあらと、王子、」
「あの話にそんなのあったか?」
「結婚式、おわったら、しょや、ってさあらが、どきどき。僕は、婚約、だけど、しょや、する、」
「………日向、出よう。俺がのぼせる、」

日向には抗議されたが、このまま天然たらしの王子を抱えていたら、俺は確実にやらかす。
しがみつこうとする日向を宥めて、宇継(うつぎ)を呼び、先に送り出した。

宇継に渡すときに見えた日向の体が、全身俺のつけた痕だらけで、やはり目に毒だ。
あの痕をつけた後、どういう流れだか、初夜の約束をした。

あの時はそうとは考えていなかったが、確かに初夜の約束だ。
日向はすぐにもと望んでいたが、ただでさえ俺より二回りも小さいのにさらに弱った体だ。無理だろう。情動のままに雪崩れ込まなかったのは、正しい判断だったと思う。実際の所、怖気づいたと言うのが本音だが。

だって、あの日向だぞ。

散々虐げられて、夢精一つで自分の命すら価値を失くすほど怯えていた。
ここ最近の日向の混乱具合からも、陽炎(かげろう)とか言う従兄弟が、日向を何度も組み敷いていたのだと分かる。日向が特に怖がるのが、朧の「いらない」と、望月の「実験」、陽炎のそれだ。

だから、もう日向には二度とその恐怖を味わわせたくなかった。

そう思ったんだけどな。
俺の予想以上に、日向は俺のことが好きすぎた。
俺なら全部平気なんだと。
命をなげうつほど怖がった「白いやつ」も、俺のならいいらしい。
触るのも、何をするのも全部、俺にしてほしいんだってさ。


「……どこまで俺を落とせば気が済むんだ、お前は、」


こっちは、浮かれて暴走しないように気を引き締めるのに必死なんだ。
なのに、俺の番いは色々すっ飛ばして、俺の懐に飛び込んでくるから、嬉しい反面、心臓に悪い。

流石に最後まではしなかったけど、一線は超えた。
それでも怯えるどころか、幸せそうにふにゃふにゃ笑ったから、日向は本気で俺なら全部受け入れられるんだろう。

そうだと分かった今、俺は猛烈に日向が欲しい。
俺の水色を抱いて、一つになって、身も心も完全に俺のものにしたい。

日向は自分の肌が汚いと言うが、俺はあの肌が好きだ。
痛々しい傷跡は日向が虐げられた記憶でもあるが、一生懸命に生き延びてきた軌跡でもある。必死に命をつないで、俺のところに来てくれた。そう思うから、あの傷一つひとつに口づけをして、今は俺のものだと印をつけたい。

俺の愛撫に感じて声を抑えきれなくなる日向は最高に可愛かった。
怖くなるほど、声が出なくなるのにな。俺が触れるだけで、体を震わせて、短く喘いだ。あれを聞けるのは俺だけだ。もっと聞きたい。もっともっと、日向を快感で埋め尽くしたい。

それで、一つになるんだ。

その瞬間を思ったら、頭が沸騰して、欲が弾けそうになった。
今すぐ、日向を抱きたい。欲しい。
だけど、かろうじて残った理性が、ガリガリに痩せた日向の姿を思い出させたから、湯船に頭ごと突っ込んで冷静になろうと努めた。

「……殿下、平気ですか、」
「へ、平気だ。もう上がる、」

何かを察したような弥間戸(やまと)の声が扉の向こうからかかって、さすがに理性が勝つ。
だが、タオルとガウンをもって入って来た弥間戸の言葉に、ちがう意味で頭が沸騰した。

「日向様が、初夜が何だとか騒いでおりますから、早く行ってお止めになった方がよろしいかと、」
「は、」
「後ほど、私も詳しく伺いたいのですが、」
「え、いや、待て、あいつ、まさか、」
「さすがにガウンくらい来てください、」

全裸で部屋に飛び出しそうになったところを、弥間戸に止められ、ガウンを羽織る。
頭はびしょ濡れのままだったが、部屋に飛び出して、跳ねまわる水色に全力で駆けた。

「しょーや、しょーや、」
「ひ、ひ、ひ、日向。頼むから、黙れ、」

おかしな調子で初夜の歌を歌い、跳ねて踊る日向を捕まえて口を押える。
手の下で日向がもごもごと聞いてきたのが、「何で、」だったから頭を抱えた。

「こういうのは二人の秘密だって教えたろ、」
「そう、だった、」
「二人の時に俺が聞くから、皆の前ではやめて、」
「すみれこさま、もダメ?」
「絶対ダメ!」

何でよりによって母上に言うんだ。
多分、もう草を通して母上には筒抜けになるだろうが、日向の口から暴露されたら穴を掘って隠れたいどころではない。

宇継の視線が痛い。多分、振り返ったら般若の面が見える。
部屋には他に弥間戸だけだが、扉の向こうに控えている連中も、雰囲気がただ事じゃなくなってきた。

日向、お前、気配に聡いんだから、わかってくれ。
そう思うが、初夜も、俺が与えた印も、二人の情事も、日向にとっては嬉しいばかりなんだろう。俺の番いは、恥じらいと言うものをまだ持ち合わせていないからな。嬉しいものは自慢したいし、幸せな感情は歌や踊りと一緒に全部出て来る。

「……そんなに嬉しいのか、」
「うん!」

抱き上げて顔を覗けば、きらきらした水色の瞳が俺を見る。
昼間、林檎まみれの食卓を囲んだ時か、それ以上じゃないか。
本当に、どれだけ俺のことが好きなんだ。

俺だって、本当は大声で自慢したいよ。
我慢できずに、藤夜(とうや)には喋ってしまうかもしれない。いや、多分自慢する。

「…できるだけ早く婚約できるように頑張る。だから、少しだけ我慢してくれ、」
「約束?」
「うん、約束な、」
「わかった、」

一応は納得してくれたようで、日向は俺の腕を降りると遊び場に行って、何事もなかったかのように図鑑を広げだした。
今日は昼寝をしていないのに、元気だな。

だが、俺が再び浴室に戻ろうと踵を返したところで、呼び止められる。

「しおう、」
「うん?」
「さっきの、またする?」
「さっき、」
「しおうの、と僕ので、こするやつ、」
「わーーーーーーーー!!!」

たまらず、遊び場で足を伸ばした日向を抱えて寝室に飛び込んだ。
頼むから他の者の前で二人の情事を明かすなと、切々と懇願する。
俺の切実な願いとは裏腹に日向はどこか楽しそうで、俺が困っているのを、可愛いとか言い出す始末だ。

「わかった、」
「本当に分かってるか。ちゅうも、印も、さっきのも、初夜も全部だぞ、」
「うん、わかる、」
「亜白にも言うなよ、」
「雁書(がんしょ)も?」
「そうだよ!」

あはっ、と日向は笑ったから、もしかしたら分かってて俺を困らせるのかもしれない。だとしたら、魔性だ。
俺の可愛い番が、どんどん魔性の王子に変貌していく。

焦るけど、嫌ではない。
やっぱり日向の笑う顔が好きだ。
それに、妖艶な顔も、魔性の顔も、俺だけに見せる日向だ。他の顔だって、これからどんどん増えていく。

「僕も、仕事、頑張るね、」
「うん、俺達でもどうにかするけど、やっぱり日向の魔法が鍵だからな、」
「頑張ったら、しょや、」
「……………俺も全力で頑張るよ、」

最後にもう一度日向に口止めして、わかった、と言う言質を取った。
俺の番いは黙っていられない性分だから、どこまで効果があるかは分からないが、一応はそれで納得する。

寝室には二人っきりだったから、出る前に少しいちゃついた。
日向は嬉しそうで、俺に口づけを何度か繰り返す。それから俺のガウンの下に自分でつけた赤い痕を見つけると、うっとりした顔でその痕を撫でて、そこにも口づけてくれた。

「しおうは、僕の、」

また俺の股間に熱が集まるのを感じて、決心した。

全力で婚約を遂行しよう。
それで、一日も早く俺の水色を俺のものにしてしまおう。
誰にも文句は言わせない。

こいつは俺のだ。
俺の日向だ。
日向の俺だ。

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