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第弐部-Ⅳ:尼嶺

176.日向 りんごとひのきがくれたもの

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りんご、おいしかった。

にんじんとりんごのスープは、ふんわり甘くて、飲むと体がふわふわした。
パンにはね、りんごのジャムをぬったよ。さなえが切って、僕が砂糖を入れて、しおうと一緒に汗だくになってかき混ぜながら煮たりんごのジャム。
いっぱい作ったから、まだある。明日も明後日も、食べていいんだって。幸せ。

りんごはおやつだと思ったのにね。
お肉と一緒に煮込んだときは、びっくりした。
食べたらおいしくて、もっとびっくり。
僕は硬いお肉が苦手なのに、ほろほろ柔らかくて、おいしかった。あんまりおいしいからしおうを見たら、しおうもおいしいなあ、ってすごくきれいな顔で笑ったから、もっとおいしくなった。

でも、一番のお気に入りは、りんごとお芋。
ふかふかのお芋と、とろとろのりんごが甘くて、僕もとろとろになる。
しおうが、しおうの分も食べていいって言うから、僕はいっぱい食べた。

「お腹、いっぱい、もう入らない、」
「うん、はち切れそうだな。あんなにぺちゃんこだったのにな。こんなにぱんぱんだ、」

食べ過ぎてお腹はまん丸。
苦しくてしおうの膝の上で動けなくなったら、しおうはにこにこ笑いながら、僕のお腹をなでた。
ちょっと泣きそうは何で。

しおうだけじゃなくて、すみれこさまも、とやも、さなえも、りくも、あずまも、ゆりねも、料理長も、みんなうるうるしてる。あじろとみずちとわかばともえぎはちょっと泣いてた。


本当は、知ってるよ。


みんな僕を心配した。
僕は最近、怖がりがひどくてご飯が食べられない。
せっかく背が伸びたのに体重がぐんぐん落ちるから、もう少し食べましょう、って小栗に言われたけど入らなかった。
だからみんなは心配で、僕がご飯を食べられるように考えたって、僕は知ってる。

今日のご飯は、さなえと、わかばと、もえぎと、りくが考えた。
いつもの料理も、僕が食べやすいように料理長が一生懸命考えてるって僕は知ってる。
カブトムシがいたら僕はいつもより食べられるって分かったら、あじろはしょっちゅう連れて来た。
しおうは本当はカブトムシが怖いのに、僕が喜ぶ方が大事なんだって。だから、最近はしおうもカブトムシと一緒にご飯を食べる。


みんながうるうるするのは、僕がご飯を食べて嬉しいから。
僕は知ってる。


だから僕も嬉しくてたくさん食べた。
それで全然動けなくなって、さなえたちのお見送りはできなかったけど。ごめんね。
あじろとも学習室に作る水槽のことを相談しようって約束してたのにね。ごめん。

動けない僕をしおうが連れて帰ったら、うつぎがお風呂に入れた。
ご飯の前に頭を拭いたけど、お風呂で流したらお湯がまっ白になる。小麦粉。僕が何回も失敗したから、みんな真っ白になった。失敗は悔しかったけど、みんなの顔や頭が白くてへんてこで面白い。
小麦粉は水で溶くと粘り気が出るんだって、わかばが言ってた。本当だ。僕の頭もお湯もとろとろになってて、こねたら丸くなるのかな、って思った。

僕がうとうとしてる間にうつぎが一生懸命洗ったから、僕の頭はりんごのいい匂い。

「しおうも、いい、におい、」
「うん?ああ、檜な。日向は好きだろ、」
「うん、好き、」

お風呂から出て部屋に戻ったら、しおうもお風呂を上がって僕を待ってた。
ふんわりいい匂いがするから、すんすん匂いを嗅いだら木の匂い。

しおうはいろんな浴剤を使うのが好きだけど、最近ひのきをよく使うね。
きっと僕が好きだから。
前はもっといろんな匂いの浴剤を使ってたけど、僕が苦手な匂いはもう使わない。
僕のせいでごめんね、って思うけど、嬉しいもあった。

ひのきの香りは、しおうが僕を大事な印。
だから、すんすんしていっぱい嗅ぐ。

甘えん坊だなあ、ってしおうは笑ったけど、吐き気はないか、とか、苦しかったら寝な、とか僕を心配もする。

しおうはいつもそう。
みんなもそう。


「……僕は、ひとりぼっちに、ならないね、」


しおうの首のところが一番いい匂いがしたから、首にぎゅってした。
ひのきの匂いもするけど、しおうの匂い。一番安心。
しおうもぎゅうってしたけど、やさしい。きっと、僕のお腹を潰さないようにした。

「どうしてそう思った?」
「みんな、僕が食べたら、笑った、」
「うん、」
「僕が変に、なっても、ずっといる。誰も、いなく、ならない、」
「そうだな、」
「僕が、ひとりぼっちになったら、みんなは、悲しい、」

僕ね、あじろとさなえたちの輪っかに入れないが悲しかったよ。
僕だけみんなの話すがわからないのが怖かったの。あじろをさなえに取られると思ったし、さなえも僕よりあじろがいいんだと思った。でも違うね。

僕が入れなかったら、僕が入れる輪っかにみんなは変える。

最初の輪っかと同じ輪っかじゃないかもしれないけど、それは意地悪じゃない。
かげろうやさくやは僕に意地悪するけど、あじろはしない。
もちづきもおぼろも、僕をいらないって言うけど、さなえもわかばももえぎもりくも誰も言わない。

「僕は、いらなく、ならない、」
「そうだよ。もう日向は離宮の一部だ。いなくなっちゃ困る。亜白や稲苗だって、そうだろ。俺なんか、お前がいなくなったら、もう一生幸せになんかなれやしない、」
「うん、」
「うん。分かるよな、日向は、」
「わかるのに、怖くなって、ごめんね、」

それは時間がかかるからいいんだよ、ってしおうは言った。

「でも、僕は、しおうの好きも、やりたい、」
「うん?」
「しおうは、僕の好き、ばっかりやる。僕も、しおうの好きが、やりたい、」

何の話だ、ってしおうが言うから、ひのきの話をした。
しおうが僕の好きを大事にするみたいに、僕だって、しおうの好きを大事にしたい。

「うーん、俺は今は日向が一番だからなあ。しいて言うなら、日向が好きなものを見つけるのが一番の楽しみかなあ、」

ほら、また僕ばっかり。

「怒るなよ。時間はたくさんあるんだから、これからゆっくりでいいだろ、」
「たくさん、」
「そ、これから先、何年何十年って一緒にいるんだから焦らなくていいよ。怖いのだって、時間をかけて小さくしていけばいい、」
「なんねん、なん、じゅうねん、」


なんだか急に体が跳ねた。
ぎゅってしてたしおうの首を離して顔を見たら、僕が急に起きたから、紫色の目が驚いて少し心配の目になる。

「何十年は、どれくらい?」
「うーん、どのくらい長生きするかな。それによるけど、日向がヨボヨボのおじいちゃんになってもまだいるよ、」
「おじいちゃんは、たついろ?」
「…あの爺様はヨボヨボには程遠いだろ。うん、まあ、でもそのくらい歳を取ってもだ、」

何年、何十年。
そうだった、僕は しおうと一緒って約束した。

「また、みんなで、ご飯、作る?」
「そりゃ、何十年もあればな。楽しかったなら、今度は離宮中巻き込んで、もっと盛大にやろう、」
「りんごも?」
「稲苗のとことは、色々契約を結んだからな。天災でも起きない限り、日向の林檎は向こう10年は保証してやる、」
「水槽も、できてる?」
「うーん、できてるだろうけど…その後がなあ。お前、多分そのうち、亜白の手を借りないでもできるようになるだろ。そうしたら離宮が動物園になるんじゃないかって、ちょっと心配してる、」
「僕、できる?」
「できるよ。日向はまだ離宮に来て1年半だろ。どれだけできるようになったと思ってるんだ。これから先の方が長いんだから、できることだらけになるよ、」
「わかった、」

しおうの目がまん丸になるのが可愛かった。
何がわかったんだ、って聞かれたけど、僕もよくわかんない。
でも、何かがお腹にストンって落ちたから、わかったと思う。

何年、何十年。
僕はしおうと離宮にいて、いろんなことをやって、いろんなことができるようになる。
尼嶺には帰らない。蔵はおしまい。

お腹が苦しいのに、すっきり。
なのに、

「日向、」
「……わかるのに、」
「分かったからって、急に怖いものがなくなるわけじゃないだろ。おいで、」

蔵のことを考えたせいかもしれない。急に体が震えてきて、また僕の怖がりがでた。
せっかくすっきりしたと思ったのに、お腹はそわそわし出して、苦しいのと合わさって気持ちが悪くなる。

嫌だ、今日のお腹は、幸せでぱんぱんのはずだったのに。
もちづきが、今日はお腹で実験って言い出した。

でも、ひのきとしおうの匂いが、もちづきを追い払う。
ほっとしたら、今度はおぼろが来て、おもちゃは元の場所に返そうね、って笑った。

「しぉ、おぼろが来た、」
「無視しろ。俺に集中して、大丈夫だから、」
「ゃだ、お願い、僕は、ちがう、おもちゃ、ちがう、」

日向、って大きな声で呼ばれて、ぎゅうってされたら、ひのきの香りが僕の体をいっぱいに包んだ。
そうだ、しおうが僕を大事って印。
これは、しおうの印。

「しぉ、印、がほしい、」
「え、」
「今日は、ふわふわが、いい。蔵は、いや、」

印がほしい。
おぼろに僕はおもちゃじゃないって分かるように。
僕はしおうの、ってわかるように。

「え、あ、うん、な、なら、仕方ない……よな?」

しおうは寝室に行こうか、って言ったけど、やまととうつぎが「任せます、」って言って部屋から出て行く。
扉が閉まる音が蔵の雨樋の音と重なって混乱しそう。

「しお、早く、」

お腹のそわそわが大きくならないように、しおうの首のところですんすんして、何度もしおうを確かめる。
そうしたら、しおうはボタンを外してくれた。服を脱がせて、印をくれた。

僕はしおうの番い。
僕は離宮の日向。
あじろとさなえとわかばともえぎとりくって友だちがいる。
もうおもちゃじゃない。
尼嶺に帰らない。

見て、僕の印。
僕はしおうの日向。



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