上 下
164 / 196
第弐部-Ⅳ:尼嶺

162.日向 はじめての仕事

しおりを挟む
僕は最近、欲張りになった。

離宮に来た頃は、みんながくれるふわふわが体からあふれて、もうお腹いっぱいだったのに。
しおうが僕に大好きをいっぱいくれて、すみれこさまが温かいをいっぱいくれて、みんなが僕をいちばん幸せにしたら、僕はほしいがうんと増えてわがままになった。


あじろとさなえを仲良くしたい。
でも、あじろの一番は、僕がいい。

みんなのキラキラをたくさん見たいけど、僕が輪っかに入れないのは嫌だ。
でも、僕が輪っかに入ったら、みんなのキラキラが小さくなるは、もっと嫌だ。
みんながいちばんキラキラする輪っかの中で、僕も一緒にキラキラしたい。

あれもほしい、これもほしいって、僕は欲張り。
僕の欲張りをみんなは、いいよ、って言っていっぱいくれた。


だけど僕は、何にもないね。
みんなは僕に色んなものをくれるけど、僕だけ何もあげない。
僕はいつまでもみんなより小さくて、分からないばっかりで、できないことだらけ。


あじろはね、久しぶりに会ったら、王子になっててびっくりしたよ。
しゃべるが苦手で、僕と同じだと思ったのに、いつのまにかぐんぐんりっぱになる。
僕だけが、いつまでもできないまま置いてかれる。


だから僕は嫉妬した。
りっぱなみんなに。
キラキラの輪っかにいるみんなに。
りっぱになって、僕を置いてみんなの輪っかに入ってくあじろに。

みんなと同じが、僕もほしい。
僕もみんなをキラキラにしたい。
僕もみんなにあげるになりたい。


そしたらね、しおうが仕事をくれた。
僕はやっぱりもらってばかりだけど、仕事をしたら、僕はみんなの役に立つ。
みんなにあげるが、僕もできる。

あげるができたら、僕もあじろみたいにりっぱになるかな。
もらうばっかりじゃなくなったら、僕もみんなの輪っかに入れるかもしれない。


だから、頑張るって決めた。





……決めたけど、仕事って大変だね。











「退屈ですか、日向様、」

僕が、天井の窓を見て雲の形がにんじんみたいって言ったら、はぎなが笑った。

学院の魔法塔の部屋。
いつもは僕がなかつのの個別授業を受ける部屋で、今日から仕事をする。

はじめての仕事。
しおうがくれた。
一生懸命頑張るって、僕は決めた。

だけど、僕はちょっと困ってる。


「……僕、仕事する、やくそく、」
「ええ、お仕事をなされてますよ。日向様の魔法が安定しているので、那賀角(なかつの)も調べやすいと言っています、」
「……うん、」


尼嶺(にれ)と交渉する時、尼嶺の魔法が困るんだって。
だから、はぎなとなかつが、魔法を研究して対策を考える。僕はその協力。

はぎなはにこにこ言うから、僕はちゃんとできてるみたい。
なかつのも、不思議な箱を覗きながらうなずいたから、多分いい。
でも、僕はなんだかお腹がそわそわして落ち着かなかった。

「仕事は、大変って、しおうは言う、」
「殿下のお仕事は特殊ですからね。嫌なこともたくさんあると思います、」
「時々、仕事がいやだ、って泣くよ。仕事は大変、」
「……殿下は、どんどん日向様に甘えるようになりましたねぇ、」
「僕は、大変じゃない。これは、仕事?」

くっ、って、扉の所から笑う声がした。
あずま、ってはぎなが叱るけど、はぎなも困った顔して笑ってる。なかつのは箱を見たまま、変わらない。

「普段の授業の方が大変ですか、」
「うん、」
「本来なら最高位の魔術師がすべき探求をされていますからね。そもそも、あちらが授業でされるレベルのものではないんですよ、」

授業では、僕は魔法を「ほんやく」する。
温玉(ぬくいだま)を温かくしながら、僕がいつも無意識に魔法に話す言葉を、考えて、見て、聞いて、自分の口から言葉にする。その言葉を今度は意識しながら魔法に話す言葉に変えるのを、いつもはぎなとなかつのと三人でやった。
すごく集中するし、たくさん考えるから、授業のたびに僕は頭がこんがらがって、終わる頃にはぐったりする。しおうが迎えに来た時には眠ってて、いつの間にか離宮に帰ってることもしょっちゅうだった。

だから、仕事でやる魔法の研究はもっと大変だと思ったんだけど。


「僕、何もしてない、いつもと同じ。仕事、してる?」


してますよ、ってはぎなはまた笑ったけど、僕のお腹のそわそわはどんどん大きくなって、僕は座ってるがむずかしくなってきた。

「日向様、動かないでください。距離も測定しておりますから、」
「ごめん、なかつの、」

椅子からお尻が浮いたら、なかつのが言う。

ごめんね。
でも、僕は部屋に入ってからずっと椅子に座って、癒しの魔法を使うだけ。
時々なかつのが、魔法を強くしてとか、弱くしてって言うからするけど、僕がするのはそれだけ。
それって、僕はいつもやってる。
寝てる時も、ご飯を食べる時も、裏庭で遊ぶ時も、講義や演習をやる時も、僕はいつも癒しの魔法をやる。

いつもと同じ。
それは、仕事?

仕事をしたら、みんなと同じになれるって思ったのに、違ったかもしれない。
そう思ったら、お腹のそわそわはどんどん広がって、僕の体は椅子の上であちこちに揺れた。一生懸命椅子を捕まえてお尻が浮かないようにするけど、本当は部屋の中をぐるぐる歩きたい。

どうしよう。
仕事をするって約束したのに。
しおうが僕に、頼む、ってお願いして、僕は、いいよ、って言ったのに。
仕事を頑張って、みんなと同じになるって決めたのに。

どんどんどんどんそわそわが大きくなって、叱られてもいいから立っても良いかな、って思った。
でもそしたら、なかつのが言った。


「日向様、仕事とはこういうものです。時に退屈で、やりがいを感じないこともあります。ですが、それでもやるのが、仕事です、」


見たら、なかつのはやっぱり変な箱を覗いていて、僕を見ない。

「仕事は、退屈、」
「私は日向様の魔法を研究できて、やりがいを感じていますけどね。書類仕事なんかは、単調で、面倒で、退屈です、」
「でも、やる?」
「ええ、仕事ですから、」
「仕事、だから、」
「はい、そうです、」

僕を見ないまま言うなかつのに、僕の口はぽかんって開いたと思う。
びっくりしたのか、悲しかったのか、怖かったのか、よく分からなかった。
でも、お腹のそわそわが急に大きくなったと思ったら、一気にしぼんで、僕のお尻は椅子にくっつく。

仕事は退屈。
しおうも言ったかもしれない。
つまらなくて、しおうがやらなくてもいいと思うことがいっぱいあるって。
でも、しおうはいつもやった。

くっくっ、って扉のところで、あずまが笑う。
何で笑う、って聞いたら、僕が期待外れって顔をしてたからだって。
どんな顔、って思ったら、またなかつのが言う。

「期待外れでも何でも、これが日向様の仕事ですから、そこに座って魔法を使ってください。できますか、」
「……できる、」
「では、今度は魔法の範囲を広げましょう。部屋の端まで届くようにお願いします、」
「わかった、」

なかつのが言うから、魔法を増やした。
なかつのの視線は、ずっと箱の中。仕事だから。
はぎなは、えらいですね、って笑うけど、はぎなは僕の面倒を見るも仕事だから、仕事中。
あずまは、くっくっ、ってまた笑って、仕事中ですよ、ってはぎなに叱られた。

僕はいつも通り。
癒しの魔法を使って、座ってる。
でも、これも仕事。

なかつのに言われた通りに何回か、魔法の大きさを変えた。
何回か繰り返した後、なかつのはやっと箱から顔を上げて、「仮説ですけど、」って言う。
なかつのの仮説では、癒しの魔法は、魂と世界がつながる場所で「まさつ」を増やしたり、減らしたりする働きがあるんだって。まさつが減るから、体も心も楽になって、癒されたって感じるって。
その証拠に、僕が癒しの魔法を強くするたびに、はぎなやあずまやなかつのの魔力が強くなるんだ、ってなかつのは目をキラキラさせて話した。

変なの。
僕のいつも通りは、なかつのの面白い仕事になったみたい。
僕は何にもしなくて、何にもないが不安になるのに、ちゃんと仕事だった。


仕事の間、僕は、なかつのが楽しそうにしゃべったり、真剣にあーだこーだ言って仕事をするのを見てた。
途中であずまが笑いながら僕の口を閉めに来たから、ずっと口が開いてぽかんってしてたんだと思う。


「何で、そんなおかしな顔をしてるんだ、」


迎えに来たしおうも、僕の顔を見て笑った。

「しおう、講義、」
「終わったよ。日向も今日はここまでな。ちゃんと仕事できたみたいで、偉かった、」

なかつのが、もうそんな時間ですか、って言って、今日の仕事は終わりになる。
しおうは僕を椅子から抱っこして、ちゅうをすると、僕の頬を両手でつかんでもにもに揉んだ。

「口、閉じなくなってるぞ。何が驚いた、」
「仕事は、大変、」
「うん?」
「そわそわしても、やるは、仕事、」
「何、怖かったの、」
「んーん、」

しおうがちょっと不安そうな顔になるから、僕はしゃべった。
仕事が嬉しかったこと。頑張ったら、みんなと同じになるかなって、期待したこと。でも僕がやるのは簡単で、やりがいがなくて、期待と違ったこと。でも期待外れでも、仕事はやらないといけない、がわかったこと。そしたら、仕事は大変だ、ってわかったこと。

全部話したら、しおうは、はははっ、って大きな口を開いて笑った。
一緒に来てたとやも、はぎなもあずまもなかつのも笑って、そうか、そうか、って言う。

「しおう、笑わない、」
「ごめん、ごめん。日向が期待外れなのに、一生懸命頑張ってるのを想像したら可愛かった、」
「可愛いって、言わない、」
「うん、でも、ごめん。やっぱり可愛い、」

しおうが涙が出るくらい大笑いするから、僕はちょっと怒って、しおうの腕から降りたくなった。
でもしおうは、ぎゅうってして、僕を逃がさない。
顔を何回ももにもにして、耳のところで、可愛い、とか、偉かったな、って言うのが、悔しかった。
なのに、安心するから、僕は困る。しおうはずるい。

「退屈だったんだなあ。俺がいつも仕事に行きたくないの、わかった?」
「うん。…でもなかつのは、楽しそうだった、」
「あいつは魔法オタクだからなあ。趣味を仕事にした奴だから、そりゃ楽しいだろう、」
「しゅみ、」
「好きなことを仕事にしたってこと。でもそういう奴の方が少ないから、あれは特殊な、」

にかって、しおうが笑ったら、僕はもう逃げる気がなくなって、しおうの胸でコトコトを聞くことにした。
そしたら、しおうは僕の肩を撫でながら、また頭にちゅうってする。

「辞めたくなった?」
「…んーん、」
「ん。日向がやってくれると、俺も助かる。俺だけじゃなくて、母上も草も騎士も、宮城の人間も助かるんだよ、」
「本当?」
「うん。仕事って、そういうものだ、」

一個一個は退屈でも、いくつも集まったら大きな役に立つ仕事になるんだ、ってしおうは言った。
僕は退屈でも、僕の退屈な仕事が、離宮のみんなを守るし、外交に役立つんだよって。

「日向にしかできない仕事だ。すごい仕事だよ、」

紫色の目が、僕の目を真っすぐに見て言う。
その目が、あんまり綺麗で、気が付いたら僕は、うん、って頷いた。

「僕の仕事は、すごい、」
「うん、」
「りっぱ?」
「うん、立派だ、」
「わかった、」
「うん、」

しおうがうんと嬉しそうに笑ってちゅうをしたら、とやが、まだ学院だよ、ってしおうを叱った。
はぎなは、また刷り込みましたね、ってめ息をつく。
なかつのは、いつの間にかいなくなってて、今日の研究をまとめに行ったって、あずまが教えた。

明日は、今日の続きをやるんだって。
退屈だけど、皆の役に立つ仕事。
僕は明日も仕事をやる。

変なの。
退屈なのに、ちょっとふわふわした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた。

しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエルがなんだかんだあって、兄達や学園の友達etc…に溺愛される??? 家庭環境複雑でハチャメチャな毎日に奮闘するノエル・クーレルの物語です。 若干のR表現の際には※をつけさせて頂きます。 現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、改稿が終わり次第、完結までの展開を書き始める可能性があります。長い目で見ていただけると幸いです。 2024/11/12 (第1章の改稿が完了しました。2024/11/17)

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...