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第弐部-Ⅳ:尼嶺

162.日向 はじめての仕事

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僕は最近、欲張りになった。

離宮に来た頃は、みんながくれるふわふわが体からあふれて、もうお腹いっぱいだったのに。
しおうが僕に大好きをいっぱいくれて、すみれこさまが温かいをいっぱいくれて、みんなが僕をいちばん幸せにしたら、僕はほしいがうんと増えてわがままになった。


あじろとさなえを仲良くしたい。
でも、あじろの一番は、僕がいい。

みんなのキラキラをたくさん見たいけど、僕が輪っかに入れないのは嫌だ。
でも、僕が輪っかに入ったら、みんなのキラキラが小さくなるは、もっと嫌だ。
みんながいちばんキラキラする輪っかの中で、僕も一緒にキラキラしたい。

あれもほしい、これもほしいって、僕は欲張り。
僕の欲張りをみんなは、いいよ、って言っていっぱいくれた。


だけど僕は、何にもないね。
みんなは僕に色んなものをくれるけど、僕だけ何もあげない。
僕はいつまでもみんなより小さくて、分からないばっかりで、できないことだらけ。


あじろはね、久しぶりに会ったら、王子になっててびっくりしたよ。
しゃべるが苦手で、僕と同じだと思ったのに、いつのまにかぐんぐんりっぱになる。
僕だけが、いつまでもできないまま置いてかれる。


だから僕は嫉妬した。
りっぱなみんなに。
キラキラの輪っかにいるみんなに。
りっぱになって、僕を置いてみんなの輪っかに入ってくあじろに。

みんなと同じが、僕もほしい。
僕もみんなをキラキラにしたい。
僕もみんなにあげるになりたい。


そしたらね、しおうが仕事をくれた。
僕はやっぱりもらってばかりだけど、仕事をしたら、僕はみんなの役に立つ。
みんなにあげるが、僕もできる。

あげるができたら、僕もあじろみたいにりっぱになるかな。
もらうばっかりじゃなくなったら、僕もみんなの輪っかに入れるかもしれない。


だから、頑張るって決めた。





……決めたけど、仕事って大変だね。











「退屈ですか、日向様、」

僕が、天井の窓を見て雲の形がにんじんみたいって言ったら、はぎなが笑った。

学院の魔法塔の部屋。
いつもは僕がなかつのの個別授業を受ける部屋で、今日から仕事をする。

はじめての仕事。
しおうがくれた。
一生懸命頑張るって、僕は決めた。

だけど、僕はちょっと困ってる。


「……僕、仕事する、やくそく、」
「ええ、お仕事をなされてますよ。日向様の魔法が安定しているので、那賀角(なかつの)も調べやすいと言っています、」
「……うん、」


尼嶺(にれ)と交渉する時、尼嶺の魔法が困るんだって。
だから、はぎなとなかつが、魔法を研究して対策を考える。僕はその協力。

はぎなはにこにこ言うから、僕はちゃんとできてるみたい。
なかつのも、不思議な箱を覗きながらうなずいたから、多分いい。
でも、僕はなんだかお腹がそわそわして落ち着かなかった。

「仕事は、大変って、しおうは言う、」
「殿下のお仕事は特殊ですからね。嫌なこともたくさんあると思います、」
「時々、仕事がいやだ、って泣くよ。仕事は大変、」
「……殿下は、どんどん日向様に甘えるようになりましたねぇ、」
「僕は、大変じゃない。これは、仕事?」

くっ、って、扉の所から笑う声がした。
あずま、ってはぎなが叱るけど、はぎなも困った顔して笑ってる。なかつのは箱を見たまま、変わらない。

「普段の授業の方が大変ですか、」
「うん、」
「本来なら最高位の魔術師がすべき探求をされていますからね。そもそも、あちらが授業でされるレベルのものではないんですよ、」

授業では、僕は魔法を「ほんやく」する。
温玉(ぬくいだま)を温かくしながら、僕がいつも無意識に魔法に話す言葉を、考えて、見て、聞いて、自分の口から言葉にする。その言葉を今度は意識しながら魔法に話す言葉に変えるのを、いつもはぎなとなかつのと三人でやった。
すごく集中するし、たくさん考えるから、授業のたびに僕は頭がこんがらがって、終わる頃にはぐったりする。しおうが迎えに来た時には眠ってて、いつの間にか離宮に帰ってることもしょっちゅうだった。

だから、仕事でやる魔法の研究はもっと大変だと思ったんだけど。


「僕、何もしてない、いつもと同じ。仕事、してる?」


してますよ、ってはぎなはまた笑ったけど、僕のお腹のそわそわはどんどん大きくなって、僕は座ってるがむずかしくなってきた。

「日向様、動かないでください。距離も測定しておりますから、」
「ごめん、なかつの、」

椅子からお尻が浮いたら、なかつのが言う。

ごめんね。
でも、僕は部屋に入ってからずっと椅子に座って、癒しの魔法を使うだけ。
時々なかつのが、魔法を強くしてとか、弱くしてって言うからするけど、僕がするのはそれだけ。
それって、僕はいつもやってる。
寝てる時も、ご飯を食べる時も、裏庭で遊ぶ時も、講義や演習をやる時も、僕はいつも癒しの魔法をやる。

いつもと同じ。
それは、仕事?

仕事をしたら、みんなと同じになれるって思ったのに、違ったかもしれない。
そう思ったら、お腹のそわそわはどんどん広がって、僕の体は椅子の上であちこちに揺れた。一生懸命椅子を捕まえてお尻が浮かないようにするけど、本当は部屋の中をぐるぐる歩きたい。

どうしよう。
仕事をするって約束したのに。
しおうが僕に、頼む、ってお願いして、僕は、いいよ、って言ったのに。
仕事を頑張って、みんなと同じになるって決めたのに。

どんどんどんどんそわそわが大きくなって、叱られてもいいから立っても良いかな、って思った。
でもそしたら、なかつのが言った。


「日向様、仕事とはこういうものです。時に退屈で、やりがいを感じないこともあります。ですが、それでもやるのが、仕事です、」


見たら、なかつのはやっぱり変な箱を覗いていて、僕を見ない。

「仕事は、退屈、」
「私は日向様の魔法を研究できて、やりがいを感じていますけどね。書類仕事なんかは、単調で、面倒で、退屈です、」
「でも、やる?」
「ええ、仕事ですから、」
「仕事、だから、」
「はい、そうです、」

僕を見ないまま言うなかつのに、僕の口はぽかんって開いたと思う。
びっくりしたのか、悲しかったのか、怖かったのか、よく分からなかった。
でも、お腹のそわそわが急に大きくなったと思ったら、一気にしぼんで、僕のお尻は椅子にくっつく。

仕事は退屈。
しおうも言ったかもしれない。
つまらなくて、しおうがやらなくてもいいと思うことがいっぱいあるって。
でも、しおうはいつもやった。

くっくっ、って扉のところで、あずまが笑う。
何で笑う、って聞いたら、僕が期待外れって顔をしてたからだって。
どんな顔、って思ったら、またなかつのが言う。

「期待外れでも何でも、これが日向様の仕事ですから、そこに座って魔法を使ってください。できますか、」
「……できる、」
「では、今度は魔法の範囲を広げましょう。部屋の端まで届くようにお願いします、」
「わかった、」

なかつのが言うから、魔法を増やした。
なかつのの視線は、ずっと箱の中。仕事だから。
はぎなは、えらいですね、って笑うけど、はぎなは僕の面倒を見るも仕事だから、仕事中。
あずまは、くっくっ、ってまた笑って、仕事中ですよ、ってはぎなに叱られた。

僕はいつも通り。
癒しの魔法を使って、座ってる。
でも、これも仕事。

なかつのに言われた通りに何回か、魔法の大きさを変えた。
何回か繰り返した後、なかつのはやっと箱から顔を上げて、「仮説ですけど、」って言う。
なかつのの仮説では、癒しの魔法は、魂と世界がつながる場所で「まさつ」を増やしたり、減らしたりする働きがあるんだって。まさつが減るから、体も心も楽になって、癒されたって感じるって。
その証拠に、僕が癒しの魔法を強くするたびに、はぎなやあずまやなかつのの魔力が強くなるんだ、ってなかつのは目をキラキラさせて話した。

変なの。
僕のいつも通りは、なかつのの面白い仕事になったみたい。
僕は何にもしなくて、何にもないが不安になるのに、ちゃんと仕事だった。


仕事の間、僕は、なかつのが楽しそうにしゃべったり、真剣にあーだこーだ言って仕事をするのを見てた。
途中であずまが笑いながら僕の口を閉めに来たから、ずっと口が開いてぽかんってしてたんだと思う。


「何で、そんなおかしな顔をしてるんだ、」


迎えに来たしおうも、僕の顔を見て笑った。

「しおう、講義、」
「終わったよ。日向も今日はここまでな。ちゃんと仕事できたみたいで、偉かった、」

なかつのが、もうそんな時間ですか、って言って、今日の仕事は終わりになる。
しおうは僕を椅子から抱っこして、ちゅうをすると、僕の頬を両手でつかんでもにもに揉んだ。

「口、閉じなくなってるぞ。何が驚いた、」
「仕事は、大変、」
「うん?」
「そわそわしても、やるは、仕事、」
「何、怖かったの、」
「んーん、」

しおうがちょっと不安そうな顔になるから、僕はしゃべった。
仕事が嬉しかったこと。頑張ったら、みんなと同じになるかなって、期待したこと。でも僕がやるのは簡単で、やりがいがなくて、期待と違ったこと。でも期待外れでも、仕事はやらないといけない、がわかったこと。そしたら、仕事は大変だ、ってわかったこと。

全部話したら、しおうは、はははっ、って大きな口を開いて笑った。
一緒に来てたとやも、はぎなもあずまもなかつのも笑って、そうか、そうか、って言う。

「しおう、笑わない、」
「ごめん、ごめん。日向が期待外れなのに、一生懸命頑張ってるのを想像したら可愛かった、」
「可愛いって、言わない、」
「うん、でも、ごめん。やっぱり可愛い、」

しおうが涙が出るくらい大笑いするから、僕はちょっと怒って、しおうの腕から降りたくなった。
でもしおうは、ぎゅうってして、僕を逃がさない。
顔を何回ももにもにして、耳のところで、可愛い、とか、偉かったな、って言うのが、悔しかった。
なのに、安心するから、僕は困る。しおうはずるい。

「退屈だったんだなあ。俺がいつも仕事に行きたくないの、わかった?」
「うん。…でもなかつのは、楽しそうだった、」
「あいつは魔法オタクだからなあ。趣味を仕事にした奴だから、そりゃ楽しいだろう、」
「しゅみ、」
「好きなことを仕事にしたってこと。でもそういう奴の方が少ないから、あれは特殊な、」

にかって、しおうが笑ったら、僕はもう逃げる気がなくなって、しおうの胸でコトコトを聞くことにした。
そしたら、しおうは僕の肩を撫でながら、また頭にちゅうってする。

「辞めたくなった?」
「…んーん、」
「ん。日向がやってくれると、俺も助かる。俺だけじゃなくて、母上も草も騎士も、宮城の人間も助かるんだよ、」
「本当?」
「うん。仕事って、そういうものだ、」

一個一個は退屈でも、いくつも集まったら大きな役に立つ仕事になるんだ、ってしおうは言った。
僕は退屈でも、僕の退屈な仕事が、離宮のみんなを守るし、外交に役立つんだよって。

「日向にしかできない仕事だ。すごい仕事だよ、」

紫色の目が、僕の目を真っすぐに見て言う。
その目が、あんまり綺麗で、気が付いたら僕は、うん、って頷いた。

「僕の仕事は、すごい、」
「うん、」
「りっぱ?」
「うん、立派だ、」
「わかった、」
「うん、」

しおうがうんと嬉しそうに笑ってちゅうをしたら、とやが、まだ学院だよ、ってしおうを叱った。
はぎなは、また刷り込みましたね、ってめ息をつく。
なかつのは、いつの間にかいなくなってて、今日の研究をまとめに行ったって、あずまが教えた。

明日は、今日の続きをやるんだって。
退屈だけど、皆の役に立つ仕事。
僕は明日も仕事をやる。

変なの。
退屈なのに、ちょっとふわふわした。


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