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第弐部-Ⅳ:尼嶺
160.紫鷹 日向の嫉妬
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萩花(はぎな)から、尼嶺(にれ)の魔法の話を聞いて頭を抱えた。
尼嶺の癒しの魔法は、癒しだけでなく不快も担う魔法だと萩花は言う。
その技を操ることで、相手の感情を揺さぶり、尼嶺の利益になるよう導くのだと。
萩花が確かめたのは、癒しの魔法だけだが、おそらく治癒の魔法もそうなのだろう。
だとすれば、皇家の人間が、尼嶺の王族と直接接触するのは憚られた。
俺ならまだしも、外交の要である母上を失うわけにはいかない。
だが、尼嶺から手を引く気は微塵もなかった。
俺だけでなく、半色乃宮(はしたいろのみや)の総意だ。
だから、癒しの魔法の担い手である日向に、協力を仰がなければならない。
日向はおそらく、何の拒絶もなく協力するだろう
だけど、どこまで伝えるべきか、尼嶺に触れても平気か。
この協力が、また日向の負担になって、日向を壊しはしないか。
そんなことを悶々と考えると、日向を迎えに行く足が重かった。
それだというのに、ようやく意を決して学習室に向かうと、思いがけない光景が広がっていた。
何だ、これは。
「ひー様、泣かないでくださいぃい、僕の初めての友だちは、ひー様です。ひー様に会いたくて、来たんですぅう、」
「俺も、日向様にお声かけ頂いたのが、一番嬉しかったんですよ。お願いですから、そんな哀しいこと言わないでくださいぃ、」
「ちゃんと分かるようにお話しますからぁ、」
「泣かないでください、ごめんなさいぃい、」
学習室の一角、休憩用に備えたソファに、日向を抱えた東(あずま)が座っていた。腕の中の日向は、東の胸に頭をうずめて震えているから、多分、泣いているんだと思う。
その周囲を、日向の友人たちが囲んで、こちらもなぜが号泣していた。
あまりの混沌に呆然とする。
部屋中に虫かごが並んでいて、あちこちでかさこそと音がしたから、虫取りは上手くいったのだろう。この不気味な音も混沌の原因だと思うが、それはまあいい。良くないが、今は置いておく。
日向が泣き虫なのは周知の事実だが、何で亜白(あじろ)や稲苗(さなえ)や若葉(わかば)や萌葱(もえぎ)まで泣いてるんだ。
お前ら全員、16歳だろう。
「日向様が、皆さんのお話についていけなかったみたいで、」
学習室の入口で立ちすくんだ俺の元へ、青空(そら)が寄ってきてあらましを説明した。
虫を捕まえて、日向の友人たちはすっかり打ち解けたらしい。
大量のかごを持って帰って、おやつの時間にしたら、口が止まらなくなって相当濃い話で盛り上がったと言う。
日向は初めは、捕まえた虫が嬉しくて虫かごに張り付いていたが、気が付くと、到底自分には理解できない難解な話で友人たちが盛り上がっているものだから、輪に入れなかった。しばらくは、もじもじとその輪を眺めていたが、怖気づいたのだろう。
東(あずま)に縋り付くと、そのまま泣き出してしまったと言う。
それで、この惨事か。
「あのオタク連中の話が日向に分からないのは、当然だと思うんだが、」
「仲間外れになったと思ったんだと思います、可哀そうに、」
「それであいつらは、弁明してるわけか、」
「彼此、一時間ほどになりますかね、」
呆れた。
揃いも揃って何をやっているんだ。
見ると、東からも、どうにかしろ、と言うような視線が飛んでくる。
唯一泣かずに困惑している利狗からは、困り果てたような表情で会釈された。
やっぱり俺がいなければ、駄目か。
「日向、おいで、」
東の足元に縋り付くようにできた輪を避けて、日向の背中に手を伸ばす。
亜白たちは、今ようやく俺に気付いたようで、「ひ、」と驚いた声を上げたが、日向は気づいていたな。
俺の手が触れるのとほとんど同時に、東の腕から俺の腕へと飛び移ってきて、すすり泣きから、激しく嗚咽の混じった泣き声に変わった。
東が立ち上がって席を譲るから、腰を下ろす。
亜白の泣き顔が足元に見えたが、無視して、腕の中の泣き虫の背中を撫でた。
「あじぉが、仲良く、したが、うれしかった、のに、」
「うん、」
「僕だけ、わからな、くて、」
「うん、」
「僕だけ、みんなと、同じが、できなぃ、」
「うん、」
「あじぉも、さなえも、ゎかばも、もえぃも、ぃくも、僕の、友だち、なのに、」
「うん、」
「僕より、仲良し、僕は、いらなぃ、」
うー、と唸った後、日向は赤ん坊みたいにわんわん泣いた。
体がぎゅうっと縮こまって硬くなり、小刻みに震えるから、それを和らげるために背中や首を撫でる。
色んな感情が胸に沸いた。
日向がまた葛藤を抱いていることが辛くもある。
でも、こんな風に声を上げて泣けるのが貴重なことだと知っているから、少し安堵もした。
俺の大事な番を泣かせてくれるなよ、とも思う。
同時に、その涙は、日向の世界がまた一つ広がった証でもあると思えば、嬉しくもあった。
いらない、とまで言わせたのはやはり腹が立つが、日向の生い立ちのせいだから、そこは受け止めなければならないだろう。
友人ができたな。そして増えた。
一人だけを相手にしているときは、友人の視線は日向に向いていたから平気だったんだろう。だけど、増えたら友人の視線は他にも向くし、日向だけに向かってしゃべってくれる訳じゃない。
まして、お前の大好きな友人たちは、みんな変人だ。
日向の知らない世界をたくさん持っている、特別な奴らだ。
日向がついていけないのは仕方がない。
日向を慈しむことに長けた離宮から出て、学院に通って、友だちを作って、また新しい扉を開いた。
そう言うことだと俺は思うけど、日向の心の中はきっと荒れに荒れているんだろう。
「誰にかは知らんが、嫉妬したんだなあ、」
「……しっと、」
「そ、嫉妬、」
泣き声が落ちついて体の力が抜けてくると、日向は真っ赤に腫れた瞳を俺に向けた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、顔も真っ赤だ。涙は次から次にあふれて、まだ止まりそうにない。
その顔が可愛くて、思わず瞼に口づけた。
「亜白が、稲苗たちと話してるのが、寂しかった?」
「ぅん、」
「稲苗が、亜白に取られた気分にもなったろ?」
「うん、」
「若葉や萌葱が、難しい話をして分からないのも、悔しかったな、」
「うん、」
「それなのに、利狗は話についていけるのが、羨ましかったんだろ、」
「うん、」
「それが、嫉妬って言うんだよ、」
日向の初めての嫉妬が、俺ではなく友人たちによってもたらされたのが、正直悔しい。
俺はそのことにまた嫉妬しているから、余計に。
でも、そういう我が儘な感情が、分かるようになったな。
そのことを喜べないほど、俺は狭量じゃないよ。
日向は戸惑ったように視線を彷徨わせて、眉を寄せた。
その視線が一点に止まると、しばらく、自分の胸の内に沸いた新たな感情を確かめるように、じっと固まって動かなくなる。
次に動き出した時には、俺の目を見上げたまま、滝のような涙を零した。
「僕が、一番、が、いい、」
「だってさ、亜白、」
「え、は、ひ、ひー様、はい、」
亜白の紫色の目も涙でぐしゃぐしゃだ。
日向の泣き顔は可愛いが、俺は別に従兄弟の泣き顔は見たくない。
いい加減、泣き止め。
亜白は、しわくちゃになった泣き顔をもっとしわしわにして、日向に縋った。
「ひ、ひー様、あの、僕も、一番は、ひー様です。ひー様がいなかったら、帝国に来るなんて、思いつきもしません。きょ、今日も緊張したんです、けど、ひー様が喜ぶなら、って頑張ったんです。でも、ごめん、なさい、」
だよなあ。
自分から他人に関わろうなんて、この従兄弟はしない。
日向がいるから、日向だけのために、この離宮に来たんだ。
だから、日向が他の友人を連れて来て、本当は亜白も戸惑っただろうと思う。それで日向の思惑通りに仲良くしたら、勝手に嫉妬されたわけだ。理不尽だよなあ。
亜白にとっても、日向が最初で唯一の友だちだったわけだから、亜白の方こそ嫉妬したんじゃないか。
そう推察はするが、日向は今やっと、嫉妬が分かったばかりだ。
悪いが、大目に見てやってほしい。
「お前が心配しなくても、亜白の一番は日向だよ。そこは信じてやって、」
うーと唸るばかりで返事はなかったが、瞳は、うん、と返事をしたように見えた。
「稲苗だって、そこで泣いてんだ。図体のでかい男がこんな情けなく縋ってんだよ。何でかわかるな?」
うん、
「若葉と萌葱もだよ、」
うん、
「利狗……は、泣いてないけど、これはこいつの性格だ。こっちのが当たり前だから、泣かなくてもちゃんと日向を心配してる、」
うん、
「じゃあ、早く泣き止んで、安心させてやれ、」
うん、
そう言ったところで、日向が簡単に泣き止むわけがないから、少々甘やかした。
額と瞼に口づけを繰り返して、頭と背中を撫でる。
視界の端で、亜白の顔が真っ赤になっていたが、泣いているせいと言うことにした。
唇への口づけはさすがに控えたんだから、少しくらい我慢しろ。
日向がようやく泣き止んだ頃には、友人たちはとっくに泣き止んで茹で蛸になっていたが、日向の嫉妬を奪った仕返しだ。
「……僕、あじろの、一番?」
「は、はい、一番です、」
「俺も、日向様が大好きですよ、」
「「私も大好きです、」」
「ぼ、僕もです、」
真っ赤な目で問う日向を囲んで、友人たちが告白する。
その真ん中で、日向はまだ瞳をうるうると揺らしていたが、不器用に笑った。
その笑顔に、日向のおかしな友人たちも張りつめていたものを解いて、ゆるゆると笑顔を見せる。
随分と難儀な友人たちだな、とその光景を眺めて呆れた。
日向に常識や当たり前が存在しないのは仕方ないとしても、この友人たちも相当の変わり者たちだと、改めて思う。
俺は何かに頭を抱えていたはずなんだが、あまりに平和な争いに拍子抜けしてしまったよ。
まあ、日向にはそれくらいがちょうどいい。
日向の周りが平和なら、それがいい。
呆れるけども。
尼嶺の癒しの魔法は、癒しだけでなく不快も担う魔法だと萩花は言う。
その技を操ることで、相手の感情を揺さぶり、尼嶺の利益になるよう導くのだと。
萩花が確かめたのは、癒しの魔法だけだが、おそらく治癒の魔法もそうなのだろう。
だとすれば、皇家の人間が、尼嶺の王族と直接接触するのは憚られた。
俺ならまだしも、外交の要である母上を失うわけにはいかない。
だが、尼嶺から手を引く気は微塵もなかった。
俺だけでなく、半色乃宮(はしたいろのみや)の総意だ。
だから、癒しの魔法の担い手である日向に、協力を仰がなければならない。
日向はおそらく、何の拒絶もなく協力するだろう
だけど、どこまで伝えるべきか、尼嶺に触れても平気か。
この協力が、また日向の負担になって、日向を壊しはしないか。
そんなことを悶々と考えると、日向を迎えに行く足が重かった。
それだというのに、ようやく意を決して学習室に向かうと、思いがけない光景が広がっていた。
何だ、これは。
「ひー様、泣かないでくださいぃい、僕の初めての友だちは、ひー様です。ひー様に会いたくて、来たんですぅう、」
「俺も、日向様にお声かけ頂いたのが、一番嬉しかったんですよ。お願いですから、そんな哀しいこと言わないでくださいぃ、」
「ちゃんと分かるようにお話しますからぁ、」
「泣かないでください、ごめんなさいぃい、」
学習室の一角、休憩用に備えたソファに、日向を抱えた東(あずま)が座っていた。腕の中の日向は、東の胸に頭をうずめて震えているから、多分、泣いているんだと思う。
その周囲を、日向の友人たちが囲んで、こちらもなぜが号泣していた。
あまりの混沌に呆然とする。
部屋中に虫かごが並んでいて、あちこちでかさこそと音がしたから、虫取りは上手くいったのだろう。この不気味な音も混沌の原因だと思うが、それはまあいい。良くないが、今は置いておく。
日向が泣き虫なのは周知の事実だが、何で亜白(あじろ)や稲苗(さなえ)や若葉(わかば)や萌葱(もえぎ)まで泣いてるんだ。
お前ら全員、16歳だろう。
「日向様が、皆さんのお話についていけなかったみたいで、」
学習室の入口で立ちすくんだ俺の元へ、青空(そら)が寄ってきてあらましを説明した。
虫を捕まえて、日向の友人たちはすっかり打ち解けたらしい。
大量のかごを持って帰って、おやつの時間にしたら、口が止まらなくなって相当濃い話で盛り上がったと言う。
日向は初めは、捕まえた虫が嬉しくて虫かごに張り付いていたが、気が付くと、到底自分には理解できない難解な話で友人たちが盛り上がっているものだから、輪に入れなかった。しばらくは、もじもじとその輪を眺めていたが、怖気づいたのだろう。
東(あずま)に縋り付くと、そのまま泣き出してしまったと言う。
それで、この惨事か。
「あのオタク連中の話が日向に分からないのは、当然だと思うんだが、」
「仲間外れになったと思ったんだと思います、可哀そうに、」
「それであいつらは、弁明してるわけか、」
「彼此、一時間ほどになりますかね、」
呆れた。
揃いも揃って何をやっているんだ。
見ると、東からも、どうにかしろ、と言うような視線が飛んでくる。
唯一泣かずに困惑している利狗からは、困り果てたような表情で会釈された。
やっぱり俺がいなければ、駄目か。
「日向、おいで、」
東の足元に縋り付くようにできた輪を避けて、日向の背中に手を伸ばす。
亜白たちは、今ようやく俺に気付いたようで、「ひ、」と驚いた声を上げたが、日向は気づいていたな。
俺の手が触れるのとほとんど同時に、東の腕から俺の腕へと飛び移ってきて、すすり泣きから、激しく嗚咽の混じった泣き声に変わった。
東が立ち上がって席を譲るから、腰を下ろす。
亜白の泣き顔が足元に見えたが、無視して、腕の中の泣き虫の背中を撫でた。
「あじぉが、仲良く、したが、うれしかった、のに、」
「うん、」
「僕だけ、わからな、くて、」
「うん、」
「僕だけ、みんなと、同じが、できなぃ、」
「うん、」
「あじぉも、さなえも、ゎかばも、もえぃも、ぃくも、僕の、友だち、なのに、」
「うん、」
「僕より、仲良し、僕は、いらなぃ、」
うー、と唸った後、日向は赤ん坊みたいにわんわん泣いた。
体がぎゅうっと縮こまって硬くなり、小刻みに震えるから、それを和らげるために背中や首を撫でる。
色んな感情が胸に沸いた。
日向がまた葛藤を抱いていることが辛くもある。
でも、こんな風に声を上げて泣けるのが貴重なことだと知っているから、少し安堵もした。
俺の大事な番を泣かせてくれるなよ、とも思う。
同時に、その涙は、日向の世界がまた一つ広がった証でもあると思えば、嬉しくもあった。
いらない、とまで言わせたのはやはり腹が立つが、日向の生い立ちのせいだから、そこは受け止めなければならないだろう。
友人ができたな。そして増えた。
一人だけを相手にしているときは、友人の視線は日向に向いていたから平気だったんだろう。だけど、増えたら友人の視線は他にも向くし、日向だけに向かってしゃべってくれる訳じゃない。
まして、お前の大好きな友人たちは、みんな変人だ。
日向の知らない世界をたくさん持っている、特別な奴らだ。
日向がついていけないのは仕方がない。
日向を慈しむことに長けた離宮から出て、学院に通って、友だちを作って、また新しい扉を開いた。
そう言うことだと俺は思うけど、日向の心の中はきっと荒れに荒れているんだろう。
「誰にかは知らんが、嫉妬したんだなあ、」
「……しっと、」
「そ、嫉妬、」
泣き声が落ちついて体の力が抜けてくると、日向は真っ赤に腫れた瞳を俺に向けた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、顔も真っ赤だ。涙は次から次にあふれて、まだ止まりそうにない。
その顔が可愛くて、思わず瞼に口づけた。
「亜白が、稲苗たちと話してるのが、寂しかった?」
「ぅん、」
「稲苗が、亜白に取られた気分にもなったろ?」
「うん、」
「若葉や萌葱が、難しい話をして分からないのも、悔しかったな、」
「うん、」
「それなのに、利狗は話についていけるのが、羨ましかったんだろ、」
「うん、」
「それが、嫉妬って言うんだよ、」
日向の初めての嫉妬が、俺ではなく友人たちによってもたらされたのが、正直悔しい。
俺はそのことにまた嫉妬しているから、余計に。
でも、そういう我が儘な感情が、分かるようになったな。
そのことを喜べないほど、俺は狭量じゃないよ。
日向は戸惑ったように視線を彷徨わせて、眉を寄せた。
その視線が一点に止まると、しばらく、自分の胸の内に沸いた新たな感情を確かめるように、じっと固まって動かなくなる。
次に動き出した時には、俺の目を見上げたまま、滝のような涙を零した。
「僕が、一番、が、いい、」
「だってさ、亜白、」
「え、は、ひ、ひー様、はい、」
亜白の紫色の目も涙でぐしゃぐしゃだ。
日向の泣き顔は可愛いが、俺は別に従兄弟の泣き顔は見たくない。
いい加減、泣き止め。
亜白は、しわくちゃになった泣き顔をもっとしわしわにして、日向に縋った。
「ひ、ひー様、あの、僕も、一番は、ひー様です。ひー様がいなかったら、帝国に来るなんて、思いつきもしません。きょ、今日も緊張したんです、けど、ひー様が喜ぶなら、って頑張ったんです。でも、ごめん、なさい、」
だよなあ。
自分から他人に関わろうなんて、この従兄弟はしない。
日向がいるから、日向だけのために、この離宮に来たんだ。
だから、日向が他の友人を連れて来て、本当は亜白も戸惑っただろうと思う。それで日向の思惑通りに仲良くしたら、勝手に嫉妬されたわけだ。理不尽だよなあ。
亜白にとっても、日向が最初で唯一の友だちだったわけだから、亜白の方こそ嫉妬したんじゃないか。
そう推察はするが、日向は今やっと、嫉妬が分かったばかりだ。
悪いが、大目に見てやってほしい。
「お前が心配しなくても、亜白の一番は日向だよ。そこは信じてやって、」
うーと唸るばかりで返事はなかったが、瞳は、うん、と返事をしたように見えた。
「稲苗だって、そこで泣いてんだ。図体のでかい男がこんな情けなく縋ってんだよ。何でかわかるな?」
うん、
「若葉と萌葱もだよ、」
うん、
「利狗……は、泣いてないけど、これはこいつの性格だ。こっちのが当たり前だから、泣かなくてもちゃんと日向を心配してる、」
うん、
「じゃあ、早く泣き止んで、安心させてやれ、」
うん、
そう言ったところで、日向が簡単に泣き止むわけがないから、少々甘やかした。
額と瞼に口づけを繰り返して、頭と背中を撫でる。
視界の端で、亜白の顔が真っ赤になっていたが、泣いているせいと言うことにした。
唇への口づけはさすがに控えたんだから、少しくらい我慢しろ。
日向がようやく泣き止んだ頃には、友人たちはとっくに泣き止んで茹で蛸になっていたが、日向の嫉妬を奪った仕返しだ。
「……僕、あじろの、一番?」
「は、はい、一番です、」
「俺も、日向様が大好きですよ、」
「「私も大好きです、」」
「ぼ、僕もです、」
真っ赤な目で問う日向を囲んで、友人たちが告白する。
その真ん中で、日向はまだ瞳をうるうると揺らしていたが、不器用に笑った。
その笑顔に、日向のおかしな友人たちも張りつめていたものを解いて、ゆるゆると笑顔を見せる。
随分と難儀な友人たちだな、とその光景を眺めて呆れた。
日向に常識や当たり前が存在しないのは仕方ないとしても、この友人たちも相当の変わり者たちだと、改めて思う。
俺は何かに頭を抱えていたはずなんだが、あまりに平和な争いに拍子抜けしてしまったよ。
まあ、日向にはそれくらいがちょうどいい。
日向の周りが平和なら、それがいい。
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