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第弐部-Ⅳ:尼嶺

159.東 5人の友だち

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離宮の一角に作られた学習室で、日向様に招待された友人たちが恐縮している。

「あじろ。さなえと、わかばと、もえぎと、りく。僕と一緒に、演習をやる友だち。こっちは、あじろ。僕の友だち。」
「羅郷の亜白(あじろ)です。ひー様から、いつもお話を伺っています、」
「み、三つ葉の稲苗(さなえ)です、」
「九花(くか)の若葉と、」
「萌葱(もえぎ)と申します、」
「五つ葉(いつつば)の利狗(りく)です、」

にこにこにこにこ。
満面の笑顔で、日向様は友人たちが名乗り合うのを眺める。可愛い。
大好きな友人たちに囲まれてご満悦だし、念願だった亜白様と演習仲間との対面が叶って嬉しいのだろう。自分が、彼らを引き合わせる役目を果たせたことにも浮かれているのかもしれない。
5人の友人の間で、一人だけ瞳をキラキラと輝かせていた。

正反対に、5人は緊張と戸惑いで険しい表情だ。

「あ、亜白殿下は、紫鷹殿下と、従兄弟だと伺いました、」
「え、っと、あの、亜白で構いませんよ。ひー様はそう呼びます、」
「いやいやいやいやいや、無理です!羅郷の王子殿下に、そんな!」

そうなんだよなあ。
亜白様って、王子で、紫鷹殿下の従兄弟って言う実は尊い方だ。
日向様が気安く呼ぶし、生き物に夢中になっている亜白様は、紫鷹殿下に言わせると変人だから、僕も時々この人が王子だということを忘れた。
3人で草の中をうろうろする時や、土を掘る時は、つい日向様にするような口調になって萩花(はぎな)さんに叱られたことが何度もある。

日向様にだって恐縮していた4人だ。
そりゃ、外国の王子を前にしたら、顔面蒼白くらいにはなるよなあ。

「あ、亜白殿下も、学院に通われるんですか?」
「あじろは、ね、うららの研究生を、やるんだって、」
「え、」
「け、研究塔に、入られるんですか、」
「こ、こんな一学生を相手にされてる場合じゃないですって、」
「あじろも、一緒に演習、やるから、仲良くしてね!」
「ひ、ひー様…、」

亜白様は顔が真っ赤だった。
この人は、一応頑張って王子としての対面を保っているけど、元々は人見知りだし、赤面症だ。久しぶりに会ったら吃る癖は良くなったように見えたけど、緊張のせいか、少し戻っている。

多分、日向様が悪いなあ。
本当なら、5人の潤滑剤になるのは日向様の役割だろう。
それなのに、自分から話を振るわけでもないから、稲苗様が奮闘していた。若葉様と萌葱様も場を和ませようと必死だ。利狗様は、多分、失言にならない線を探っているな。大変だ。

「し、紫鷹殿下はいらっしゃらないんですか?」
「しおうは、おしごと、」

ついには稲苗様が紫鷹殿下にすがりだして、驚いた。
稲苗様はまだ殿下相手には緊張するようだけど、殿下がいた方がこの場を円滑にしてくれると思ったんだろう。よほど、外国の王子を相手にするのは、大変らしい。

にこにこにこにこ。

相変わらず、日向様は機嫌がいいばかりで頼りにならないから、少しだけ助け舟を出すことにした。

「日向様、昨日用意しておいたものはいいんですか、逃げちゃいますよ、」
「そうだった!木!木に蜜を、あじろと、塗った!」
「あ、そうでした、」
「森、行く!虫、つかまえよ!」

息詰まる室内から抜け出せることに安堵したのか、利狗様と視線が合うと会釈された。
それに返して、日向様の麦わら帽子を用意する。青巫鳥(あおじ)と同じ黄色の麦わら帽子。この帽子を被せた日向様が可愛くて、僕はお気に入りだ。

日向様を抱き、友人たちと連れだって、裏庭の奥にある森へ向かう。
裏庭の草の上を歩くだけで日向様が汗だくになるくらい暑かったけど、木陰に入ると途端に心地よい気温になった。その中を歩いて、昨晩蜜を塗っておいた木を探し当てると、遠目にもわかるほど虫が集まっている。

途端、全員の目が一斉に輝き出して、漂っていた緊張感が一気に解けた。


「あじろ!かっこいいのが、いる!上の、黒いの!」
「わ!ひー様、オオクワガタですよ!」
「とる!僕、つかまえる、」
「日向様!下にもいます!」
「こっちにカブトムシもいますよー」
「わー!あのアゲハチョウ、何!?すごい綺麗な色!」
「瑠璃色揚羽(るりいろあげは)です。すごい、すごい!」
「亜白様、あれは?あの上の黄色いの、」
「模様は…日陰蝶(ひかげちょう)に見えますけど、黄色いですね。もしかしたら地域によって違うのかもしれませんね、」
「なるほど!」
「あじろ!かなぶん、いっぱい!」

樹上から差した陽の光に汗が光って、日向様の笑顔が輝く。
うん、いい顔だ。

目の前に広がる景色は、紫鷹殿下なら悲鳴をあげそうな虫の宝庫だけど、この笑顔のためならあの殿下は我慢するんじゃないかなあ、なんて考えた。
亜白様と学院の友人たちを引き合わせるなら、仕掛けを用意しておいたらどうだ、と提案したのは殿下だ。
多分、亜白様の性格も、4人の友人たちが恐縮することも、日向様が対面の席では役に立たないことも見越していたんだろうな。あとはこの暑い中、日向様を草の上に転がせたくないとか。あの人は意外と人の機微に聡くて、細やかな配慮ができる。

おかげで、この通りだ。
あっという間に、日向様の5人のおかしな友人たちは身分も何もかも忘れて、虫相手に夢中になった。


「いっぱい…、」


大騒ぎしながら捕まえた虫たちを連れ帰って、学習室の机の上に虫かごを並べると、日向様は水色の瞳をうっとりとさせる。
水蛟さんが来て、汗だくの日向様を着替えさせた後は、出されたおやつにも目もくれず、一番大きなクワガタの前から動かなくなった。亜白様がクワガタも林檎が好きだと教えると、自分の林檎を分け与えて、またうっとりと眺める。

そんな様子だから、日向様はまた潤滑油としての役目は果たせなかった。
けれど、もう5人の友人たちはすっかり打ち解けたようで、学習室の空気は和やかだ。

「クワガタといえば、三つ葉の領地では、新種がよく発見されますね、」
「そうなんですよ。うちは領地のほとんどが山と森なので、人が入れないような場所が多くて。農地を広げたり、山道を整備したりするたびに、未開の場所で発見があります、」
「農業と工芸品が主産業だと聞きました。害獣対策と作物の保護を両立させるためにも色々と工夫されていますよね、」
「わ、ご存知ですか!農作物の改良よりも、実はそちらの方が大変で。猪や鹿を避けたと思ったら、兎や鼠みたいな小さな生き物に食べられたなんてことはしょっちゅうです、」

なるほど。
林檎を育てるだけじゃダメなんだ。
僕も日向様と一緒に生態学の演習に参加するようになって分かってきた。植物だけを見ても、獣だけを見ても、農業は成り立たない。多分、若葉様と萌葱様のとこの漁業もそう。利狗様のとこの産業だって同じだ。
育っても獣に食べられたら意味がない、かと言って獣を狩り過ぎたら生態系が変わる。資源の枯渇を考えないで開発を進めたら破綻する。

だから、この人たちは生態学の演習を取っているんだと思う。
植物も、獣も、虫も、魚も、川も、海も、空気も、全部ひっくるめて一つの生態として考えようって、ことなんだろうな。

お互いの好きな分野は違っても、繋がっているから、話が合う。
いつの間にか、5人の友人たちは、意気投合してそれぞれの得意分野について熱烈に語り合った。



最初はどうなることかと思ったけど。
終わりよければ、全て良し。



そう思っていたら、つん、と小さな手が僕の服を引っ張った。

「…あずま、抱っこ、」
「お友達の前ですけど、いいんですか、」
「抱っこ、」

眉を寄せて険しい顔。
水色の瞳が何か思い詰めたように一点だけを見て、ゆらゆら揺れていた。
強請られるままに抱き上げると、小さな体はぎゅうっとしがみつく。

「何を怒ってるんですか、」
「怒って、ない、」
「怒ってるじゃないですか、こんなにぷるぷる震えて、」
「怒って、ないの、」

そうは言っても、体の奥底から震えるのを腕に感じた。
何かを怖がる時、こんな風に震える。
怒った時や、自分で処理できない嫌なことがあった時もそうだ。

急に何だろう、と考えていると、利狗様と視線があった。
まだ他の友人たちは賑やかに話し合っていると言うのに、この人はよく見てるな。

「日向様、こちらに来てお話ししませんか、」
「利狗様が呼んでますよ、」
「……行かない、」
「行きたいくせに、どうしたんです、」

小さな手がしがみつく力が強くなった。
利狗様がすっと立ち上がってこちらへ歩いてくると、それを嫌がるようにぎゅっと体が丸く小さくなる。
あ、泣いちゃった。

すぐそこまできた利狗様を片手で押し留めて、小さな体を抱き直すと肩のところがどんどんと濡れて温かくなった。
声を出さないように堪えているようだったけど、あまり効果はなくて、賑やかだった友人たちもぎょっとして振り返る。
その視線に背中を向けて日向様を隠し、背中を撫でた。


ひとしきり泣いて、日向様が落ち着くのを待つ。
友人たちの心配する視線をずっと背中に感じた。楽しげだった空気が、再び張りつめて緊張感が漂う。多分、日向様はそれも感じ取って、泣き止もうと必死だった。
焦るほど上手くいかないのはわかっていたから、ゆっくりでいい、と何度か囁く。

ようやく落ち着いて、時々しゃくり上げるだけになった時、ようやくその理由を聞けた。


「僕、の、ともだち、なのに、何で、僕より、仲良し、」



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