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第弐部-Ⅲ:自覚

153.日向 3つ目の自覚

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右手に指が5本、左も5本。
しおうの指は、僕より長い。僕は短い。
中指のこりこりは、ペンだこ。だからしおうは字が上手。絵はへた。
手のひらのこりこりは、剣だこ。剣はとやが上手だけど、しおうも上手。
僕の指は、いつもちょっと震えて、全部へた。

でも、しおうが、僕の手を好きだよ、って言った。


「……何してんだ、」


馬車の中で、しおうの膝に座って、しおうの右手をぐにぐにしてたら、しおうが言う。
今日のしおうは紫色の着物を来て、いつもよりうんとすましてたけど、見たら、顔が少し赤くなって可愛くなってた。

「僕の手、しおうと、ちがう、」
「……どこが違った?」

しおうの右手に僕の手をかさねる。
でも、馬車が揺れるから上手にできなくて困ったら、しおうが左手で僕の手をつかまえて「こうか?」ってかさねてみせた。
手のひらのつけ根を合わせたら、僕の手は、しおうの手のひらと同じくらい。

「しおうは手が大きい。爪も大きい、僕はへん、」
「……日向の爪の形が違うのは、一度剥がれたからだよ。俺のせいな、」
「しおう?」
「離宮に来たばかりの頃に怪我しただろ。忘れた?」
「しおうが、毎日、お見舞い、」
「それは覚えてるんだよなあ…。うーん、まあ、それでいいか。あの時一回剥がれたんだよ。その後も色々あったから、ちょっと形が変わっちゃったな、」

ごめんなあ、ってしおうは僕の指をなでる。
しおうの爪は縦長で、さっきぽは細い。僕の爪はぺちゃんこで、丸。

「でも、好き?」

聞いたら、しおうは紫色の目をぱちぱちさせた。
それからうんとやさしく笑って、僕の手にちゅうをする。

「好きだよ。小さくて、可愛くて、不器用だけど、いつも一生懸命な、大事な手だ、」

ふしぎ。
へんで、役に立たなくて、ちっとも僕の言うことを聞かないから、僕は僕の手が好きじゃなかったのに。
しおうがちゅうをしたら、僕は僕の手が良く見えて、途端に、いる、になる。

足も、しおうは好きって言った。
僕の足はおぼろが壊したから、歩くも走るも上手にできない。
だから嫌だったのに、しおうが足をなでて、しおうのとこに会いに来る足だよ、って言ったらやっぱり大事になる。

頭も、顔も、首も、胸も、お腹も、背中も、お尻も全部、しおうは大事。
しおうが大事って言ったら、僕もそうかな、って思った。


「日向の体が大好きだよ。ずっと健康で一緒にいてほしいから、連れて来たんだ、」


僕の水色の着物の襟を直して、しおうは言う。
水色に僕のあおじの印があるけど、中の薄紫の着物にはしおうの鷹の印がある。
今日はさいれいだから、しおうの印を見えるとこに着けられないんだって。内緒だよって、しおうが言った。

「おいのり、する?」
「そう。こないだの祭礼は帝国の繁栄と臣民の安寧を祈るものだったけど、今日のは俺達の健康を先祖に祈る、」
「太陽の神様?」
「ん。ちゃんと覚えてるな、」

覚えてるよ。
すみれこさまがキラキラする冠を被ってきれいだった。
大きな舞台で、しおうの兄と姉が歌ったり踊ったりしたね。
それで、僕はしおうの、ってしおうが言った。

「しこんは、いる?」
「……それは覚えていなくていいんだよ。いるけど、会わせないし、」

ガタン、って馬車が止まって、外から声がする。こうきの声。
いつもはとやとはぎなが馬車で一緒だけど、今日は馬車の外で馬に乗って来た。さいれいの時の決まりだって。

馬車の扉が開いて、こうきが、いいよ、って言ったら、しおうが僕を抱っこして降りる。
神殿かな、って思ったけど違った。
鳥居はあるけど、社はなくて、代わりに水がいっぱい。

船に乗って、向こうの大鳥居まで行くんだよ、ってしおうが言う。

「あの鳥居の下に、人としての最初の祖先の社がある。そこまで行って、一人ずつ祖先に願い事をするのが今日の祭礼な。船には俺と日向と幸綺(こうき)だけが乗るから、四紺(しこん)は会わない。わかる?」

わかる、って言おうと思ったけど、びっくりして忘れた。

夜なのに、夜じゃないみたいに水が光ってる。
船がある橋から、うんと遠くの鳥居までずーっと明かりが灯ってるのは、何で?
水の上なのに、光が一列に並んで浮かんで道ができて、その間を船がゆらゆら進んでた。

遠くに鳥居があるのに、きらきらするから、近くに見える。
鳥居の下にうんと明るい光があるのが、太陽みたいだった。

「はは、すごい顔になったな、」
「ぽかん、ってする、」
「いい顔だ、連れてきて良かった、」

きれいだろ、ってしおうは笑う。
僕がびっくりしてる間に、いつの間にか船に乗っていて、僕はしおうの膝で水の上に浮かぶ光を見てた。

「光るは、煌玉(こうぎょく)?」
「そ。社まで続いてる。太陽の神だった先祖が、子孫を地上に降ろした時に作った道を模しているらしい。魔法で全部浮かせてるって言うから、やりすぎだろと思うんだけどな。綺麗だから日向に見せたかった、」

ぽかんって空いた僕の口の横を、しおうがらつんつんってする。
顎がはずれるぞ、ってしおうは笑うけど、僕の口は閉じ方がわからなかった。

黄色、赤、青、紫、緑、白、橙、桃色。

船がゆらゆら揺れるのに合わせるみたいに、煌玉の色もゆらゆら変わる。
そしたら、水もゆらゆら色が変わって、社に続く水の道が、黄色になったり、赤になったり、青になったりした。

「船に乗るのも、初めてだろ、」
「そう、だった、」
「怖くない?」
「こわく、ない、びっくり、してる、」

離宮の壁も、学院の天井も、神殿の柱もきれいだったけど、それともちがう。
夜に星がちかちかするのに似てるけど、もっと明るい。
光が僕としおうの周りにいっぱいになって、水の上にいるのに、光の真ん中に浮かんでるみたいになって、体がふわふわした。

「神様の、道、」
「うん、不思議だよな。光の道を進んでるみたいで、俺もいつも見惚れるよ、」

光の道を船で進んだら、大きな鳥居がぐんぐん近づいて、明るい光がある小さな山が近づいてくる。島って言う。
島に船が着いたら、しおうが僕を抱っこして島に降りた。
橋からゆっくり歩いて明るい光の社に行く。

社の真ん中に鏡があって、ずっと光っているんだって。
何で光るのかは分かんなくって、うんとうんと昔からずっと光る。
いいつたえでは、太陽の神様が鏡の向こうで地上をのぞいてるからだって。
太陽の神様があんまりいっぱい光るから、社の中はどこも全部昼間みたいに明るくってびっくりした。

「しおうの先祖、見たい、」
「だぁめ。鏡を直接見たら目がつぶれるから、大人しく俺でも見てな、」
「………わかった、」
「はは、不満そうだなあ、」

社の中に幸綺は来なくて、しおうと2人。
鏡がある祭壇の前に丸いのがあって、しおうは僕を抱っこしたまま、そこに座った。えんざ、って言う。
ここでお祈りするんだよ、ってしおうは教えた。

うんとやさしい顔。
その顔で僕の頭をなでた後、しおうは真っ直ぐ祭壇を見る。

やさしい顔が、強くなった。
柔らかかった目に力がこもって、紫色の奥でキラキラしてた光が、うんと鋭くなる。
僕の知ってるしおうなのに、僕のしらない顔。
そのしおうが、大きく口を開いて言った。



「掛けまくもあやに畏き日陽の父母の御前に、子・紫鷹が恐み恐みも曰す、」



難しくて、僕はしおうが言うは一個も意味がわからない。
しおうが自分の名前を言ったのと、僕の名前を二回出したのだけはわかったけど、何でかはわからなかった。

僕はびっくりして、口を開けたまましおうを見てた。

だから、しおうの難しい話が終わってこっちを見たら、変な顔だ、ってしおうは笑う。
また僕の口の横をつんつんして、顎が外れるよ、って言った。


「しおう、皇子になった、」
「いつも皇子なんだけどなあ、」
「阿瑠斗(あると)王子、みたい、」
「比較対象はそこか、」
「僕、ときめいた、」


きょとんって、しおうの目がまん丸になって可愛くなる。
可愛いしおうが、僕はときめく。
でも、皇子のしおうも、ドキドキした。

「しおう、何でいつも、かっこよくしない、」
「何、恰好良いって思ったの?」
「皇子のしおうは、かっこいい、」
「……だそうです。これが俺の番い。可愛いでしょ、」

真っ赤な顔で、しおうが誰かに言う。だあれ、って聞いたら、しおうの先祖だって。

「さっき日向を紹介したんだよ。俺の伴侶に尼嶺(にれ)の日向を選んだから、よろしくって、」
「太陽の神様、いる?」
「その子孫な。……俺はあんまり神とか祖霊を信じてはいなかったんだけど、前の祭礼の時、色々願ったの。その願いが叶うなら、ちゃんと神も祖霊も祀るし敬うって約束した。だから、今はいることにしてるよ、」

ぎゅうって、しおうの手が僕のお腹を強く抱く。
肩のところにしおうの紫色の頭がきたと思ったら、耳のところでしおうの声がした。


「今日は、日向を健康に長生きさせてほしい、ってお願いしに来た、」


見たら、うんと近くでしおうの紫色と目が合う。
顔は真っ赤で可愛いのに、目は皇子の目になって、うんと強く僕を見た。

「俺は日向に見せたい景色が山ほどある。さっき見せた光の道もその一つだ。でも、もっと綺麗で、日向が驚くような景色が帝国にも帝国の外にも沢山ある。それを全部見るまで、日向には元気で長生きしてもらわないと困るんだ、」
「うん、」
「分かるか?日向の足で俺と一緒に歩いていくんだ、」

そう言って、しおうは僕の足をなでた。
僕、歩けないよ、って言ったら、しおうは、それなら抱いてく、って強い目のまま言う。

「日向と手をつないで歩いていきたい。この手も足も、そのためになくちゃ困るんだ、」

紫色の目がきれいで、僕は目が離せなかった。
心臓がドクドク音を立てて、ちょっとうるさい。
しおうの手が、僕の手をつかまえてちゅうをしたら、もっとうるさくなって、僕は体中が熱くなってく気がした。


しおうが言いたいこと、僕はわかる。


僕はしおうが大事って言ったら、僕の体がいるになる。
だからしおうは、何回も大事だよ、って言うね。
しおうが言うから、僕もだんだん、そんな気がしてきた。
時々、全部嫌になって、消えればいいのにって思うけど、しおうが言うから、またいるになる。


「俺は日向が要る。日向は?」


しおうの唇が、僕の頬を吸う。
涙が出てた。

しおう。

尼嶺でね、僕はいつも消えたかった。
苦しいのも痛いのも汚いのも終わらなくて、早く消えたらいいのにって、多分、ずっと思ってた。
離宮に来て、僕は幸せがいっぱいだったのに、白いのが出て、尼嶺と同じだって思ったらまた全部嫌になったよ。

でも、嫌がいっぱいあるのに、良いもいっぱいあった。
尼嶺の僕はいらないけど、離宮の僕が、僕はいる。
いらない僕を、しおうがいるにしたね。

僕の中に、楽しいも、うれしいも、しあわせも、さびしいも、かなしいも、怒るもあるって、しおうが思い出したよ。
好きも、ドキドキも、ときめくも、全部全部、しおうはくれた。


「僕は、僕が、いる、」
「うん、」
「僕は、しおうも、いる。しおうと、僕と、一緒にいる、」
「うん、俺も日向も、どっちも大事だ、」


手で、しおうの背中をぎゅうって握ったら、しおうの手も僕をぎゅうってした。
足でしおうにしがみついたら、しおうは体中で僕を抱きしめて全部包む。
口で、しおうの首にちゅうってしたら、しおうも僕の首にちゅうってしたよ。
耳にしおうの呼吸が聞こえて、僕の体はぽかぽかよりうんと熱くなった。
お腹も、背中も、お尻も、目も、鼻も、頬も、全部しおうにくっつく。


いるね。
しおうをぎゅうってするのも、ちゅうってするのも、全部僕の体。
しおうが大事な僕の体は、しおうといるのに大事な体。
それが、僕はいる。
わかった。



太陽の神様。しおうの祖先。
だから、お願い。


僕をしおうといさせて。
しおうが僕に長生きしてほしい、ってお願いするなら、僕がしおうを長生きさせてってお願いするから。
僕は、ずっとしおうと一緒がいい。


しおうと一緒にいるなら、僕はいる。
だって、僕はこんなにしおうが好き。
しおうといるなら、僕は僕もきっと大好きでいられる。

だから、お願い。

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