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第弐部-Ⅲ:自覚

150.日向 しおうの印

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また出た。
白くて苦いきたないやつ。

目が覚めてあれを見た時、僕は絶望した。
ベッドの上に座るのに、ずっとずっと深いとこに落ちる気がして、嫌になる。

僕がいなくなればいいのに。
どこかに行けばいいのに。
全部なくなって、消えればいいのに。
そしたら魔法が、行こうか、って言う。


でも、僕はしおうといたかった。


体はいらないけど、心はずっとしおうがいい。
心と体がバラバラになればいいのに、って思ったけどならない。
だから、体を使ってしおうを起こした。

起きたらしおうは、僕をぎゅうってして「偉かったな、」って笑う。

「……何が、」
「どこにも行かないで、ちゃんと俺を起こしただろう。偉いよ、」
「……しおう、の、」
「うん、俺のだな、」

しばらくぎゅうってしたら、 しおうは僕の頭にちゅうをして、鈴を鳴らした。
すぐにうつぎが来て、僕をお風呂に連れてく。


お風呂の椅子に座って、うつぎがボタンを外したら、また落ちる感じがした。
お風呂に来たら、いつもそう。
僕はお風呂のタイルを通り抜けて、一階の床も抜けて、地面も抜けて、うんと暗い真っ暗なところに行こうとする。


おぐりが、僕は身体像が壊れちゃったんだって、言った。


おぐりにも、しおうにも、うつぎにもみんな、自分の中に「自分の体はこうだ、」って像があるんだって。
「僕の体はこうだ、」は、僕の一部になって「僕はこうだ、」になるって教えた。
普段は自分でも気づかないけど、心か魂の深いところにあって、生きるためにすごく大事なんだって。

でも僕の中の「僕の体はこうだ、」は壊れた。
白いののせい。

身体像と本当の体がかいりしたら、僕は僕の体が、僕のじゃなくなる。
そしたら、僕は僕じゃなくなって、全部いらなくなった。
どこかに行きたいのも、落ちるのも、僕が全部いらなくなったから。


「日向様、」


うつぎがうんと優しく呼ぶのに、遠くなるのもそのせい。
お風呂はいつもそう。
湯気でうつぎの顔がぼんやりするみたいに、音も声も全部ぼんやりした。

でも、今日のうつぎはちょっとちがう。


「何ですか、これ、」


急に声が大きくなって、僕の体はびっくりした。
びっくりしたら、ぼんやりしてたうつぎの顔がちゃんと見えるようになる。

そしたら、うつぎがすごく怖い顔になって、怒ってた。


「うつぎ、」
「…殿下ですか、」
「なあに、」
「殿下以外にこういう無体を働く方はおられませんけど、」
「しおう?」
「随分賑やかだと思ったら…!」


うつぎの顔が赤くなったり、青くなったり、白くなったり、ころころ変わる。
うつぎはいつも静かで、笑うも怒るも少ないから、またびっくり。

僕がびっくりしてる間に、うつぎは僕を脱がせて洗って、あっという間にタオルでぐるぐる巻きにした。
あんまり早いから、僕は何がなんだかわからなくて、うつぎの手の中でころころ転がるだけ。
わーって、頭の中で声をあげている内に、うつぎに抱っこされてしおうのとこに連れてかれた。


「何だ、早いな、」


着替えてる途中のしおうと、手伝ってたやまとが、うつぎと僕を見て目をまん丸にする。

「どういうことでしょう、殿下、」
「え、何、」
「日向様のお体に、何をされました、」
「え、は、……あ、」

今度は、しおうの顔が赤くなったり、青くなったり、白くなったりする番。
ちょっと遅れて、やまとも顔色が変わる。何で?

「え…、殿下、まさか、」
「いやいやいやいや!待て、弥間戸(やまと)。流石に最後まではしてない!」
「当たり前ですよ。正式な婚約も済んでいないのにそんなことになれば、国際問題です!」
「流石に俺も理解してるって…。と言うか、口付けを強請ってきたのは日向の方だよ、」
「まだお分かりにならないんだから、それを諌めるのも、殿下のお役目でしょう、」
「一応、止めたんだって!ちょっと調子に乗ったのは悪かったけど…、」

「…ちょっとと言う量じゃありませんでしたけど、」

うつぎははーって、大きくため息を吐いて、僕をしおうに渡す。
なあに、ってしおうを見たら、 しおうはぐるぐる巻きのタオルをずらして首のとこを覗いた。
そしたらどんどん真っ赤になって、僕をぎゅうってする。


「…大分、調子に乗りました、ごめん、」


耳まで真っ赤で、可愛かった。
僕の大好きなしおう。
胸がドキドキして、嬉しくなる。
ぼんやりがなくなって、目が覚めた。

「しおう、可愛い、」
「日向様、今はダメです。日向様も叱られてください、」
「僕も?」
「まだお分かりにならないかも知れませんけど、一度きちんとお話ししておく必要があります、」

うつぎが、お座りなさい、って言ったら、 しおうは真っ赤な顔のままベッドに座る。
僕はぐるぐる巻きで動けなかったから、しおうに抱っこされたまま。

ちゅうはいいけど、つつしみをもちなさい、ってうつぎは言った。
体に触るのは、二人がちゃんとわかって、いいよ、って二人ともりょうしょうした時だけだよ、ってやまとも言う。僕が、いいよ、って言ってもしおうが、いいよ、って言わなかったら我慢するんだよ、って叱られた。
それから、しおうと僕は皇子と王子だから、まぐわうは順序が大事なんだって。

叱られる間、しおうは真っ赤になりすぎて汗がいっぱい出た。


「へ、平気か、日向、」


真っ赤な顔のまま、しおうが心配になったは、体の話だから?
どこかに行きたいも、落ちるもずっとあるけど、大丈夫。
しおうの顔が可愛くて僕はずっとしおうを見たかったし、しおうがぎゅうってするから安心した。しおうがいたら、大丈夫。

「僕、まぐわう?」
「ひっ、」
「日向様…、そう言うことを仰るのも良くありません、」

うつぎとやまとは、ちゅうもまぐわうも話したのに僕はダメが、混乱した。
分からない、って言ったらうつぎは少し困った顔になったけど、真剣な顔で教える。

「情交は、日向様と殿下お二人だけの大事な秘密です、」
「ひみつ、」
「ええ、ですから他の者の前で詳らかに話して良いものではないんですよ。分かりますか?」
「ひみつは、ないしょの約束、」
「ええ、そうです。私は大人ですから、日向様が分からずに良くないことをされたり、お話しされた時には、いけないとお伝えするために口にします。でも本来は殿下とお二人だけで大切にされるものです、」
「分かった、」

ひみつ。
しおうと僕のひみつが、何だかふわふわした。
いいね、ってしおうを見たら真っ赤だけど優しい顔で僕の頭をなでる。


「うつぎが、怒ったは、何?」
「……俺が調子に乗ったからだよ、」
「ちょうし、」
「…………なあ、これ説明しないとダメ?拷問なんだけど、」
「遠回しな言い方ではお分かりにならないと思いますが、」
「そうなんだけどさあ、」

しおうの眉が下がって、泣きそうになる。
そう言えば、やまともしおうは赤ちゃんになる時があるって言ったね。すみれこさまとやまとに赤ちゃんになるしおうが、僕は好き。

しおうの可愛い顔をじっと見てたら、しおうはへにゃへにゃになって僕を見た後、額に口づけをした。
それから、ぐるぐる巻きのタオルを引っ張って教える。

「…日向に俺の印をつけたの。こういうのは、正式に婚約が済むまでは我慢するつもりだったのに、口づけを許されたら嬉しくで無理だった。ごめん、」
「しるし、」

しおうは、見たくなかったら見なくていいよ、って言った。
僕はお風呂も着替えも、体を見るが嫌だったから。
でも見たよ。


胸のところに赤い印がいっこ、にこ、さんこ、よんこ。
見えないけど、首のとこにもあるって、しおうが言う。


しおうが、ごめんな、って言って、うつぎが何か叱った気がする。やまとも。
でも僕は全部聞こえなくて、ずっと印を見てた。



印。
しおうがつけた。
赤い印。
しおうの印。


印からポカポカが広がって、体中がふわふわになる。
ドキドキするから、ときめくかもしれない。
落ちる、がどんどん小さくなる。
魔法は何回も、おいで、って言うけど聞こえなくなってきた。
どこかに行きたいが、わからなくなる。

びっくり。


「いる、に、なった、みたい」
「日向?」


赤い印を見たまま言ったら、しおうが驚く。
顔を上げたら、まん丸になった紫色が僕を見てた。
しおう、僕のしおう。

「しおうの、印。いる、になった。僕は、いらなかった、のに。しおうが、印、したら、いるに、なった!」
「何の話、」
「しおう、ぎゅうってしたい、」
「え、あ、はい、」

ぎゅうってしたいのに、僕はタオルでぐるぐる巻きだから動けない。
代わりにしおうがぎゅうってして、僕を包む。
しおうが印をつけた僕の体。

「え…っと。俺の印があるのが、いいってこと?」
「うん、」
「印があれば、日向は自分の体を大事にできる?」
「うん、」
「………マジか、」

ぎゅうって、しおうの腕が強くなって、胸のポカポカも体のふわふわも、うんとうんとたくさんになった。

すごいね、しおう。
しおうはいつも、僕を、いるにする。
白いのがある体は、いらないけど。
しおうの印がある体は、いるになったよ。

「うつぎ、」
「…はい、」
「印、しおうがくれた。僕、いるになった。印が、僕は、いる、」
「……そうですか、」
「怒らない?」
「…………………善処します。よろしくないと判断した時には、お叱りいたしますが、」
「わかった、」


うつぎは少し怖い顔をした後、驚いた顔をして、いつもの静かな顔になる。
僕を心配して怒ったのに、ごめんね。

「印、さわりたい、」
「……日向、悪いけど今は我慢して。俺の心臓がはち切れそう、」
「がまん、」

手を胸に伸ばしたいのに、タオルがぐるぐる巻き。
ぐるぐる巻きの僕をぎゅうってしたまま、しおうはまたどんどん真っ赤になって、うんと可愛くなった。


「しおう、」
「……何、」
「僕、いる。しおうの、だから、いる、」
「うん、俺も要るよ。……要るけど、ちょっと黙ってくれ。色々まずいから、」
「わかった、」


しおうの腕の中で、しおうが落ち着くを待った。

その間、僕は落ちると、どこかに行きたいを探したけど、よくわからない。
魔法は、おいで、って何度も言うから、あるのかもしれないけど、わからないくらい、うんと遠くにいなくなった。
代わりに僕の中に、ふわふわと、いると、ほしい、がいっぱい。


しおうが落ちついて、僕を離したら、鏡で僕の体を見た。



赤い印がいっぱい。
しおうの印。
しおうがつけた。


僕を、いる、にした。

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