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第弐部-Ⅲ:自覚

147.日向 二つ目の自覚

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毎日毎日、同じ夢を見た。

草の上をしおうと2人で歩いてる。
しおうが僕の手を引っ張って、早く帰ろうなって、連れてく夢。
とことこ二人で歩いて、遠くに離宮が見えた。

でもいつも帰れるのはそこまで。
僕は急に手が震えて力がなくなる。
するりって、しおうの手から僕の手が落ちたら、しおうがつかみ直すけど、僕はつかめなかった。

そしたら魔法が、おいで、って僕の手をつかむ。

しおうの手がつかめないのに、魔法と僕の手はのりみたいにくっついて離れなかった。
どんどん魔法が僕を引っ張って、しおうを離れる。しおうはやっぱり何度もつかみ直そうとするけど、僕の手はするする落ちた。

行きたくないのに。
しおうと、離宮に帰るのに。
魔法がきらきら光るのが見えたら、そっちもいいかも、って思った。

そしたら、足元が崩れて、後は真っ逆さま。
あーって、悲鳴を上げたかったのに、声もでないで真っ暗になった。






しおうがね、僕はしおうのものだから、ずっとここにいるんだよって言ったよ。
だけど、僕はいつも自分でしおうの手を離す。
しおうが一生懸命つかまえるのに、離すはいつも僕。




だから、わかばが好きはときめく、って言った時、地面がぐらぐらする気がした。
僕はしおうが好きなはずなのに、好きじゃないかもしれない。
しおうを好きじゃない僕は、きっとまたしおうの手を離して、どこかに行くよ。
僕はしおうのなのに、しおうがいなかったら、もう何にもないのに。



だから、ときめきたかった。



もえぎがくれた本で、さあらはあると王子にときめいたね。
でも王子は最初、さあらにときめくがわからなかった。
でもいっぱいときめかせるうちに、ときめくができるようになって、さあらを大好きになったね。
2人は結ばれてハッピーエンド。
ずっと一緒。
生涯、一緒。


僕は王子と同じ。
だから王子をやりたかった。



「きゃー、日向様、おはようございます!」
「御機嫌好う、日向様、」
「朝からお目にかかれた!今日は良い日になります。ありがとう、日向様!」


学院のあっちこちでみんながキラキラしてた。
僕を呼ぶ声がすると、ぼんやりしててもちょっとずつ目が覚めて、みんなのキラキラが見える。

手を振ったら、きゃーって言ってキラキラしたね。
廊下ですれちがった学生が僕を見るから、じーって見たら、頬が赤くなったり、目がとろんってなったりして、やっぱりキラキラした。
授業で近くに座った学生に、おはよう、って言った時も。帰りの馬車から、バイバイ、って言った時も。みんなキラキラして、きれいだった。

キラキラする時、みんなはときめくんだって、しおうが教えたね。


「あいつら、何て目で俺の日向を見てるんだ、」
「……しおう、しっと、」
「嫉妬だらけだよ。ああ、ほら、向こうの窓から双眼鏡でこっちを覗いてる変態までいる、」


そうがんきょうに僕が手を振ったら、しおうは、振るな、ってうんと嫉妬した。
僕がみんなをときめかせるも、みんなが僕にときめくも、しおうは嫉妬する。
最初は我慢してたけど、だんだん我慢できなくなって、何回か本当に学生に怒ったりもした。


ごめんね。

でも、僕はときめくが何か、ちょっとずつわかってきたよ。



ときめくは、キラキラする瞬間。
うんと好きなものに出会って、ドキドキしたり、うれしくなったり、わくわくしたり、幸せになったりする瞬間。

さなえは、植物が好きで、うんとときめくから、演習の時はいつもキラキラしてる。僕が学習帳を見て、なあに、って聞いたら、顔中キラキラさせていっぱいしゃべった。
わかばは、魚。もえぎも同じかな、って思ったら、もえぎは魚を取る道具にキラキラする。
りくは色んなものにキラキラするから、まだわかんない。

魔法にキラキラ、時計にキラキラ、誰かにキラキラ、帝国史にキラキラ、本にキラキラ、歌にキラキラ、数字にキラキラ、星にキラキラ。

学院を見たら、あちこちで色んなキラキラが光ってたよ。


「……あはっ、」


キラキラを見てたら、急にいろんなことを思い出して、声が出た。
しおうはびっくりして嫉妬がいっぱいになったけど、僕はキラキラの中に、色んな思い出が見えて、じっと見る。


おにぎりが、おいしかったよ。


初めて食べた白いおにぎり。
怖かったのにうんとおいしくて、ばくばく食べたのを僕は覚えてる。
僕はまだ、おいしいもうれしいも、よく分からなかったけど、あの時ちゃんと胸がどきどきしてたよ。


おにぎりに、僕はときめいてた。



しおうにトマトをあげた時も、きっとそう。

僕はお腹がいっぱいになったし、トマトが好きじゃなかったから、しおうが食べるかな、って思った。
僕があげたら、しおうは口を開けて、ぱくって食べたね。
やっぱり僕は、ときめくが分からなかったけど、胸がドキドキして、うんとキラキラしたよ。


窓の外のあおじも。
うつぎの魔法も。
しおうがくれたあおじのブローチも。
あじろと見つけたもぐらも。
はじめてのご招待も。


僕は全部ときめいてた。
ちゃんと覚えてる。



「日向、」


しおうの声がする。
見たら、いつもお昼を食べる部屋の入口にしおうがいて、僕を見てた。

しおう、僕ときめくがわかったよ。
ときめくができないって思ったけど、僕はいっぱいときめいてた。

うれしかったり、ふわふわしたり、幸せだったり、体がぴょんってはねたり。
離宮に来てから、毎日毎日キラキラした。


「……しっと、終わり?」
「終わんないよ、」


早くしおうに教えたいな、って思ったけど、しおうが泣きそうな顔で僕を見るから、しおうをなぐさめたい。
ごめんね、しおう。
僕がときめくの練習をしたら、しおうは嫉妬がいっぱいになって大変だった。
しおうがさびしくて、寝る前にぎゅうってしながら泣くを僕は知ってる。


でも、もう僕はときめくがわかったから、練習はおしまいだよ。
しおうが嫉妬するもおしまい。



だけど、どうしよう。
僕は今、うんとふわふわして、ふしぎな気分。
しおうに、もう嫉妬しなくて大丈夫って言いたいのに、うまく言葉が見つからない。

その間に、しおうの眉がうんと下がって、紫色の目がウルウルするのを見たら、もっとどきどきして、足がふわふわした。
うきあしだつ、って言うってすみれこさまが教えたね。


泣かないで、しおう。


そう思うけど、僕は、しおうが僕のために泣くが、いつもうれしかった。
しおうの涙はいつも僕をとかしたよ。怖くても不安でも、しおうの涙がきれいで、見ているとだんだん安心が僕の中に広がるのが分かって、胸のところが温かくなった。


とくとくとくとく。
僕の心臓の音がする。
ちょっと早くなるけど、怖い時とちがう。

おにぎりがおいしい時と似てるけど、ちょっとちがう。


もっとキラキラして、もっとドキドキする。

しおうの顔が見たい。
しおうをぎゅうってして、安心にしたい。
とろとろにして、うんと可愛いしおうに、僕がしたい。


僕は、それがときめく、ってもう知ってる。




「……僕、ときめいた、かも、しれない、」




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