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第弐部-Ⅲ:自覚

131.日向 挑戦

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僕は朝から緊張した。

あんまり緊張したから、いつもよりうんと早く起きて、うつぎが来るより、しおうが起きるより先に、学院に行く準備を全部した。
髪は上手にできなくて、寝ぐせのままだったけど、顔も洗って、服も着替えて、かばんの中身も確かめて、帽子をかぶって、しおうが起きるを待った。

しおうは、可愛い、可愛い、って朝から大騒ぎしたけど、僕はそれどころじゃない。


「そんな怖い顔しなくても、大丈夫だよ。お前の人気は、噂で知ってるだろ、」


テラスでみずちが淹れたお茶を飲んだ後、いつもより早く生態学の場所に行った。
今日は最初にざくろをやったと同じ温室。温室って名前なのに、外が暑いから中が涼しい。
しおうは鉢が並んだ机の1番端っこに座った。
僕を膝に乗せて、ぎゅうってする。

うんとやさしく背中をなでるは、僕が緊張するがわかるから?

「ひな、どうしたの、」
「今日の演習でどうしてもやりたいことがあるんだと、」
「何、」
「まあ、見守ってやってよ。1人で頑張りたいみたいだから、」

とやは心配の顔で僕を見るけど、僕は緊張しているから、今はおしゃべりできない。


僕がまた学院に通うようになって、3回目。
春に初めて通った時から、やりたかったことがある。
僕は混乱してできなかったけど、また通い始めたらやっぱりやりたいがあって、 しおうとあじろとはぎなとあずまとみずちに相談した。

大丈夫だよ、ってみんな言ったね。
あずまとみずちと、毎日練習もした。
しおうは、僕が不安になるたび、いっぱい聞いて甘やかしたよ。
はぎなもね、いつもは午後の授業から一緒だけど、今日は演習も見守るって。

「大丈夫、大丈夫、」

演習が近づくたびにがちがちになってく僕の体を、しおうはずっとなでた。僕が我慢できなくて泣いたら、いっぱいちゅうもして、怖いを小さくしてくれる。
とやはずっと心配の顔。ごめんね。

ちょっとずつ学生が増えてきた。
僕としおうを見たらぺこりってお辞儀して、みんな好きな席に座っていく。


「日向、」


うんとやさしくしおうが僕の名前を呼んでお腹をなでる。
それと一緒に、心臓がばくばくして、お腹がそわそわした。

来た。
どうしよう。

しおうが僕を膝から降ろす。
もう少しぎゅうってしたかったのに。まだ怖いがあるのに。できないかもしれないのに。
どうしよう、ってしおうを見たら、大きな手が僕の顔を包む。

「大丈夫、日向ならできるよ、」

しおうの顔が近くなって、額がくっついた。うんと近くで紫色の目が僕を見て、大丈夫だよ、って何回も言う。

「…できな、かったら?」
「そしたら戻っておいで。どうしたらできるようになるか、また一緒に考えるから、」
「…いる?」
「ちゃんとここにいる。見てるから、無理だと思ったら俺を呼べばいい、」
「うん、」

紫の目。やさしくて、綺麗で、うんと強い。
その目でしおうが僕をじーっと見るから、僕のお腹のそわそわは、少しだけ小さくなった。

「行っておいで、」

ぽんって、しおうが背中を叩く。
僕は叩かれるが怖いから、いつもは嫌なのに、今日はなんだか違うね。
しおうがぽんってしたところが温かくて、しおうがいる感じがして、安心した。

くるって回って、歩いたよ。
机と椅子と鉢が並んで、学生が座る間を、僕はとことこ歩く。びくりした学生たちがぽかんの顔になって僕を見たけど、僕は今、それどころじゃない。

歩いて、三つ隣の机の前で、止まった。

緊張で心臓がばくばくする。
でも、あずまが後ろに着いてきた。しおうは向こうで見守ってる。隣でとやは心配してる。姿は見えないけど、はぎなもいるね。

みんなの気配が、僕の背中を押す。


「三つ葉の、ご子息、ですか、」

「え、」


茶色の目がびっくりして僕を見る。眼鏡の中で目をまん丸にして、何?って。
聞こえなかったかな。
頑張ったけど、僕は声が小さいから、聞こえなかったかもしれない。

「三つ葉の、ご子息、ですか、」
「え、は、はい、」

三つ葉の人は、ガタガタって、椅子から転げ落ちるみたいに立った。
茶色の髪と茶色の目で、あじろのより細い眼鏡をしてる。くりくりした髪が学院のあちこちにいる犬みたいで、いつか触ってみたいと思った。でも、今はちがう。

「尼嶺(にれ)の、ひなた、です、」
「あ、はい、知って…いや、すみません。三つ葉の稲苗(さなえ)と申します、」
「ご挨拶をお受けしました。僕、お願い、があります、」
「は、い?」

三つ葉の人は僕よりうんと大きいから、僕より視線を低くするために、膝をついてくれた。
僕は尼嶺の王子で、紫鷹の番いだから、三つ葉より身分が高いって、はぎなが教えたね。だから、僕が話しかけたら、身分が低い人はそうするんだって。
僕は、とややあじろみたいに話したかったけど、最初はそうする決まり。


「一緒に、演習やっても、いい、ですか、」
「え、」


くりくりした髪が、びっくりして逆立ったみたいに見えた。
いつのまにかしんって静かになっていた周りから、ごくりって唾を飲む音がする。

ダメかな。みんなは大丈夫って言ったけど、ダメかもしれない。
三つ葉の人は、すごく苦しい顔になって、困ってる。

生態学のみんなは、いつもやさしい顔で僕を見るけど、学院の全員がそうじゃないを僕は分かるよ。
尼嶺は最近ぶっそうなんだって。だから、尼嶺から来た僕も悪いことをしに来たんだってうわさがある。僕がへんってうわさもたくさん。

だけど、僕は初めて演習を受けた日から、ずっと言いたかった。

「あの、ね。三つ葉の、人の、学習帳が、すごくて、びっくりし、ました、」
「学習帳、ですか、」
「最初の、ね、ざくろ。僕は芽がでて、初めて芽を知ったけど、三つ葉の人の、学習帳は、全部書いた、ね。」
「はあ、」
「うららにいっぱい、質問もした。太陽と、水と、土が変わったら違うを、三つ葉の人は、全部やってる、を僕は知ってる、」

教室中で一番分厚い学習帳をいつも持ってるね。
そこにびっしり植物が描いてあるが見えて、僕はわくわくしたよ。

演習でざくろをやった時、三つ葉の人はすごく楽しそうだった。みんな、僕としおうが来てびっくりしてたのに、三つ葉の人は演習が始まったら真剣になって、茶色の目をきらきらしながら、ざくろの鉢を作ったね。

僕は混乱してすぐに学院に通えなくなったけど、ずっと覚えてたよ。


「だから、ね。僕は、三つ葉の人と、一緒に、演習が、したい、です、」


一生懸命話したけど、僕はしゃべるが上手じゃないから、三つ葉の人に伝わったかわからない。

茶色の目が細い眼鏡の奥で、きょろきょろってした。眉のところがぎゅって寄ってるのは、困ってるからかな。
僕は三つ葉の人の演習や学習帳が見たくて声をかけたけど、僕は一人でできないから一緒にやるは、嫌かもしれない。

膝が、またぷるぷるした。
しおうがぽんってしたところに、温かいを探すけど、そろそろなくなる。代わりに左胸のあおじをなでて、お腹のそわそわを我慢した。

「…か、」
「なあ、に、」
「で、殿下は、…お怒りになりませんか?」

でんか。
しおうとすみれこさまは、殿下って呼ぶ。たまに僕も。

「しおう?」
「え、はい、あの紫鷹殿下が、お怒りにならないので、あれば、俺、…いや、私は喜んで、」

何でしおう?
困ってあずまを見たら、あずまはちょっと笑ってた。

「しおうは、怒らない、」
「そうですか。あの、嫉妬されると、」
「嫉妬は、する、」

ひぃ、って小さく声が聞こえて、三つ葉の人は顔色が悪くなる。
どうしよう。ダメだったかもしれない。

お腹のそわそわが大きくなる。あおじをぎゅって握ったけど、真っ直ぐ立つができなくなってきた。歩いて、くるくる回って、そわそわを逃がしたい。

「ひっ、あの、泣かないでください。」
「泣か、ない、」

僕が泣いたら、三つ葉の人は困るって、僕は分かるよ。
ぐって、目にいっぱい力を込めて、手をぎゅうって握って、我慢した。
そしたら、三つ葉の人は言った。

「あの、やります、一緒にやりますから。」

茶色の目をくりくりして、いっぱい汗をかいて、困った顔をしてるけど、でも言った。

「本当?」
「はい、あの、どうぞ、こちらに。いや、俺がそちらに行きますか、あの、え、っと、ひっ」

泣かないって我慢したのに目の力を抜いたら、涙が落ちた。僕は泣き虫。
やっぱり三つ葉の人は困って、ひーって、悲鳴を上げておろおろする。ごめんね。

涙を隠したくてこすろうとしたら、あずまが止めた。
僕の代わりに拭いて、小さく、もう少しだから最後まで頑張りましょう、って言う。

「僕の、名前、ひなた、です、」
「ひ、日向様、」

「僕と、しおうの、とこで、一緒に、」
「は、はい、」
「僕、できないが、あるけど、邪魔、しない、から、お願い、します、」
「こ、こちら、こそ、お願いいたします、」
「三つ葉の、人は、さなえ、って呼んでも、いいですか、」

はい、ってさなえが頷いた。

手を出したら、さなえはびっくりして固まった後、バタバタって分厚い学習帳と教科書をかばんにつめこむ。
僕が手を伸ばしたまま待ってたら、すごくすごく困った顔をしたけど、握ってくれた。

さなえを引っ張って、来た道を歩いた。
ちょうどうららが来て、目をぱちぱちさせたけど、すぐににこにこ笑う。
学生たちは、ずっと静かに見てた。僕より緊張してるは何で。


「しおう、さなえ、」
「うん、」


うんとやさしい顔で、しおうは笑った。
でも僕を抱っこするより先に、さなえを見て、ぺこりって頭を下げる。

「俺の婚約者が我が儘を言って申し訳ない。」
「ひ、いえ、」
「一応、日向は聴講と言う扱いだから、俺と同席してもらうが、同じ学び舎で学ぶただの学友だ、畏まらなくていい。こちらの都合に巻き込んで悪いな、」

かちかちに緊張したさなえに、しおうは自分の名前を言った。
さなえも名前を言ってこたえる。
これで、かんりょう。

学院ではみんな自由に話ができるけど、宮城では違うんだって。だから、身分が高い人たちは、こういう決まりを守る。

「さなえ、こっち、」

しおうの隣の席にさなえを引っ張った。さなえはかちかちになったけど、とやが、どうぞ、ってやさしい顔をしたら座る。

「お前はこっちな、」

僕のお腹をしおうがつかまえて、膝に乗せた。
ぎゅうって強く抱いて、よく頑張ったな、って耳のところで言う。
うん、って頷いたら涙が落ちて、それをしおうがぬぐってくれた。


学院に来たらね、学生がたくさんいた。
一人もいるけど、みんな誰かと一緒に勉強したり、おしゃべりしたり、ご飯を食べたりする。
学生はね、それが普通って、僕はわかったよ。
僕も、普通がやりたかった。

さなえ。
茶色の目をきらきらする学生。
僕のとなりに座ってくれた。


「…日向、後でいっぱい褒めるから、演習は頑張れるか、」
「ぅん、」
「みみずが出たらお前の仕事だからな。頼むぞ、」
「ぅん、」


僕はちょっと疲れてしおうのお腹でぐったりしたけど、しおうは笑って僕を座り直す。お腹をいっぱいなでて、偉かったな、って言いながら、頑張れ、も言った。

僕のとなりで、さなえが緊張してる。とやが話しかけるけど、上手に返事ができないくらい。ごめんね。
うららの声が聞こえてるかな、って心配になった。
でも、演習が始まったら、やっぱり目がきらきらしたね。



茶色の目がきらきらして、綺麗だった。
あじろみたい。
みみずを話す時のうららも似てる。魔法を研究するときのなかつのも。
ご飯を作る時の料理長も、庭の世話をするいぐもも同じ目をするよ。なかつのの話を聞くときのとやも。

いきいきしてる、って言うって、しおうが教えた。
みんな、大好きなものがあって、夢中だって。

かっこいいね。
きらきらするね。
いきいきするが、僕は好き。



「…日向、俺の鉢も見て。お前はこっちをやるの、」
「しおう、嫉妬、」
「そ。俺が嫉妬したら稲苗が怖がるだろ。だから、嫉妬させないように頑張ってくれ、」
「わかった、」


ひい、って悲鳴がした。
さなえがまた緊張したから、僕は頑張る。

「しおうは、ね、僕を見るが、1番きらきらする、」
「…何だ、それ、」
「だから、簡単、」
「うん?」

はは、ってとやが笑って、さなえがぽかんってした。
あちこちで、学生が笑う。しおうと僕が仲良しが、可愛いって。
いいね、しおう。きれいがいっぱい。


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