上 下
131 / 201
第弐部-Ⅱ:つながる魔法

129.紫鷹 ベッドの中で

しおりを挟む
日向と2人、風邪を引いた。


日向を連れ出して、初めて湖を見せたところまでは良かったのに。
驚く日向が可愛くて、もっとたくさん湖を感じてほしくて、調子に乗った。

日向が怒ったのが嬉しかったんだ。

ずっと怖いという感情が前面に出て、他の感情が乏しくなっていた日向が、俺のいたずらに意地悪だと頬を膨らませて怒った。
それがたまらなくて、もっといろんな顔を引き出したいと欲張ってしまった。


結果として、日向は俺の隣で真っ赤な顔をして寝ている。
昨日の夜は元気に湖のことを話したのにな。

今朝、起きたら俺は喉が痛くて、熱っぽかった。
俺がこれなら、当然のように日向はもっとひどい。朝起きた時には顔を真っ赤にして声も出せず、あちこち痛いと静かに泣いていた。

「…まあ、大人しく寝てろ。こっちは何とかするから、」
「悪い、」
「ひどい声だな。ひなが心配するから、早く治せよ、」
「ん、」

何でお前は平気なんだ、と友に思わないでもない。
だが、一緒に水を浴びたはずの日向の護衛も、けろりとした顔で日向の様子を見に来ていた。
日向を除けば風邪を引いたのは俺だけで、つまりは、俺の鍛え方が足りない。

つくづく自分が守られる立場で、そこに甘えてきた人間なんだと自覚させられた。

「余計なこと考えるなよ。弱ってるときに考えると碌なことがない。……それよりも、それをどうにかしてやれ、」

藤夜は考えを見透かしたようにため息を吐いて、俺の服の裾を指す。
小さな手が、しっかりと俺の寝衣の裾を握って離さなかった。

顔が赤いのは熱のせいだが、目元が赤いのは、日向が目覚めた時に俺がいなかったからだ。汗が気持ち悪くて流していたわずかな時間だったが、その間に目を覚ました日向は、俺を探して泣いた。戻ってきた俺を捕まえてまた泣き、そのまま寝入った後もしっかりと捕まえて離さない。

どうにかしろ、と言われてもな。
俺も日向も風邪だし、いつもみたいにちゅうちゅう吸い付いて甘やかしていいのかも、少し戸惑う。
そんなことを考えながら水色の頭をなでていたら、藤夜はもう一度、余計なことを考えるなと言い残して部屋を去った。





「……し、ぉ、」


藤夜が去った後、寝るのも惜しくて日向の髪を撫でていたら、水色の瞳がぼんやりと開いて、俺を見る。
いつもの何倍もかすれた声が痛々しくて、申し訳なくなった。

「…起きれるか、少し水分を摂ってほしい、」
「い、る?」
「いるよ、日向が寝てる間もちゃんと傍にいた、」

ぼんやりと俺を見上げた水色が、俺を確かめると安心したように閉じかける。
それを呼び止め、体を抱き起して水を飲ませた。水を飲むだけでも喉が痛むらしく、ほんの僅かな水なのに、日向の顔が険しく歪む。

ごめんな。
俺のせいでまた日向に痛い思いをさせる。

偉かった、と背中を撫で小さな体を抱きしめた。俺よりも熱い体温に申し訳なさが募って、ただひたすら背中を擦っていると、ふと腕の中で小さな声がする。

「……しっぱい、したね、」
「うん?」
「たのしかった、のに、ねつ、」
「ああ、」

失敗だと、思ったのか。
確かに、日向をこんなにしたのは俺達の失敗だったが、日向の初体験自体は、失敗じゃなかったよ。
そう思うのに、今頃になって俺の喉もかすれた音しか出なくて、上手く言葉を紡げない。

だけど、日向は俺よりもひどい声で言った。


「いっしょに、しっぱ、い」


ふにゃりと真っ赤な頬が緩んで、水色の瞳が細くなる。
熱のせいか、力の抜けた笑顔に胸がきゅっと締め付けられた。
無邪気で、赤ん坊みたいだ。それなのに、綺麗だと思うから矛盾している。そういう矛盾だらけの日向に、俺は見惚れた。

「失敗、したな、」
「しぉ、へん、な声」
「お前もな」

あは、と息を吐くように日向が笑う。


「しっぱ、い。しおうと、しっぱいは、いい」


失敗が嬉しいのか。

目を見開いて水色を見下ろしていると、日向は嬉しそうに何度も、失敗したね、と繰り返した。
できないことを、怖がっていたのにな。
あんなに怯えていたのにな。

俺と一緒なら、失敗しても嬉しいか。

熱い頬を撫でると、日向は熱で潤んだ瞳で俺を見る。その水色に吸い込まれるように、額に口づけを落とすと、日向は簡単に溶けた。


「…俺とお前の失敗な、」
「ぅん、」


一緒なら、きっと何でもできるな、日向。


ふにゃふにゃ笑う水色と唇を重ねた。
口の中が熱くて、ごめん、と思うけれど、失敗の証のような気がして、愛しくもなる。
唇を離すと、とろんと溶けた水色がもっとと強請るから、何度も繰り返した。

熱のせいかな。いつもよりずっと深く、日向とつながる感じがする。
触れた個所が全部熱くて、一緒に溶けていくような感覚だ。
鼓動が早いのは、熱のせいかな、それとも日向が俺を受け入れてくれたことが嬉しいせいかな。日向の鼓動が早いのもどっちなんだろうな。

2人して、息が上がるのが早かった。

日向が肩で息をしてくたりと俺の胸に倒れ込むのを、全身で抱きしめる。


「また、失敗しような。成功と失敗、どっちも一緒だ、」
「ぅ、ん、」


頷いて、眠りに落ちていく日向を見つめた。
顔が真っ赤だな。でも幸せそうで、何の不安もないみたいだ。緩みきった顔で日向は眠る。いつの間にか、服を握っていた手も力を失くして布団に落ちていた。

安心できたか、日向。

ちゃんといるから。
傍にいるから。
一緒に何でもやろう。
日向の楽しいも、怖いも、嬉しいも、悔しいも、全部一緒にやろう。

ずっとずっと、一緒に生きていこう。


胸の中に小さな熱を抱き直すと、俺も腹の底に安心が治まる気がした。
元気になったら次はどこに行こうか、そんなことをぼんやりと考えた気はする。でも、腕の中の熱が心地よくて、俺もすぐに眠りに落ちた。



しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

「トリプルSの極上アルファと契約結婚、なぜか猫可愛がりされる話」

悠里
BL
Ωの凛太。オレには夢がある。その為に勉強しなきゃ。お金が必要。でもムカつく父のお金はできるだけ使いたくない。そういう店、もありだろうか……。父のお金を使うより、どんな方法だろうと自分で稼いだ方がマシ、でもなぁ、と悩んでいたΩ凛太の前に、何やらめちゃくちゃイケメンなαが現れた。 凛太はΩの要素が弱い。ヒートはあるけど不定期だし、三日こもればなんとかなる。αのフェロモンも感じないし、自身も弱い。 なんだろこのイケメン、と思っていたら、何やら話している間に、変な話になってきた。 契約結婚? 期間三年? その間は好きに勉強していい。その後も、生活の面倒は見る。デメリットは、戸籍にバツイチがつくこと。え、全然いいかも……。お願いします! トリプルエスランク、紫の瞳を持つスーパーαのエリートの瑛士さんの、超高級マンション。最上階の隣の部屋を貰う。もし番になりたい人が居たら一緒に暮らしてもいいよとか言うけど、一番勉強がしたいので! 恋とか分からないしと断る。たまに一緒にパーティーに出たり、表に夫夫アピールはするけど、それ以外は絡む必要もない、はずだったのに、なぜか瑛士さんは、オレの部屋を訪ねてくる。そんな豪華でもない普通のオレのご飯を一緒に食べるようになる。勉強してる横で、瑛士さんも仕事してる。「何でここに」「居心地よくて」「いいですけど」そんな日々が続く。ちょっと仲良くなってきたある時、久しぶりにヒート。三日間こもるんで来ないでください。この期間だけは一応Ωなんで、と言ったオレに、一緒に居る、と、意味の分からない瑛士さん。一応抑制剤はお互い打つけど、さすがにヒートは、無理。出てってと言ったら、一人でそんな辛そうにさせてたくない、という。もうヒートも相まって、血が上って、頭、良く分からなくなる。まあ二人とも、微かな理性で頑張って、本番まではいかなかったんだけど。――ヒートを乗り越えてから、瑛士さん、なんかやたら、距離が近い。何なのその目。そんな風に見つめるの、なんかよくないと思いますけど。というと、おかしそうに笑われる。そんな時、色んなツテで、薬を作る夢の話が盛り上がってくる。Ωの対応や治験に向けて活動を開始するようになる。夢に少しずつ近づくような。そんな中、従来の抑制剤の治験の闇やΩたちへの許されない行為を耳にする。少しずつ証拠をそろえていくと、それを良く思わない連中が居て――。瑛士さんは、契約結婚をしてでも身辺に煩わしいことをなくしたかったはずなのに、なぜかオレに関わってくる。仕事も忙しいのに、時間を見つけては、側に居る。なんだか初の感覚。でもオレ、勉強しなきゃ!瑛士さんと結婚できるわけないし勘違いはしないように! なのに……? と、αに翻弄されまくる話です。ぜひ✨ 表紙:クボキリツ(@kbk_Ritsu)さま 素敵なイラストをありがとう…🩷✨

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...