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第弐部-Ⅱ:つながる魔法

126.日向 つながる

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目が開いたら、ベッドにいた。
いつもは隠れ家で寝るのに、何で、って思ったら、僕の下で、うーん、ってうなり声がする。
しおう。

びっくりして、そわそわして、体が固まった。

何だっけ、何でしおうがいるんだっけって考えたら、へんなにおいがして思い出す。
そうだ、僕はかめむしをつかまえて、くさくなったんだ。

緑で頭が三角のおもしろい虫。
僕はいつも上手につかまえられないから、つかまえたがうれしくて大好きな虫になるはずだったのに。あんまりくさくてびっくりした。

うつぎがお風呂で一生懸命僕をあらったけど、落ちなかったね。
だから、僕は隠れ家に入れなくなって、代わりにしおうと寝たんだっけ。


「しおう、」


声は出たから、呼んでみたけど、しおうは起きない。
しおうがすうすうするたび、僕のお腹がしおうのお腹の上で動いた。耳はしおうの胸にくっついていたから、トクトクするのがずっと聞こえる。手はどこだろ。指輪があるから、左は分かった。右をさがしたら、何かをつかまえた気がした。知ってる。しおうの腕。

お腹が温かくて、トクトクするのがふわふわして、手も足も、少しずつ動いた。
首を動して上をみたら、しおうの顔。口が半分開いて、時々むにゃむにゃする。
眠っているときは、まだ赤ちゃんみたいね、ってすみれこさまが言ったね。僕は赤ちゃんは知らないけど、しおうみたいなら赤ちゃんはきっと可愛い。

体がどんどん動くになって、しおうのお腹をころん、って転がった。
起きて勉強するがいいかも知れない。今日は、悪い夢も見なかったから、いっぱい寝た。そわそわはあるけど、ふわふわもあって、いつもよりうんと良い気がする。

もう一回ころんって転がったら、ベッドから足が半分出た。でも、起きようとしたところで、お腹がぐってひっぱられる。


「…何してんの、」


僕はまたころんって転がって、背中がしおうのお腹にくっついた。

「…まだ早いよ、もう少し寝な、」
「ぃっぱい、寝た、」
「何で泣きそうなの、怖かった?」
「勉強、する、って、おも、った、のに、」

しおうのお腹にくっついた背中が硬くなって、起き上がらなかった。せっかく動くになったのに、僕の体はまた固まって動かない。
何で、僕はいつもできない。

「体がちがちだな、…俺のせい?」

できないは僕のせいなのに、悔しくてしおうのせいにした。しおうは、ごめん、って謝る。
ちがう、しおう。
しおうが怖くないがわかるのに、勝手に怖くなるは、僕のせい。
しおうは怖くないのに。離宮に怖いものはないのに。みんなが全部怖くなくしてくれるのに。何で僕はいつも怖がる。

「怖いが、嫌だ、」
「うん、」
「僕はわかる。しおうは、いらなく、なら、ないって、わかる、のに、」
「うん、」
「何で、怖い、」

悔しくて僕が泣いたら、しおうは僕をころんって転がして、僕のお腹をしおうのお腹にくっつけた。背中をなでて僕が安心するようにやさしくする。

しおうのやさしいがわかるのに。しおうは僕のできないを、怖がらなくなってきたのに。
僕はできないまま。



「……日向は、離宮にきてはじめて怖くないが、分かっただろ、」



僕の背中を撫でながら、しおうはうんとやさしく僕に言う。

「本当はな、赤ん坊の頃に怖くない、大丈夫だって安心感を作るらしいんだ。けど、日向はそれができなかった。だから俺達より怖がったり、安心するのに時間がかかるのは仕方ないんだって、」

赤ん坊、赤ちゃん、生まれた時は赤ちゃんって、すみれこさまが教えた。
僕が赤ちゃんの時、僕の父上と母上はいなくなったから、これからは、すみれこさまとはぎながかわりになるよ、って。赤ちゃんの頃からできなかった分を、これから離宮でやろうね、って。

でも、ダメだった?僕は生まれた時からダメだった?

ふるふるって体が震え出したら、しおうは大丈夫、大好きだよって言って、僕の頭に何度も口づけする。

「赤ん坊の頃のことは、日向は何も悪くないんだよ。その後のことも、日向が悪いことなんて、何一つない。安心できないところに、日向はたくさん怖いことを植え付けられたから怖くなるけど、それだって日向のせいじゃないんだ、」

ぎゅうって、しおうが僕の背中を抱いて、耳のところで、ごめんな、って言った。

「俺も、日向に怖いものを植え付けたんだな。いらなくなるかもしれない、って日向が分かってても怖くなるのは、俺がそうさせたせいだ。」

ちがう、って言いたかったのに声が出ない。でも、しおうは聞こえたみたいに、ちがわないよ、って言った。

「俺のせいだよ。俺のせいにしてほしい。…日向にひどいことした自覚があるけど、俺は日向を離せないから、俺のせいにして、日向にできないことを、俺にさせて、」

涙がいっぱい流れた。しおうの胸のところが僕の涙で色が変わっていくのが見える。
それが見えなくなったと思ったら、いつの間にか僕はしおうの顔を見ていて、しおうの紫色が僕を見ていた。

紫色の目。
朝がにがてで眠いのに、僕を大好きでやさしくする、しおうの目。

その目を見たら、しおうの気配が、すごく強くなって、僕を守るみたいに包んだ気がした。

僕の顎をつかまえていた手が、ゆっくり僕の頬をなでる。
僕の涙をふいて、ちゅうってまぶたに口づけて、僕をとかす。


「日向が嫌になっても、俺は日向を逃がしてやれない、」
ぅん、
「日向を怖がらせるって分かっているのに、離してやらないんだよ、」
ぅん、
「一生だよ。日向はどこにも行けない。俺以外のとこには俺が行かせない、」
ぅん、
「日向は俺の。日向の怖いのも、全部俺の。わかる?」
ぅん

うなずいたら、うんとやさしくしおうは笑った。
何でそんなにやさしい。何で、そんなにうれしい顔。

全部、僕が好きだから、って僕はわかる。


「じゃあ、今、日向が怖いのも俺のもの。俺が日向を怖くしたから、責任を取るのは俺な、」
ぅん、
「うん、…何がしたかった?」


しおうの指が、僕の髪をからめて、頭をなでた。
僕が言えるように、うんとやさしく。



「学院、に、行きたい、」



いっぱい勉強して、また学院に行きたい。
あじろももうすぐ来るやくそく。
あずまも勉強して、僕が通えるになるのを待ってるって、僕はわかる。
はぎなも、僕が勉強したいを、いっぱい教える。
とやは生態学で、今一番ゆうとうせいだって。本当はしおうがなりたかったけどさせないんだって、とやは笑ってた。

怖いはあるけど、行きたいもある。


「しおうと、一緒に、学生が、やり、たい、」


しおうが怖い時もずっと、安心も、大好きも、僕の中にあったよ。
学院で怖いになったけど、怖いだけじゃなかった。うんと楽しくて、僕が知らない世界にしおうが連れて行ってくれるが、僕は幸せだった。

「失敗、した、けど、また、やりたい、」
「失敗じゃない。できないことが見つかったけど、できることも分かっただろ、」
「……できなくても、いい?」
「うん、それは俺がやる、」
「きっと、また、怖くなる、」
「良いよ。何度でも、怖くなくなるように一緒にやるから、」
「また、できなく、ても、いらなく、ならない?」

「ならない、」


しおうの怖いがない。
全部まっすぐ、僕が大事だって、守ろうとする。

こんなに泣くのに。
小さくて、弱くて、みんなと同じことさえできないのに、しおうは僕がいいって、言う。
ちがうかもしれない、って思うのは全部はなくならないけど、本当かもしれないはうんと大きくなった。


「わかった、」


「うん、日向を離さないかわりに、日向のやりたいことを一緒にやるから。日向も俺と一緒にいてくれ、」
「ぅん、」
「まずは学院だな。また通えるように一緒に準備しよう、」
「ぅん、」
「だからちゃんと寝て、食べて、体力を戻そうな。俺も日向も、ちょっと痩せすぎだって、藤夜と萩花に怒られるから、」
「ぅん、」

じゃあ、二度寝からだ、ってしおうは僕を布団に降ろしてぎゅうってする。

いっぱい寝たのに。
しおうの胸のことことが僕を眠くした。しおうの気配はそわそわをうんと小さくするから、僕の体はどんどんぽかぽかになっていく。大好きだよ、ってしおうが何度も言って背中をなでたら、僕の体はどんどん布団に沈んでった。


夢を見たよ。


学院で、僕は隠れていた。帝国史の講堂の机の下。
今よりうんと小さい体で、歩くもしゃべるも上手にできない。
黒いからすが、僕を連れて行こうとしたけど、僕は泣くもできなかった。
でも、来たね。
太陽の神様がぴかーって光って、からすを追い払う。

それが、しおうだって、僕はわかったよ。

小さい僕を神様が拾って、太陽でぽかぽかにした。
僕はぐんぐん大きくなって、いつの間にか離宮でしおうとすみれこさまととやとはぎなとうつぎとあずまと遊んでた。あじろもきたよ。そらもゆりねもみずちもいた。かんべとうなみとやまととしぎも。
離宮のみんながいて、宴会をして、しおうと僕は一生一緒だねって、約束する。

そうだ、僕は約束した。
しおうは、ずっと一緒。
魔法で約束したし、皇族と王族の約束だから切れないんだよって、しおうは言った。


でも一番は、しおうが僕を好きだから。


それが分かったら、僕は安心して、あとは夢を見なかった。

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