第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
上 下
117 / 202
第弐部-Ⅱ:つながる魔法

115.日向 ごめんね

しおりを挟む
学院に行けなかった。
勉強もできない。
鍛錬ももうずっとしてない。

隠れ家の中で丸くなって、毛布にくるまって、ただじっとしてた。
時々眠くなってうとうとするけど、気配がするとびっくりして目が覚める。

やりたいことがあったのに、体が動かなくなった。
熱は下がったのに、手も膝も首も肩も全部固くなって、もう動かない。
時々トイレに行くけど、足が上手に動かないから、歩けなくなったかもしれない。

字を練習してみようかな、って思った。
でもやっぱり動かなくてうとうとする。
うとうとしたら、離宮の玄関のとこで、しおうの気配がしたから、また目が覚めて体をぎゅうってした。

来るかな。
来ないかな。
来ると嬉しいのに、怖い。
来てほしいのに、ほしくない。



「…日向、」


うんと近くで声がして、僕はぎゅうって背中を隠れ家の奥にくっつけた。
いつもよりうんと近くにしおうの声がする。こつんって音がしたから、しおうの額が扉にくっついたかもしれない。しおうの声と匂いと気配がした。

大好きと、心配と、怖いと、不安と、悲しいと、苦しいと、痛いの気配。
全部、僕のせい。

「葎(もぐら)が、心配していたよ。今日の講義の分、いつか聞きにおいでって。…演習で山芋を掘ったけど…お前がいないから、みみずに困った。麗(うらら)がお前に食べさせたいって山芋をくれたから、料理長が調理してくれるそうだよ、」

なあ、日向、ってしおうは泣きそうになる。泣いてるかもしれない。

「何で出てこない。何が怖かった。何が嫌なんだ。聞くから、…全部聞いて、失くしてやるから、…頼むから出てきてくれ、」

こつん、ってまた扉が鳴った。
扉が揺れるが怖くて、僕は背中をうんと奥にぎゅうってする。
お腹がそわそわして、きゅうって痛くなった。

ごめんね、しおう。
しおうが泣くが嫌なのに、しおうを泣かせた。
しおうが心配するが嫌なのに、しおうを心配させる。
ごめんね。

でも、お願い。開けないで。
開けたら僕は、怖くて、またしおうを泣かせる。
お腹がそわそわして、体がぶるぶるして、きっとまた息ができなくなって、しおうを怖いにする。

こつん、こつん、って何回か扉が鳴ったけど、しおうは開けなかった。
ごめんな、って小さく言った後、いなくなる。

僕は部屋に一人ぼっち。

僕のせいなのに、寂しくなった。
悲しくて寒くて、しおうがほしいがある。
でも、しおうが来るを考えたら、怖くなって、やっぱり体は動かなかった。






「紫鷹さんが寝落ちてしまったの。私がお夕食を持ってきたけれど、良いかしら、」


僕がうとうとしたら、良い匂いがして、すみれこさまが来た。
ご飯の匂い。
お腹が空くは分からないけど、匂いがしたら、ぐーって鳴る。
お腹が空くのは良いことね、ってすみれこさまは笑った。

「紫鷹さんが山芋をいただいてきたんですって。擦って食べるとおいしいのだけど、多分日向さんは焼いた方がお好きだからって、料理長が焼いてくれましたよ。」

ことん、って隠れ家の前に置く音がしたら、中まで良い匂いがいっぱいになって、またお腹がぐーって鳴った。すみれこさまがまた笑う。

すみれこさまは、いつも笑うね。
しおうも、とやも、はぎなも、みずちも、そらも、うつぎも、ゆりねも、あずまも、やまとも、みんな心配がいっぱいなのに。すみれこさまは、ちょっと。

何で?って聞きたかったけど、声が出なくて、体も動かなくて、聞けなかった。

「日向さんは、山芋は初めてね?」
うん、
「ふふ、少し熱いから火傷をしないように気を付けて。ほくほくしてとてもおいしいから、ゆっくり召し上がってね。」
わかった、
「慌てないで。ゆっくりね、」
うん、

ふわって、頭をなでられた気がした。
扉は開かないのに、すみれこさまの気配が、僕の頭をなでる。きれい。


すみれこさまは、いいかもしれない。怖くないかもしれない。僕の体は動かないから、扉を開けられないけど、本当はすみれこさまにぎゅうって抱っこしてほしかった。

側にいて、大好きだよって、言われたかった。
抱っこして、やわらかい手で頭をなでてほしい。
温かい膝の上だったら、うとうとじゃなくて、いっぱい眠れる気がする。


でも、またね、ってすみれこさまが言って、部屋の扉が閉まる音が聞こえた。仕方ない。


静かになって、何の音も聞こえなくなって、誰の気配もしなくなったら、僕の指はやっと動いた。
指、手、肘、肩、足指、足、膝、頭。
ちょっとずつ動いて、ゆっくり隠れ家の扉を開ける。

隠れ家の前の小さな台に、ご飯が乗ってた。
白いおにぎり。僕は今お腹が良くないから、やわらかいやつ。
温かいお味噌汁と、黄色い卵。お茶とりんごのジュースもあった。


それから、白と茶色のやつ。やまいも。


喉がかわいたから、お茶を飲む。慌てたから咳が出た。失敗。
ゆっくりね、ってすみれこさまが言ったね。言ったのに、僕はまたできなかった。
おにぎりを食べようとしたら、やわらかいおにぎりはぐちゃぐちゃになる。手がプルプルするから、力加減が悪かった。仕方ない。
お味噌汁は、お椀ごとこぼした。料理長がせっかく作ったお味噌汁は全部こぼれて、卵とやまいもがお味噌汁だらけになる。

でもお腹がぐーって鳴ったから、びちゃびちゃの卵を食べた。
フォークで上手に刺せなくて、手でつかまえる。
ふわふわで、甘くて、温かい卵。僕が好きな卵。

調理長はね、僕が元気がないがわかるから、僕が食べやすいご飯を作る。
おにぎりも卵も、僕は上手に食べられなかったけど、やさしかった。
味も、料理長もやさしい。
なのに、ごめんね。


料理長がせっかく焼いたのに、僕はやまいもも、味噌汁でぐちゃぐちゃにした。


はじめてのやまいも。はじめてはちょっと怖い。
でも料理長がやさしく作ったが分かるから、食べたかった。
お腹もぐーってなる。

フォークで食べるかな。
刺してみたるけど、上手にできなくて、お皿からぴょんって飛ぶ。
仕方ないから、手でつかまえようとしたけど、プルプル震えて、ぽとりって床に落ちた。


僕が落とした。
うららがくれたのに。
しおうが掘ったのに。
料理長が、焼いたのに。
すみれこさまが、おいしいよ、って言ったのに。

また僕は、できなかった。



うーって声が出る。
涙も出た。
久しぶりの声と涙。



部屋の外で、かんべが僕の名前を呼んで、隣の部屋で、みずちが立ったが分かった。
2人の心配の気配が、僕を怖くする。

お願い、来ないで。

怖くて隠れ家に戻ろうとするけど、僕はもう動けなくなって、戻れなかった。

「日向様、」

泣きそうな顔したみずちが、走って来る。でも僕が震えるが分かったから、かんべが止めた。
心配の気配。
僕がぐちゃぐちゃで、泣いてて、震えるせい。

みずちが、何度も小さく僕の名前を呼んだけど、かんべが外に連れてく。
ごめんね、みずち。
ごめんね、かんべ。

ころん、って床に転がったやまいもが見えて、うんと悲しくなった。
しおうも、うららも、すみれこさまも、料理長も、ごめんね。

泣かせて、ごめんね。
悲しくさせて、ごめんね。
心配させて、ごめんね。

怖くなって、ごめんね。



ごとり、って音がしたのは僕の頭かもしれない。
みずちの声が聞こえて泣いてる気がしたけど、分からなくなった。


「ごめん、ね、」



みんなの良いに、僕はなれない。


しおりを挟む
3/13 人物・用語一覧を追加しました。
感想 44

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...