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第弐部-Ⅱ:つながる魔法
104.紫鷹 はじまりの一歩
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水色の瞳が、好奇心に満ちてキラキラと煌いた。
「これは?」
「丸い石に手をかざしてみな、」
「ここ?…ん、わ、わ、しぉ、やだぁ、」
石に手をかざした途端に飛び出した水に驚いて、日向は俺の背中に隠れる。
その様があまりにも可愛くて笑うと、背中にしがみ付いた日向が、ぐいぐいと俺の上着を引いた。
「しおう、いじわる、」
「ごめん、ごめん。日向に自分で発見してほしくて言わなかった。これは水道、」
「何で上に出る?」
「飲み水だからな。上に出る方が飲みやすい。」
「飲める?」
責めるように俺を睨んだ水色が、ぱっと開いて、また好奇心に色を染める。
ころころ変わる表情が、本当に可愛くて可愛くてたまらなかった。
どうだろう、と東を見ると、すでに水を口にしていて、問題ありません、と頷く。
皇家の人間が、外でむやみに飲み食いするものじゃないが、学院の中だし、まあいいだろう。
とにかく、俺は日向には何でも体験させてやりたい。
「おいしい!」
顔を上げた日向が、雫を散らす。
どうしたら、その細い水で顔中びしょ濡れになれるのか。
顔どころか、前髪も濡れて、ぽたぽたと水が滴るじゃないか。
「ある意味器用だよなあ、うまかった?」
「うん、」
「学院のあちこちにあるから、水はいつでも飲める。だが、お前は俺の番いだからな、何かあったら困る。飲みたかったら、東に一度確認しろ。約束できるか、」
「わかった、」
「うん、いい子だ、」
タオルで顔を拭き、風魔法で前髪を乾かしてやると、日向は、ぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
ご機嫌だな、日向。
週に一度、日向を学院に通わせることになった。
通うと言っても、午前に俺と藤夜が取る講義を聴講させ、午後に、魔法学の個別授業を一コマ受けるだけ。およそ学院の学生には足りない。
それでも、日向にはとんでもない一歩だった。
今朝の日向は可愛かったな。
青巫鳥(あおじ)が鳴くより早く起き出した日向は、侍女や従僕が来るより先に自分で着替えを済ませ、学院用の鞄を下げて、ソファに座っていた。
俺が起きたら、あちこちに寝ぐせの跳ねた頭で行儀良く待っていたから、あまりの可愛さに悶絶したよ。
早く行こうと急かす日向を宥めて登校すれば、日向は見るものすべてに飛びついてはしゃぐ。
あれは何だ、これは何だ、と俺や藤夜に聞いては、一つ一つ確かめた。
驚いたり、感心したり、喜んだり。
次々に疑問が湧いてきて、貪欲に純粋に、あらゆるものを吸収していこうとする日向の姿がまぶしい。
連れてきて良かった。
決して、不安がない訳じゃない。
むしろ魔法に溢れる場所へ日向を連れていけば、また何かやらかすのではないかと恐怖して、何度も日向を離宮に閉じ込めたくもなった。
それでも、日向の笑顔を見るたび、連れてきて良かったのだと確信する。
嬉しいな、日向。
お前が笑うのが、俺も一番嬉しい。
日向の世界がぐんぐん広がっていくのが、俺はこんなにも幸せなのかと驚いているよ。
「石なのに、絵、」
「細かく砕いた石を組み合わせているんだな。…へえ、近くで見ると印象が変わる、」
「近いと石、遠いと絵、」
「面白いな?」
「おもしろい、ね、」
日向に倣って床に屈みこみ、石を一つひとつ眺めた。
石材やガラスを砕いて作られたモザイク画は、日向の言うように遠くから見れば絵に見えるのに、近くに寄れば、ただの石やガラスに変わる。
普段なら気にも止めないが、改めて見ると、その技巧に驚かされた。
日向の目で見る世界は、豊かだな。
「この石は、天然か?石ってこんな色になるか?」
「しおう、知らない?」
「うん、宝石ならいくらでもみたことあるが、これは違うだろ。」
「宝石も石も元は一緒だよ。同じ物質でも、酸化したり、わずかに違う物が混じるだけで色も性質も変わる。化学でやったろ、」
「やったか?」
「やったよ、」
「とや、えらい。かっこいい、」
「ひなは良くわかってるなあ、」
日向の頭を撫でた藤夜が、俺を見てどうだと言う顔をする。何だ、こいつ。
日向のきらきらとした瞳が藤夜に向くのが悔しくて、時間だ、と日向を抱き上げると、藤夜は声を立てて笑った。
日向は嫌だと床に逃げようとするが、講義が始まると告げれば、一転して嬉しそうに、早く、と捲し立てる。
日向がこうだから、俺は人生で一度も経験したことのない思いに駆られていた。
勉強がしたい。
知識が欲しい。
日向が面白いと思うものを、全て知りたい。
悔しいが、日向は自分の興味を埋めてくれる者ほど、尊敬や憧れを抱くし、よく懐く。
離宮でも、何か一つの物に熱中できる者や一芸に秀でた者ほど、日向の関心を買っていた。
藤夜に懐いたきっかけも魔法の指導だったように思うから、俺にこの侍従ほどの知識があればと、今更ながら思う。
悔しくて、今まで興味のなかった講義も真剣に聞くようになったし、日向が興味を示すものは、本でも何でも読んで学ぶようになったよ。
勉強嫌いだったんだけどな。それさえ、日向が変えた。
「ていこくしは、きょうじゅのもぐら?」
「そうだよ。講義は長いけど、静かに聞いてられるか?」
「うん、」
「分からないことがあれば、こっそり聞け。教えられることは教えるし、分からないところは、後で一緒に復習しよう、」
お前に教えられるように、散々予習してきたからな。
わかった、と日向が頷くのを確認して、講堂に入った。
すでに座っていた学生がこちらに気づくと、ざわざわとざわめきが広がっていく。
同時に、あれほど楽しげだった日向が腕の中で硬まった。
大丈夫だよ、俺がいるだろ。
そう囁けば、水色の頭が小さく頷く。
教壇に程近い窓際の席に、日向と並んで座った。
日向の隣に、東。俺の横に藤夜が腰を下ろすと、葎(もぐら)が現れた。
こちらへは軽く会釈するだけだが、日向を見ると頬を緩める。
視線があっただろうか、日向の肩から少しだけ力が抜けた。
くいっと袖を引かれて振り返ると、口を動かすから、何だと耳を寄せる。
「しおうも、つかまえて、」
「いいよ、そうしたら怖くない?」
「怖くない、」
「分かった、」
左腕で日向の腰を抱いて、引き寄せる。
ぴったりとくっついた日向の体温が、温かかった。
「お前のはじめての授業だよ、」
耳元で囁くように言えば、ぱっと見上げた日向の瞳が、宝石のように煌めき出した。
「楽しみだな?」
「たのしみ、」
「俺も楽しみだ、」
「うん、」
頬が緩んで、光が射すように、日向が笑う。
可愛くて、思わず口づけたくなるのを、葎の咳払いで押し留めた。
日向。
お前の一歩だ。
俺が一緒に歩くから、怖くないように一緒にいるから。
安心して飛び込んでいけ。
「これは?」
「丸い石に手をかざしてみな、」
「ここ?…ん、わ、わ、しぉ、やだぁ、」
石に手をかざした途端に飛び出した水に驚いて、日向は俺の背中に隠れる。
その様があまりにも可愛くて笑うと、背中にしがみ付いた日向が、ぐいぐいと俺の上着を引いた。
「しおう、いじわる、」
「ごめん、ごめん。日向に自分で発見してほしくて言わなかった。これは水道、」
「何で上に出る?」
「飲み水だからな。上に出る方が飲みやすい。」
「飲める?」
責めるように俺を睨んだ水色が、ぱっと開いて、また好奇心に色を染める。
ころころ変わる表情が、本当に可愛くて可愛くてたまらなかった。
どうだろう、と東を見ると、すでに水を口にしていて、問題ありません、と頷く。
皇家の人間が、外でむやみに飲み食いするものじゃないが、学院の中だし、まあいいだろう。
とにかく、俺は日向には何でも体験させてやりたい。
「おいしい!」
顔を上げた日向が、雫を散らす。
どうしたら、その細い水で顔中びしょ濡れになれるのか。
顔どころか、前髪も濡れて、ぽたぽたと水が滴るじゃないか。
「ある意味器用だよなあ、うまかった?」
「うん、」
「学院のあちこちにあるから、水はいつでも飲める。だが、お前は俺の番いだからな、何かあったら困る。飲みたかったら、東に一度確認しろ。約束できるか、」
「わかった、」
「うん、いい子だ、」
タオルで顔を拭き、風魔法で前髪を乾かしてやると、日向は、ぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
ご機嫌だな、日向。
週に一度、日向を学院に通わせることになった。
通うと言っても、午前に俺と藤夜が取る講義を聴講させ、午後に、魔法学の個別授業を一コマ受けるだけ。およそ学院の学生には足りない。
それでも、日向にはとんでもない一歩だった。
今朝の日向は可愛かったな。
青巫鳥(あおじ)が鳴くより早く起き出した日向は、侍女や従僕が来るより先に自分で着替えを済ませ、学院用の鞄を下げて、ソファに座っていた。
俺が起きたら、あちこちに寝ぐせの跳ねた頭で行儀良く待っていたから、あまりの可愛さに悶絶したよ。
早く行こうと急かす日向を宥めて登校すれば、日向は見るものすべてに飛びついてはしゃぐ。
あれは何だ、これは何だ、と俺や藤夜に聞いては、一つ一つ確かめた。
驚いたり、感心したり、喜んだり。
次々に疑問が湧いてきて、貪欲に純粋に、あらゆるものを吸収していこうとする日向の姿がまぶしい。
連れてきて良かった。
決して、不安がない訳じゃない。
むしろ魔法に溢れる場所へ日向を連れていけば、また何かやらかすのではないかと恐怖して、何度も日向を離宮に閉じ込めたくもなった。
それでも、日向の笑顔を見るたび、連れてきて良かったのだと確信する。
嬉しいな、日向。
お前が笑うのが、俺も一番嬉しい。
日向の世界がぐんぐん広がっていくのが、俺はこんなにも幸せなのかと驚いているよ。
「石なのに、絵、」
「細かく砕いた石を組み合わせているんだな。…へえ、近くで見ると印象が変わる、」
「近いと石、遠いと絵、」
「面白いな?」
「おもしろい、ね、」
日向に倣って床に屈みこみ、石を一つひとつ眺めた。
石材やガラスを砕いて作られたモザイク画は、日向の言うように遠くから見れば絵に見えるのに、近くに寄れば、ただの石やガラスに変わる。
普段なら気にも止めないが、改めて見ると、その技巧に驚かされた。
日向の目で見る世界は、豊かだな。
「この石は、天然か?石ってこんな色になるか?」
「しおう、知らない?」
「うん、宝石ならいくらでもみたことあるが、これは違うだろ。」
「宝石も石も元は一緒だよ。同じ物質でも、酸化したり、わずかに違う物が混じるだけで色も性質も変わる。化学でやったろ、」
「やったか?」
「やったよ、」
「とや、えらい。かっこいい、」
「ひなは良くわかってるなあ、」
日向の頭を撫でた藤夜が、俺を見てどうだと言う顔をする。何だ、こいつ。
日向のきらきらとした瞳が藤夜に向くのが悔しくて、時間だ、と日向を抱き上げると、藤夜は声を立てて笑った。
日向は嫌だと床に逃げようとするが、講義が始まると告げれば、一転して嬉しそうに、早く、と捲し立てる。
日向がこうだから、俺は人生で一度も経験したことのない思いに駆られていた。
勉強がしたい。
知識が欲しい。
日向が面白いと思うものを、全て知りたい。
悔しいが、日向は自分の興味を埋めてくれる者ほど、尊敬や憧れを抱くし、よく懐く。
離宮でも、何か一つの物に熱中できる者や一芸に秀でた者ほど、日向の関心を買っていた。
藤夜に懐いたきっかけも魔法の指導だったように思うから、俺にこの侍従ほどの知識があればと、今更ながら思う。
悔しくて、今まで興味のなかった講義も真剣に聞くようになったし、日向が興味を示すものは、本でも何でも読んで学ぶようになったよ。
勉強嫌いだったんだけどな。それさえ、日向が変えた。
「ていこくしは、きょうじゅのもぐら?」
「そうだよ。講義は長いけど、静かに聞いてられるか?」
「うん、」
「分からないことがあれば、こっそり聞け。教えられることは教えるし、分からないところは、後で一緒に復習しよう、」
お前に教えられるように、散々予習してきたからな。
わかった、と日向が頷くのを確認して、講堂に入った。
すでに座っていた学生がこちらに気づくと、ざわざわとざわめきが広がっていく。
同時に、あれほど楽しげだった日向が腕の中で硬まった。
大丈夫だよ、俺がいるだろ。
そう囁けば、水色の頭が小さく頷く。
教壇に程近い窓際の席に、日向と並んで座った。
日向の隣に、東。俺の横に藤夜が腰を下ろすと、葎(もぐら)が現れた。
こちらへは軽く会釈するだけだが、日向を見ると頬を緩める。
視線があっただろうか、日向の肩から少しだけ力が抜けた。
くいっと袖を引かれて振り返ると、口を動かすから、何だと耳を寄せる。
「しおうも、つかまえて、」
「いいよ、そうしたら怖くない?」
「怖くない、」
「分かった、」
左腕で日向の腰を抱いて、引き寄せる。
ぴったりとくっついた日向の体温が、温かかった。
「お前のはじめての授業だよ、」
耳元で囁くように言えば、ぱっと見上げた日向の瞳が、宝石のように煌めき出した。
「楽しみだな?」
「たのしみ、」
「俺も楽しみだ、」
「うん、」
頬が緩んで、光が射すように、日向が笑う。
可愛くて、思わず口づけたくなるのを、葎の咳払いで押し留めた。
日向。
お前の一歩だ。
俺が一緒に歩くから、怖くないように一緒にいるから。
安心して飛び込んでいけ。
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