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第弐部-Ⅰ:世界の中の

100.日向 僕の安心する場所

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「良くなりましたね、」

僕の手を診察して、おぐりが言った。

「なおった?」
「ええ、皮膚も再生していますし、新しい傷もありません。もう大丈夫です、」

よく頑張りましたね、っておぐりが笑う。
手をのばしてみずちに見せたら、みずちは、良かった、って泣いた。

僕の手。
ずっと包帯がぐるぐるだった手。

「包帯、おしまい?」
「はい、もう包帯は必要ありません。ただ、これから温かくなって着るものが薄くなっていきますから、お怪我には充分気を付けてくださいね。日向様はもう殿下のご伴侶ですから、ご自分だけのお体ではありませんよ、」
「僕の、ちがう?」

僕はびっくりした。
しおうのつがいになったら、僕の体は、僕のじゃなくなる。
だれの?って聞いたら、おぐりは困った顔になった。仕方ない。
僕の体は僕のだよ、でも僕だけのじゃないよ、っておぐりは教える。

「日向様は、紫鷹殿下がお怪我をされたとき、治癒の魔法を使われたと聞きました。」
「しおうが、骨折、」
「ええ、日向様の魔法のおかげで、殿下の怪我は驚くほど回復が早かったのですが…、その魔法を日向様が使われたのはなぜか、お分かりですか?」
「しおうが、けがするが、いや。」

そうですね、って、おぐりは笑った。やさしい。きれい。

「紫鷹殿下も、日向様がお怪我をされるのは嫌なんですよ。この腕の怪我をご覧になられたときも、一番心配されたのは殿下でした。」
「うん、」

僕がけがしたから、しおうは寝不足なのに、僕と寝る。
僕がまたけがするが嫌だから、くまができるのに、一緒に寝る。
こないだも、僕のてんい魔法のせいで、怖いになった。

しおうは、僕が大事だから。
僕が一緒じゃないと、かなしいから。
僕のつがいだから。

「ですから、日向様のお体は日向様のものですけれど、決して日向様だけのものではありません。」
「けがしたら、しおうがかなしい、」
「はい、殿下だけでなく、私も水蛟さんも皆悲しいです、」
「わかった、」

えらいですね、っておぐりが言ったら、ふわふわがいっぱいになった。
おぐりがほめたからかな、って思ったけど、もっと前からふわふわがあったから、ちがうかもしれない。

僕の体は、僕の。
でも僕だけじゃない。

もう一回、頭の中で言ってみたら、もっとふわふわになったから、これかもしれない。




「しおう、見て、治った!」


お風呂の後、うつぎが体をふいたら、しおうのけはいがした。
手を見せたいになって途中で飛び出したら、帰って来たしおうととやがびっくりした。はぎなとあずまも。
すぐにうつぎにつかまってタオルでぐるぐるにされたけど、手は見えたから、しおうは僕の頭をなでる。

「…良かったな、」
「しおう、真っ赤、」
「お前のせいだよ。服を着ろ、風邪ひくだろ、」

また困ったの顔。
僕はもっと、しおうがうれしいになると思ったのに、ちがった。
仕方ない。

でも治ったよ。もう心配ない。

「治ったら、隠れ家で、寝る?」
「ん?…ああ、そうか。手の怪我が治るまでって約束だったな。いや、でも、魔法が、」
「僕、できたよ、」
「それは、そうだが…うなされるだろ、」

「16歳は、一人で、寝る、」

僕が言ったら、しおうは今度はざんねんの顔になった。
しおうは寝不足だからいいと思ったけど、またちがったかもしれない。
仕方ない。

でも、ちょうどいいか、ってしおうが言ったから、僕は隠れ家で寝ていいになった。


隠れ家。

僕の安心がつまった場所。

僕のあんぜんりょういきって、おぐりが教えた。
僕が離宮にきた時、僕には安心できる場所がなかったから、自分で作ったんだね。がんばったね、って。

最初は巣穴だったけど、しおうが隠れ家だよって言ったから、隠れ家になった。

すみれこさまのうさぎと、とやの温玉(ぬくいだま)と煌玉(こうぎょく)がいつも一緒。
僕は左胸にはしおうのあおじがぽかぽかして、左のくすり指にしおうの輪っかがふわふわするから、隠れ家にこもると大好きにかこまれて、安心する。

おでかけした時、うさぎの巣穴が欲しくなった。
巣穴じゃなくて、隠れ家がなくて不安だったんだよって、後でおぐりが教えた。

16歳は隠れ家で寝ないが分かるけど、僕は隠れ家が必要なんだって。
16歳になるために、僕はあんぜんりょういきが必要。
仕方ない。
でも、わかった。

だから隠れ家で寝る。



だけど、そわそわするね。
温玉を温かくしたのに、ぽかぽかが足りない。
ふわふわも足りない。


眠いのに眠れないから、隠れ家を出てみた。くるくる部屋の中を回って、そわそわを小さくしてみる。ならない。
隠れ家がいいかなってもどったけど、やっぱりそわそわする。
今度は字の練習をしてみたらうとうとした。眠れると思ったけど、隠れ家に入ったら、また眠れなかった。
もう一回、くるくる回って、トイレに行って、ベッドに行って、くるくる回る。


「どうしました、日向様、」


扉に言ったら、ひょいってあずまが頭を出した。
呼んでないよって、言ったのに、あずまは僕をじーって見た後、ひょいって抱っこする。

「あずま、何、」
「殿下の所に連れて行きますから、大人しくしててください、」
「ちがう、あずま、行かない、」
「だって、眠れてないじゃないですか。もうとっくに日付が変わりましたよ。見守ろうかと思ったけど、ダメです、」
「眠れる、できる、だいじょぶ、」
「小栗さんに言われたでしょう。日向様に何かあったら、僕も心配します、」

あずまが、うんとやさしく言うから、僕はうーってうなるしかできなかった。
あずまは小さいのに、僕をかんたんに抱っこして、しおうにつれていく。くやしい。
でも、あずまの大好きも僕はわかるから、いやとふわふわが一緒になる。

隠れ家で寝るのに。一人でできるのに。


だけど、あずまがやさしく背中をなでて、しおうのけはいが近づいたら、ちがうがわかった。


「隠れ家で寝るんじゃなかったのか、」


しおうの部屋の前に、しおうがいる。
夜中なのに。寝不足なのに。

「何で、」
「お前の気配は分かるよ。悪いな、東。後は引き受ける、」
「…外で控えています、」

あずまが僕をしおうにわたして、しおうが僕の体をぎゅってする。

しおうのお腹と、僕のお腹がくっついたら、急にぽかぽかになった。
さっきまで、足りなかったぽかぽか。
しおうの手が背中をぎゅうってすると、お腹のそわそわがふわふわに変わる。
ずっとさがしたふわふわ。

一人で眠りたかったのに、くやしい。
でも、わかった。



「…しおうが、いい、」



僕もぎゅうってしたら、安心になった。

「隠れ家より、俺が良いって?」
「うん、」

ベッドはまだなのに、しおうが止まる。なあに、って見たら、真っ赤になったしおうが、うんとやさしい目で僕を見てた。
うれしいの目。大好きの目。幸せの目。

僕は、しおうの目が一番安心って、わかったよ。

「隠れ家、より、しおう、が安心、」
「本気か、」
「けが治った、けど、しおう、と寝るはいい?」
「いいに決まってる。…やばい、めちゃくちゃ嬉しい、」

顔も耳も、全部真っ赤になって、しおうが言う。可愛い。
しおうの大好きのけはいが、いつもよりもっともっと強くなって、僕はうんとふわふわになった。


僕の安心の場所。
僕のあんぜんりょういき。
僕は、しおうがいい。


「ごめんね、」
「何で謝るんだ、」
「しおう、寝不足、のまま、」
「そんなのはどうでもいい。俺だって、お前がいいんだ。言質は取ったからな?もう隠れ家がいいって言うのはなしだぞ、」
「うん、しおうがいい、」

しおうがもっともっと真っ赤になって、可愛くなった。うれしい。
うれしくて、僕はちゅうがほしい。

「しおう、ちゅうする、」
「…いいけど。お前のそう言うところが、正直困る、」
「いや?」
「嫌なわけないだろ。俺がお前に惚れすぎてるからだよ。…でも、まずいな。歯止めが効かなくなる。襲わないようにこっちは必死なのに、」
「おそう、は何?」
「…お前のこと触りたいし、抱きたいってことだよ、」

ぎゅうも、ちゅうも、いつもするのに。

「ぎゅうってする?」
「それだけじゃ足りないんだよ、」

しおうがまた歩き出して、僕はすぐにベッドにころんってなった。
なあに、って見たら、しおうは僕の顔の横に手をおいて、僕の上にまたがる。しおうが真剣な顔で僕を見下ろすから、ちょっとびっくりした。


「ぎゅうとちゅうじゃ、俺は足りない。日向の裸をみたら欲情するし、直接触りたい。身体中に触って口付けて、ぜんぶ俺のものだって跡を残したい。外だけじゃない、中もだよ、わかる?」


「わかる、」
「嘘つけ、わかんないだろ、」
「わかる、の、」

僕はわかるのに。
しおうがわかんないって言うから、僕はちょっと怒った。
だからしおうの口にちゅうってする。しおうがとろとろになって、きれいになるちゅう。
しおうはびっくりして、紫色の目がまん丸になる。

「ん、…はぁ、ちょ、と待て、日向、」
「や、だ、」
「何で立場が逆転するんだ。勘弁してくれ、本当に抑えきれなくなるから。」
「僕の体、僕としおうの、って、おぐりが言った、よ、」
「はあ?」
「僕の、だけじゃ、ない、って、」
「絶対そう言う意味じゃないだろ。なあ、日向、本当に待て、言うこと聞けって、」
「おそう?」
「襲わないよ!」

今度は僕がびっくりした。
ごめん、ってしおうが頭をなでる。
大きな声がしたけど、しおうが怒ってないが、僕は分かるよ。だって、もうずっとずっと、しおうから大好きのけはいがいっぱいあふれて、僕のこと包んでる。


「日向を大切にしたい。だからなし崩しにしたくない。頼む、」


やさしい目。でも困ってる。
ちょっと泣きそうになるのが可愛くて、僕は怒ったが、ぜんぶ消えた。

「しおう、かわいい、」
「…可愛いのはお前だろ。日向に俺はどう見えてんだ、」
「ちゅうは、しない?」
「…するけど、今は日向にされると、歯止めが聞かない。口づけだけで抑えられる気がしないんだよ。大切にしたいのに、滅茶苦茶にしそうで怖い。…するなら、ちゃんと日向が分かるようになって、2人でしたい、」
「おそう、やつ?」
「そう。ちょっとずつ教えるから、日向が分かるまで、俺に我慢させて、」
「わかった、」

真っ赤で可愛いのに、しおうは真剣で一生懸命だから、僕もうなずく。

僕がちゅうってしたら、しおうは我慢ができない。
僕が大好きだから。

でもどうしよう、僕は今、うれしいがいっぱいで、ちゅうがほしい。

「ほしい、はどうする?」
「…そう来るか。」

真っ赤な顔のまま、 しおうが大きく息をはく。
一度、紫色の目が閉じて、もう一回開いたら、可愛いしおうが、僕をとろとろにする時のしおうになった。

「日向が口づけを好きなのは、俺のせいだもんな、」
「うん、」
「隠れ家より俺がいいんだもんな、」
「うん、」
「責任取るよ、」

ちゅうって、額に口づけが降ってきた。
頬にも、鼻にも、瞼にも、口にも。

あんなに眠れなかったのに、僕はあっという間に眠くなった。

しおう、僕しおうがいい。
離宮に来た時、しおうが、僕を隠れ家から出したみたいに、またしおうが僕を出したよ。
あの時は怖かったけど、今は安心。


あんなに眠れなかったのにね。
しおうがいたら、こんなにかんたん。



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