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第弐部-Ⅰ:世界の中の
95.紫鷹 第八皇子は番いの王子を見せびらかしたい
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「僕も、学院、行きたい、」
揺れる馬車の中で、流れる景色を眺めていた日向がぽつりと言った。
思いがけない言葉に、俺も、同乗していた藤夜(とうや)や萩花(はぎな)も目を丸くした。
「何だ、いきなり、」
「あじろが、学院で、生き物、べんきょうするって、教えた。はぎなと、あじろより、生き物たくさん、わかる人がいる。僕も、やりたい、」
友人たちと思わず顔を見合わせる。
亜白との別れを悲しんでいるか、あるいは初めて見る景色に心奪われているかとばかり思っていたのに、そんなことを考えていたのか。
亜白を見送って、少しのんびりと馬車を走らせ、日向に景色を楽しませるつもりだった。
初めて森に出かけた時も、今朝神殿へ向かった時も、日向は俺の腕の中にいて、窓の外をほとんど眺めることはなかったから。
外を見てごらんと言えば、おそるおそる窓を覗いた。
すぐに窓にかじりついて離れなくなって、言葉を失くし、どこか呆然としているようにも見えたのだが。
「16歳は、学院へ、行く。ちがう?」
振り返った瞳が、懇願するように俺を見る。
綺麗で、可愛くて、俺は簡単に陥落させられた。
「行ってみるか、」
「うん、」
「藤夜、馭者に伝えろ、」
「は?今から?」
「え、このままですか?」
「日向が行きたいと言っているんだから、行くしかないだろ。警護なら心配するな。学院なら宮城より安全だ。」
だとしても!と藤夜は叱るが、日向の潤んだ瞳を見せてやれば、俺の侍従も勝てやしない。
萩花はさすが日向の護衛ともいうべきか、そう簡単にやられはしないが、こちらの意思が変わらないのを見ると、淡々と伝令を飛ばして追従する草や騎士たちに指示を出した。優秀な護衛だな。
腕の中の水色を見下ろすと、宝石のように透き通った瞳が、窓から差し込む光を反射してキラキラと瞬いていた。
ここしばらくしんどそうな顔ばかり見ていたから、久しぶりにドキリとして、嬉しくなる。
そんな表情を見たら、いよいよ俺も侍従も、日向の護衛も、選択肢を一つに絞るしかなくなった。
「ひな、学院へ行くけど、絶対に紫鷹から離れないこと。学院には、色々見慣れない魔道具もたくさんある。でも、危ないものもあるからな。むやみに触らないこと。気になるものがあったら、まずは俺か紫鷹に聞いて。」
「わかった、」
「殿下は、少しは自重なさってください。万が一にも、日向様に害が及ぶような振舞をすれば、実力行使に訴えますよ。」
「害、って何だ。俺が害を加えるわけがないだろ、」
「返事、」
「あ、はい、」
藤夜が心底心配そうに日向に語り掛ける一方で、萩花の笑顔の恐ろしいことよ。
明日の鍛錬はしんどいなあ、と頭の片隅で汗を流したが、今は久しぶりに心が躍っている。
まあ、皇子らしくしていれば、萩花は満足するだろう。
皇子らしく、俺の愛しい番いを、エスコートしてやろうじゃないか。
亜白との別れの際に暴れたせいで、少し乱れた日向の服を、萩花が慣れた手つきで直してやる。髪はどうしましょうかと言うから、いつか正装をさせた時のように、横で留めさせた。
特別な時に見る日向のこの髪が、俺は好きだ。
学院に入ったら、口づけは控えなきゃならんだろうな、と思ったから、髪を留めたことで顕わになった白い頬へ口づけを落とす。
殿下、と萩花にいさめられたが、浮かれた日向がもっと、と強請ると、それは止められなかった。
「あれ?」
「うん、あれが俺たちの通う学院、」
堅牢な城塞に続く橋を渡り、門をくぐる。
半色乃宮(はしたいろのみや)の印に敬礼する騎士や学生を横目に見て光の中へと馬車が抜けると、緑の広場と、アーチの美しい城が、高々と見えた。
腕の中の日向が、声もなく感嘆して、きょろきょろと窓の外を見渡す。
それだけで、選択肢は間違っていなかったと嬉しくなった。亜白との別れに落ち込む日向を慰める覚悟でいたのに、まさか興奮して窓を突き破りそうな日向を抑える羽目になろうとは。
「術式が、いっぱい、」
「見えるのか、」
「壁の術式は、何で?」
「城を護る魔法だよ。ここは不可侵の学び場だから、帝国で一番堅固に守られているんだ。普通は壁の装飾に驚くところだけれど、…ひなには、術式が見えるんだな、」
藤夜が驚く一方で、少し不安そうに日向の頭を撫でる。
おそらく、身体守護の術式がうまく行かなかったことを案じているのだろうが、腕の中の日向は、どうやらそれどころではないらしい。
「しお、犬、犬、あっちも犬、」
「ああ、補佐犬だな。背中に鞄を抱えている犬がいるだろ。あれはおそらくどこかの教授の依頼で書類を届けるところだ、」
「犬が、しごと、」
「そう、賢い生き物は、あんな風に仕事を手伝ったりもする、」
「鳥も、」
「あれは伝令鳥だな。紙に残せない特殊な伝令を、あの鳥に託す。」
小さな口が、顎が外れるのではないかと心配になるほど開いた。
膝の上の小さな体が、ぴょんぴょんと忙しなく跳ねて、興奮を抑えきれないでいる。
馬車が止まり、扉が開くのを待つ間、日向は我慢ならないというように暴れた。それを笑って腕の中に閉じ込めて、待たせる。
先に降りた藤夜と萩花が馬車の横に控え、こちらへ頷くのを待って、扉をくぐった。
日向が無邪気にはしゃぐ分、俺が頬を引き締めなければならない。
普段なら、視線を伏せて俺とは目を合わせようともしない学生たちが、驚いたように振り返るのが分かった。
全ての視線を浴びて、腕の中の日向は少し怯えたように震えるが、大丈夫だよと囁いて背中を撫でてやれば、好奇心が勝って、また瞳をきょろきょろとさせる。
あちこちで、「あれが、」と困惑と驚嘆の声が上がるのが聞こえて、腹の奥から歓喜が沸きあがるような気がした。
「紫鷹、顔が緩んでる、」
「悪い、嬉しかった、」
「しおう、うれしい、は何で?」
何で、ってそりゃあ、なあ。
「俺の番いをやっと見せてやれたからなあ。左手、見せてやって、」
「つがいの、輪っか、」
「そう、約束の指輪な。俺と日向が伴侶になる約束の指輪。これを見せたら、学院中の人間に俺たちが番いだってわかる、」
「殿下、」
思わず口づけを落としそうになるのを、萩花に笑って窘められた。
見れば城の正面の扉から、俺と藤夜も講義を取る帝国史の教授が、汗を流して飛んでくる。
「で、殿下。ご機嫌麗しゅう、」
「挨拶は結構。呼びつけて申し訳ない。俺の伴侶が学院を見たいと言うから連れてきたが、構わないか。」
「ご、ご伴侶でございますか、」
「尼嶺の日向王子だ、」
「こ、これは、初めてお目にかかります、」
汗をかいて慌てて見せるが、教授はこちらの意図を容易に汲んで、礼を取って見せる。
「日陽乃帝国(にちようのていこく)・金烏乃学院(きんうのがくいん)へ日向殿下をお迎えいたしますこと、大変喜ばしく存じます。」
腕の中の日向が全く怯えていなかった。
おそらく、この男の気配が日向になんの脅威も与えないことが分かるからだろう。
もしかすると、草の一部だとさえ気づいているかもしれない。
あいさつする?と尋ねる日向に、できるかと問えば、嬉しそうに頷く。
萩花が頷くのを確認して降ろし、教授の前に立たせた。
小さな王子。
水色の髪と瞳が、その血筋を象徴し存在を示した。
光に溶けるほど美しい糸のような水色の髪。
水のように、宝石のように揺らめき、美しく輝く水色の瞳。
降り注ぐ視線の中で、俺の番いが、堂々とその名をあげる。
「ご挨拶お受けいたしました。金烏乃学院へ初めてお目にかかります。尼嶺の日向と申します。」
教授の肩にも届かない小さな日向が、ゆったりと頭を下げると、教授が膝を折って地に着き、日向よりも低く頭を下げた。
「尼嶺の日向様に初めてお目にかかります。帝国史を司ります、葎(もぐら)と申します、」
「もぐら、」
「ええ、もぐらです。」
ぱっと振り返った日向の瞳が嬉しそうに輝くから、良かったなと頭を撫でて、また腕に抱く。
あちこちで、一連の様を見守った気配が再びざわめき出して、それぞれの思惑を囁きだすのが聞こえた。
「挨拶できたな、偉い。」
腕の中の水色を褒めてやれば、もぐもぐと口を動かして頬を赤くする。
その顔があまりに可愛くて、また口づけを落としたくなるが、萩花の視線を感じてやめた。
代わりに、多少演技がかった尊大な態度で、教授に相対してみせる。
「案内を頼む、」
「畏まりました、」
城の正門前で繰り広げられたやり取りを、どれだけの者が見ていただろうか。
おそらく、広場に面した窓という窓から、学生も教授も職員も、あるいは、学院に紛れた多種多様な者たちも、この光景を見ていたことだろう。
噂は口から口に伝わる。
広いとはいえ、閉じられたこの庭で、帝国の皇子が幻の伴侶を連れて現れたことは瞬く間に知れるだろうと思った。
そうでなくては困る。
宮城の次は神殿、神殿の次は学院。
外堀は堅固なほど良い。
日向の願いから思いがけず叶った学院への来訪だが、満足の出来だった。
後はもう、日向の好奇心と、希望を、存分に満たして叶えてやりたい。
「…未来のことを考えられるようになったんだな、」
「なあに?」
「うん?日向が学院にいるのが信じられなくて、嬉しいなって思った、」
「ちゅうはしない?」
「うん?」
「うれしいのちゅうは?」
腕の中で小さな体がぴょんと跳ねた。
水色の瞳が、何で?と問うように見上げてくる。どこか楽しそうに、期待するようにも見えた。
随分ご機嫌だな。
萩花がすごい顔でこっちを見ているが、日向はいつも気にしないよな。
皇子にはな、威厳と言うものが必要で、俺と藤夜は学院内ではどちらかと言うと、恐れ避けられる存在なんだ。
ここでいつもみたいに日向を溺愛してみろ。今日の噂は、俺の美しい番いの話ではなく、小さな王子に溺れた変態皇子の話に変わってしまうじゃないか。
「日向は、俺が変でもいい?」
「しおうは、ずっと、へん、」
「うん、ならいいか、」
望んでいた形とは多少違うが、学院中に見せつけてやりたくて、日向に請われるままに、唇を重ねた。
なあ、見て。
この小さな王子が俺の番い。
俺の日向。
世界で一番可愛くて、健気で、一生懸命で、愛しい俺の宝物。
俺の、生涯の伴侶。
なあ、いいだろう。
揺れる馬車の中で、流れる景色を眺めていた日向がぽつりと言った。
思いがけない言葉に、俺も、同乗していた藤夜(とうや)や萩花(はぎな)も目を丸くした。
「何だ、いきなり、」
「あじろが、学院で、生き物、べんきょうするって、教えた。はぎなと、あじろより、生き物たくさん、わかる人がいる。僕も、やりたい、」
友人たちと思わず顔を見合わせる。
亜白との別れを悲しんでいるか、あるいは初めて見る景色に心奪われているかとばかり思っていたのに、そんなことを考えていたのか。
亜白を見送って、少しのんびりと馬車を走らせ、日向に景色を楽しませるつもりだった。
初めて森に出かけた時も、今朝神殿へ向かった時も、日向は俺の腕の中にいて、窓の外をほとんど眺めることはなかったから。
外を見てごらんと言えば、おそるおそる窓を覗いた。
すぐに窓にかじりついて離れなくなって、言葉を失くし、どこか呆然としているようにも見えたのだが。
「16歳は、学院へ、行く。ちがう?」
振り返った瞳が、懇願するように俺を見る。
綺麗で、可愛くて、俺は簡単に陥落させられた。
「行ってみるか、」
「うん、」
「藤夜、馭者に伝えろ、」
「は?今から?」
「え、このままですか?」
「日向が行きたいと言っているんだから、行くしかないだろ。警護なら心配するな。学院なら宮城より安全だ。」
だとしても!と藤夜は叱るが、日向の潤んだ瞳を見せてやれば、俺の侍従も勝てやしない。
萩花はさすが日向の護衛ともいうべきか、そう簡単にやられはしないが、こちらの意思が変わらないのを見ると、淡々と伝令を飛ばして追従する草や騎士たちに指示を出した。優秀な護衛だな。
腕の中の水色を見下ろすと、宝石のように透き通った瞳が、窓から差し込む光を反射してキラキラと瞬いていた。
ここしばらくしんどそうな顔ばかり見ていたから、久しぶりにドキリとして、嬉しくなる。
そんな表情を見たら、いよいよ俺も侍従も、日向の護衛も、選択肢を一つに絞るしかなくなった。
「ひな、学院へ行くけど、絶対に紫鷹から離れないこと。学院には、色々見慣れない魔道具もたくさんある。でも、危ないものもあるからな。むやみに触らないこと。気になるものがあったら、まずは俺か紫鷹に聞いて。」
「わかった、」
「殿下は、少しは自重なさってください。万が一にも、日向様に害が及ぶような振舞をすれば、実力行使に訴えますよ。」
「害、って何だ。俺が害を加えるわけがないだろ、」
「返事、」
「あ、はい、」
藤夜が心底心配そうに日向に語り掛ける一方で、萩花の笑顔の恐ろしいことよ。
明日の鍛錬はしんどいなあ、と頭の片隅で汗を流したが、今は久しぶりに心が躍っている。
まあ、皇子らしくしていれば、萩花は満足するだろう。
皇子らしく、俺の愛しい番いを、エスコートしてやろうじゃないか。
亜白との別れの際に暴れたせいで、少し乱れた日向の服を、萩花が慣れた手つきで直してやる。髪はどうしましょうかと言うから、いつか正装をさせた時のように、横で留めさせた。
特別な時に見る日向のこの髪が、俺は好きだ。
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殿下、と萩花にいさめられたが、浮かれた日向がもっと、と強請ると、それは止められなかった。
「あれ?」
「うん、あれが俺たちの通う学院、」
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腕の中の日向が、声もなく感嘆して、きょろきょろと窓の外を見渡す。
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「術式が、いっぱい、」
「見えるのか、」
「壁の術式は、何で?」
「城を護る魔法だよ。ここは不可侵の学び場だから、帝国で一番堅固に守られているんだ。普通は壁の装飾に驚くところだけれど、…ひなには、術式が見えるんだな、」
藤夜が驚く一方で、少し不安そうに日向の頭を撫でる。
おそらく、身体守護の術式がうまく行かなかったことを案じているのだろうが、腕の中の日向は、どうやらそれどころではないらしい。
「しお、犬、犬、あっちも犬、」
「ああ、補佐犬だな。背中に鞄を抱えている犬がいるだろ。あれはおそらくどこかの教授の依頼で書類を届けるところだ、」
「犬が、しごと、」
「そう、賢い生き物は、あんな風に仕事を手伝ったりもする、」
「鳥も、」
「あれは伝令鳥だな。紙に残せない特殊な伝令を、あの鳥に託す。」
小さな口が、顎が外れるのではないかと心配になるほど開いた。
膝の上の小さな体が、ぴょんぴょんと忙しなく跳ねて、興奮を抑えきれないでいる。
馬車が止まり、扉が開くのを待つ間、日向は我慢ならないというように暴れた。それを笑って腕の中に閉じ込めて、待たせる。
先に降りた藤夜と萩花が馬車の横に控え、こちらへ頷くのを待って、扉をくぐった。
日向が無邪気にはしゃぐ分、俺が頬を引き締めなければならない。
普段なら、視線を伏せて俺とは目を合わせようともしない学生たちが、驚いたように振り返るのが分かった。
全ての視線を浴びて、腕の中の日向は少し怯えたように震えるが、大丈夫だよと囁いて背中を撫でてやれば、好奇心が勝って、また瞳をきょろきょろとさせる。
あちこちで、「あれが、」と困惑と驚嘆の声が上がるのが聞こえて、腹の奥から歓喜が沸きあがるような気がした。
「紫鷹、顔が緩んでる、」
「悪い、嬉しかった、」
「しおう、うれしい、は何で?」
何で、ってそりゃあ、なあ。
「俺の番いをやっと見せてやれたからなあ。左手、見せてやって、」
「つがいの、輪っか、」
「そう、約束の指輪な。俺と日向が伴侶になる約束の指輪。これを見せたら、学院中の人間に俺たちが番いだってわかる、」
「殿下、」
思わず口づけを落としそうになるのを、萩花に笑って窘められた。
見れば城の正面の扉から、俺と藤夜も講義を取る帝国史の教授が、汗を流して飛んでくる。
「で、殿下。ご機嫌麗しゅう、」
「挨拶は結構。呼びつけて申し訳ない。俺の伴侶が学院を見たいと言うから連れてきたが、構わないか。」
「ご、ご伴侶でございますか、」
「尼嶺の日向王子だ、」
「こ、これは、初めてお目にかかります、」
汗をかいて慌てて見せるが、教授はこちらの意図を容易に汲んで、礼を取って見せる。
「日陽乃帝国(にちようのていこく)・金烏乃学院(きんうのがくいん)へ日向殿下をお迎えいたしますこと、大変喜ばしく存じます。」
腕の中の日向が全く怯えていなかった。
おそらく、この男の気配が日向になんの脅威も与えないことが分かるからだろう。
もしかすると、草の一部だとさえ気づいているかもしれない。
あいさつする?と尋ねる日向に、できるかと問えば、嬉しそうに頷く。
萩花が頷くのを確認して降ろし、教授の前に立たせた。
小さな王子。
水色の髪と瞳が、その血筋を象徴し存在を示した。
光に溶けるほど美しい糸のような水色の髪。
水のように、宝石のように揺らめき、美しく輝く水色の瞳。
降り注ぐ視線の中で、俺の番いが、堂々とその名をあげる。
「ご挨拶お受けいたしました。金烏乃学院へ初めてお目にかかります。尼嶺の日向と申します。」
教授の肩にも届かない小さな日向が、ゆったりと頭を下げると、教授が膝を折って地に着き、日向よりも低く頭を下げた。
「尼嶺の日向様に初めてお目にかかります。帝国史を司ります、葎(もぐら)と申します、」
「もぐら、」
「ええ、もぐらです。」
ぱっと振り返った日向の瞳が嬉しそうに輝くから、良かったなと頭を撫でて、また腕に抱く。
あちこちで、一連の様を見守った気配が再びざわめき出して、それぞれの思惑を囁きだすのが聞こえた。
「挨拶できたな、偉い。」
腕の中の水色を褒めてやれば、もぐもぐと口を動かして頬を赤くする。
その顔があまりに可愛くて、また口づけを落としたくなるが、萩花の視線を感じてやめた。
代わりに、多少演技がかった尊大な態度で、教授に相対してみせる。
「案内を頼む、」
「畏まりました、」
城の正門前で繰り広げられたやり取りを、どれだけの者が見ていただろうか。
おそらく、広場に面した窓という窓から、学生も教授も職員も、あるいは、学院に紛れた多種多様な者たちも、この光景を見ていたことだろう。
噂は口から口に伝わる。
広いとはいえ、閉じられたこの庭で、帝国の皇子が幻の伴侶を連れて現れたことは瞬く間に知れるだろうと思った。
そうでなくては困る。
宮城の次は神殿、神殿の次は学院。
外堀は堅固なほど良い。
日向の願いから思いがけず叶った学院への来訪だが、満足の出来だった。
後はもう、日向の好奇心と、希望を、存分に満たして叶えてやりたい。
「…未来のことを考えられるようになったんだな、」
「なあに?」
「うん?日向が学院にいるのが信じられなくて、嬉しいなって思った、」
「ちゅうはしない?」
「うん?」
「うれしいのちゅうは?」
腕の中で小さな体がぴょんと跳ねた。
水色の瞳が、何で?と問うように見上げてくる。どこか楽しそうに、期待するようにも見えた。
随分ご機嫌だな。
萩花がすごい顔でこっちを見ているが、日向はいつも気にしないよな。
皇子にはな、威厳と言うものが必要で、俺と藤夜は学院内ではどちらかと言うと、恐れ避けられる存在なんだ。
ここでいつもみたいに日向を溺愛してみろ。今日の噂は、俺の美しい番いの話ではなく、小さな王子に溺れた変態皇子の話に変わってしまうじゃないか。
「日向は、俺が変でもいい?」
「しおうは、ずっと、へん、」
「うん、ならいいか、」
望んでいた形とは多少違うが、学院中に見せつけてやりたくて、日向に請われるままに、唇を重ねた。
なあ、見て。
この小さな王子が俺の番い。
俺の日向。
世界で一番可愛くて、健気で、一生懸命で、愛しい俺の宝物。
俺の、生涯の伴侶。
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