第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第弐部-Ⅰ:世界の中の

92.日向 つながる絆

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起きたら、机の上に、白い紙があった。
白いふうとうの中に、紙が入ってて、てがみって言うって、しおうが教えた。


いやだ。


その白い紙が怖くて、しおうを起こそうとしたけど、できない。
しおうは最近、僕のせいでねぶそくだから。
紫の目の下が黒くなって、疲れるがいつも分かったから、いやだった。

でも、怖い。
白いのが怖い。

部屋の中を何度も何度も歩いて、そわそわを小さくしようとしたのに、小さくならない。
隠れ家にこもってみても、夢を見る時みたいに、暗いところに、白い紙が見えて、怖いが増えた。
しおうを起こしたくて、ベッドに行ったけど、疲れた顔を見たら、やっぱりいやになる。


どうしよう。


隠れ家の中で、うさぎをぎゅうってした。
扉をしめたのに、白い紙がちらちらする。
やぶったらいいかもしれない。
でも、またしおうがかなしいになるかもしれない。


どうしよう、って左胸のあおじをなでた。
少しだけそわそわが小さくなる気がする。
どうしよう、しおう。

見たくなったら、見ればいい。
見たくなかったら、見なくていい。

しおうが言った。
僕は見たくない。
でも見えるは、どうしたらいい。


怖い、はどうしたっけ。
しおうがぎゅってして、ちゅうってして、僕の怖いをふわふわにする前は、どうしたっけ。
尼嶺では、怖いは怖いままだったけど。
離宮では、怖いは怖いままじゃなくなった。


怖かったものが、本当は怖くないもあるが分かって来た。


白い紙が怖い。てがみが怖い。
でも、怖くないかもしれない。


本当かな。
てがみは怖いままかもしれない。
もっと怖くなるかもしれない。


でも、ずっとちらちら見えて、怖いが、いやだった。


しおう、どうしようか。


もう一回ベッドに行って、しおうを見るけど起きない。
僕のせいで、白い顔。黒いくま。
ごめんね、しおう。

ぎゅうってうさぎをにぎったら、左のくすり指の輪っかが、少し痛くなって指をほどいた。
かわりに胸のあおじをなでる。左のくすり指と、あおじが温かかった。


てがみを見たら、怖くないかもしれない。
怖かったら、しおうを起こそう。
しおうにぎゅうってして、怖いを小さくしてもらう。




だから、白いふうとうから、白い紙を出した。



あじろの字。


怖いのに、ぽかぽかするあじろの字。



僕の友達の字。






『ひー様、とつぜんのお手紙、申し訳ありません。

もしかしたら、ひー様はもう、僕とお話をしたくないかもしれないと思ったのですが、どうしてもお伝えしたくて、お手紙を書きました。
僕は、手紙を書くことになれていないので、読みにくかったら、すみません。


僕は、ひー様と裏庭で生き物を探したのが、とても楽しかったです。
僕がみみずや虫を見せた時、ひー様は、嫌がらず、もっと見たいと言ってくれました。
あの瞬間、僕は、ひー様のことが、とても大好きになりました。

僕は、羅郷(らごう)では、友達がいません。
僕は変だと、兄上や学院の同級生たちは言います。城の家臣たちも、口にはしないけれど、僕のことを変わり者の王子と噂していることを、僕は知っています。
僕が、みみずや虫を愛でることは、とても変なんだそうです。

だから、ひー様とみみずを探したのが、僕はとても嬉しかったです。
はじめて、誰の目も気にならずに、夢中になりました。
ひー様が、もっとと言うから、僕はもっと探していいんだと、本当に本当に嬉しくて楽しかったんです。

いたちを追いかけて、何度も失敗したのに、嫌にならずに笑ってくれたのも、ひー様が初めてでした。
罠を仕掛けようと言った時に、いたちが痛くないかな、と心配した人もひー様が初めてで、嬉しかったです。
もぐらの巣を見つけるのだって、ひー様がいなかったら、あんなにいろんな人が協力してくれることもなかったと思います。まさか紫鷹殿下まで、泥だらけになって、巣を掘ってくれるなんて、想像もつきませんでした。

僕は、ひー様に出会ってからの全部が、とてもとても幸せで、大好きです。

今こうしてお手紙を書いている間も、ひー様と生き物を探した思い出や、一緒に絵を描いた思い出がたくさんあふれて、幸せだと感じるくらいです。


ひー様を悲しませて、ごめんなさい。
ひー様が、嫌だと思うことをしてしまって、ごめんなさい。


多分、僕はひどくひー様を傷つけてしまったのだと思います。
でも、どうか、また一緒に生き物を探せないでしょうか。
僕はもう、一人で生き物を探しても、ひー様と一緒に探した時ほど、楽しくはありません。
ひー様と一緒にやれることが、僕はとても幸せでした。


もし、ひー様が僕のことを嫌いになっても、僕はずっとひー様が大好きです。


僕の最初の友達で、きっと、世界で一番の友達です。
それは絶対に、一生変わりません。

だからどうか、今すぐじゃなくても、いつかまた、一緒に生き物を探せたらと、願っています。


亜白』






てがみは、むずかしい字がいっぱいで、半分も読めなかった。
でも、涙が出る。

煌玉(こうぎょく)が「亜白」の名前をてらしてた。


「し、ぉう、」
「うん?」


怖いとぽかぽかがいっぱいあって、しおうのぎゅうがほしいと思ったから、しおうを呼んだ。
寝てると思ったのに、しおうが起きて僕を見てる。
読んで、って言ったら、おいで、って言う。
てがみを持っていったら、しおうは僕の涙をちゅうってして、布団に入れた。

「読めなかったか、」
「はんぶん、」
「そうか、半分分かったか。すごいな、」
「読んで、」
「うん、」


ひー様、とつぜんのお手紙、申し訳ありません、ってしおうが読んだ。

あじろの話をすると、胸がぎゅーってなって、息が苦しくなる。
だから、考えたくなくて、見たくなくて、話したくなかったのに。
てがみを見たら、あじろのことで頭がいっぱいになった。

あじろは伝えたいことがあって、てがみを書いたって。僕がみみずを見たいって言った、が嬉しかったって。あじろのさいしょの友達が僕だって。

あじろは、僕が大好きだって。


「あじろ、は、僕が、好き、ほんとう?」
「そうみたいだな、」
「おもいで、は何?」
「好きなことや嬉しいことは、幸せな記憶として残るだろ。それが思い出、」
「僕は、しあわせな、きおく?」
「亜白にとってはそうなんだろ、日向は違うか?」


ボロボロこぼれる涙が止まらない。
胸がぎゅーって、苦しいのに、うんと奥の方で、小さく温かいのがある気がした。胸のあおじが温かいのとは、ちょっとちがう。
それが何かなって、てがみを見る間、ずっと考えてた。
あじろのてがみを見て、温かいのがだんだん大きくなって、しおうに読んでもらったら、もっと大きくなった。


「ちがわ、ない、」


そうか、って、しおうはうんとやさしい顔で、僕をぎゅうってした。

ちがわない。
あじろが、みみずを見つけて青紫の目をきらきらさせるのが、僕は大好き。
いつもは僕みたいに話すのがへたなのに、生き物のことになったら、いっぱいいっぱいしゃべるのも、いい。
あじろといっしょに土を掘ったら、知らない世界がいっぱいあった。草の中にも、森の中にも、水の中にも、いっぱいあるって分かって、びっくりした。

僕は、ずっと外が怖かったのに。
あじろが、きらきらにした。

僕の、あじろのおもいで。


「離れても、友達は、ほんとう?」
「亜白が、日向を忘れると思うか?」
「わから、ない、」
「俺は萩花がいない間も、忘れたことはなかったよ。思い出して急に嬉しくなったり、心配になったり、色々だった。」
「あじろ、も?」
「うん。亜白もそうだろうし、日向もそうなると思う、」
「僕も、」
「日向には、亜白の思い出があるんだろ。思い出があると、いつだって幸せになれる、」


思い出してごらん、ってしおうが言うから、うさぎの巣穴を見つけた時のことを思い出したら、胸がぽかぽかした。
あの時僕は、うさぎを見つけてうれしかった。うさぎのふんが、小さいが分かったのもうれしかった。初めてうさぎをさわったも、ドキドキしたのにうれしかった。あじろに、いいね、って言ったら、いいですね、ってあじろも言った。いっしょに描いた絵が、今もある。

いい思い出。
ぽかぽかする思い出。

「震えが治まってるの、分かるか、」
「わかる、」
「うん、日向はちゃんと分かるな、えらい、」
「怖くなったら、思い出す?」
「そう、」
「もっと怖くなったら?」
「その時は俺がまた抱いてやるから、我慢しないで、おいで、」
「わかった、」

白いてがみをもう一回見た。
あじろの字。
僕の友達の字。

怖いはあるけど、小さくなった。


「てがみは、どうする?」
「うん?」
「てがみに、わかった、って言う、」
「手紙には手紙で返事をするのがいい。書いてみるか、」

うん、って言ったら、しおうは僕を抱っこして布団から出た。

「しおう、ねぶそく、なのに、」
「いっぱい寝たよ。それより、日向の初めての手紙を亜白に奪われたのが悔しくて嫌だ、」
「ごめん、ね、」

いいよ、ってしおうは笑ってまたちゅうってした。

画用紙を出して、クレヨンで書いた。僕は字が分からなかったから、しおうが、書いて、僕がまねする。
上手くできなくてまた破りたくなったけど、しおうが、やさしいから、僕はちゃんと書いた。


あじろの大好きが、てがみで届いたよ。


怖いはなくならないけど、ぽかぽかがあるって分かった。
あじろは僕が好きで、僕はあじろが好き。
あじろのおもいでは、ぼくをぽかぽかにする。
怖かったら、おもいでを思いだせばいい。
もっと怖かったら、しおうが怖くなくする。


「僕の、大好き、は、あじろ、にとどく?」
「…悔しいけど、届くだろうなあ、」
「わかった、」
「そうか、」

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