上 下
83 / 200
第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子

81.紫鷹 鷹と青巫鳥と大瑠璃

しおりを挟む
離宮の北の間に並べられた衣装の合間を、日向がそわそわと動き回る。
おそるおそる服の裾に触れてみては、ぱっと手を離し、またのぞき込むように衣装の合間に頭を入れた。

「日向、落ち着け。」

思わずくつくつと笑って言うと、宮城から送られた衣装係が、ぎょっとして俺を見た。
何だ。笑うだろう、日向を見てみろ。
見慣れない衣装の群れに圧倒されて、子犬みたいに部屋中をくるくると回っている。
可愛いだろう?

「しおう、くつ、がいっぱい、」
「そうだな、気に入ったのがあれば教えてくれ。日向に合わせて作らせるから、」

また衣装係がぎょっとして俺を見る。
化かし合いが常の宮城で、こんなに表情を隠しきれないのはいかがなものか。
別に宮城の衣装係に作らせるとは言っていないだろう。離宮には、宮城に劣らず優秀な者がいくらでもいる。

呆れて見やると、すぐに視線を伏せて、袍の襟を直した。
石帯と平緒を整えると、飾太刀を腰に差す。
いかがでしょう、と問われたから、答える代わりに日向を呼んだ。

衣装掛に並んだ布の間から、水色の頭がのぞく。


「きれい、」


ならこれでいい、と言うと衣装係はまたぎょっとして、俺と日向をちらちらと盗み見た。

「わかるか、日向。この濃紫と半色(はしたいろ)が俺の重ね色だ。お前が誕生日にくれたのが、同じ色だったな、」
「ふくろ、と、リボン?」
「そう。同じ色だよ。」
「しおうの、むらさき、」

とことこと布の滝から抜け出て、俺の周りをくるくる回る。
そわそわしていたのが、だんだんと嬉しそうになっていくのを感じた。


春の訪れを祝う式典を三日後に控え、離宮の中もいつもより騒がしい。

毎年のこととは言え、帝国の年中行事の中でも重要なものと位置づけられている式典だ。八百万の神々と祖先の霊に春の到来を感謝するとともに、一年の豊穣と安寧を願う儀式と宴。
当然、準備にも余念がない。
俺や母上の衣装はもちろんのこと、宮から捧げる供物や儀式に使う神具の準備、式典の次第の確認などで、人の出入りも常より多かった。

そのせいか、日向は朝からずっと、不安そうに落ち着かない。

だが、隠れ家に籠るかと思えば、それは嫌だと俺にしがみつくから、衣装合わせに連れてきた。
連れてきて良かったかもしれない。


「絵が、ある、」
「ああ、菫だな。母上の意匠を俺も借りている。こっちは分かるか、」
「たか、」
「そう、これが俺の印。」


袍に縫い込まれた菫を目ざとく見つけた日向が、床に座り込んで裾をのぞいていた。太刀に刻まれた鷹の印を指してやると、頭を上げてじっと見つめ、どんどん瞳を大きくしていく。

「ちがう鳥、たかじゃない、鳥は何?」

めざといな。
太刀の柄に鷹の紋を囲むように、小さく飛ぶ鳥がいる。
新しく刻ませた印は、俺も満足の出来だった。

「大瑠璃だよ。16になったからな、俺の紋に大瑠璃を加える許しを父上にもらった。」
「おおるり!」
「嬉しいか、」
「うれ、しい、」

ぴょんぴょんと飛び跳ねる日向を捕らえて、抱き上げる。
衣装係は、もう驚きすぎて口が閉まらなくなっていたが、放っておいた。
その目に焼き付けて、宮城に帰ってから騒ぐといい。


「日向の太刀には、鷹と青巫鳥(あおじ)を刻ませたからな、」
「僕の?」
「そう、お前の重ね色は水色と濃紫。印は鷹と青巫鳥。俺とお揃いだ、」
「おそろい!」


腕の中で、心底嬉しそうに跳ねる日向が可愛い。
もう嬉しさでいっぱいになって、さっきまで巣くっていただろう不安はどこかへ行ってしまったらしい。
下襲の襟に日向の作った大瑠璃が隠されているのを見つけると、俺の腕から飛び出してしまいそうな程に喜んだ。


宮城の衣装係なら、この意味が分かるだろう。

俺は、日向のくれた大瑠璃を俺の紋に刻んだ。
日向には、俺の紋を与え、重ね色には、俺に色を。

皇家の印に刻む意味を、皇家の印を与える意味を、宮城の衣装係なら知らないはずがない。


呆けた衣装係をしり目に、日向の水色の髪に口づけを落とす。

「日向の衣装も着てみるか、」
「僕の、」
「そう、せっかく作ったのに着る機会がないんじゃ勿体ない。」
「しおうと、おそろい?」
「そう、お揃い。着るか?」

水色の瞳が大きくなって、白い頬がゆるゆると緩む。口が開いたと思ったら、日向が笑った。
顔全部使って。ぎこちなくはあったけど、もう誰の目にもわかるくらい嬉しそうに笑った。

「弥間戸(やまと)、」
「弥間戸ならすでに、衣装部屋に向かいましたよ、」

日向の衣装を取りに行かせようと思ったら、従僕はとっくに向かったと、水蛟が笑う。
俺の従僕は、随分と優秀らしい。

「せっかく衣装を御召になるなら、今晩の夕食は少し趣向を凝らしてもらえるよう、厨房に頼んでおきましょうか?」
「何だ、気が利くな、」
「日向様が楽しそうなので、」
「うん、頼む、」

面倒なばかりの衣装合わせが、急に楽しいものに変わった。

宮城の衣装係の用は済んだだろう。
衣装さえ決まれば、あとは離宮の者に任せれば十分だと、追い返す。
最後まで口を開いたままだった衣装係は、きっと宮城に帰ったら、いい仕事をしてくれるだろう。


尼嶺に正式に日向との婚約を申し入れ、話は公に知れた。


事前に書簡で申し入れた婚約の意向に対し尼嶺の大使が持ってきた解答は、日向の他の者を半色乃宮に入れたいというものだったが、聞くつもりは毛頭ない。
日向以外はいらない、と書簡に記されていただろうに。

想定通りの解答には別段驚きもしなかった。

だが、外堀はいくら深くても構わんだろう。
公に知れたのなら、尼嶺がどう足掻こうとも覆らないくらい、深い堀を掘ってやろう。

手始めに、俺がどれだけ日向を愛しているか、思い知るといい。


「あおじ、」
「うん、青巫鳥だ。どうだ?」
「きれい、」


弥間戸が持ってきた衣装を、水蛟と離宮の衣装係が日向に着せる。
俺のものより少し小ぶりの飾太刀を渡すと、日向の水色の目が細く弓なりになって、幸せそうに青巫鳥を見た。

綺麗だな、日向。

濃紫の下襲に、水色の袍を重ねる。袍に縫い込まれた印が菫だと気づくと、日向はまた喜んだ。
ぴょんぴょんと跳ねるから、着つける水蛟が大変だと、笑う。

日向の式典への参加は何とか阻止したが、せっかく作った衣装だ。
堪能させてもらおう。

少し伸びた日向の水色の髪を、宇継が整えて横で留める。
ただそれだけで、日向の整った顔が際立つ。ほんの少し、いつもより大人びて見えた日向が艶やかで、もう目が離せなかった。

この美しい王子が、俺の伴侶になるのか。


「できた?」
「ええ、日向様、本当にお似合いです、」
「しおう、見て、」
「…ああ、」


両手を広げて見せる日向は、いつもの日向だった。
なのに、たまらなく鼓動が早くなる。

「しおう、なあに?」

くるくると回っていた日向が、不思議そうに俺をのぞき込んだ。
水色の瞳があまりに透き通っていて、言葉が出ない。
思わず見惚れていると、小さな手が俺の袖を引っ張って、我に返った。

「しおう?」
「ごめん、日向が俺の番いになるって思ったら、何か幸せすぎて混乱した、」
「こんらん、」
「日向が綺麗で、びっくりしたんだよ、」
「僕、きれい?」
「うん、滅茶苦茶綺麗。そんで、世界一可愛い、」

もぐもぐと、何も入っていないはずの小さな口が動く。
ほんのり頬を赤くして照れるのが、たまらなく可愛かった。


この愛らしさの塊が、俺の番になるのだ。
他の誰でもない、この日向が。


「婚約は、まだだけど、二人で約束しようか、」


ぼんやりと見惚れるままに、口から言葉が出た。
出た言葉に、そうだ、と胸の中で納得する。

婚約が正式に決まって、儀式を行えるまでには、少し時間がかかる。
だけど、二人の約束なら。

「やくそく、」
「番いの約束。」
「したよ、」
「うん、口では約束したけど、もっとちゃんと約束したい、」

殿下、と弥間戸が少し戸惑ったように言う。
咎める風ではなかったから、多分俺の従僕は意味を組んでくれるだろうと思った。
水蛟と宇継はどうだろうか。遮らないなら、肯定と取るが。

「しおうが、いっしょう、いっしょ、のやくそく、する、」
「うん、」

はあ、とため息をついた従僕が、またどこかへ走った。
俺の従僕は、やはり優秀らしい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

バッドエンドを迎えた主人公ですが、僻地暮らしも悪くありません

仁茂田もに
BL
BLゲームの主人公に転生したアルトは、卒業祝賀パーティーで攻略対象に断罪され、ゲームの途中でバッドエンドを迎えることになる。 流刑に処され、魔物溢れる辺境の地グローセベルクで罪人として暮らすことになったアルト。 そこでイケメンすぎるモブ・フェリクスと出会うが、何故か初対面からものすごく嫌われていた。 罪人を管理監督する管理官であるフェリクスと管理される立場であるアルト。 僻地で何とか穏やかに暮らしたいアルトだったが、出会う魔物はものすごく凶暴だし管理官のフェリクスはとても冷たい。 しかし、そこは腐っても主人公。 チート級の魔法を使って、何とか必死に日々を過ごしていくのだった。 流刑の地で出会ったイケメンモブ(?)×BLゲームの主人公に転生したけど早々にバッドエンドを迎えた主人公

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました

かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。 ↓↓↓ 無愛想な彼。 でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。 それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。 「私から離れるなんて許さないよ」 見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。 需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
ご感想をいただけたらめちゃくちゃ喜びます! ※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

処理中です...