第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子

78. 紫鷹 春の裏庭で

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学院を終えて離宮に帰ると、何やら裏庭が騒がしい。
日向の大切な遊び場で、一体何をと歩を運び、呆れた。


「揃いも揃って、何をしているんですか、」


「あらまあ、お帰りなさい。紫鷹さん、」
「おや、殿下。お帰りですか。いい天気ですね、」
「殿下、いいところに。そろそろ日向様におやつを食べていただきたいんですけど、連れてきていただけますか、」

パラソルの下で、優雅に茶を楽しむ母上が、菓子を頬張りながら出迎える。
その隣に座る晴海(はるみ)が、見たこともないほど寛いでいた。
唯理音(ゆりね)は、母上の侍女と共に給仕をしながら、俺を使おうとする。


パラソルの横にはテントが建てられ、厨房の連中が巨大な鍋を出してきて、何やら作っているし、いくつか建てられたパラソルの下では、草も騎士も使用人も一様に茶を飲み談笑していた。

裏庭はといえば、草があちこち掘り返されて土が露出し、その上を、何人もの人間が騒ぎながら行き来している。


一体何の祭りだ。


隣に立った藤夜も、初めて見る光景に目を見開いていた。

「日向さんがねえ、もぐらの道を掘るんだと張り切っていらしたの。そうしたら、せっかくだから、裏庭を荒らすもぐらを捕まえてしまいましょうって、庭師も参加してね。でもほら、日向さんは力が弱いでしょう?だから草と騎士を何人か貸して掘り始めたら、こんなになってしまったのよねえ、」
「意味がわかりません、」
「分からなくて良いんではないかしら。楽しければ、」

ふふふ、と母上は楽しそうに笑う。
思わず藤夜と顔を見合わせるが、藤夜も何が何だかと言う顔をして肩をすくめた。

見かねた草が説明するところによれば、日向がもぐら掘りを始めたところ、離宮中が便乗して、祭りのような状態になったらしい。
どおりで、騒ぎの中心に、水色の頭が見え隠れしている。

「あじろ、あれ、むかで、小さい、小さいむかで!」
「ひー様、ダンゴムシがいました。見てください、丸くなる、」
「あーーーーまるい、だんご、むし、まるい」
「ちょっ、日向様。触るならダンゴムシにしてください。ムカデは駄目です、」

「何してんだ、お前たちは、」

「しおう!」

掘られた穴、というよりも掘のようになった窪みで、日向が東(あずま)と亜白(あじろ)と泥まみれになってはしゃいでいた。その先で、庭師と騎士が、堀を掘り進める。萩花(はぎな)や草までスコップ片手に、土を掘っていた。

「あの、ね、もぐら、ほんどう、見つけた。ほったらいっぱい、つづいた。もぐら、土の中で、トンネルつくる。ながい。しどうもいっぱいあるのに、ながい、すごい。」

「いや、落ち着け。わからん。もぐらの巣を掘るんじゃなかったのか、」
「モグラの巣を探してるんですよ。どこにあるかは分からないから、まずはモグラ塚を観察して、本道と支道を見分けるんです。それで、本道が分かったら、それを辿って、巣穴を探す。僕とひー様で、何日もかけて見分けたので、多分これが本道で合ってます。これを掘れば、多分、」

日向も亜白も興奮して、口がよく回る。
要するに、もぐらの巣を見つけるためには、トンネルを掘り進めないといけないわけか。そりゃ、確かに、この二人だけでは無理だろうと思う。

「日向の護衛は、大変だな。土も掘るのか、」
「まあ、日向様のためでしたら、」
「はぎな、力もち。かっこいい、」
「ああ?」
「殿下、見苦しいですよ。格好いいところを見せたいなら、どうぞ代わってください、」

多少、嫌味を込めたつもりが、萩花に笑顔で返された。
格好いいとは何だ。
日向、お前、今までそんな言葉一度も口にしなかっただろう。

「いぐもも、まといも、かっこいい。いっぱいほった、」

長く続く堀を指さして、日向の瞳がキラキラと輝く。
堀にスコップを立てていた庭師と騎士が、気まずそうに俺を振り返った。青ざめた顔で。しかし、嬉しそうにするのを、俺は見逃さない。
覚えたぞ、庭師の伊雲(いぐも)と騎士の纏(まとい)だな。

「日向、腕は。痛まないか、」
「痛い、でもいい、」
「え、さっきは、痛くないと言ったじゃないですか、」
「しおうが聞いたら、痛かった、」

手の平でダンゴムシを転がす日向を捕まえて、堀から引きずり出す。

「少し休憩だ。唯理音が、おやつに戻って来いと言ってる、」
「おやつ、いらない、もぐら、ほる、」
「駄目だ、」
「やぁ、だ、」
「日向、」

腕の中で、イヤイヤと暴れる日向を少し強く抱いて、言い聞かせた。
水色の瞳が、俺を睨むようにこちらを見るのが、胸を締め付けられるのに、可愛い。
わがまま、言えるようになったな。


だけど、お前が壊れないように止めてやるのも、番いの仕事だろ。


痛みがわかるようになったし、体力も少しずつ回復してきている。
それでも、まだ一日の半分を寝ているような状態だろう。
俺はお前が大事なんだ。
無理をしてまたひどい状態に戻したくないんだ。

だから、このわがままは聞いてやれない。

「おやつをちゃんと食べて、薬を飲んだら、また遊んでいい。わかるか?」
「わかる、がいや、」
「何だそれ、新しいな。分かるなら行くぞ、いいな?」
「うー、」

うん、と頷きたくないのか、日向が小さくうなる。
そんなの初めて聞いたぞ。可愛すぎないか。

日向の表情や仕草が、どんどん豊かになっているのが分かって、どうしようもなく嬉しくなった。


楽しいんだな、日向。
わがままが言えるくらい、幸せなんだな。


たまらなくなって、頬に口づけたら、土が着いた。
俺の汚れた口元を見て、日向が笑う。呆れたように俺を見る東の横で、亜白が口をぱくぱくするから、もう一度口付けて、見せつけてやった。

そのまま抱きかかえて、母上のいるパラソルへと日向を拐う。
あんなに駄々をこねたのに、日向はおやつを見ると、また嬉しそうに瞳をキラキラさせて飛びついた。
まず手を洗えと言えば、再び唸り出す。可愛くて、母上や晴海と笑った。


「たまにはこんなのも良いわねえ、」


俺の膝の上では日向が、すりおろした林檎をあぐあぐと食べる。その隣で、土と草で汚れた水色の頭を撫でながら、母上が言った。

「日向さんのおかげね。日向さんの周りにいると、皆こんなにも穏やかに寛げるわ、」

そう言えば、こんな風にのんびりと過ごす母上を見るのは久しぶりかもしれない。いつも母上と顔を合わせるのは、執務室の中だ。
日向と食事を摂るようになってからは、母上と食事を摂る機会も減った。

「母上は、最近お休みになれていますか、」
「あら、紫鷹さんまで心配してくださるの。」
「すみれこさま、おつかれ、」
「日向もそう言っています、」

日向が「魔力」や「けはい」と言っていたものが、「魂」そのものだったのではないかと、萩花や燵彩たちと話している。
前々から日向は、母上の気配が「おつかれ」だと言っていた。
魂そのものに現れるほどの疲れとは、何か。

「しおう、不安、」
「あらまあ、」
「…日向、全部バラさないでくれ、」

腕の中を見下ろせば、水色の瞳がきょとんと俺を見上げていた。
可愛くてそのまま口付けると、母上はまた、あらまあ、と笑う。

「…真面目な話、母上のお身体は、お疲れではありませんか。負担を増やしている俺が言うのも烏滸がましいとは思いますが、」

本当に久しぶりに、母上を真正面から見た。
紫色の目が、うっすらと細くなって俺を見る。日向が、俺に似ていると言う紫色の目。

「疲れは、確かにあるわね。日向さんには隠せないから話してしまうけれど、医師から少し心臓が弱っているとは言われたわ。だから食事と薬をね、少し変えているところなの、」
「一度休んで、治療を、」
「今はそういう訳にもいかないでしょう?」

愛おしいものを見るように、母上は日向を見る。
兄や姉を見るとき、母上はいつもそんな目をした。
同じ目で、今度は俺を見る。

「大丈夫。今は楽しみがあるもの。貴方たちの晴れ姿を見届けるまでは、倒れはしませんよ。」

母上の白い手に、頬を撫でられた。
温かくて、俺は子どもに戻ってしまったように、自分が頼りなくなってしまう。
それを悟っただろう小さな手が、今度は俺の腕を捕まえた。

「僕が、魔法、やる、やくそく、」
「そうか、」
「頼りになりますね、」

ふふふ、と母上は笑って、水色の頭を撫でた。
晴海が、こちらに視線をやって、小さく頷く。彼女が、母上の体は気遣ってくれるのだろう。同時に、その強い瞳に、不安がっている暇はないと、言われているような気がした。


日向を守ると決めて走りだしたのだから、もう後戻りはできない。
休息をと口にはしたが、母上なしで、ことが進むとは思えなかった。


もう一度、腕の中を見下ろすと、水色の瞳と視線があって、今度は日向の方から口づけてくる。
本当に聡いな、お前は。

「日向さんがいれば、紫鷹さんは大丈夫ね、」
「うん、だいじょぶ、」
「あらあらまあまあ、」

おやつの追加です、と唯理音がしるこを配る。
膝の上で日向がぴょんぴょんと弾けた。
日向にしるこの説明をして笑う母上が、嬉しそうだ。


やるしかないか、と腹に落ち着くものがある。


日向の温もりを感じる場所に、どしりと、覚悟が固まるのを感じた。



「しおう、おやつ食べた。薬、飲んだ。」

あーと口を開けて、日向が全部食べたと見せてくる。
そわそわと、裏庭に駆け出そうと落ち着かないのを抱きしめ、そのまま歩いた。

「トンネルに沿って掘れば良いんだな?」
「うん、」
「俺が1番格好良いから、見てろ、」
「うん、」

腕の中で愛しさの塊がぴょんと跳ねる。
伊雲のスコップを奪って土を掘り、もぐらの巣穴を見つけて、日向の中で今日1番格好良い男になった。


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