上 下
72 / 201
第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子

70.日向 晩餐会

しおりを挟む
草の上をころころしたら、いろんな生き物がいた。
土をほったら、もっといろんなのがいるがわかって、うれしい。
あおじも来て、あじろの頭に乗った。
あおじと一緒にころころしたら、もぐらがいるよって、あじろが言う。

僕がしらない生き物が、いっぱい。
大好きな裏庭が、もっともっときれいになった。



「こんなに泥だらけになって、」

顔も髪も服も手も、ぜんぶ草と土でよごれたから、うつぎが言う。
ちょっと困った顔。

「これは徹底的に綺麗に洗わないといけませんから、今日はお任せくださいね、」
「仕方ない、ね、」
「ええ、仕方ありません、」

今日は僕じゃできないって、僕もわかる。
だって爪の中まで真っ黒。口の中がヘンだなって思ったら、草が入ってた。

「本当に、こんなになるまで遊んで、」

泥だらけの僕を抱っこしたうつぎが、うれしそう。
いつもよりいっぱい泡を作って、うつぎはたんねんに僕を洗う。

みみずがうねうねして面白かったことと、そらがぎゃーってヘンな顔をしたことをしゃべったら、うつぎも声を出して笑った。
うつぎが笑う声、はじめて。きれい。

あじろがもぐらをつかまえようとして、めがねがぜんぶ真っ黒になったのをしゃべったら、うつぎはまた笑った。

うれしいな、たのしいな。
僕が洗えない、はかなしかったけど、うつぎの笑う声がきれいで、いっぱいふわふわする。
お湯に入ったら、あっという間に体がぽかぽかして、眠くなった。


「起きたか、」


目をあけたら、しおうがいた。
お風呂の中でねちゃったんだよ、って教えた。

お布団の上からお腹をなでながら、しおうは僕にちゅうってする。きれい。
いいのかな、ちゅうは本当は大事な人にとっておくものって、みずちが教えた。そらとはぎなとあずまも。
でもしおうは、僕のこと大事だよって、言うからいいかもしれない。

「お前、亜白と夕飯の約束したんだろ?どうする、まだ間に合うけど、行くか?」

僕が目をぱちぱちしたら、しおうは、忘れたのか、って笑う。
あじろと虫をさがしたとき、しおうが帰るぞって、言ったけど帰りたくなかった。
もっといっぱい、草の中と土の中が見たかった。
そしたらあじろが、また遊ぼう、って言う。いつって聞いたら、夕ご飯をいっしょにどうですか、ってあじろが言ったかもしれない。

「忘れたんなら、いいか、」
「忘れない、行く、」
「そうか、」

またちゅうってして、しおうが抱っこした。
「ばんさんよう」の服にきがえましょうね、ってうつぎが言う。はじめて見る水色の服。きれい。
しおうがきゅうじょうに行く時に着る服ににてた。

まあ、お似合いで、ってうつぎが言って、しおうもへえ、って言う。


「あらまあ、日向さんはなんでもお似合いねえ。素敵ですよ、」
「えええ、日向様、美人…」


「ばんさん」のお部屋にすみれこさまとあじろがいた。
すてき、はいい言葉。お腹がふわふわして、ちょっとそわそわもする。
ぴょんって、しおうの腕の中で体がはねた。

しおうが、嬉しいか、って笑う。

「本当に可愛い、似合ってるよ、」
「うん、」

しおうがまたちゅうってしたら、あじろがぽかんって顔になった。
はぎなが、でんか、って言う。
すみれこさまは、あらあらまあまあ、って笑った。

「え、と、その、殿下と日向様は、」
「今のところは、うちの息子の片思いねえ。日向さんも紫鷹さんのことはお好きだと思いますけど、」
「しおう、好き、」
「でも私のことも、萩花さんのことも、亜白さんのことも、お好きでしょう?」
「うん、好き」
「ぼ、僕も、ですか、」

余計なことを教えないでくださいって、しおうはふてくされる。
すみれこさまはしおうの母上だから、しおうはすみれこさまの前で、子どもみたいにふてくされるんだ、ってずっと前にとやが教えた。

「しおう、かわいいね、」
「は、」
「子どもみたい、」

はぎなとすみれこさまが笑って、あじろはぽかんって口がどんどん大きくなる。
しおうは真っ赤になった。これもかわいいって、言うって僕はわかる。

「ばんさん」は夕ご飯だった。
ご飯はいつもしおうと食べるけど、今日は違う。
すみれこさまと、あじろがいる。はぎなもいっしょ。
はぎなはいつもお仕事の服を着るのに、今日はうんときれいな服を着て、きれい。

はぎな、きれいね、って言ったら、しおうはまたふてくされた。


しおうの前にたくさんお皿がならぶ。
しおうは僕を抱っこしてるから、僕の前。
でも、僕は、お腹がわるいから、お皿は二つ。
よくなったら、日向にも食べさせてやりたい、ってしおうが言う。

「今日は亜白さんと裏庭で遊んだと聞いたのだけれど、何か見つかったかしら?」
「みみずと、ばったと、はちと、ありと、むかでと、くもと、もぐらがいた。こうちゅうも、」
「あの甲虫は吉丁虫(たまむし)の仲間でしたよ。」
「たまむし、」

食事中に虫の話か、ってしおうはへんな顔になる。
しおうは虫がにがて。そらもにがて。あじろは好き。
すみれこさまは分からないけど、僕とあじろの話を楽しそうに聞くから、好きかもしれない。きれい。

「日向は虫は平気なんだな、怖くなかったか?」
「くらに、いた。虫、ってわかった、はうれしい。」
「…そうか、」

くらの光があたるところに、羽をひらひらさせた虫がいた。糸をはるのは、くも。りーりー鳴いたのはこおろぎ。
痛い時に、りーりーが聞こえたら眠れたから、こおろぎってわかったがうれしい。

「あじろは、何でいっぱい、わかる?」
「え、は、えと、僕の母上が、動物が好きで、」
「あの子は、昔からその辺で見つけてきた生き物を片っ端から育てていましたからねえ、」
「はい、あの、羅郷(らごう)は雪国なので、冬の季節は生き物が少ないんですけど、母上は冬も生き物と一緒に過ごしたいと言って温室を作って、そのうちの一つを僕が任されているんです、」
「叔母上の教育方針で、亜白の兄弟は何かしら生き物を育てているんだよ。他の兄弟は犬とか馬だが、こいつは何でもありだ。」

いつかはどうぶつえん、を作るのがゆめです、ってあじろが言う。
僕が見たいって言ったら、あじろはぜひ、って言った。しおうは、いっしょにいこうな、って僕にちゅうってする。

「紫鷹さんは、もう少し人目というものをお考えなさいな、」
「今さらでしょう、母上、」
「殿下って、何だかイメージが違うんですが…、」
「うちの息子はねえ、日向さんに惚れて、随分と可愛らしくなったんですよ。ねえ、萩花さん、」
「ええ、可愛らしくなりましたねえ、」
「へ、へええ、」

みんなが笑って、しおうが真っ赤になる。
ふてくされてまた僕にちゅうってするのが、かわいい、かった。
ふわふわするね。きれいだね。

すみれこさまは、しおうがいっぱいおしゃべりするのがうれしい、って笑った。
しおうは、すみれこさまにかわいいわねえ、って言われてまたふてくされる。
あじろの母上の話がおもしろかった。
あじろよりうんと生き物にくわしい人。会ってみたい。
はぎながご飯を食べるのをはじめてみた。じょうずに食べるね。いつもと違うはぎな、きれい。
カチャカチャフォークとナイフの音がして、みんなの笑い声がして、ふわふわする。

「眠かったら、寝な、」

しおうが言う。
もっと知りたいがあってがんばったけど、どんどんまぶたが重くなって、しおうのお腹でうとうとした。




僕ね、少しずついろんなことが分かってきた。




16歳は、本当はしおうの膝でご飯を食べない。
もっと上手にスプーンもフォークも使う。
もっといっぱいご飯も食べる。
体もうんと大きいし、いろんなことがわかるし、できる。

ご飯は、どっかからぬすむものじゃない。
とられないようにかくしたり、しない。
食べても怒られたり、けられたりしない。

みんなが住むお家は、くらじゃない。

隠れ家にこもるは、僕だけ。

僕と同じ16歳のしおうと、とやと、あじろは、母上がいる。
大好きだよって母上がいっぱい大切にして、ご飯をいっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝て、いっぱい勉強したから、大きくなった。
小さい時に、大人が教えたから、魔法もできる。
お風呂も一人で入るし、ご飯も自分で食べる。

しおうには、すみれこさまがいて、生まれた時からずっと大好き。
あじろにも、母上がいて、生き物のことをいっぱい教えた。



僕はちがう、ね。
16歳なのに、小さいし、できないもわからないもいっぱい。


ご飯が食べられなかったから。
遊べなかったから。
眠るが、じょうずにできなかったから。
だから小さい。
できないが、いっぱいある。






誰も、僕が大事じゃなかったから。
僕は、小さい。


しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

「トリプルSの極上アルファと契約結婚、なぜか猫可愛がりされる話」

悠里
BL
Ωの凛太。オレには夢がある。その為に勉強しなきゃ。お金が必要。でもムカつく父のお金はできるだけ使いたくない。そういう店、もありだろうか……。父のお金を使うより、どんな方法だろうと自分で稼いだ方がマシ、でもなぁ、と悩んでいたΩ凛太の前に、何やらめちゃくちゃイケメンなαが現れた。 凛太はΩの要素が弱い。ヒートはあるけど不定期だし、三日こもればなんとかなる。αのフェロモンも感じないし、自身も弱い。 なんだろこのイケメン、と思っていたら、何やら話している間に、変な話になってきた。 契約結婚? 期間三年? その間は好きに勉強していい。その後も、生活の面倒は見る。デメリットは、戸籍にバツイチがつくこと。え、全然いいかも……。お願いします! トリプルエスランク、紫の瞳を持つスーパーαのエリートの瑛士さんの、超高級マンション。最上階の隣の部屋を貰う。もし番になりたい人が居たら一緒に暮らしてもいいよとか言うけど、一番勉強がしたいので! 恋とか分からないしと断る。たまに一緒にパーティーに出たり、表に夫夫アピールはするけど、それ以外は絡む必要もない、はずだったのに、なぜか瑛士さんは、オレの部屋を訪ねてくる。そんな豪華でもない普通のオレのご飯を一緒に食べるようになる。勉強してる横で、瑛士さんも仕事してる。「何でここに」「居心地よくて」「いいですけど」そんな日々が続く。ちょっと仲良くなってきたある時、久しぶりにヒート。三日間こもるんで来ないでください。この期間だけは一応Ωなんで、と言ったオレに、一緒に居る、と、意味の分からない瑛士さん。一応抑制剤はお互い打つけど、さすがにヒートは、無理。出てってと言ったら、一人でそんな辛そうにさせてたくない、という。もうヒートも相まって、血が上って、頭、良く分からなくなる。まあ二人とも、微かな理性で頑張って、本番まではいかなかったんだけど。――ヒートを乗り越えてから、瑛士さん、なんかやたら、距離が近い。何なのその目。そんな風に見つめるの、なんかよくないと思いますけど。というと、おかしそうに笑われる。そんな時、色んなツテで、薬を作る夢の話が盛り上がってくる。Ωの対応や治験に向けて活動を開始するようになる。夢に少しずつ近づくような。そんな中、従来の抑制剤の治験の闇やΩたちへの許されない行為を耳にする。少しずつ証拠をそろえていくと、それを良く思わない連中が居て――。瑛士さんは、契約結婚をしてでも身辺に煩わしいことをなくしたかったはずなのに、なぜかオレに関わってくる。仕事も忙しいのに、時間を見つけては、側に居る。なんだか初の感覚。でもオレ、勉強しなきゃ!瑛士さんと結婚できるわけないし勘違いはしないように! なのに……? と、αに翻弄されまくる話です。ぜひ✨ 表紙:クボキリツ(@kbk_Ritsu)さま 素敵なイラストをありがとう…🩷✨

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

処理中です...