第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子

64.紫鷹 裏庭の安らぎ

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「あおじ、が、ぴょんぴょんした!」

そう言って、俺の執務室に日向が飛び込んできたのは、3日前。
興奮しすぎて、何を話しているのか汲み取れなかったが、抱いて来た萩花によれば、執務室へ向かう途中、窓の外に青巫鳥がいたのだという。
朱華の襲来以降、俺に会いに来る以外に部屋から出られなかった日向が、裏庭に行きたいと嬉しそうに言った。






「しおう、見て。あおじ、」


宮城の用を済ませて離宮に帰れば、裏庭の草の上で、日向がころころと転がっていた。
俺を見つけた水色の頭が、キラキラと瞳を輝かせて振り返る。見てるよ、と言えば嬉しそうにまた転がった。
黄色い鳥が飛び上がって、再び水色の頭に降りる。
あはは、と日向の笑い声がした。

ただそれだけのことなのにな。
とてつもない幸福感が、胸の中に広がる。

「もう丸二日、魔力干渉を必要とせず過ごされていますよ、」
「そうか、」

隣に並んできた萩花が、嬉しそうに言う。
影のように控えた草も、「出番がありませんな」と笑った。
そういえば、今朝は青巫鳥に会いにいくからと、朝食の粥をほとんど食べた。楽しそうにおしゃべりするせいで半分は日向の服を汚していたが。
それでも、この数週間は見られなかった姿に、水蛟が涙を流していた。あの侍女が先に泣かなければ、俺も危うかったかもしれない。

「魔力が安定したら、身体強化の訓練も始める予定です。」
「頼む。ただ無理はさせるなよ。歩きたい気持ちが先走って、体を壊したら元も子もない。」
「ええ、その辺りは燵彩(たちいろ)が重々言い聞かせると言っております。」

「…歩けるんだな、」

はい、と頷く萩花の声に、今度こそ目が熱くなった。

日向の足は、小栗(おぐり)の見立てでは、手術によって弱った関節を修復することはある程度可能だという。筋力も鍛えれば、支えになる。だが、傷ついた全てを元に戻すことはやはり難しいだろうと。
まして、今の日向には、手術に耐えられるほどの体力がない。未熟な体が、どれだけ時間をかければ、手術に耐えうる体になれるのかは、小栗にも分からなかった。

だが、歩ける。
日向が行きたい場所へ、自分の足で歩いていける。

「青巫鳥のおかげか、」
「あの鳥は、本当に日向様をよく守ってくれますね、」
「ああ、」

ころころと草の上を転がる日向の頭や肩を、黄色い鳥がぴょんぴょんと跳ねる。
尼嶺(にれ)の生活の中で、たった1わ、日向の味方だったという黄色い鳥。
この離宮へ日向が来てからも、寄り添うようにそばにいて、あの小さな王子を励まし続けた。

「尼嶺の青巫鳥とは別なんだよな?」
「だと思いますけど。どこにもいる鳥ですし、」
「野鳥だろ、あんなに懐くものか?」
「ねぐらは森の中だと草が確認しておりますから、飼われているわけではなさそうです、」

この3日。日向が裏庭に出てくるたびに、青巫鳥もどこからともなく現れた。
どういうわけか、日向には何の警戒もなく飛びついて、喜ばせる。そのくせ、俺たちが一定の距離を保たなければすぐに飛び去ってしまった。
そうなれば、日向がこれ以上ないというくらい悲しい顔をして、しまいには泣き出してしまう。俺たちは遠巻きに見守るしかなかった。

「青巫鳥にとっても、日向様は特別なんですね、」
「にしても、懐きすぎだろ、」

くつくつと、萩花が笑う。

「青巫鳥にまで、嫉妬ですか、」
「悪いか、」
「いいえ、素直で良いと思いますよ、」

俺のことを甘えん坊の末っ子だと言ったのはお前だろう。今更だ。

「青巫鳥が日向の特別なのはわかるよ。だが、影響がでかすぎて悔しくなる。青巫鳥のおかげで、急に元気になっただろ、」
「日向様を支えてくれるよいパートナーとでも思えばいいじゃないですか、」
「俺は日向に関しては、狭量なの、」
「…本当に素直になりましたねえ、」

「日向、凍えるぞ。そろそろ戻れ。」

日向を見る時と同じ目でこちらを見る男を一瞥して、水色の頭へ声をかける。
小さな体がぴょんと跳ね起きてこちらを見るが、水色の頭は横に振られた。

「遊び足りないようですねえ、」
「あいつ、少し我儘になった?」
「我儘と言うか、ようやくご自分の希望が示せるようになったんだと思いますよ。」
「それはそうだけど、もう1時間も青巫鳥(あおじ)と遊んでいるんだろう、」

日向に向けて足を踏み出す。

「や、だ、」

拒絶の言葉に、胸が苦しくなる。
日向に拒まれることがこんなに苦しいとは。

「しおう、こない、あおじ、いる、」
「ダメだ。もう暗くなるから、青巫鳥ももうねぐらに帰る時間。日向も帰るぞ、」
「ぅあ、あー、あおじ、」

俺が数歩歩んだところで、青巫鳥はぱっと飛び立ってしまう。
白い手がすがるように追いかけたが、黄色い鳥はあっという間に森の中へと消えていった。
おいで、と手を差し出せば、日向は素直に腕の中に納まったが、視線は黄色い鳥が飛び去った方向を見つめたまま動かない。

もう少し遊ばせてやれば良かっただろうか。
でも、日向が凍えるのが心配というのも本音。
小さな体が腕に戻ってきて安心というのも本音だった。

「体、震えているじゃないか。寒いんだろう、」

懐に温玉(ぬくいだま)を入れさせていたが、抱き上げた日向はかたかたと震えていた。指先が冷たく、唇も色がない。
上着の内側に入れてやると、ぴったりとくっついてきて小さく体を丸めた。
やっぱり寒いんじゃないか。

「宇継が風呂の用意をしているから、部屋に戻ったら温まろうな、」
うん、
「日向が風邪をひいたら、青巫鳥とも遊べないだろう?俺も心配。わかる?」
「…わかる、」

ようやく水色の瞳と視線が合う。

「しんぱい、ごめん、ね、」
「いいよ。日向が楽しそうだったから、本当は俺ももっと遊ばせてやりたかった。温かい季節になったら、もっと遊べるから、我慢な。」
「うん、」

おそらくいろんな気持ちが交錯して揺れる水色の瞳が可愛くて、白い唇に口づけた。一度離れた唇を、二度目は日向の方から求めてくれる。

「あとな、あんまり放っておかれると俺も寂しい。」
「しおう、さびしい?」
「そう、寂しい。だから、青巫鳥以外の時間は俺にちょうだい、」
「いいよ、」

俺の気配に聡い日向は、細い腕を背中に回して、ぎゅっと抱きしめてくれる。
その頭にキスをして、聞いた。

「楽しかった?」
「うん、」

水色の瞳がぱっと煌いて、あのね、と語り出す。
部屋へ戻る道すがら、とまらないおしゃべりを聞いた。


ささやかで、最上の幸福が満ち溢れた。

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