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第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

63.紫鷹 会いに来る

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殿下、と呼ぶ声がして目が覚めた。
外が暗い。こんな時間に何事かと、不機嫌に見れば、従僕が「日向様が」という。
はじかれるように目が覚めた。

「日向が何だ、」
「あ、いえ、悪い知らせではなく。いらしているので、入れても構いませんか、」
「日向が?何で、あ、いや、入れろ、」

従僕はうなずいて、ベッドを離れていく。
何があったと不安になる一方で、つい先日までは、早朝の散歩の終点に、日向が俺の寝室を訪れていたことを思い出した。もうずいぶん昔のことのように思える。
朱華の来訪以来、散歩が怖くて部屋を出られなかったのではなかったか。

「しおう、」

ほどなくして、東(あずま)の腕に抱かれた日向が姿を見せた。
手を伸ばすと、日向はベッドの上に乗ってきて、腕に収まる。

顔が青白く、常に疲れたように見えるのは、心身の回復が十分でないことの表れだと胸が痛くなる。
朱華の来訪からおよそ2週間。日向は未だ、魔力を制御できないことが何度かあった。今も、日向の魔法を制御できるよう、入口のあたりに草が控えている。

そんな体でどうした。
何か、嫌な夢でもみたか。怖くて部屋にいられなかったか。

そう不安になり、腕の中を見下ろすと、水色の宝石がキラキラと輝いていた。

「たんじょうび、おめでと。」
「は、」
「しおう、おんなじ。16歳なった、」

不器用に、美しく、日向が笑う。


「おめでと、しおう。生まれてきてくれて、ありがと、」





冷えるからと、布団の中に日向を入れて抱きしめた。
小さな体は、ぴったりとくっついて、嬉しそうに俺を見上げる。

「起きたら、ね、たんじょうびだった。たんじょうびは、おめでと、っていう。うまれてきてくれて、ありがと、っていみ。」
「日向は俺が生まれてきたのが、嬉しいのか、」
「しおうは、ね、いる、がいい。しおうがいないと、ご飯が、たべない。いるのに、いないと、さびしい、くて、会いたいになる。さっきも、起きたら、会いたいになった。それは、生まれてきて、うれしい?」
「どうだろ。他にはどんな風に思った?聞かせて?」


ああまた、この顔。
水色の目が大きくなって、白目がなくなる困った顔。
真っ直ぐな日向の言葉が嬉しくて、思わず意地悪を言ってしまった。
だけど、すごい顔になって、一生懸命考えてくれる姿が、愛しくてたまらない。

従僕と東と草が、恐ろしい気配を放っているが、日向は気にも留めない。
だから、俺も無視して、日向だけを見た。


「僕が、ね、こかつでぐるぐる、したとき、話さないのに、しおうがわかった、がうれしかった。」
「うん、」
「ご飯の、赤いの、しおうが食べるが、いい。しおうが、口開けて、入れるが、たのしい、」
「うん、」
「えさ台、しおうがつけた。しおうが大丈夫って、いったら、大丈夫になった。あおじが来て、僕は、いっぱい、うれしかった、」
「うん、」
「しおうがぎゅう、ってすると、ふわふわになる。こわい時、しおうがぎゅうってしたら、こわいが小さくなった。ちゅうは、ね、もっとふわふわする、」
「へえ、」
「しおうが、ね、いっぱい話して、いっぱいぎゅってして、いっぱい大好きだよ、って言ったら、ね、夜ふわふわして、きらきらする。それは、しあわせ、ってゆりねが教えた。」

だから、僕は、しおうが生まれてきてくれて、うれしい、ちがう?

そう問う日向の瞳に、胸が熱くなった。
どこまでも真っすぐで、偽りのない、清らかな日向の言葉。その言葉が、俺の中にあふれて、愛しさに変わっていく。
お前はいつも、俺が欲しいものをくれるな。

「違わない、日向は、俺が生まれて嬉しいんだな。」
「うん、うれしい」

布団の中からぴょんと飛び出して、小さな体が俺の腹にまたがる。
ずい、っと日向が持ってきた袋を差し出された。

「何?」
「プレゼント。しおうがうまれる、はおくりもの、するくらい、うれしい、」
「そうか、」

今すぐ抱きしめて、全身にキスを降らせたかった。
その衝動を抑えて、日向の贈り物を受け取る。早く開けろと、水色の目が期待していた。可愛いな。

「袋、紫なんだな。」
「紫はしおうの色って、東がおしえた。」

入口のところで、鉾を構えた日向の護衛だな。…どこから出した。あと、俺の護衛はどうした。止めろよ。

「リボンも紫。みずちが、えらんだ。きれい、」
「うん、綺麗だな。あいつは本当に日向のことが良くわかるな、」
「うん、」

半色(はしたいろ)の袋に、濃紫のリボン。
この重ね色が、俺の色だと教えたら、日向はどんな風に驚いてくれるだろうか。
わかったが嬉しいと喜ぶかもしれない。色を選んだ水蛟をすごいと、褒めるかもしれない。
どちらの顔も想像できて、見たいと思った。

だが、早く開けろと、日向がせかす。

リボンをほどいて袋を開ける。
ころり、と紫色の鳥が手のひらに乗った。

「大瑠璃か、」
「うん、しおうの色の鳥。」

紫の粘土でできたいびつな形の鳥。小さな紫の煌玉(こうぎょく)がキラキラと瞬いていた。
大瑠璃だと知らなければ、鳥だとさえ、わからなかったかもしれない。
それなのに、この小さな贈り物が、この世で一番美しいものに思えた。

「おそろい、」

日向の左胸に、俺が贈ったブローチが輝く。

「それ、いつも着けてるな。うれしかった?」
「うん、しおうがいつもいる、みたい。」
「そうか、」
「しおうも、うれしい?」
「嬉しいよ。たぶん、今まででもらったプレゼントの中で、一番嬉しい。」

この数日間、日向の体調は改善しているとはいえ、あまり良くなかった。魔力干渉を受けるたび、体が重くなり疲れるのだと、一日の大半は隠れ家で過ごした。何より「できない」ことへの精神的な苦痛が大きかったのだろう。何度も声を上げて泣くのをあやした。

それでも、毎日粘土を捏ねていた。
毎日膝にのせて一緒にやったから知っている。
うまくできなくて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのも、毎日見てた。

そうやって、日向が作った大瑠璃。

「日向が着けて、」
「うん、」

手のひらを差し出すと、日向はまたぴょんと跳ねた。
小さな手が、一生懸命ピンをはずす。
不器用だから時間がかかった。あんまり時間がかかって、「できない」と泣くんじゃないかと不安になった。
だけど、汗をかきながら奮闘する日向を待つ。

ゆっくりでいい。
不器用でもいい。
少しずつ、できるようになればいい。

日向があきらめないから、俺は傍にいて、ちゃんと待つよ。

「できた、」

左胸に、紫の大瑠璃が光る。

「お揃いだな、」
「うん、おそろい、」

どんな宝石よりも美しい贈り物。
ああ、だけど困った。
この贈り物を壊したくなくて、日向を抱きしめられない。
でも、満足そうに見下ろす日向の瞳が綺麗だ。今はそれで十分かもしれない。

「たんじょうび、おめでと、しおう、」

ぴょんと、日向がまた跳ねて、愛おしかった。
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