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第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

57.紫鷹 守られる者

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「お前が強くならないと、ひなは多分もたないぞ、」

藤夜(とうや)の言葉が、あまりに重い。
その重さに耐えかねて、ずぶずぶと沈んでしまいたかった。
だが、それが弱さだ。

俺の弱さが、日向を壊す。




離宮に帰ると、日向の気配が突然おかしくなった。
同時に、日向の傍にいる時に感じる心地よさが全身を包む。
体の痛みが消え、軽くなる一方で、いやな汗が背中に落ちた。

駆けつければ、燵彩(たちいろ)の腕の中で、日向が吐いていた。
体が痙攣するように跳ねて、意識がない。
吐瀉物で窒息させないように、燵彩が顔を横に向けさせると、どろりと赤黒いものを吐いた。

混乱する俺を藤夜と萩花が部屋から引きずり出す。
小栗(おぐり)と晴海(はるみ)が駆けつけて部屋へ飛び込んでいったが、扉が閉まり姿が見えなくなった。

「離せ、藤夜」
「落ち着け、紫鷹。お前がいても邪魔になるだけだ。小栗に任せろ、」
「傍にいる、日向が、」


「…おそらく、日向様の癒しと治癒の魔法は、紫鷹殿下のためです。」


何を言われたのか分からず、声の主を見た。
俺のため?何が。

「身体強化を使ってまで朱華殿下へ膝をついたのは、紫鷹殿下や私たちを守るためです。その後、癒しの魔法が増幅しているのも、おそらく、殿下の感情に反応しています。今は、治癒と癒しの両方を使いました、」
「両方?何で、」
「お前、腕をどうした、」

藤夜に言われて思い出す。
宮城で、朱華を殴った。取り押さえられるごたごたの中で、たぶん左腕は折れた。

「俺がつけばよかった、」

何かを察した藤夜が吐き捨てる。
日向の鍛錬に藤夜を送ったのは俺だ。
代わりの護衛を連れて宮城に向かったところ、朱華と出くわし、挑発に乗った。藤夜がいたところで、止められたかは知らない。

「これを?」
「おそらくは。紫鷹殿下が離宮に入られたところで、日向様の魔法が反応しました。」
「ひなは、お前が泣くのが嫌なんだと、」
「は、」
「お前が泣くのが嫌で、無意識に魔法を使うんだよ、」
「なんで、」
「わかるだろ!」

感情を高ぶらせる藤夜を、萩花が抑える。
場所が悪いと、二人そろって引きずられた。

1階に降りたところで母上につかまり、執務室へと押し込められる。

俺たちが座ったのを見届けて、母上が言った。


「日向さんが、いいよ、と言いました。」
「何、を、」
「春の宴に出てもいいよ、と。」
「い、つ、」
「おやつの時間に。隠れ家の中でしたけれど、」


萩花が、今初めて聞いたというように目を丸くする。
藤夜も言葉を失くしていた。

なぜ、と問う間もなく、母上の顔が泣きだしそうにゆがんだ。



「紫鷹さんが泣くのが、嫌だと、」



しおう、泣く?
しおうが、泣くは、ぎゅってする。
しおうが、泣くが、いや。

そういった日向の声が聞こえた。
何でだ、日向。
何で、俺が。


「…こんなのが続いたら、ひなはもたないぞ。」
「魔法を使っていることは、ご自身でも自覚されているようでした。ただ制御できないと。それが疲労や心労によるものなのかはわかりません。」
「今のひなに、これ以上頑張れとは、俺は言えない。」

言わない、と藤夜の声が震える。

「身体強化が使えれば、歩ける未来もあった。だが、今のひなには無理だ。ひなが壊れる。不安を失くしてやらない限り、ひなは制御できない。歩けないし、もたない」

わかるか、紫鷹、と友が涙にぬれた顔で俺を見た。

「ひなは、お前が大事だ。俺たちのことが大事だ。だから、守ろうとする。今のひなにはどうにもできない。どうにかしろと、俺は言えない。俺たちがひなの元を離れるか、ひなが守る必要がないと安心できるくらい強くならないと、ひなは俺たちを守ろうとする。」

わかるか、と再び問う。

「お前が朱華殿下におびえるのも、腹を立てるのも、ひなは全部わかってただろ。」

しおうが、泣くが、いや。

「ひなは、お前が大事だ。たぶん、俺たちよりもずっとお前のことが大事だ。」

だから、



「お前が強くならないと、ひなは多分もたないぞ」



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