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第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

54.藤夜 侍従は友の希望を願う

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朱華(はねず)殿下を見送った後の紫鷹(しおう)は、酷い有様だった。

一言も口を聞かず、殺気立って誰も近づけない。
そのまま執務室へ駆け込むと、ひとしきり暴れた。
草が結界を張って抑えたが、それを破り離宮を破壊しそうなほど酷かった。

「落ち着いたか、紫鷹、」

破壊され尽くした室内に足を踏み入れる気にもならず、扉の外から声をかける。
返事はない。
けれど、話を聞く気はあるようで、こちらを探る気配がした。

「落ち着いたなら、早くひなの所へ行け。」
「…日向は、」
「吐いて、倒れた。意識がないのに震えが止まらないそうだ、」
「分かった、」

返事はするが、動かない。
殺気を抑えきれないままでは行けないと判断できるくらいには、冷静さを取り戻したらしい。
部屋の中に座り込み、しばらくして立ち上がった。




ひなの様子も酷かった。
意識がないまま震え、時折吐く。吐けるものがなくなっても、胃液を吐く。
ベッドの上でひなの体を起こして抱いた紫鷹は、ひなの吐瀉物で汚れたが、決して小さな体を離さなかった。

小栗(おぐり)が駆けつけて、薬を打ち、ひなはようやく寝息を立てることができた。
静かになったひなを、なおも紫鷹は抱く。小さく聞こえるのは謝罪の言葉だろう。

「藤夜、」

こちらへ、と萩花が部屋の外へと呼んだ。
入れ替わるように東(あずま)が部屋の中へ入っていって、護衛の位置につく。

「日向様ですが、唯理音(ゆりね)さんの拘束を抜ける際に、身体強化を使っていました。」
「…だろうな、とは思ってたけど、」

ため息が漏れた。
ひなが目覚めたら、そっちのフォローも必要か。

「おそらく唯理音さんの強化魔法を真似たのだと思います。そっくりでしたから。」
「そうか、唯理音が得意だったか。」

ひなが1番懐いている侍女を思い浮かべる。
細い腕でひなを抱き上げるために、魔法を使っていると聞いた。ひなは毎日、見ていただろう。
魔法で風を操ったり、火を起こしたりするよりも、ひなは治癒や癒し、身体守護のように、自身の体に近いところにある魔法を得意とする。
火事場の馬鹿力で、身体強化を使っても不思議ではなかった。

きっとまた、「やくそく」を破ったと怯える。
ひなが目覚めるまでに、良い慰めを見つけなければならないな。

「萩花の能力、本当に便利だな。ひなみたいに見えている訳ではないんだろう?」
「日向様は魔法の色が見えているみたいですね。私は、見るというよりは、肌で感じるという感覚です。」
「こっちは、魔力は見えても魔法は見えないから助かる。菫子様の采配、さすがだな、」

こんな時だというのに、穏やかに笑って返す萩花に、少しばかり緊張が緩んだ。ありがたい。
緩んだついでに、一つだけ灯った希望を口にしてみた。


「身体強化は、ひなの訓練に使えるかな、」


こんな酷い有様なのに、俺の胸に期待が宿っている。
萩花は、黄色の瞳を嬉しそうに細めて頷いた。

「ええ、」
「ひながもう少し落ち着いたら提案してみようと思ってたけど、身体強化が使えたら、ひなは歩けるな?」
「ええ、きっと歩けます、」

穏やかでいて、力強い声。
兄のように、俺を励ます。

「日向様の場合、癒しや治癒と重ねて、常に魔法を使うような状態になりますから、魔力枯渇が起きないよう細心の注意が必要です。ですが、今は私もいます。」
「それは心強いな、」
「畝見(うなみ)は、魔力干渉が可能ですから、いざという時は、日向様の魔法を抑えられますし、官兵(かんべ)は、日向様と魔力の性質が近いので、譲渡が可能です。東は…、日向様を抱いて歩くのが好きなので、負担を減らしてくれると思いますよ。」

声を立てて笑った。
紫鷹にも聞こえたかもしれない。こんな時に何を、と怒るだろうか。
ひなの護衛は、精鋭揃いだな、紫鷹。

こんな酷い世界にも、希望はある。

お前たちが見出せなくても、俺たちが見出す。
だからお前たちはとりあえず、二人で休め。
休んでまた、元気になれ。
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