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第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

53.日向 邂逅

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ゆりねとお昼ご飯を食べたあと、はぎなが抱っこして、中庭に来た。
ゆりねが白とか黄色の花を教えて、花が咲かない草も、大きな木も、ぜんぶ名前があるってわかった。
トゲトゲもスベスベもいっぱいあって、楽しくてふわふわしてたのに。

離宮の中に、急に「けはい」が増えて、僕はお腹がそわそわした。

僕がそわそわするのに気づいて、はぎなが大丈夫って背中をなでる。
だけど、すぐに僕をゆりねに渡した。

「東(あずま)、」
「皇太子殿下が急にきて、紫鷹(しおう)殿下が対応してます。」
「ああ、なるほど、」

はぎなのうしろに、今までいなかったあずまがいる。ゆりねの隣にはかんべがきた。




1、2、3、4、5、6、7人。
離宮の外にはもっとたくさん。

しおうが帰って来た、と思ったのに。
今日は、ねんどがちょっとよくなったから、教えたかった、のに。

しおうが泣きそうな「けはい」がする。

「こうたいし、でんかは何?」
「紫鷹殿下のお兄様です。少し気難しい方なので、紫鷹殿下も、お困りのようですねえ、」
「少しじゃないですよ。先ぶれもなく来て、紫鷹殿下がぴりぴりしてます、」

ゆりねはいつもののんびりだけど、あずまはきげんが悪い。かんべはしずか。
はぎなものんびりだけど、魔力がすーって静かになって、「けはい」が薄くなっていくのがわかった。

「僕も、かくす?」
「いえ、日向様の魔力を抑えると、むしろ皇太子殿下が気にされますから、日向様はそのままで。」
「私も魔力を隠すことはできませんから、一緒にいていただけるとありがたいです、」
「ゆりねといっしょ?」
「ええ、一緒です、」

ゆりねがいつもと同じだから、すこしだけそわそわがなくなる。
でも、しおうの「けはい」がどんどん泣きそうになって、またそわそわした。


「しおう、が、」

「あー、嘘だろ。何でこっちに来んだ、」
「東、官兵、日向様の傍に、」


あずまのきげんが、うんと悪くなる。
はぎなが上着を脱いで、ゆりねと一緒に僕にかぶせた。頭からかぶって、何も見えなくなる。
ゆりねの手が少しだけ強くなって、上着ごと僕をかくした。

「けはい」が、いっぱいこっちに来る。
だからかくしたんだって、わかった。
大丈夫ですよ、ってゆりねが言って、僕の肩をなでるけど、息が苦しくなってく。たぶん、体が震える。

しおうが、たくさんの「けはい」と一緒に近づいてくる。
でも近づくたびに、しおうは、どんどんどんどん泣きそうになった。



「何だ、外に出られるじゃないか、」



男の人の声。
声が聞こえるのより少し早く、ゆりねがしゃがんで、また僕をぎゅってする。
しおうの声がした。

「兄上、半色乃宮(はしたいろのみや)は兄上の立入を許してません、」
「兄弟だろう、多少の無礼は許せ、」
「他の宮への勝手な立ち入りは許さないと定めたのは、皇帝陛下です、」
「なら、お前が力づくでも追い出してみなさい、」

笑うみたいなのに、こわい声。
しおうの声が、震えてる。泣いてるかもしれないって、思ったけど見えない。

「それが、尼嶺(にれ)の王子か、」

にれのおうじ、僕のこと。

「属国の王子が、宗主国の皇太子に顔も見せぬとは、どういう所以だろうか、」
「兄上、日向王子は、体調がすぐれませんので、どうか、」
「庭で遊ぶ程度の体はあるのだろう、挨拶くらいはしなさい、」
「兄上、」
「黙れ、紫鷹。」

しおうの「けはい」がこわがった。
きっと泣いている。
僕をかくそうとして、こわくなってる。

いやだ。
しおうが泣くのは、いやだ。

「日向様、いけません、」

小さく、ゆりねが言った。
僕をかくそうとぎゅってする。
でも、いやだった。

あいさつは知ってる。

僕はにれの王子だから。
ひとじちだから。


「日陽乃帝国(にちようのていこく)・皇太子殿下に、尼嶺の日向がご挨拶申し上げます。」

「殿下におかれましては、御繁用の中、拝謁の機会を賜り、恐悦至極に存じます。」

「此処に臥します日向は、帝国の温情により、遊学の好機を賜りましたこと、心より深く感謝いたしております。」


ゆりねの腕から降りて、膝をついて、両手を合わせて、頭の上に掲げた。
足がくずれそう。


「へえ、その色は確かに尼嶺だねえ、」

こわい人が、近づいてくる。
怒ってるのか、笑ってるのか、わからなかった。

ゆりねが僕をかくすみたいに抱きしめて、はぎなとあずまとかんべが、うんと近くに来る。
こわい人が笑う。
わかる、しおうよりもえらい人。
だから、ゆりねもはぎなもあずまもかんべも、逆らっちゃいけない。

なのに、みんなが僕をかくす。

僕は、にれのおうじだから、ひとじちだから。
怒られるなら、僕のはずなのに、みんながかくす。

いやだ。

いやだ。

こわい人がうんと近くに来る。
はぎながかくす。
ダメだよ、って言わないといけないのに、声が出なかった。

いやだ。
いやなのに。

「兄上、これ以上は、許しません、」

しおうが、怒った。きっと泣いてる。

「どきなさい、挨拶を受けたのは私だろう、」
「嫌です。これ以上は、半色乃宮の権限で、兄上を皇帝陛下の意に背く侵入者と見なします。引いて下さい、」
「へえ、」

笑っているのに、こわい声。
この人は、いとこと同じ。おぼろと同じ。

「いいよ、引こう。」

おぼろは、僕がこわれるほど、うれしい。
この人は、しおうが泣くほど、うれしい。

「ああ、だけど、春の宴では顔を見せなさい。楽しみにしているから、」

「けはい」が遠くなっていく。
しおうも遠くなる。

ゆりねが抱っこしたら、吐いた。
あとは、ぜんぶ真っ暗になった。

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