第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

48.日向 焦燥

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右手の指が1,2,3,4,5本。
左と合わせて10本。

右足の指が1,2,3,4,5本。
左と合わせて、たぶん10本。


「動かせますか?日向様、」
「…わかんない、」


はぎなが左足の底に手を当てる。押し返してみてください、って言ったけど、わからなかった。
おぐりが教えたうんどう。
うんどうが治療になるんですよ、っておぐりは言った。

「痛みはありますか?」
「…わかんない、」
「…では、私が動かしますから、痛かったら教えてくださいね。」

はぎなの眉が下がる。こまった顔。
僕のせい。
本当は、うんどうができて、痛みがわかるのが大事なんだって、おぐりが言った。
でも、僕はわからくて、はぎなが困る。


熱が出て、左の足が痛くなって、動かなくなった。
熱は下がって、痛みも少なくなった気がするけど、動かない。


ゆっくり治していきましょう、っておぐりは言った。
毎日、はぎなとあずまとうなみとかんべが、うんどうをする。
みずちとそらとうつぎとゆりねも、毎日毎日マッサージをした。
しおうも、寝る前に必ずする。

「昨日より、動きがいいですね。小栗(おぐり)が装具を用意してくれましたし、立ち上がる練習もしてみましょう、」

はぎなが笑うから、うん、ってうなずいたけど、できるかな。
昨日、おぐりが「そうぐ」を持ってきて、はじめてつけた時は、立てなかった。
左足に力を入れようとしたのに、入らなくて。かくんって落っこちて、しおうに抱っこされた。
右足で頑張ったけど、歩こうとしたら、またかくんってなった。

きっと、また立てない。
あるけない。


「ゆっくり立ち上がります。そうです、そのまま、少し頑張りましょう、」


はぎなが僕の足首と膝に「そうぐ」をつけた。僕ははぎなの肘をつかまえて立つ。
前と後ろから、僕の体をはぎなとあずまがささえた。

右の足で踏ん張る。
右足の指が5本、靴の中でぎゅってなるのが、わかった。
左はわからない。

左の足の裏が、床についてるのはわかった。
足首がすこし痛い気もする。足の付け根も。
膝はわからない。

踏ん張るのに、左の膝はかくんってなる。
汗が出て、踏ん張ろうとするほど、右の足も痛くなった。



きっと、はぎなとあずまが手を離したら、僕は立てない。


あるけない。
どこにも行けない。

朝、あおじがぴーって鳴いても、窓に行けなかった。
朝ご飯の時間になっても、しおうが抱っこしないと、膝の上にのぼれない。
エサ台にパンを置くのも、お掃除するのも、隠れ家に行くのも、ソファでおやつをたべるのも、さんぽにいくのも、できなくなった。

「一度座りましょう、日向様。よく頑張りました、」


はぎなが言う。
右足がプルプルして、座りたい、がある。
でも、座ったら、きっともう立てない。
あるけない。

「日向様、焦らず、」
「日向様、座ってください。また手伝いますから、」
「や、だ、」

ぎゅーって、はぎなの肘にしがみついたのに、僕の体は簡単にはぎなに抱っこされてしまう。
なんで。
足の裏が、地面から離れた。僕はもう立てないのに。


「た、て、ない、」
「大丈夫です。症状が落ち着けば戻ると、小栗が言ったでしょう、」
「もどら、ない、」


もうあるけないし、どこにも行けない。
わからないは、わからないまま。
会いたいは、あえないまま。

怖くても、隠れ家に行けない。
逃げたくても、どこにも行けない。

あるきたくても、あるけない。


「日向様、大丈夫ですから。ちゃんと歩けるようになりますから、」


はぎながぎゅってして背中をなでる。みんなそうする。
しおうもとやもみずちもそらもうつぎもゆりねもみんな。
大丈夫だよって、言うのに。
大丈夫じゃない、が聞こえる。

こわい、がある。
お腹がそわそわする。
動きたい。どこかに行きたい。
隠れ家に帰りたい。


それなのに、どこにもいけない。

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