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第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法

37.紫鷹 守るべきもの

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「立場を考えろよ、紫鷹(しおう)」
「は、お前がいうな。一番不敬なのはお前だろう、」

学院の中庭。
学友たちと距離を置いて座った場所で、開口一番藤夜(とうや)が苦言を呈した。
いや、お前が言うな。ホントに。

「萩花(はぎな)が驚いてただろ。というか、呆れてた。恥ずかしくないの、お前。」
「萩花相手に今さらだろ。」
「まあ、何度挑んでもぼこぼこにされてたもんなあ、俺は勝ったこともあるけど」
「うるさい、脳筋と比べるな」

騎士として鍛えた萩花と、肉体と魔法の鍛錬で脳が埋まった馬鹿と比較されても困る。
じろりとにらみつけると、藤夜は大げさに息を吐いた。

「気安いのは構わないが、騎士が初めて主に参謁する場くらい、お膳立ててやれよ。萩花も相当の覚悟で来てんだ」
「…俺は認めてない」
「はあ、」


またため息を吐く。本当に遠慮がない。
つい数刻前までは、平然を装いつつも肩に力を入れて緊張していたのが、今は微塵もなかった。
日向に萩花を引き合わせた。未だ心労が残る日向が、何をきっかけに恐慌に陥るか、この男が不安に思わなかったはずがない。

俺の侍従として、友として。
日向の友として。

だが、日向の魔法が、ここにも効いている。
苦言を呈しているくせに、穏やかな顔をしている。
その顔を見ると、ますます腹が立った。


「なんで、ひな、なんだ。」
「は、」
「というか、何でお前なんだ、」


日向の初めての「お願い」が、この男に奪われた。
俺が大事に大事にして、いつか聞けるかと楽しみにしていたものを、この男が。


「何ですか、それ。嫉妬ですか、殿下。」
「うるさい、」
「ひなのあれは、弟が兄に甘えるようなもんです。俺がひなの兄で、ひなが紫鷹の兄。お前は末っ子。」
「ああ?」

ぶはっと、藤夜が笑った。自分で言って、おかしくなって笑うのか。何だ、お前。
本当に腹が立つ。

「お前こそ、怖かったくせに。日向は気づいてたぞ、お前が日向に距離取ってること。」
「ああ、本当にひなは聡いな」
「いや、何だその顔、マジでむかつくな、お前。」

緊張感が抜け、穏やかでどこか慈愛に満ちた笑みに、こちらの背筋が寒くなる。鉄仮面はどこに行ったんだ。
やめてくれ。


だが、ここ数日の青い顔よりマシか。


日向が床に縋り付いて混乱したのを見た後、藤夜の憔悴ぶりは俺以上だった。
己の存在と言葉が、日向の中の恐怖を引き出したことが、その引き金を引いたことが、あまりに重苦しかったのだろう。日向に近づくのを避けていると、そばにいる俺には感じられた。

だが、その一方で、お前は日向のことを真剣に考えていただろう。

もし、日向と俺を天秤にかける時が来たら、こいつは迷わず俺を選ぶ。
日向に魔力制御の鍛錬が必要だと進言したのも、自ら訓練をかってでたのも、根源には侍従として、俺を守らねばならないという考えがあったからだろう。
そういう男だと知っている。

それだけでないことも知っている。

離宮の他の者がそうであるように、お前だって日向の幸福を願っているだろう。
だから日向の痛みや恐怖に触れることを恐れたし、距離を置いた。
同時に、日向を守る術を真剣に考えてもいる。


魔力制御が、日向を守る。
制御できないときに備えて、萩花を置く。
秤にかけるときに備えて、萩花を置く。
ーーー日向を守るために。


立場を考えろ、の言葉が耳に痛い。
俺が皇子としての役割がゆえに、日向の傍にいられないこと。藤夜や草の者、離宮の騎士たちがその役割がゆえに、日向を優先できないこと。そういうことを全部わかって、藤夜は動く。

頼りにしている。
頭ではわかっている。
それでも腹は立つ。

日向の中で、藤夜との「約束」が恐慌に陥るほど大切だったこと。
藤夜に「ひな」と呼ばれることが、日向の中で特別だったこと。
藤夜の「魔法」を日向が好きなこと。
俺以上に冷静に、日向を思って、考えていること。
それでいて、いつだって中心に俺への臣従を置いていること。

そのすべてに、腹が立つ。

「やめろ、その顔」
「どんな顔ですか。嫉妬でゆがんだ殿下よりマシだと思いますが、」
「くっそ、」

穏やかに笑う同い年の男が、自分よりも大人びているように見えた。だが、お前も日向も兄ではない。断じて、俺は弟ではない。そんなことがあってたまるか。
本当に腹が立つ。
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