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第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法
38.宇継 黄色い鳥
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「大きな声は、ダメです。触れる際は、必ず一声かけてください。いきなりではびっくりしてしまいます。でも、萩花(はぎな)様は、まだいらしたばかりですから、日向様が慣れるまでは、触れてはダメです。」
「心得ました、水蛟(みずち)さん」
「身の回りのお世話は私たちがしますから、萩花様は、待機です。安全であれば、特にすることはありません!」
「魔力制御のお手伝いをと、賜っておりますが、」
「ま、まずは慣れることが先です!」
水蛟は来るなり、『日向様にお仕えする心得』と称して、萩花様の指導を始めた。
先人に教えを乞いたいと、萩花様は腰を低くしていらっしゃるけれど、不敬極まりない。
萩花様は、西佳国(さいかのくに)首領のご三男。帝国で言うところの皇族のような方。
平民出身の私たちと比べて、身分の差は計り知れない。
2年前まで、この離宮にいらしたのだから、忘れていないでしょうね、と危惧したら、不安は的中した。
身分も礼儀もかなぐり捨てて萩花様に食って掛かるのだから、不敬極まりない。
最近の水蛟は、日向様に対してますます過保護で、紫鷹殿下と良い勝負だと思うんですよ、私は。
萩花様の挨拶を終え、藤夜様と仲直りされた日向様は、渋る紫鷹様を見送られた後は、隠れ家にこもってしまわれた。
今は静かに眠っていらっしゃる。
「日向様は、まだ魔力枯渇の影響がおありですか?」
心配したように、萩花様は整った眉を下げられた。
「お身体というより、お心がもたないのだと思います。色々なことが続いておりますから、お疲れなのでしょう。主治医も、時間をかけてゆっくり取り戻せば良いと申しております。」
「だから今は新しい方をお迎えするには早いと申し上げたのに、」
「…魔力枯渇は、それだけでも辛いものですからね。」
どうやら水蛟の話は聞かないことにしたらしい。穏やかに見えて、意外にも判断が早い。
日向様が唯理音(ゆりね)に似てるとおっしゃっていた。確かにそうかもしれない。
「萩花様も、枯渇のご経験が?」
「戦場におりましたからね、何度か。」
「それは大変でございましたね、」
「いえ、日向様は薬をお使いになれないとお聞きしましたから、私など比べようもありません。」
やはり穏やかに見えて、経験値が違う方。
この方も、日向様と立場は違えど人質として帝国にいらした。戦場も経験され、魔力枯渇の辛さも身をもって知っていらっしゃる。魔法の腕も相当なものだと藤夜様がおっしゃっていたから、多くのことを鑑みて、妃殿下がご推薦になったのだと感じた。
それなのに、水蛟は。
「他にも新しい方がいらしゃるんでしょう?そんなのいけません。無理です。日向様のご負担になります。」
「一日中萩花様1人でお守りするわけにも行かないでしょう。日向様の安全のためにも、人をそろえて万全の態勢で警護を整えたいとのご配慮です。」
「わ、私に力があれば……」
憤る水蛟から視線を逸らして萩花様は窓の外を見やった。
水蛟の評価がぐんぐん下がっている気がするけど、どうにもならない。
「ああ、青巫鳥(あおじ)が来ておりますね」
懐かしむように萩花様が言った。
目を細めて穏やかに微笑む姿は、騎士というよりは歌人のように見える。
「アオジ?」
「あの黄色い鳥です。故郷の野山でもよく見ました。」
「あおじ、」
小さな声がした。
振り返ると、少し間をおいて隠れ家の扉がゆっくりと開き、日向様が顔を出す。
「ピーピーの声は、あおじ?」
日向様の目は、まだ眠そうにぼんやりとしていたけれど、萩花様に向けられているようだった。
小さな白い手が差し出されて、水蛟が受け止め抱き上げる。
「はい、窓の外に黄色い鳥がおります。あれが青巫鳥です。」
「あおじ、黄色でも、あお?」
「ええ、あおです。青巫鳥、」
「あおじ、」
日向様の視線が、窓の外へと流れる。
黄色い鳥が来ていた。日向様の好きな黄色い鳥。
以前の部屋にいた頃は、私たちが訪れるより早く起き出して、黄色い鳥を眺めたり、話しかけたりしていらした。お部屋が変わって、「いないね」と寂しそうに求めていらした、黄色い鳥。
どこか嬉しそうな日向様の背中を、水蛟が愛しげに撫でた。
「日向様は、この鳥がお好きですものねえ」
「うん、」
「また来てくれて良かったですね、」
「うん、」
頬を不器用に動かして笑われる。
良かった、心なしか元気になられたように見える。
「こきょう、はなに?」
視線を鳥にむけたまま、日向様が尋ねられる。
本当に、よく聞いていらっしゃる。
先程まで確かに小さく寝息を立てていらしたのに、どこから聞いていたのか。
「故郷は、生まれ育った場所のことです。私は西佳の生まれですので、」
「僕のおとなりは、にれ、の、となり?」
にれ、ーーーー尼嶺。
その名を日向様の口から初めて聞いた気がして、ハッとした。
水蛟の表情も一瞬強張る。
その腕の中で、日向様は震えてはおらず、ぼんやりと、嬉しそうに黄色い鳥を眺めていた。
「にれに、あおじがいたよ」
「ええ、尼嶺と西佳は気候がよく似ております。どちらも青巫鳥が多く暮らしております。」
「あおじが、見つけた」
とてもとても穏やかな顔。
視線の先には、黄色い鳥。
日向様が好きな、故郷の鳥。
「僕は、土のなかで、くるしかった、」
「ころさないで、って思ったのに、土のなか、うめた」
「いらない、って、」
「でも」
「あおじが、見つけた」
「あおじがいっぱい鳴いて、土の中から、僕を、出してくれた」
「あおじ、ありがと」
不器用な笑顔。
白い手を伸ばした日向様に導かれるように、水蛟が、窓辺へと日向様を下ろす。
窓枠に肘をのせて、日向様は嬉しそうに黄色い鳥に語りかけていた。
言葉が出ない。
日向様は震えていないのに、私も水蛟も震えていた。
「…日向様は、今はお幸せですか、」
震える声で、けれどしっかりとした声で、萩花様が問われた。
「うん、しあわせ、」
「では……私は、その幸せをお守りしますね」
「うん、」
日向様は笑って、愛おしそうに黄色い鳥を眺めていらした。
「心得ました、水蛟(みずち)さん」
「身の回りのお世話は私たちがしますから、萩花様は、待機です。安全であれば、特にすることはありません!」
「魔力制御のお手伝いをと、賜っておりますが、」
「ま、まずは慣れることが先です!」
水蛟は来るなり、『日向様にお仕えする心得』と称して、萩花様の指導を始めた。
先人に教えを乞いたいと、萩花様は腰を低くしていらっしゃるけれど、不敬極まりない。
萩花様は、西佳国(さいかのくに)首領のご三男。帝国で言うところの皇族のような方。
平民出身の私たちと比べて、身分の差は計り知れない。
2年前まで、この離宮にいらしたのだから、忘れていないでしょうね、と危惧したら、不安は的中した。
身分も礼儀もかなぐり捨てて萩花様に食って掛かるのだから、不敬極まりない。
最近の水蛟は、日向様に対してますます過保護で、紫鷹殿下と良い勝負だと思うんですよ、私は。
萩花様の挨拶を終え、藤夜様と仲直りされた日向様は、渋る紫鷹様を見送られた後は、隠れ家にこもってしまわれた。
今は静かに眠っていらっしゃる。
「日向様は、まだ魔力枯渇の影響がおありですか?」
心配したように、萩花様は整った眉を下げられた。
「お身体というより、お心がもたないのだと思います。色々なことが続いておりますから、お疲れなのでしょう。主治医も、時間をかけてゆっくり取り戻せば良いと申しております。」
「だから今は新しい方をお迎えするには早いと申し上げたのに、」
「…魔力枯渇は、それだけでも辛いものですからね。」
どうやら水蛟の話は聞かないことにしたらしい。穏やかに見えて、意外にも判断が早い。
日向様が唯理音(ゆりね)に似てるとおっしゃっていた。確かにそうかもしれない。
「萩花様も、枯渇のご経験が?」
「戦場におりましたからね、何度か。」
「それは大変でございましたね、」
「いえ、日向様は薬をお使いになれないとお聞きしましたから、私など比べようもありません。」
やはり穏やかに見えて、経験値が違う方。
この方も、日向様と立場は違えど人質として帝国にいらした。戦場も経験され、魔力枯渇の辛さも身をもって知っていらっしゃる。魔法の腕も相当なものだと藤夜様がおっしゃっていたから、多くのことを鑑みて、妃殿下がご推薦になったのだと感じた。
それなのに、水蛟は。
「他にも新しい方がいらしゃるんでしょう?そんなのいけません。無理です。日向様のご負担になります。」
「一日中萩花様1人でお守りするわけにも行かないでしょう。日向様の安全のためにも、人をそろえて万全の態勢で警護を整えたいとのご配慮です。」
「わ、私に力があれば……」
憤る水蛟から視線を逸らして萩花様は窓の外を見やった。
水蛟の評価がぐんぐん下がっている気がするけど、どうにもならない。
「ああ、青巫鳥(あおじ)が来ておりますね」
懐かしむように萩花様が言った。
目を細めて穏やかに微笑む姿は、騎士というよりは歌人のように見える。
「アオジ?」
「あの黄色い鳥です。故郷の野山でもよく見ました。」
「あおじ、」
小さな声がした。
振り返ると、少し間をおいて隠れ家の扉がゆっくりと開き、日向様が顔を出す。
「ピーピーの声は、あおじ?」
日向様の目は、まだ眠そうにぼんやりとしていたけれど、萩花様に向けられているようだった。
小さな白い手が差し出されて、水蛟が受け止め抱き上げる。
「はい、窓の外に黄色い鳥がおります。あれが青巫鳥です。」
「あおじ、黄色でも、あお?」
「ええ、あおです。青巫鳥、」
「あおじ、」
日向様の視線が、窓の外へと流れる。
黄色い鳥が来ていた。日向様の好きな黄色い鳥。
以前の部屋にいた頃は、私たちが訪れるより早く起き出して、黄色い鳥を眺めたり、話しかけたりしていらした。お部屋が変わって、「いないね」と寂しそうに求めていらした、黄色い鳥。
どこか嬉しそうな日向様の背中を、水蛟が愛しげに撫でた。
「日向様は、この鳥がお好きですものねえ」
「うん、」
「また来てくれて良かったですね、」
「うん、」
頬を不器用に動かして笑われる。
良かった、心なしか元気になられたように見える。
「こきょう、はなに?」
視線を鳥にむけたまま、日向様が尋ねられる。
本当に、よく聞いていらっしゃる。
先程まで確かに小さく寝息を立てていらしたのに、どこから聞いていたのか。
「故郷は、生まれ育った場所のことです。私は西佳の生まれですので、」
「僕のおとなりは、にれ、の、となり?」
にれ、ーーーー尼嶺。
その名を日向様の口から初めて聞いた気がして、ハッとした。
水蛟の表情も一瞬強張る。
その腕の中で、日向様は震えてはおらず、ぼんやりと、嬉しそうに黄色い鳥を眺めていた。
「にれに、あおじがいたよ」
「ええ、尼嶺と西佳は気候がよく似ております。どちらも青巫鳥が多く暮らしております。」
「あおじが、見つけた」
とてもとても穏やかな顔。
視線の先には、黄色い鳥。
日向様が好きな、故郷の鳥。
「僕は、土のなかで、くるしかった、」
「ころさないで、って思ったのに、土のなか、うめた」
「いらない、って、」
「でも」
「あおじが、見つけた」
「あおじがいっぱい鳴いて、土の中から、僕を、出してくれた」
「あおじ、ありがと」
不器用な笑顔。
白い手を伸ばした日向様に導かれるように、水蛟が、窓辺へと日向様を下ろす。
窓枠に肘をのせて、日向様は嬉しそうに黄色い鳥に語りかけていた。
言葉が出ない。
日向様は震えていないのに、私も水蛟も震えていた。
「…日向様は、今はお幸せですか、」
震える声で、けれどしっかりとした声で、萩花様が問われた。
「うん、しあわせ、」
「では……私は、その幸せをお守りしますね」
「うん、」
日向様は笑って、愛おしそうに黄色い鳥を眺めていらした。
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