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第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法
34.宇継(うつぎ) 分岐点
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「ちがう、ね。」
「ああ、部屋が変わったからな。前の方が良かった?」
「鳥、こないね」
「鳥?ホーホーじゃなく?」
日向様がぼんやりと窓の外を眺めてつぶやく。
膝の上に日向様を抱かれた紫鷹殿下が、少し困った顔をして、私を振り返った。
「毎朝、お目覚めの時間に鳥が一羽来ていたので、そちらではないかと……日向様、黄色い鳥ですか?」
「うん、」
短く答え、それ以上何も話さなくなった日向様に、殿下と私は顔を見合わせた。
魔力暴走から2週間。
症状は落ち着いたのか、日向様は、寝込むこともなく、起きていらっしゃる。
元気はないけれど、ぐったりと目をつぶっているわけでもなく、隠れ処にこもるわけでもない。
でも以前のように一生懸命におしゃべりをしたり、いろいろなことに興味を示して部屋のなかを歩き回ることもしなかった。
今はただ、殿下に体を預けて、外を眺めているだけ。
「鳥が来なくなって寂しいか?」
「…わかんない」
「窓のとこに餌台を置くのは、どうだろ。できそう?」
「ええ、パンくずなどで良ければ、すぐにご用意できますし、餌台なら、庭師が作ったものがあるはずです。」
「だってさ、日向。良かったな」
「大丈夫、」
「ん?」
「大丈夫、」
また短く答えて、静かに押し黙ってしまう。
殿下は困った顔をされていたが、一応用意して、というようにこちらを見たので、うなずいておいた。
日向様は、大事な何かを置き忘れてしまったように静かで、胸が痛む。
症状が落ち着いたと思った頃に、ひどく取り乱され混乱したことがあった。
自分を責め、謝り続けていた、と。
過去の恐怖が、また呼び起こされてしまった。
体が回復していく一方で、心は未だに閉ざされたままでいる。
日向様が魔力暴走を起こしたあの夜、私は日向様の湯あみを手伝い、髪の手入れをしたあとで、部屋を辞した。
爆発音が聞こえたのは、そのわずか後。
かけつけた部屋の惨状に、日向様を失ったと一度は絶望した。
思えば、私の使った魔法に「きれい」と喜び「やってみたい」と話していた。それを、いつもの可愛いおしゃべりだと、楽しく聞いて、満足してしまった。
何かを「したい」と願うことを、されない方なのに。
紫鷹殿下がいなくて寂しかった時も、「いてほしい」とは願わなかった。
藤夜様が愛称で呼んでくれなくて悲しかった時も、「呼んでほしい」と口にすることができなかった。
おいしいおやつをもっと食べたくても、しかたないと呟くだけ。「もっとほしい」とは言わない。言えない。
膝の上に乗って食事をしたり、手をつないだり、そんなふれあいが好きなのに、どんなに寂しくても「してほしい」とは望めない。
そんな方が、「やってみたい」と願ったのだ。
それは、とても大事なことだった。それなのに。
初めて願ったことが、事故につながってしまった。
日向様の過去の痛みを呼び覚ましてしまった。
日向様の心を閉ざしてしまった。
後悔しても、時間は戻らない。
どうしたら、取り戻せるのだろう。
「日向、」
殿下が小さな体を抱きしめている。
この数日間、殿下は時間の許す限りそうやって日向様に触れ、語りかけている。
「鳥見れなくなって、ごめんなあ。大好きなのに、かなしいよな。会えなくなって寂しいなあ。」
日向様は動かない。ただぼんやり外を眺めているだけ。
その小さな肩を、殿下は大切な宝物のように優しくなでる。
「日向が大好きなものが、俺も見たいんだよ。だから、餌台つくっていい?」
お返事はない。それでも殿下はやさしい。
愛しいものを包み込み、大切に大切に、壊れないように抱いている。
「日向が好きなものを、一緒に見たい。俺が好きなものも、日向に見てほしい。日向がしたいことを、一緒にしたいし、俺がしたいことを一緒にしてほしい。大好きなんだよ、日向のこと。日向と一緒が一番楽しい。日向が好きなものなら、きっと俺も大好きになる。」
殿下が水色の頭に口づけされる。それから額、頬、首筋。
殿下、私本当は、貴方を止めて、日向様をお守りしなければならないんです。
「俺は日向にずっといてほしいよ。日向がいるのが俺の幸せ。日向が悲しいと俺も哀しい。日向の元気がないと俺も元気がなくなる。日向が幸せなのが、俺は一番うれしい。」
唇同士がふれあう。
本当は止めなければならないんです。
日向様の肩から力が抜けた。
「日向が一番好きだよ、大好き。ずっといてほしい。」
日向様は、いつもお話をよく聞いていますものね。
届いていますよね。
殿下が日向様の唇へ、深く口づけされるのを、私は止めなかった。
日向様の肩が震え、小さな頭を殿下がなでる。
「餌台、つくってもいい?」
「…うん、」
小さく、声がした。
ちらりと振り返る殿下に頭を下げた。
餌台を準備してまいりましょう。
殿下、目を瞑ります。
今日は殿下を信用します。
だから、どうぞ、日向様をよろしくお願いいたします。
「ああ、部屋が変わったからな。前の方が良かった?」
「鳥、こないね」
「鳥?ホーホーじゃなく?」
日向様がぼんやりと窓の外を眺めてつぶやく。
膝の上に日向様を抱かれた紫鷹殿下が、少し困った顔をして、私を振り返った。
「毎朝、お目覚めの時間に鳥が一羽来ていたので、そちらではないかと……日向様、黄色い鳥ですか?」
「うん、」
短く答え、それ以上何も話さなくなった日向様に、殿下と私は顔を見合わせた。
魔力暴走から2週間。
症状は落ち着いたのか、日向様は、寝込むこともなく、起きていらっしゃる。
元気はないけれど、ぐったりと目をつぶっているわけでもなく、隠れ処にこもるわけでもない。
でも以前のように一生懸命におしゃべりをしたり、いろいろなことに興味を示して部屋のなかを歩き回ることもしなかった。
今はただ、殿下に体を預けて、外を眺めているだけ。
「鳥が来なくなって寂しいか?」
「…わかんない」
「窓のとこに餌台を置くのは、どうだろ。できそう?」
「ええ、パンくずなどで良ければ、すぐにご用意できますし、餌台なら、庭師が作ったものがあるはずです。」
「だってさ、日向。良かったな」
「大丈夫、」
「ん?」
「大丈夫、」
また短く答えて、静かに押し黙ってしまう。
殿下は困った顔をされていたが、一応用意して、というようにこちらを見たので、うなずいておいた。
日向様は、大事な何かを置き忘れてしまったように静かで、胸が痛む。
症状が落ち着いたと思った頃に、ひどく取り乱され混乱したことがあった。
自分を責め、謝り続けていた、と。
過去の恐怖が、また呼び起こされてしまった。
体が回復していく一方で、心は未だに閉ざされたままでいる。
日向様が魔力暴走を起こしたあの夜、私は日向様の湯あみを手伝い、髪の手入れをしたあとで、部屋を辞した。
爆発音が聞こえたのは、そのわずか後。
かけつけた部屋の惨状に、日向様を失ったと一度は絶望した。
思えば、私の使った魔法に「きれい」と喜び「やってみたい」と話していた。それを、いつもの可愛いおしゃべりだと、楽しく聞いて、満足してしまった。
何かを「したい」と願うことを、されない方なのに。
紫鷹殿下がいなくて寂しかった時も、「いてほしい」とは願わなかった。
藤夜様が愛称で呼んでくれなくて悲しかった時も、「呼んでほしい」と口にすることができなかった。
おいしいおやつをもっと食べたくても、しかたないと呟くだけ。「もっとほしい」とは言わない。言えない。
膝の上に乗って食事をしたり、手をつないだり、そんなふれあいが好きなのに、どんなに寂しくても「してほしい」とは望めない。
そんな方が、「やってみたい」と願ったのだ。
それは、とても大事なことだった。それなのに。
初めて願ったことが、事故につながってしまった。
日向様の過去の痛みを呼び覚ましてしまった。
日向様の心を閉ざしてしまった。
後悔しても、時間は戻らない。
どうしたら、取り戻せるのだろう。
「日向、」
殿下が小さな体を抱きしめている。
この数日間、殿下は時間の許す限りそうやって日向様に触れ、語りかけている。
「鳥見れなくなって、ごめんなあ。大好きなのに、かなしいよな。会えなくなって寂しいなあ。」
日向様は動かない。ただぼんやり外を眺めているだけ。
その小さな肩を、殿下は大切な宝物のように優しくなでる。
「日向が大好きなものが、俺も見たいんだよ。だから、餌台つくっていい?」
お返事はない。それでも殿下はやさしい。
愛しいものを包み込み、大切に大切に、壊れないように抱いている。
「日向が好きなものを、一緒に見たい。俺が好きなものも、日向に見てほしい。日向がしたいことを、一緒にしたいし、俺がしたいことを一緒にしてほしい。大好きなんだよ、日向のこと。日向と一緒が一番楽しい。日向が好きなものなら、きっと俺も大好きになる。」
殿下が水色の頭に口づけされる。それから額、頬、首筋。
殿下、私本当は、貴方を止めて、日向様をお守りしなければならないんです。
「俺は日向にずっといてほしいよ。日向がいるのが俺の幸せ。日向が悲しいと俺も哀しい。日向の元気がないと俺も元気がなくなる。日向が幸せなのが、俺は一番うれしい。」
唇同士がふれあう。
本当は止めなければならないんです。
日向様の肩から力が抜けた。
「日向が一番好きだよ、大好き。ずっといてほしい。」
日向様は、いつもお話をよく聞いていますものね。
届いていますよね。
殿下が日向様の唇へ、深く口づけされるのを、私は止めなかった。
日向様の肩が震え、小さな頭を殿下がなでる。
「餌台、つくってもいい?」
「…うん、」
小さく、声がした。
ちらりと振り返る殿下に頭を下げた。
餌台を準備してまいりましょう。
殿下、目を瞑ります。
今日は殿下を信用します。
だから、どうぞ、日向様をよろしくお願いいたします。
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