第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
上 下
24 / 202
第壱部-Ⅲ:ぼくのきれいな人たち

23.紫鷹 幸福な皇子

しおりを挟む
「しおうが、ごはん、おいで、って、いわない、くて」
「うん、」

体中が清浄な水で洗われていくようだった。

「いるのがいいのに、いない、くて」
「うん、」

俺の中に光が広がっていく。

「さびしい、かった、」
「うん、」

温かいようで、燃えるようで、煮えるような熱が、全身にわいてくるのを感じた。
それでいて、なんとすがすがしい熱だろう。




日向が俺の腕で震えている。
怖いのでない。怯えでもない。
寂しかった、と泣いている。




「そこへお座りなさい」と般若の目をした水蛟がいい、俺の膝に泣きじゃくる日向を乗せた。「お夕食は、殿下のお役目ですからね。ちゃんと責任取ってください」と言われて残されたのは、もう一時間も前。
泣き止んで、おにぎりを頬張り、しかしすぐにぐずって米だらけの手ですがるのを、日向は何度も繰り返している。

「しおうは、いるの、がいい」
「ごめんな」
「しおう、いないと、ごはんが、たべない」
「うん、ごめん。もういなくならない。」

初めは、泣いている日向に驚愕して、うろたえた。
日向はおびえるくせに、離宮にきてから一度も涙を流さなかった。その日向が泣いたことに、恐怖すら覚えた。


離宮を襲った賊をとらえ、尋問し、後処理に追われた三日間だった。
すぐに終わると思っていたものが、とにかくしんどくて、つらくて、癒されたくて隙をみて離宮へ逃げ出してきた。

日向に会って、疲れを癒したい。――そんな邪念を抱いた俺への罰だと思った。

だが、理由を知るにつれ、罪悪感と高揚感が俺を支配した。
いや、正直に言う。
罪悪感はある。
いくらでも謝る。
罰があるならいくらでも受ける。本気だ。
日向を泣かせた責任は、必ず取ると誓う。
本当に悪いと思ってる。―――でも、




俺、今、とんでもなく幸福だ。




日向、俺な。
この三日間、死ぬほどきつかったんだ。
本気で誰かを殺したいくらい憎んだ。
感情だけで動いた自分の行動が、どんな結果をもたらすかも考えなくて、バカなことをした。
無力な自分に絶望して、叩きのめされたよ。
しんどかった、日向に会えないのも、自分の愚かさも、大人の世界の汚さも全部しんどかった。
心がどんどん冷たくなって、考えるのも笑うのも怒るのも、全部イヤになって、生きている感覚がしない三日間だったんだ。

だから心が死ぬ前に、お前に会いたかった。
全部真っ黒になる前に、日向に会いたかった。

日向に会ったら、全部消えてった。
お前が、さびしいと泣いてくれて、全部吹っ飛んだ。


「ごめんな、日向」


これは本当に心の底からの言葉。
泣かせたかったわけじゃない。日向には、笑ってほしい。
でも、喜んでるのも本心。

ごめんな、日向。最低なやつで。
お前が泣いて、さびしいのが、俺は嬉しい。
ガキでごめん。泣かせるようなやつでごめん。
こんなに泣いているお前に、高揚して満たされるようなやつでごめん。

「しおう、いる?」
「いるよ、」

手、米だらけだな。
スープもほとんどこぼして服もドロドロだな。
でも気にならない。

「日向、ぎゅってしていい?」
「うん、する」

そうか、するのか。
俺は最高に幸せだな。

いつもは俺の腹に背中を預ける日向がこちらを振り返る。
顔、べちゃべちゃだな。涙も鼻水も米粒もよだれもぐっちゃぐちゃ。
でも水色の瞳があんまりきれいで、たまらない。
その瞳に唇を寄せると瞼を閉じたが、逃げなかった。

「ぎゅって、する」
「うん、おいで」

日向が俺の肩にすり寄って、小さな腕を回す。
腹と腹が触れて、日向の体温を感じた。
その薄い背中を抱いて、全部包み込むように抱きしめる。
頬や首筋に何度も口づけた。

愛しくて、可愛い。
いいにおいがする。
大好きだ。

小さな体が震えている。
恐怖や怯えでなく、さびしさで。
俺のぬくもりにすがって、こんなにも求めてくれる。



ごめんな、日向。
すっごい幸せだ。



しおりを挟む
3/13 人物・用語一覧を追加しました。
感想 44

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

処理中です...