第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
上 下
30 / 202
第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法

29.紫鷹 日向の魔法

しおりを挟む
おやつを食べ終わって、日向の話し相手になっていると、藤夜が現れた。

「は?」
「魔法の練習をすると、約束しましたので。」
「いや、何でだ。魔法なら俺でいいだろ、」
「殿下は、おやつ係です。こかからは俺の役割。そういう決まりです。残念でした。」

何だ、それ。
そして藤夜(とうや)よ、何だそのどや顔。お前、性格変わってないか。



休日の午後だ。
侍従としての藤夜も、今日はその役目を離れているはずだった。平日は離宮で暮らすこの男も、休日は実家へ帰る。
それが、のこのこ現れて、日向に魔力制御の指南をするという。
これまでも、教えていたのは知っている。それが日向の魔法への興味を膨らませたのも。

日向自身が身を守る術を身につけるためにも、魔力の制御はいずれは必要なことであった。
日向の興味を知ると、鉄は熱いうちに打て、とばかりに晴海(はるみ)がすぐに教師を選抜し、平日は「草」の者が教えている。自身も相当の術者である晴海が選んだのだ。優秀な教師がついていると見えて、日向の魔力は、急激に洗練されつつある。

そしてこの男である。どういうわけか、あの晴海を言いくるめて、休日の指南役を獲得してきた。

何だ、それ。
魔法なら、俺でもいいだろう。


「とやは先生。しおう、ざんねん。」


日向が、藤夜の口をまねて言う。やめてくれ。泣きそうだ。

日向が手を差し出し、藤夜がそれを握る。隠れ家へと二人仲良く歩いて行った。
つないだ手はそのままに、隠れ家に頭だけ入れて、日向が何かを取り出す。温玉(ぬくいだま)か。
気温が下がり、隠れ家が冷えるようになって、藤夜が日向に送った。日向は毎晩、これを抱いて隠れ家で眠る。

あった、と藤夜に温玉を見せる日向の表情が嬉しそうだった。
2人が並んでソファに腰かける。つい先刻まで、俺が日向を膝にのせて、おやつを食べさせていたソファ。
日向の手から温玉を受け取った藤夜が、何事かを説明すると、日向はうんうんとそれを聞いた。藤夜の問いかけに首を傾げたり、身振り手振りで何かを一生懸命に伝える。
水色の瞳が、まっすぐに藤夜を見ていた。
立ち尽くした俺の背中を冷たい汗が落ちていく。

「日向様って、相当、藤夜様のこと好きですよねー。藤夜様もまんざらでもなさそうだしぃ、」
「…うるさい、青空。」
「魔法基礎の授業、ちゃんと受けていればよかったですね。そうしたら、殿下が先生になれたかもしれないのにぃ。」
「青空、殿下がかわいそうだから、やめてあげなさい。」
「そうですね、宇継さん。殿下、かわいそう。」

正直、青空に構っている余裕はない。
日向が藤夜を好き?逆だろ、藤夜が日向を気に入っているだけだ。
藤夜は長男だ。下に4人もいる。あれはもともと兄気質で、世話好きなところがある。それだけだ。そうに決まっている。絶対に。

いろいろと言い訳を並べるが、何一つ心を穏やかにしてくれはしない。
藤夜が「ひな」と日向を呼ぶ。
なぜそうなったっと聞いたことがあったが、藤夜は「さあ」と開き直り、理由を明かさない。
日向は「とや」と藤夜を呼ぶ。とやはとや、しおうはしおう、と日向は言った。

何でお前が、と心のうちに黒いものが湧きあがる。
幼少から共に育ち、侍従となり、友であり、親友であり、家族であったお前に、なぜ俺はこんな感情を向けなければならない。
かわいそうーー確かにかわいそうだよな。かわいそうだから、そこを代われ、藤夜。

「殿下、気が散ります。」
「魔法のときは、しずかにするきまり。」
「そうです、ひな。よく覚えていて偉いですね。」
「うん、僕はしおうのお兄さん。だから、教える。」
「ええ、お兄さんですね、」

藤夜の肩が震える。笑うな。お前のせいだ。
俺の至福の時間をぶち壊したあげく、どこまで深い穴に落とすつもりだ。
今すぐ、日向を奪いたい。できないと分かってそこに座るお前が腹立たしい。親友を憎いとさえ感じる地獄が、お前にわかるか。

脳が沸く。血が昇る。
息が苦しい。胸が痛い。




「しおう、」




ぽんぽんと、ソファの空いた場所を日向がたたいた。


「教える、おいで。」


水色の瞳が、キラキラと輝いて俺を見る。
冷ややかだった俺の世界が、急激に温かくなった。

藤夜が驚いたような、悔しがるような表情をする。青空がぽかんと口を開けて何かを言いたそうにし、言葉が出ずにぱくぱくと動かした。宇継は動じない。

「しおう」と俺の名を呼んだ日向が、もう一度ソファをたたくと、導かれるままに体が動いた。小さな体のすぐ横に腰を下ろすと、日向が膝に登ってくる。俺の腹に背中を預けて、腕を取り、自分の腹に巻き付ける。
何だ、これ。


「こうしたら、おちない。」


どうだ、すごいだろうとでも言うように、日向が見上げてきた。
たった数秒前まで抱いてた絶望感が、今は高揚に変わっている。
すごい魔法だな、日向。


お前はどれだけ俺を魅了する気なんだ。


「ひな、それで集中できますか?」

藤夜が聞く。平静を装っているが、悔しいだろう、お前。

「しおうは、安心。大丈夫。でも、しずかにする決まり。わかる?」
「ああ、ちゃんと日向が落ちないように捕まえといてやる。静かにしてるから、やってみな。」
「うん、」

日向が藤夜の手から温玉を受け取り、両手で包んだ。藤夜の片手に収まる玉も、日向は二つの手を使わなければ包み込むことができない。

炎の魔法陣が組み込まれた温玉は、その中心に魔力を注ぐことで、熱を発する。
常なら赤くうごめく芯が、今は静まりかえって色を失くしていた。
ここに日向の魔力をめぐらせる。
むらなくめぐれば芯が深紅に変わる。

俺たちが子どもの頃に幾度となく繰り返した遊びだった。同時に魔力制御の訓練でもある。
よどみのない深紅をともせるようになるには最低3年かかるとされ、10回中10回成功できるようになるには、さらに数年要する者が多い。


――相当優秀な教師がついているのか、あるいは素質か


日向がその小さな手で玉を受け取った瞬間から、日向の魔力には揺らぎがなくなった。
腹に回した腕から、背中を受け止める腹から、日向の魔力を感じる。まだ特定の色を持たない未熟な魔力。はじめてあったときには、ゆらゆらとせわしなく揺れていた。
であるのに、今は凪いでまっすぐに温玉に向かう。


あるいは、生きるための術か。


ぎゅっと、腹を抱く腕に力がこもった。
小栗が、日向の魔法は原始のそれに似ていると話していた。まだ術として完成されず、自然のままに本能のままに魔力が生命と結びついていた時代のもの。
日向は、生きるために魔法が必要だった。なんの鍛錬も指導もなかったが、生きのびるために自然の中で、本能の叫ぶままにその力を求める必要があった。


綺麗だな、お前の魔力。

無垢で、何色にもならず、何色でもある。静かで荒々しく、まっすぐでのびやかな。


日向の手の平が開く。
深紅が芯にともっていた。

「できた?」
「ええ…、さすが、ですね。ひな、すごい、」

藤夜が感嘆の声を上げる。
俺も驚いた。すごいな。

「しおう、できた、って」

水色の瞳が俺を見上げる。嬉しそうにキラキラ光ってゆれている。
「すごいな」と頭をなでると、心地よさそうにすり寄ってきて、愛しかった。



すごいな、日向。
本当にお前はすごい。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...