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第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法
28.紫鷹 おやつの時間
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「しおうは、僕より年下?ほんとう?」
部屋に入るなり、日向が駆けてきた。
水色の目をキラキラと光らせて何かを期待している。可愛い。
可愛いが、とてつもなく困る。悔しい。腹立たしい。
「誰に聞いた?」
「すみれこ様がね、もうすぐ僕のたんじょうびだから、おいわい、しましょうって、言ってくれた。たんじょうびは、生まれた日をおいわいするって。それで、あのね、んー、みんなにもたんじょうびがあるかもしれないって、思った。みずちに聞いたら、そうですよって言った。だから、ね、みんなのたんじょうびを聞いた。ね、そしたら、ね、同じ年の人はね、たんじょうびが早いほうが、ね、年上になるんだよって、とやが教えた。」
「あいつか、」
「しおうは、僕より年下?僕が年上?」
「……そうだよ、」
「僕が年上!」
ぴょんと、小さな体がはねた。可愛いな、おい。
欲望がむくむくと沸き起こって、思わず手を伸ばすが、日向の小さな体は、ひらりと俺のもとを離れていく。手が、冷えた。
「僕が年上。そら、聞いた?」
「ええ、聞こえましたよ。日向様は、紫鷹様よりお兄さんですね。」
「お兄さん!僕はしおうのお兄さん!」
嬉しそうな日向が繰り返す言葉が、俺の頭を打ちぬく。
二回りも体の小さい日向が、自分より一月分早い生まれだという現実は、調査書を読んだときに知った。だが、こうして本人の口から聞かされると、なんとも言えない気持ちになり、受け入れがたい。
日向のおやつを並べながらニヤニヤとこちらを見る青空(そら)は、この衝撃をわかった上で、そんな表情をするのだろう。俺を幼少から知るこいつは、当時から俺をからかうのを趣味としている。
藤夜といい、青空といい、俺の周りは不敬な奴が多い。問題だ。
「僕はしおうのお兄さん。じゃあ、しおうは僕の、何?」
おい、お前のせいで、変な方向に日向が興味を持ちだしたじゃないか。
「紫鷹様は年下ですから、弟ということでいいんじゃないでしょうか?お兄さんは、弟のお世話をする役割がありますから、日向様は紫鷹様のお世話をしなくてはいけませんね。」
「嘘を教えるな、嘘を。」
「しおうは弟?ちがう?」
「実際には違いますけど、弟のようなもの、とはいえますよ。嘘じゃありません。」
「しおうは弟、」
日向の目が嬉しそうに輝いている。
どうしてくれんだ。俺はこの目に勝てないんだぞ。
でも、弟は嫌だ。なんか違う。
おやつの並んだテーブルを横目にソファに腰を下ろせば、日向は膝の上に登ってくる。
兄はこんなことをしない。絶対しない。
まして、そんな可愛い顔で見上げて、俺を陥落したりしない。絶対しない。
日向がやってきたのは春だった。あれから8か月、季節は冬になった。
もうすぐ日向は16になる。
箪笥の隠れ家にうずくまり、言葉一つ発せなかった頃が嘘のように、日向はよくしゃべる。
話したいことがたくさんあるのだろう。言葉が通じることが嬉しいのだろう。たどたどしいながら、一生懸命に話す姿が、可愛くて飽きない。
日向が起きている時間は、会話の相手になるべく、常に誰かが部屋にいるようになった。かつては考えられなかった光景だ。
膝の上に乗った日向の薄い腹に手を回す。興奮して話している日向は、気づかない。震えない。
ガリガリだった体には、ほんのわずかに肉が付いた。
落ちくぼんでいた眼窩や痩けた薄い頬がふっくらとしてくるにつれて、日向の整った容姿が際立つようになってきた。
とんでもない美人になるんだろうな、これ。
今は言動も相まって、ただひたすら可愛いと思う。だが、時折静かになって、なにかを考えたり、耐えたりしているときの日向を、綺麗だなと感じる。
同時に、俺の中で日向に対する執着はますます強くなっていた。
日向と過ごす時間を増やしたくて、休日のおやつは、おれの役目にした。おやつは母上の役割だったが、最近忙しく、疲れているからちょうどいい。本当は昼食も奪いたかったが、日向が唯理音(ゆりね)との食事にこだわるから断念せざるを得なかった。
平日の日中は学院や宮城に行かねばならない。今は夜の世話を奪おうと画策しているが、なかなかうまくいかない。
俺は世話をされるより、世話がしたい。
日向は兄ではない、断固として。
悲しむ表情は見たくないから言わないが。ーーーだが。
「僕はお兄さん。お兄さんは弟のお世話する役割。」
「何してくれんの、」
「食べる?」
日向が小さなリンゴをフォークにさして、俺を見上げる。
最近の日向は、手づかみで物を食べるのが減った。フォークもスプーンもずいぶんうまく使えるようになった。
小さな手でぐちゃぐちゃの赤い実を口に押し込まれるのも好きだったが、これも悪くない。
「食べさせてくれんの?」
「僕はお兄さんだから、」
「いいな、それ、」
こういうお世話ならされてもいい。
青空、お前、いいこと教えてくれたな。
残念がるな、褒めてやる。
部屋に入るなり、日向が駆けてきた。
水色の目をキラキラと光らせて何かを期待している。可愛い。
可愛いが、とてつもなく困る。悔しい。腹立たしい。
「誰に聞いた?」
「すみれこ様がね、もうすぐ僕のたんじょうびだから、おいわい、しましょうって、言ってくれた。たんじょうびは、生まれた日をおいわいするって。それで、あのね、んー、みんなにもたんじょうびがあるかもしれないって、思った。みずちに聞いたら、そうですよって言った。だから、ね、みんなのたんじょうびを聞いた。ね、そしたら、ね、同じ年の人はね、たんじょうびが早いほうが、ね、年上になるんだよって、とやが教えた。」
「あいつか、」
「しおうは、僕より年下?僕が年上?」
「……そうだよ、」
「僕が年上!」
ぴょんと、小さな体がはねた。可愛いな、おい。
欲望がむくむくと沸き起こって、思わず手を伸ばすが、日向の小さな体は、ひらりと俺のもとを離れていく。手が、冷えた。
「僕が年上。そら、聞いた?」
「ええ、聞こえましたよ。日向様は、紫鷹様よりお兄さんですね。」
「お兄さん!僕はしおうのお兄さん!」
嬉しそうな日向が繰り返す言葉が、俺の頭を打ちぬく。
二回りも体の小さい日向が、自分より一月分早い生まれだという現実は、調査書を読んだときに知った。だが、こうして本人の口から聞かされると、なんとも言えない気持ちになり、受け入れがたい。
日向のおやつを並べながらニヤニヤとこちらを見る青空(そら)は、この衝撃をわかった上で、そんな表情をするのだろう。俺を幼少から知るこいつは、当時から俺をからかうのを趣味としている。
藤夜といい、青空といい、俺の周りは不敬な奴が多い。問題だ。
「僕はしおうのお兄さん。じゃあ、しおうは僕の、何?」
おい、お前のせいで、変な方向に日向が興味を持ちだしたじゃないか。
「紫鷹様は年下ですから、弟ということでいいんじゃないでしょうか?お兄さんは、弟のお世話をする役割がありますから、日向様は紫鷹様のお世話をしなくてはいけませんね。」
「嘘を教えるな、嘘を。」
「しおうは弟?ちがう?」
「実際には違いますけど、弟のようなもの、とはいえますよ。嘘じゃありません。」
「しおうは弟、」
日向の目が嬉しそうに輝いている。
どうしてくれんだ。俺はこの目に勝てないんだぞ。
でも、弟は嫌だ。なんか違う。
おやつの並んだテーブルを横目にソファに腰を下ろせば、日向は膝の上に登ってくる。
兄はこんなことをしない。絶対しない。
まして、そんな可愛い顔で見上げて、俺を陥落したりしない。絶対しない。
日向がやってきたのは春だった。あれから8か月、季節は冬になった。
もうすぐ日向は16になる。
箪笥の隠れ家にうずくまり、言葉一つ発せなかった頃が嘘のように、日向はよくしゃべる。
話したいことがたくさんあるのだろう。言葉が通じることが嬉しいのだろう。たどたどしいながら、一生懸命に話す姿が、可愛くて飽きない。
日向が起きている時間は、会話の相手になるべく、常に誰かが部屋にいるようになった。かつては考えられなかった光景だ。
膝の上に乗った日向の薄い腹に手を回す。興奮して話している日向は、気づかない。震えない。
ガリガリだった体には、ほんのわずかに肉が付いた。
落ちくぼんでいた眼窩や痩けた薄い頬がふっくらとしてくるにつれて、日向の整った容姿が際立つようになってきた。
とんでもない美人になるんだろうな、これ。
今は言動も相まって、ただひたすら可愛いと思う。だが、時折静かになって、なにかを考えたり、耐えたりしているときの日向を、綺麗だなと感じる。
同時に、俺の中で日向に対する執着はますます強くなっていた。
日向と過ごす時間を増やしたくて、休日のおやつは、おれの役目にした。おやつは母上の役割だったが、最近忙しく、疲れているからちょうどいい。本当は昼食も奪いたかったが、日向が唯理音(ゆりね)との食事にこだわるから断念せざるを得なかった。
平日の日中は学院や宮城に行かねばならない。今は夜の世話を奪おうと画策しているが、なかなかうまくいかない。
俺は世話をされるより、世話がしたい。
日向は兄ではない、断固として。
悲しむ表情は見たくないから言わないが。ーーーだが。
「僕はお兄さん。お兄さんは弟のお世話する役割。」
「何してくれんの、」
「食べる?」
日向が小さなリンゴをフォークにさして、俺を見上げる。
最近の日向は、手づかみで物を食べるのが減った。フォークもスプーンもずいぶんうまく使えるようになった。
小さな手でぐちゃぐちゃの赤い実を口に押し込まれるのも好きだったが、これも悪くない。
「食べさせてくれんの?」
「僕はお兄さんだから、」
「いいな、それ、」
こういうお世話ならされてもいい。
青空、お前、いいこと教えてくれたな。
残念がるな、褒めてやる。
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