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第壱部-Ⅲ:ぼくのきれいな人たち

21.日向 はじめてわかったこと

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「日向様、おはようございます。」

隠れ家の扉の向こうで、うつぎの声がして、目が覚めた。朝だ。
前はぴーぴーの声がする前に起きたのに、最近はいっぱい寝ちゃう。もううつぎがいる。

うつぎの声は、いつも静か。
コップの水がゆらゆらしてるのをじっと待ってると、動かなくなってしーんってなる。でもちょっと動いてるの。あんな感じ。ふしぎな感じ。きれい。

みずちやそらみたいに、ぴょんぴょんする声もきれいだし、ゆりねのふわふわした声もきれいだけど、うつぎの静かな声もきれい。

隠れ家の扉を開けたら、膝をついたうつぎがいる。
手を伸ばすと、「失礼しますね」と、ぼくを引っ張り出す。痛くない。あったかい。やさしい。
もうずっと、痛いのも、怖いのも、苦しいのもなくていい。きれい。

「うつぎ」
「はい、宇継でございますよ。何でしょう。」
「おはよう」
「ええ、おはようございます。」

うつぎが笑う。きれい。

おはようは、起きたら言う言葉。きまり。
でも、ちがう時もある。朝は起きた時じゃなくても、おはよう、って言う。
今は朝。
だけど、朝じゃなくても、起きたときは、おはよう、って言う。
何でかわからない。きまりだって。仕方ない。


「失礼しますね」ってまた言う。
これを言ったら、手を引っ張ったり、抱っこしたりする。でも痛くない。必ず言うから、びっくりしない。
今度は抱っこだった。抱っこして僕を椅子に座らせて、お湯を持ってきて顔をふく。
それから、朝ごはんを持ってきた。

あれ、朝ごはん?と思ってうつぎをみたら、ちょっと困った顔をした。
ぼくも困った。
いつもはしおうの膝に座る。
しおうと一緒にご飯を食べる。


でもいないね。
しおうが、ひなた、おいで、ごはんだ、っていわない。
仕方ない。

ご飯は、パンとスープとサラダ。
赤い実が入ってる。
いつもはしおうが食べる。
でもいないね。
仕方ない。

スプーンでスープを食べる。
いつもはしおうが、それつかいな、っていう。
半分食べたら、いいよ、っていってたけど、いわなくなった。
かわりに、ぜんぶがんばろうな、っていう。
ぜんぶスプーンで食べたら、えらいな、っていう。
でもいないね。

ご飯を食べている間、しおうはしょっちゅう、ぼくのお腹をぎゅってする。
でもいないね。


仕方ない。

仕方ない。

仕方ない。


「日向様?どうされました?」

うつぎの声が静かじゃなくなった。でもこれは、怒ってるんじゃない。わかるよ。
びっくりした顔でぼくを見てた。
目がまん丸。みずちみたい。

「うつぎ、どうしたの?」
「日向様が、泣いておられるので驚いております。何か嫌なことがありましたか?」
「ないているので、おどろいて、いやな、ありましたか?」
「そうですよ、日向様。目から涙が流れていらっしゃるでしょう?わかりますか?」
「めから、なみだ」

うつぎがぼくの頬を撫でた。あったかい、つめたい。
本当だ、びっくりした。
涙がでてた。

すみれこさまと、はるみと、みずちと、そらと、おぐりは涙が出た。みずちはしょっちゅう。
しおうも涙が出た。

「しおう、」

いないね。
仕方ないね。

「ああ…、紫鷹様が居られなくて寂しかったんですね?」
「しおうさまが、おられない、さびしい?」
「日向様は、紫鷹様がいるのといないのと、どちらがいいですか?」
「いるのがいい」
「そうですね、それが寂しいです。」
「いるのがいいは、さびしい?」
「はい、だから涙が出たんです。寂しかったんですね。」

さびしい。
しおうがいないとさびしい。
だから涙が出る。

「ごはんは、しおうとたべる。」

うつぎが不思議な顔をした。笑いながら困った顔。
やさしい顔。きれい。

「紫鷹様はおられませんけれど、ご飯は食べましょう。」
「しおう、いないけど、たべる。」
「ええ、偉いですね。」
「しかたない」

しおうがいなくても、ご飯は食べないといけない。
きっとこれもきまり。

仕方ない。

「しかた、ない。」

仕方ない。

「ああ、日向様」

うつぎが、手を握った。あったかいけど足りない。
ずっと仕方ない。
痛いのも、こわいのも、苦しいのもないのに、ずっと仕方ない。

うーって、声が出た。
しゃべれなくなって、うつぎが抱っこした。失礼しますって、言わなかったからびっくりしたけど、やっと全部あったかくなった。
いっぱい涙が出た。



しおうがいないのは、さびしい。
だから、涙が出る。
はじめてわかった。


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