22 / 202
第壱部-Ⅲ:ぼくのきれいな人たち
21.日向 はじめてわかったこと
しおりを挟む
「日向様、おはようございます。」
隠れ家の扉の向こうで、うつぎの声がして、目が覚めた。朝だ。
前はぴーぴーの声がする前に起きたのに、最近はいっぱい寝ちゃう。もううつぎがいる。
うつぎの声は、いつも静か。
コップの水がゆらゆらしてるのをじっと待ってると、動かなくなってしーんってなる。でもちょっと動いてるの。あんな感じ。ふしぎな感じ。きれい。
みずちやそらみたいに、ぴょんぴょんする声もきれいだし、ゆりねのふわふわした声もきれいだけど、うつぎの静かな声もきれい。
隠れ家の扉を開けたら、膝をついたうつぎがいる。
手を伸ばすと、「失礼しますね」と、ぼくを引っ張り出す。痛くない。あったかい。やさしい。
もうずっと、痛いのも、怖いのも、苦しいのもなくていい。きれい。
「うつぎ」
「はい、宇継でございますよ。何でしょう。」
「おはよう」
「ええ、おはようございます。」
うつぎが笑う。きれい。
おはようは、起きたら言う言葉。きまり。
でも、ちがう時もある。朝は起きた時じゃなくても、おはよう、って言う。
今は朝。
だけど、朝じゃなくても、起きたときは、おはよう、って言う。
何でかわからない。きまりだって。仕方ない。
「失礼しますね」ってまた言う。
これを言ったら、手を引っ張ったり、抱っこしたりする。でも痛くない。必ず言うから、びっくりしない。
今度は抱っこだった。抱っこして僕を椅子に座らせて、お湯を持ってきて顔をふく。
それから、朝ごはんを持ってきた。
あれ、朝ごはん?と思ってうつぎをみたら、ちょっと困った顔をした。
ぼくも困った。
いつもはしおうの膝に座る。
しおうと一緒にご飯を食べる。
でもいないね。
しおうが、ひなた、おいで、ごはんだ、っていわない。
仕方ない。
ご飯は、パンとスープとサラダ。
赤い実が入ってる。
いつもはしおうが食べる。
でもいないね。
仕方ない。
スプーンでスープを食べる。
いつもはしおうが、それつかいな、っていう。
半分食べたら、いいよ、っていってたけど、いわなくなった。
かわりに、ぜんぶがんばろうな、っていう。
ぜんぶスプーンで食べたら、えらいな、っていう。
でもいないね。
ご飯を食べている間、しおうはしょっちゅう、ぼくのお腹をぎゅってする。
でもいないね。
仕方ない。
仕方ない。
仕方ない。
「日向様?どうされました?」
うつぎの声が静かじゃなくなった。でもこれは、怒ってるんじゃない。わかるよ。
びっくりした顔でぼくを見てた。
目がまん丸。みずちみたい。
「うつぎ、どうしたの?」
「日向様が、泣いておられるので驚いております。何か嫌なことがありましたか?」
「ないているので、おどろいて、いやな、ありましたか?」
「そうですよ、日向様。目から涙が流れていらっしゃるでしょう?わかりますか?」
「めから、なみだ」
うつぎがぼくの頬を撫でた。あったかい、つめたい。
本当だ、びっくりした。
涙がでてた。
すみれこさまと、はるみと、みずちと、そらと、おぐりは涙が出た。みずちはしょっちゅう。
しおうも涙が出た。
「しおう、」
いないね。
仕方ないね。
「ああ…、紫鷹様が居られなくて寂しかったんですね?」
「しおうさまが、おられない、さびしい?」
「日向様は、紫鷹様がいるのといないのと、どちらがいいですか?」
「いるのがいい」
「そうですね、それが寂しいです。」
「いるのがいいは、さびしい?」
「はい、だから涙が出たんです。寂しかったんですね。」
さびしい。
しおうがいないとさびしい。
だから涙が出る。
「ごはんは、しおうとたべる。」
うつぎが不思議な顔をした。笑いながら困った顔。
やさしい顔。きれい。
「紫鷹様はおられませんけれど、ご飯は食べましょう。」
「しおう、いないけど、たべる。」
「ええ、偉いですね。」
「しかたない」
しおうがいなくても、ご飯は食べないといけない。
きっとこれもきまり。
仕方ない。
「しかた、ない。」
仕方ない。
「ああ、日向様」
うつぎが、手を握った。あったかいけど足りない。
ずっと仕方ない。
痛いのも、こわいのも、苦しいのもないのに、ずっと仕方ない。
うーって、声が出た。
しゃべれなくなって、うつぎが抱っこした。失礼しますって、言わなかったからびっくりしたけど、やっと全部あったかくなった。
いっぱい涙が出た。
しおうがいないのは、さびしい。
だから、涙が出る。
はじめてわかった。
隠れ家の扉の向こうで、うつぎの声がして、目が覚めた。朝だ。
前はぴーぴーの声がする前に起きたのに、最近はいっぱい寝ちゃう。もううつぎがいる。
うつぎの声は、いつも静か。
コップの水がゆらゆらしてるのをじっと待ってると、動かなくなってしーんってなる。でもちょっと動いてるの。あんな感じ。ふしぎな感じ。きれい。
みずちやそらみたいに、ぴょんぴょんする声もきれいだし、ゆりねのふわふわした声もきれいだけど、うつぎの静かな声もきれい。
隠れ家の扉を開けたら、膝をついたうつぎがいる。
手を伸ばすと、「失礼しますね」と、ぼくを引っ張り出す。痛くない。あったかい。やさしい。
もうずっと、痛いのも、怖いのも、苦しいのもなくていい。きれい。
「うつぎ」
「はい、宇継でございますよ。何でしょう。」
「おはよう」
「ええ、おはようございます。」
うつぎが笑う。きれい。
おはようは、起きたら言う言葉。きまり。
でも、ちがう時もある。朝は起きた時じゃなくても、おはよう、って言う。
今は朝。
だけど、朝じゃなくても、起きたときは、おはよう、って言う。
何でかわからない。きまりだって。仕方ない。
「失礼しますね」ってまた言う。
これを言ったら、手を引っ張ったり、抱っこしたりする。でも痛くない。必ず言うから、びっくりしない。
今度は抱っこだった。抱っこして僕を椅子に座らせて、お湯を持ってきて顔をふく。
それから、朝ごはんを持ってきた。
あれ、朝ごはん?と思ってうつぎをみたら、ちょっと困った顔をした。
ぼくも困った。
いつもはしおうの膝に座る。
しおうと一緒にご飯を食べる。
でもいないね。
しおうが、ひなた、おいで、ごはんだ、っていわない。
仕方ない。
ご飯は、パンとスープとサラダ。
赤い実が入ってる。
いつもはしおうが食べる。
でもいないね。
仕方ない。
スプーンでスープを食べる。
いつもはしおうが、それつかいな、っていう。
半分食べたら、いいよ、っていってたけど、いわなくなった。
かわりに、ぜんぶがんばろうな、っていう。
ぜんぶスプーンで食べたら、えらいな、っていう。
でもいないね。
ご飯を食べている間、しおうはしょっちゅう、ぼくのお腹をぎゅってする。
でもいないね。
仕方ない。
仕方ない。
仕方ない。
「日向様?どうされました?」
うつぎの声が静かじゃなくなった。でもこれは、怒ってるんじゃない。わかるよ。
びっくりした顔でぼくを見てた。
目がまん丸。みずちみたい。
「うつぎ、どうしたの?」
「日向様が、泣いておられるので驚いております。何か嫌なことがありましたか?」
「ないているので、おどろいて、いやな、ありましたか?」
「そうですよ、日向様。目から涙が流れていらっしゃるでしょう?わかりますか?」
「めから、なみだ」
うつぎがぼくの頬を撫でた。あったかい、つめたい。
本当だ、びっくりした。
涙がでてた。
すみれこさまと、はるみと、みずちと、そらと、おぐりは涙が出た。みずちはしょっちゅう。
しおうも涙が出た。
「しおう、」
いないね。
仕方ないね。
「ああ…、紫鷹様が居られなくて寂しかったんですね?」
「しおうさまが、おられない、さびしい?」
「日向様は、紫鷹様がいるのといないのと、どちらがいいですか?」
「いるのがいい」
「そうですね、それが寂しいです。」
「いるのがいいは、さびしい?」
「はい、だから涙が出たんです。寂しかったんですね。」
さびしい。
しおうがいないとさびしい。
だから涙が出る。
「ごはんは、しおうとたべる。」
うつぎが不思議な顔をした。笑いながら困った顔。
やさしい顔。きれい。
「紫鷹様はおられませんけれど、ご飯は食べましょう。」
「しおう、いないけど、たべる。」
「ええ、偉いですね。」
「しかたない」
しおうがいなくても、ご飯は食べないといけない。
きっとこれもきまり。
仕方ない。
「しかた、ない。」
仕方ない。
「ああ、日向様」
うつぎが、手を握った。あったかいけど足りない。
ずっと仕方ない。
痛いのも、こわいのも、苦しいのもないのに、ずっと仕方ない。
うーって、声が出た。
しゃべれなくなって、うつぎが抱っこした。失礼しますって、言わなかったからびっくりしたけど、やっと全部あったかくなった。
いっぱい涙が出た。
しおうがいないのは、さびしい。
だから、涙が出る。
はじめてわかった。
303
お気に入りに追加
1,366
あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」


巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる