上 下
20 / 201
第壱部-Ⅲ:ぼくのきれいな人たち

19.菫子(すみれこ) 書簡

しおりを挟む
考えることが山のようにある。
きれいに整え重ねられた書類を見ると、うんざりした。私も休息が必要ね。無理は禁物。もう若くないんですから。

そう考えて、遅くまで付き合ってくれる侍女にお茶を頼んだら、私の向かいで書類に目を通していた晴海が「殿下」と短く声をかけた。
あらまあ、嫌だわ。こんな時間にお客様がいらしたのかしら。




「朱華(はねず)さんが?」

半色乃宮(はしたいろのみや)の執務室で、第一皇子の使者から、一通の書簡を受け取った。
使者の言葉に驚いて見せたけれど、私は晴海からずいぶんと前に聞いていますよ。
私のもとへ使者を送るまで、時間がかかったのでしょう。ご苦労様。大変だったでしょうから、お話は合わせてあげますね。

「ええ、ですが、朱華殿下は車にはお乗りではなく、ご無事です。ーーーただ、事前の知らせでは、殿下が乗られると知れておりましたから、おそらく計画的な襲撃だと予測されます。」
「それで、朱華さんは?」
「尼嶺(にれ)での予定を早めて、帰路に着かれた、ということになっております。」
「私の他に知っているのは?」
「皇帝陛下にはお知らせしております。」
「それで、この書簡は?」
「朱華殿下から、董子殿下へ直接渡すようにと申し使っております。可能であれば、早急にお返事いただきたいと。」

朱華さんが、尼嶺に入ったのは2日前。
長く対抗した尼嶺王家と国教会の調停の場に、帝国の代表として赴き、合議を得たと聞いた。
調停の後、内乱の落ち着いた尼嶺の国内の視察を経て、3日後に帰国。これが公の予定。
その視察途中の車列が、襲われた。


朱華さんはご無事だから、良いとして。


尼嶺の動きは加速しつつあるように感じる。
もとより、帝国への従属に対する反発は、王家よりも教会や市民の間で顕著だった。王家が従属を決めたことが、さらに過激な反発につながったことも否めない。


というより、王家への反発を帝国への反発にすり替えているのでしょうね。


ため息が洩れる。
尼嶺は、本当に厄介な国だこと。
その統制は、朱華さんの役割だけど、半色乃宮は、その動向を無視できない。それをわかっていて、朱華さんは書簡を寄越す。
本当は頼りたくもないのでしょうけど、朱華さんも大変ねえ。



尼嶺の日向さんを迎えたいと私が願ったとき、朱華さんは反対なさったものねえ。



半色乃宮は、属国の要人をあずかる役割を担う。
その役目を請われて、妃の一人となったのは、もう30年も昔の話。
30年で数十人。
留学の名目で送られた、属国の貴人たち。
幼少の者から年老いた者まで、男女問わず、さまざまな者たちを離宮に受け入れた。

彼らを慈しみ親しむ一方で、監視し、決して帝国に害とならぬよう、最大の利益となるよう謀るのが、私の役目。
国と国をつなぐお役目。



でもねえ、朱華さん。
貴方にとっては、国でしょうけど、私が受け入れてきたのは、一人の人間なんですよ。

どんなに敵対した国同士であっても、一人一人は理解し合えることがあるでしょう?
どんなに憎しみあった国の者同士でも、膝を突き合わせて語り合い、国としてではなく、1人の人として接する日々の中では、いつしか友となることだって叶うでしょう?

この30年。
国の役目の中で、一人の人間と触れあってきたの。
彼らは、駒であり、駒でなかった。


朱華さん。
貴方は日向さんを受け入れれば、帝国の枷となるとおっしゃっていましたね。
益がなく、不利益ばかりがふえる人質だと。
そして今、その不安が現実になっていると考えていらっしゃるのよね。
私のわがままが、帝国の栄光に傷をつけるのだと。



でもねえ、朱華さん。

最近、日向さんはお話ができるようになったんですよ。
まだたどたどしいけれど、私たちの言葉をまねたり、自分の知っている言葉で、精一杯お話しようと努力しているんです。
日一日と、成長して、毎日いろんなことができるようになっているんですよ。
私はそれが愛おしい。
その命を貴方の望む駒になどさせたくないの。



紫鷹さんも、変わりましたよ。
あの子は日向さんのおかげで、貴方がかぶせた仮面を脱ぎましたよ。
貴方のように、国以外に目を向けなかった紫鷹さんが、今は一人の人間を見ることができるようになったんですよ。
もう一度、我が子に仮面を被せるなんて、させやしませんよ。


半色乃宮にはねえ、帝国より優れた調査ができる優秀な「草」がいるんですよ。
私はね、彼らの報告を聞いて、国と一人を天秤にかけずにはおられなかったの。
紫鷹さんも、同じ。半色乃宮の者の思いは、今は皆同じ。

ええ、わがままを言ったのは承知の上ですとも。




でもねえ、朱華さん。安心してくださいな。
王妃として、国母として、1人の人として、わがままを言うからには責任を持ちますよ。
覚悟なら、とっくに決まっています。
尼嶺は関係ないの。この30年が、私にそうさせるだけ。
不遇の王子を救うと願ったからには、尼嶺が何を謀ろうとも、覆して見せましょう。



「妃殿下、お返事はいかように?」

あら、晴海。
貴方なら聞かなくてもわかると思っていたのだけれど。
ええ、その表情は知っているでしょうね。



どんな謀りも跳ね除けて見せましょう。
少しの不利益も帝国にもたらさぬよう、戦いましょう。
帝国と一人をどちらも守って見せましょう。

日向さんに人質としての価値がないですって。
いいえ、この私に火をつけたでしょう。
日陽乃帝国(にちようのていこく)・第三王妃、董子。国母と呼ばれるこの私の。
帝国で1番強い女である、この私の。



「尼嶺の謀り事、半色乃宮が引き受けると、朱華さんにお伝えいただけるかしら。」
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

処理中です...